【第十一話 天現寺久遠:我流】

 犠牲者の名は「天現寺久遠」。17歳。身長166cm、B87(Eカップ)・W60・H90。鋭い眼差し、すらりと通った鼻梁、太い眉、肩の長さでぶつ切りにされた髪、縛られることを嫌う野性的な美貌。夜になるとストリートライブを行い、迫力ある低音の歌声に固定ファンもいる。普段は帽子を目深に被り、ゆったりとした服でその美貌とグラマーな肢体を隠している。先日それに気づいた男二人に絡まれ襲われたものの、あっさりと返り討ちにした。数日後仲間と五人で仕返しに来た連中を大乱闘の末に全員病院送りにしている。その大立ち回りが「御前」の情報網にかかり、<地下闘艶場>へと引きずり込まれることとなった。


「おい、どういうことだ!」
 リングにレフェリーの怒号が響く。久遠は用意されたコスチュームを身に付けず、私服のままリングへと上がっていた。黒いタンクトップにグレーのトレーナーを重ね、下は薄茶色の綿パン。契約違反だと詰め寄るレフェリーにもどこ吹く風とコーナーポストにもたれている。
「契約書には用意された衣装を身に着けろと書いていただろ!」
「読まないよそんなもん。それにあんなふざけた衣装なんか着れるわけないだろ」
 二人のやり取りで入場からかなりの時間が経ち、観客から不満の声が上がり始める。レフェリーはリング下の関係者と会話し、渋々引き下がる。

「赤コーナー、サンダー・桝山!」
 久遠の対戦相手はサンダー・桝山。以前於鶴涼子に足首の靭帯を破壊され、あっさりと敗北を喫した。今日負ければ二度とリングには上がれないと宣告され、気合の入り方が違う。コールに応じるでもなく、力のこもった目で久遠を見る。
「青コーナー、『闘う歌姫』、天現寺久遠!」
 こちらもコールに応じず、自然体で桝山を見つめる。桝山のボディチェックを終えたレフェリーが久遠に近寄る。
「ボディチェックだ、天現寺」
「触るな」
 体に触ろうと伸ばされた手を久遠が払いのける。
「あれもいや、これもいやで済むか! 反則負けにするぞ!」
「すればいいじゃないか」
 久遠にしてみれば、割りのいいバイトといった感覚しかない。嫌なことを押し付けられてまで闘う気などない。レフェリーとしてはこれ以上観客を待たせることができない。久遠を無言で強く睨んだ後、試合開始を告げた。

<カーン!>

 オーソドックススタイルで軽くステップを踏む桝山に対し、久遠は自然体で立っている。桝山の左ジャブからの右ストレートを軽くかわし、続く左ハイキックも危なげなく避ける。避けると同時に右ボディを打ち込んでいた。
「ぐぶっ!」
 それが半端な威力ではなく、桝山の鍛えた腹筋を衝撃が打ち抜く。動きの止まった桝山に久遠が左フックを打つが、それは後方に下がることでかわし、桝山が体勢を立て直す。久遠の女性とは思えないパンチ力に、観客から驚きの声が上がる。
 天性の動体視力と身体能力。格闘技の経験はないものの、今まで男相手にも負けたことはない。生まれながらの「喧嘩師」。それが久遠だった。
「クソッ!」
 桝山はワンツーのフェイントからタックルにいく。低く速いタックルだったが、久遠のスピードはそれを上回った。手が脚に掛かる寸前、膝を跳ね上げて桝山の顎をかち上げる。意識が飛び、抱きつくようにもたれてくる桝山を突き放し、無防備な側頭部にハイキックを叩き込む。その一撃に、桝山がぐにゃり、と崩れ落ちた。

<カンカンカン!>

 ゴングが打ち鳴らされ、試合が止められる。さっさとリングを降りようとする久遠に対し、レフェリーが声を掛ける。
「まだ汗もかいてないだろう。もう一試合やってみないか?」
「もう汗臭い男とやるのはごめんだよ」
 ひらひらと手を振り、リングを降りようとロープに手を掛ける。
「安心しろ、次の相手は女だ。お前とぜひやりたいっていう選手がいてな、こちらとしてもこれで終わっても困るんだ。もう一試合分のファイトマネーも払う」
「もう一試合すれば二百万か・・・ま、いいさ。やろうか」
 担架で運び出される桝山を横目で見ながら、久遠は連戦を承諾した。

