【A&A 其の六−7】   投稿者:小師様  推敲手伝い:事務員


 どれだけ時間が過ぎ去ったのか。ようやくレフェリーが綾乃から離れ、暁子を手招きした。

 「どうだ、霧生選手のおっぱい揉みは楽しんで貰えたか?」

 このレフェリーの戯言に暁子の眉が跳ね上がる。それでも言葉には何も出さず、ただレフェリーを睨みつける。

 「回答はなしか。まあいい、そろそろリングに上がれ。あと、霧生選手には手出しができないからな」
 「お嬢様をこのまま見世物にしろと!?」
 「観客の皆さんが観賞中だからな。やめるわけにはいかないだろ? なに、真里谷選手が勝てばいいだけじゃないか」

 レフェリーが再度手招きする。暁子はきつく唇を噛みしめたままトップロープを飛び越え、最終戦のリングへと舞い戻った。勝つしかないこの状況に、「ただ綾乃を救いたい」その一心で。

 「おう、こりゃまた極上の」
 「話しかけるな、穢らわしい。お嬢様に代わって八つ裂きにしてくれるわ」

 暁子の心には憤怒しかなかった。しかし全裸を晒したお嬢様を救うためには、まず敵を蹴散らさなければならない。

 「そんなこと言うなよ。昔から知ってる仲なんだしさ」
 「巫山戯ろ、妾は・・・?」

 昔から、という言葉にひっかかった。

 「お前、小弓の御嬢さんだろ。覚えてるよ」

 小弓家とは、氏継の言う通り暁子の母親が飛び出した実家だった。その地域では有名な侍の血を引く名家であった。
 母親は一人娘であったが、蝶よ花よと育てられて満足な恋愛もせずにお見合いで結婚して婿をとり、子供を産んだ。しかし何もかもしてもらうことが当たり前だった生活から一転してなんでもしなければならない生活になったことがストレスだったのだろうが、それ以上に夫が経営していた会社が傾きだした事が引き金となり、親にも内緒で無理やり夫と別れ、子供は施設に預けてしまった。

 「短い間だったけどよ、小弓の家は分家だからこっちに来てたんだぜ。ちなみにお前のお父さんの会社は今はうちの傘下みたいだからな」
 「・・・そうですか」

 離婚という大きな心労、子供の目を潰した短気の猛省、また傾きだした会社の立て直しのために東奔西走したため、離婚後間もなく暁子の父親は病死してしまうが、その代わりに会社は何とか黒字になり、今は別の人が社長となって粉骨砕身しているそうだ、というのは昔から風のうわさで聞いていた。

 「ま、そんな暗い話はどうでもいいんだ。再会を祝して一発派手にやらかそうぜ」
 「お断りします。私には仕事がありますので」
 「俺は綾乃ちゃんでもいいんだけどよ。それは試合が終わってから考えるとしようか」
 「下衆め・・・!」

 一気に暁子が距離を詰める。そこから放たれる連打はまさにマシンガンそのものだった。

 「ぐっ、痛えよ!」

 しかし氏継もレスラーの卵なのだ。咄嗟に暁子の右腕を掴む。

 「うおっ!?」

 しかし驚いたのは氏継だった。腕を引き寄せる勢いを利用して氏継に近づき、脛を蹴ってバランスを崩させてから後ろに回り込み、大きい氏継の背中を駆け上がって首を抱えて飛び上がり、そのままフェイスクラッシャーでリングに叩きつけた。

 「ぶぁっ!!」

 バウンドした氏継の顔から鼻血が吹き出す。その氏継に暁子が追い討ちをかける。氏継の手首を掴み、腕拉ぎ十字固めを極めにいく。

 「ぐううっ・・・!」

 しかし完璧には極らなかった。血みどろになりながらも両手はしっかりと繋がれており、折られることを防いでいた。

 「真里谷選手、ロープブレイクだ。その手を離せ」

 つい先程まで綾乃の乳房を揉み回していたレフェリーが警告する。見ると、氏継の脚がロープに引っ掛かっている。

 (ちっ・・・)

 あと少し粘れば腕を折れそうだったが、レフェリーにいちゃもんをつけられる前に引き下がる。

 「あぶねぇなぁ。折れたらどうするんだ」
 「私は困りませんから」
 「全くじゃじゃ馬だな。少しお仕置きしてやるよ!」

 突っ込んでくると共にその勢いで右のフックが飛んでくる。これは暁子も余裕をもって躱すが、何かが違う、と直感が告げていた。

 (何が・・・下!?)
 「くっ!」

 直後に完全な死角からアッパーが繰り出された。しかしそのボクサー顔負けの必中のパンチも、暁子は躱して見せた。ずれた重心を利用してのバック転から脚を氏継の脇に引っかけるようにし、浮かせる。

 「なっ!?」

 そのまま頭をリングに突き刺そうとするが、上手く受け身を取った氏継が暁子の股間から腕を通し、丸め込むようにして抑え込む。それを見たレフェリーは即座にカウントを数えはじめた。

 「あっ!?」
 「ワン、ツー・・・」

 流石にスリーカウントまでは取らせず、抑え込みからするりと逃げる。転がって距離を取った為にスカート部分が翻り、白い太ももが観客の目に焼きついた。

 「あれを逃げるかね・・・。嫌になるぜ、ったく」

 悪態をつきながら、氏継は改めて構え直した。
 暁子も氏継から目を離さずに警戒する。

 「やあ・・・んっ・・・!」

 そのとき聞こえた、微かな呻き。暁子にも勿論聞こえていた。

 (申し訳ありませんお嬢様・・・もう少しお待ちください・・・!)

