【A&A 其の七−1】 投稿者:小師様 推敲手伝い:事務員
「本日の試合は以上でございます。ご来場の皆様、ありがとうございました。また次回のお越しをお待ちしております」
黒服のアナウンスと共に会場が喧騒に包まれる。皆一様に帰り支度をし、会場を後にする。
下世話な冗談も飛び交うその中で、大人の色香を放つ一人の女性がリングに横たわる女性選手達を見下ろしていた。
(ふん、汝(うぬ)に相応しい無間地獄じゃな)
美貌と呼ぶに相応しいその面には、選手に対しての侮蔑の色すら見て取れた。
(汝が妾から出たのかと思うと反吐が出るわえ、この悪魔ばらが)
その侮蔑より何倍も強い憎悪。自分の子に向ける目には到底見えない。
「何をしているんだい、ハナ。早く帰ろう」
隣にいた男に呼ばれ、我に返ったかのように笑顔を向ける。それまでの表情からは同じ人物とは到底思えないほどの変わりようだった。
「はい、お前様。妾は疲れ申した」
そう言いながら男に腕を絡める。服の上からでもわかる豊かな胸の膨らみが、男の腕に押し付けられ、撓む。仲の良さそうなカップルはそのまま人ごみに消えていった。
その前に一度、女の視線がリングへと向いた。嘲りの笑みが、一瞬だけ闇に浮かんだ。
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試合が終わり、壮年の男は「御前」に操られるかのように別の部屋へ移動する。その部屋にはキングサイズのベッドが置いてあった。そのことがこれから行われることを暗示させ、壮年の男を暗澹とさせる。
いつしか時が過ぎ、
「失礼します」
「うむ」
ノックの音と共に扉が開かれ、黒いスーツの男が二人、病人用の白衣を着せられた女を各々担いで部屋に入ってくる。そのままベッドに二人を寝かせると、一礼をして何事もなかったかのように去っていった。
「霧生」
まるで異世界にいるような現状に呆けていた壮年男に白髪の老人が声をかけると、ビクリと体を震わせて顔を向けた。
「よかったの、一つ勝てて」
壮年の男の鍛えられた体は見るからに強さを感じさせるが、その男が老人の一挙手一投足に怯えていた。
「先程言うた通り、娘たちは当分儂の慰み者よ。お前がこれ以上ここに留まる必要もない。自宅で久々の自由を満喫せい」
「な、何でもしますから、娘は・・・娘たちには・・・!」
自分の娘がどうなるかは先の試合前にアナウンスがあった。一つ勝ったとは言え、これから長期間の奉仕が始まる。しかし如何に宣言されていても、親にしてみれば自分の娘が不幸になってしまうくらいなら自分が、という思いがあってもおかしくはない。
「娘たちには、か。傲慢にもほどがあると思わぬか? お前が儂ならば何と言うかの?」
「・・・」
「御前」の言葉が胸に突き刺さる。決して品行方正な生き方はしてこなかった事実が反論を封じる。
「去ね」
入ってきた黒服に促され、立ち上がりドアに向かう。途中でベッドを見、立ち止まった。意識なく横たわった我が娘に降りかかるこれからの事を考えると涙が溢れる。改めて自分がいかに無力であるかを思い知らされた。
(綾乃・・・)
しかも亡き悪友から託された養子までも巻き込んでしまった。何と言って詫びるかも考えなければならない。
(暁子・・・)
あの時、暁子は私を止めようとした。
『社長、これはいったいどうしたのですか?』
彼女が年齢の割に聡明であることは薄々感付いてはいた。だからこそあれを見たときに私がヤバイ橋を渡ろうとしていると思ったのだろう。もしかしたら彼女は相手企業の名前を聞いたことがあるのかもしれない。
しかし私は従業員に支払う賃金を優先した。その結果は私以上に娘たちに、特に暁子に降りかかった。
(事業が成功すれば、か・・・)
言い訳というよりもその場凌ぎの出任せ。本当は事業を起こす余裕すらなかった。それでも綾乃たちにはあまり心配や口出しはしてほしくなかった。自分の会社くらい、自分で何とかしなければ。
(そうやって意地を張った結果がこれか)
手紙を見、出かけると言った私に暁子は何か言いたそうだった。しかし何を言われるのか怖くて逃げるように家を出てしまった。
(すまない、暁子・・・。ごめんね、綾乃・・・)
まるで今生の別れを済ませたような表情で、霧生社長は部屋を後にした。
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「ん・・・」
体が重い。瞼が重い。
意識が覚醒していくのがわかる。しかし目が明かない。
(私は・・・?)
先ほどまで試合をしていた。好き放題身体を弄られ、何度も達してしまった。二度目までは何となく記憶にあり、それだけでも充分屈辱だったが、またしても快楽に身体が負けて意識を飛ばしてしまい、お嬢様を救えなかった。
「うっ・・・ううっ・・・」
不意に涙が溢れた。それはお嬢様を救えなかった悔しさか、自分が負けてしまった弱さか、それとも・・・
「起きたか」
不意に声が掛けられる。聞いたことのある重厚感のある声。二度と忘れ得ぬ強烈な経験と共に刻み込まれたあの声。
「ん・・・っ」
ようやく瞼が開いてくれた。目の前には私を抱いたあの白髪の老人、「御前」がいた。
「大言も結構だが、実力が伴わねばただの道化よ」
「っ・・・!!!」
そんなことはわざわざ言われなくてもわかっている。しかし口を開くのも億劫だった。
「これからどうなるかはわかっておるな?」
その言葉に視線を逸らし、頬を朱に染め、しかし眉間に皺を寄せながらゆっくりと頷く。
「ならばよい。今宵はゆっくり休め」
「お、お待ち・・・ください・・・」
「何だ?」
声を振り絞る暁子に「御前」が出ていこうとする足を止める。
「相談が・・・」
暫し続いた二人の会話は、「御前」が頷いたことで終わった。
「良かろう。その代わりお前の罰は重くなるが」
「・・・構いません」
「ま、よい。元の主が起きるまでゆっくり休め。それと」
一度ドアの方を向いた「御前」だったが、思い出したようにもう一度暁子に向き直る。
「明日は朝一番で体を清めよ。他の輩の匂いなど嗅ぎたくはないのでな」
それだけ言うと「御前」は笑いながら部屋を後にした。それを確認したあとから意識が途切れてしまった。
暁子が次に意識を取り戻すまで、翌日の明け方までかかることになる。
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