 対戦相手は登場からド派手だった。覆面にラバースーツ姿の二人の男に柄つきの分厚い輿を担がせ、その上に豪華な椅子を取り付けて腰掛けている。そのままリング下まで運ばせ、椅子の上からトップロープを飛び越え、リングへと舞い降りる。この登場には久遠も唖然となった。
 対戦相手は髪を真っ赤に染め、美人だがきつめの顔立ちを濃い目のメイクで際立たせている。長身で巨乳、大きなヒップという迫力ボディ。衣装は革の手袋、革のブーツ、革のボンデージスーツだった。肩、バストの上半分、太ももが剥き出しになっているが、恥ずかしがる素振りも見せない。
「・・・SMクラブの女王様かよ」
「あら、よく分かったわね。本職なの」
 彼女の名は「茨木美鈴」。普段はSMクラブで働いている本物の「女王様」。「御前」の部下にその手の趣味を持つ者がおり、女性として初めて「攻め役」としてリングに上げてはどうかと進言があった。美鈴自身もその提案に乗り気で、今回の登場となった。

「赤コーナー、『女王様』、茨木美鈴!」
 美鈴は自らのコールに両手を広げて応える。その姿は臣民からの羨望に応える女王の姿にも見えた。
「青コーナー、『闘う歌姫』、天現寺久遠!」
 久遠は美鈴の姿をじろじろと眺め、首を傾げる。どうもこの手合いは分からない。
「茨木選手、ボディチェックを・・・」
「なんで貴方ごときが私に触れると思うの? 思い違いも甚だしいわね」
 レフェリーは美鈴からボディチェックを行おうとするが、美鈴の拒否にあう。「女王様」キャラの反応としては当然かもしれない。
 仕方なく、今度は久遠に向かう。
「ボディチェックだ、天現寺」
「触るなって」
 久遠も同様に拒否する。仕方なく、レフェリーは試合開始を告げた。