 しかし綾乃には目もくれず、暁子は氏継を警戒する。

 「んっ、ああっ!」

 綾乃が再び喘ぐ。元凶は先程綾乃が倒した政哉だった。エプロンに上がって綾乃の体を弄り回していた。

 「氏継さん、やっぱりこの子もいい体してるね」
 「当たり前だ。外から見ててもわかるだろ」
 「こっちはしっかり味わっとくね」
 「ったく、しょうがねぇやつだな」

 この会話を聞いていた暁子の表情が一瞬だけ変わる。

 (まずい・・・このままでは)

 目の前で主がいたぶられるのを見ているしかできない。

 「お嬢・・・!」
 「そら、こっちだぜ!」

 図ったかのように、暁子が意識を綾乃に移した瞬間に襲撃するが、これは暁子も予想済みだった。鳩尾への蹴りを腕と胴体で挟むように掴み、一気に横回転して氏継をリングに腹這いで倒す。すぐに立ち上がろうとした氏継のどてっ腹に爪先を叩き込み、前のめりになったところで脛をけり膝立ちにさせ、フロントチョークの要領で脛動脈を狙いにいく。

 「なめんな、小弓の小娘が!」

 しかし締めようとする腕を、氏継は力で振り解いた。そのまま重心が浮いてしまった暁子の上着をつかんで引っ張り、逆十字固めで襟元を絞り込む。

 「・・・っ!」

 腕を使って何とか抵抗を見せるが、逆に氏継が脚を使って腕ごと胴締めをかける。

 「かは・・・」

 全く抵抗できなくなってしまった暁子はただ体を震わせるしかなかった。

 「やっと捕まえたぜ、暁子ちゃんよ」
 「はぁ・・・はぁ・・・」

 襟元の締めを解いた氏継が話しかけてくるが、暁子は空気を吸い込むことしかできなかった。その様子を見てとったレフェリーが近づいてくる。

 「真里谷選手、ギブアップかい?」

 脚を押さえつつそう言いながら尻を撫ぜる。不愉快きわまりないが、暁子には抵抗する術がなかった。

 「ギブアップなどするものか!」
 「そうだよな、ギブアップなんかするわけないよな」

 そんなことはわかりきっていると言わんばかりの言い方だった。おそらく脚は押さえ込み胴締めで腕を抱え込んでいるからだろうが、その動きには余裕すら感じられる。

 「俺に手を出した罰だ。どこから脱がしてほしい?」
 「・・・私に触るな、この下衆め」
 「そうかそうか、真里谷選手は全裸を希望か」
 「誰がそのような・・・!」

 レフェリーの手は迷いなく暁子の腰巻きとベルトを外してしまい、インナーのミニスカートを捲り上げた。その為本紫の下着に包まれた美尻が観客に晒されてしまう。

 「あっ、なっ!」

 この行為に焦る暁子など気にもとめず、レフェリーは改めて尻を触り始めた。

 「抜群の感触だな。一度触ったらやめられん」
 「この・・・あぐうっ!」

 意識がレフェリーに向いた途端、氏継は暁子を仰向けにして抱き寄せ、先の朝久のように後ろに座り込む。違うのは、氏継の脚が両腕ごと胴締めのように巻き付いていることと、同時にスリーパーホールドを極められていることだった。

 「どうだい、喧嘩技の味は」
 「っ・・・っ・・・!」

 腕も首も押さえ込まれ、思うような抵抗もできずどんどん意識が遠退いていく。

 「・・・真里谷選手、ギブアップは?」

 堪能していた尻の感触を中断させられて少し憮然としていたレフェリーだったが、ここでは股間を触りながら問いかける。
 しかし暁子は首を横に弱々しく振った。もはや意識はほとんどないかもしれないが、ただ主のためという想いだけが首を横に動かしていた。

 (なんとか・・・なんとか、おじょうさまの・・・ため・・・)

 その時暁子の脚が動いた。屈み込んでいたレフェリーを脚ではさみ、氏継に向かってぶつけたのだ。

 「ぐあっ!」
 「うぐっ!」

 二人がもつれている間に暁子は呼吸を整える。手足にはもう力が入らず、仰向けになるのがやっとだった。

 「はっ・・・はっ・・・」

 足りなくなった酸素を補給するため、赤い顔で大きく息を吸い込む。
 一方で氏継は激昂していた。

 「このダメレフェリーが! お前のせいでプランが台無しだよ!」
 「悪かったって」
 「次は死んでも暁子に近寄るな」

 レフェリーは何か言いたそうだったが、それを飲み込んで離れていった。

 「なめやがって、小弓の小娘が。味なマネしてくれるじゃねえか!」

 大の字になりいっぱいいっぱいの暁子の髪をつかんで立たせ、腹に至近距離から拳を浴びせた。

 「ぐぶっ」

 せり上がってくるものを無理に飲み込み、四つん這いになって咳き込むが、暁子はそれでも崩れ落ちそうになる体を叱咤して立ち上がる。

 「その目、反抗的だな。気に入らねぇ」

 暁子が立ち上がったのを確認すると、自身をロープに振って反動をつけてブートで顔面を狙う。

 「・・・!」

 しかしこれは暁子も間一髪で躱す。地面に這いつくばるようにして躱すが、しかし氏継はそこまで織り込み済みだった。そのままセカンドロープに脚をかけ、そこから宙を舞った。暁子が氏継の方へ顔を向けた時にはすでに氏継の巨体が迫っていた。

 「あぐうっっ!!」

 氏継の<ムーンサルトプレス>が暁子を押しつぶす。それをみてレフェリーは再度カウントを数えはじめる。

 「ワン、ツー・・・」

 もう決着かと思った次の瞬間、暁子が氏継を弾き飛ばした。

 「はぁ・・・はぁ・・・」

 やっとのことで脱出した暁子だったが、呼吸を整えるのがやっとだった。それを見た氏継はもう一度ロープで反動をつける。

 「さぁこれで終いだ!」

 しかしそれまで大の字で呼吸を整えていた暁子が動いた。一瞬の間に立ち上がり、反動をつけた氏継の股間に腕を通し、勢いを最大限利用してパワースラムで叩き付けた。

 「ぐあっ!」
 「相変わらずの馬鹿力だなぁ・・・。ワーン・・・」

 余計な感想を漏らしつつ抑え込んだ暁子の冷たい視線に負けてカウントを数えるが、流石にそこまで簡単にはいかなかった。氏継は軽々と暁子を弾き飛ばして立ち上がる。

 「くそっ、この・・・!」

 その直後、暁子の連打が飛んだ。掌打が、拳が体の各所に散らされる。しかしスタミナを消耗しているせいか今一つ精彩が欠けているようだった。

 「はあっ!!!」

 気合と共に繰り出した鳩尾への掌底だったが、手首を捉えられて背中側で極められる。

 「くぅぅっ・・・!」

 首を押さえられて捻りあげられる。しかし次の瞬間だった。

 「あがっ!!」

 脱出策を練るために意識が逸れた一瞬。飛びつくようにして繰り出した<リバース・ブルドッグ>で後頭部から叩き付けられた。

 「さぁ終わろうぜ!!」
 「ワン、ツー・・・」

 もう一度氏継が暁子を抑え込む。

 (まだ・・・まだだ・・!)

 しかしそれでも暁子は肩をあげて見せる。

 「はぁ・・・はぁ・・・」
 「粘るな、チクショウめ・・・」

 氏継は今ので決まったと思っていた。ほぼノーガードの状態から後頭部をリングに叩き付けたのだ。

 「しゃあねえな、アレをやるか」

 最早立つことすらできない暁子の髪をつかんで無理矢理立たせると、今度は股間に手を伸ばして、頭が膝で挟めるように上下逆さまの状態で抱え上げた。

 「そら、今度こそ終わらせてやるよ!」

 そのまま氏継は爪先立ちの状態から膝で挟んだ頭をリングに突き刺した。
 〈ツームストン・パイルドライバー〉。あまりの強さに禁じ手とされた必殺技。
 そのままほとんど意識のない暁子の両手を胸に当てさせ、魂を失った器を天国に見送るがごとく、レフェリーにカウントを要求する。

 「今度こそ終わりだ。レフェリー、早くしな!」
 「ワン、ツー・・・」

 (わたしは・・・おじょう・・・さまを・・・)

 さまざまな映像が瞼の裏を過ぎ去っていく。物心ついてからは辛いことの方が多かった。しかし特に霧生家に来て綾乃に認められた、と思えるようになってからは楽しいこともたくさんあった。

 (しゃ・・・ちょう・・・・・・を・・・)

 あの借用書を見るまでは、自分は霧生家の家族になったと思っていた。しかし今回も結末は酷似していた。小弓は一家離散、真里谷とその主だった若君は突然の病死、霧生は借金地獄。

 (なぜ・・・わた・・・し・・・)

 自分の事はいいが、周りの人が不幸になる。二度も経験し、もうそうはならないように奔走する筈だったのに、結果は三度目が訪れようとしている。

 (あのとき・・・)

 二度経験してもまだ理解できていないのか、と思う。「小弓」暁子は他人を不幸にする能力は天下一品なのだ。

 (きえて・・・なくなってしまえば・・・)

 「・・・スリー!」


 〈カンカンカン!〉


 ゴングの音を聴いた暁子は、そのまま完全に意識を飛ばしてしまった。黒服がマイクを握り、

 「これで、霧生綾乃選手と真里谷暁子選手の運命は決まりました。今夜から、『御前』への長期間の奉仕が始まります」

 と言う声も聞こえないままで。


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