<カーン!>

「よろしくね、久遠ちゃん」
 美鈴が左手を差し出し、握手を求めてくる。その手を久遠が払うと、その瞬間、右手で頬を張られていた。
「私が握手してあげようっていうのに何をしてるのよ!」
 半端ではない威力に、思わすよろける。そこに胴タックルを受け、リングに倒される。
「ふふふ、お痛する悪い子には罰を与えなくちゃねぇ」
 久遠のお腹に座った美鈴が、両手でバストを掴む。
「へぇ、結構おっきいじゃない。私ほどじゃないけど」
「ど、どこ触ってんだ! 放せ!」
 いきなりのことに、久遠は力づくで美鈴を突き飛ばす。美鈴は突き飛ばされながらも余裕を持って後転し、髪を撫で付けながら立ち上がる。
(こいつ・・・見た目に騙されるとヤバイな)
 長身を生かしたパワーに加えバランス感覚が鋭い。さっきの男のように簡単にはいかないだろう。顔が引き締まる久遠とは反対に、美鈴は余裕の表情のまま間合いを詰める。また胴タックルに来るところを右フックで迎え撃つが、その拳は空を切った。
「くっ!」
 美鈴の姿を見失う。次の瞬間美鈴の両腕が久遠の脇の下を通って首の後ろでフックし、久遠は足を刈られて後ろ向きに倒れされる。そのまま両脚を絡められ、股を広げられる。磔にされた虫のような格好に、久遠の顔が赤くなる。
「放せっ! くそっ!」
「放せと言われて放す馬鹿はいないわよ」
 もがく久遠に、レフェリーが近寄る。
「やっとボディチェックができるな天現寺」
 まずは服の上からバストを掴む。予想以上の感触にレフェリーの顔が弛む。
「こんな服着てるから分からなかったが・・・こいつは中々のものだな」
「勝手なこと言ってないでその手を放せ!」
 暴れる久遠だったが、美鈴の拘束から逃れられない。久遠が動けないのをいいことに、レフェリーは左手でバストを揉みながら股間に手を這わす。
「ズボンの上からじゃ感触が分からんなぁ」
「テメェどこ触ってんだ! ぶっ殺すぞ!」
 久遠が凄むがレフェリーは尚も触り続ける。と、その手が美鈴の股間に伸びた。
「! ちょっとあんた!」
 突然のことに驚いた美鈴は、久遠の拘束を解いてしまう。立ち上がるとレフェリーに詰め寄り、言葉で攻め立てる。
(試合中に背中を見せるとは、阿呆かこいつ!)
 がら空きの脇腹に右ミドルキックを叩き込む。しかしそれは美鈴の誘いだった。キックが当たる寸前に体をずらすことで衝撃を逃がし、久遠の右脚を捕らえる。そのまま左足を刈り、うつ伏せに倒してSTFに極める。
 美鈴が革の手袋で鼻を押さえるようにして顔をロックすることで、上手く呼吸ができない。すると美鈴は顔をフックしていた両手を放し、左手で首を押さえ、右手をタンクトップの隙間から差し込む。
「なっ・・・!」
 そのまま下着ごとバストを揉む。
「この大きさだと・・・Eカップかしら。ちょっと硬さがあるわね、あまり揉まれてないでしょ? 勿体無いわよ、こんなに大きいのに。男に揉まれてもっと大きくしてもらいなさいな。まあ、今日は特別に私が揉んであげる」
「ふっ・・・ざけんなぁっ!」
 両手をリングにつけ、肘を伸ばす反動で上体を起こし、その不自然な体勢のまま上体を捻って裏拳を放つ。それをかわすため美鈴が久遠から離れる。
「お前、素人じゃないだろ」
 素早く立ち上がって自分を見据える久遠に対し、美鈴は髪をかき上げる。
「あらあら、ばれちゃった? サンボを少しね」
「・・・ダンボ?」
「サンボよ、サ・ン・ボ。ダンボだと耳の大きなゾウさんじゃないの」
 ディズニー好きな二人だった。
「なんでもいいけどよ、あたしの胸触ってただで済むと思うなよ!」
 バストを触られた怒りに久遠がパンチを連打する。しかし大振りのため美鈴にかすりもせず、徒にスタミナを消費していく。
 何度目かの空振りを美鈴に巻き込み一本背負いで投げられ、リングに叩きつけられる。美鈴は上半身と左手で久遠の左手を押さえ、両脚を久遠の右手に絡ませて動きを封じる。空いた右手を伸ばし、久遠の左のバストを揉む。
「このっ、くそぉっ!」
 暴れる久遠だったが美鈴の関節技から逃げられない。するとレフェリーが久遠の上に座り、トレーナーとタンクトップの裾を掴んで首まで脱がす。
「・・・ベージュのブラかよ。色気ねぇなぁ」
「黙れ! なんてことしやがる!」
 羞恥に顔を染め、久遠が毒づく。美鈴は左のバストを、レフェリーは右のバストを揉む。
「男に揉まれたのは初めてか? 女に揉まれたのも初めてだろうなぁ。俺達二人でバストアップに協力してやるよ」
「共同作業が気に入らないけど、楽しませて貰うわ」
 別々のバストを揉む二人。レフェリーは自分の思う通りに捏ね回し、美鈴は同性らしく快感のポイントを的確に責めてくる。時折乳首に刺激を与えるのも忘れない。
「くっ・・・!」
 洩れそうになる声を堪え、歯を喰いしばる。レフェリーは右手でバストを揉みながら左手を股間に伸ばし、ズボンの中に突っ込んで下着の上から股間を触る。
「てめぇっ、いい加減しろっ!」
 ブリッジと同時に膝を上げ、レフェリーを自分の体の上から落とす。レフェリーが美鈴と縺れて倒れることで関節技から解放された。レフェリーを突き飛ばし、美鈴の上から掌底を落とす。さすがに女に拳は落とせない。何度か顔に入ったところで右手を捕られ、三角締めに極められる。
「くっ、このっ・・・!」
 首に太ももが巻きつき、じわりじわりと締め上げてくる。頚動脈が圧迫されると意識が飛びかねない。
「女の顔を叩くなんて酷いわね久遠ちゃん。でも私って優しいから天国へ連れてってあげるわ。天国に行ったその後は・・・地獄かもね」
 久遠を締め上げながら、美鈴が唇を濡らす。失神した久遠を嬲る場面を想像し、気持ちが高揚していく。
「・・・くっ、う・・・うぉぉぉあぁぁぁっ!」
 がっちりと三角締めに捕らえられた久遠が雄叫びを上げ、両手の力と腰の力、両足の踏ん張りで美鈴を持ち上げる。
「え、嘘っ!」
 焦る美鈴を、反動をつけてマットに叩きつける。一瞬意識が飛んだ美鈴に馬乗りになり、
「これが最初のビンタの、お返しだよっ!」
 久遠の右手が唸りをあげて美鈴の頬を打つ。あまりの衝撃に脳と三半規管が揺れ、焦点が合わない美鈴をそのままフォールする。
「・・・ワン、・・・ツー、・・・」
 ゆっくりとしたカウント。しかし美鈴が動く気配はなく、レフェリーの動きも止まる。
「・・・スリー!」

<カンカンカン!>

 ゴングが鳴らされ、久遠はゆっくりと立ち上がる。暫く美鈴を睨みつけていたが、ロープ際まで引きずって無理やり体を起こし、ロープに両手両脚を絡ませる。
「おいレフェリー、こいつのボディチェック終わってないんだろ? 今からでも遅くないんじゃないか」
 何をするのかと訝しげに見ていたレフェリーの表情が変わる。にやりと笑うと美鈴に向かって歩み寄り、その巨乳に手を伸ばし、強く揉む。
「・・・えっ、ちょっとあんた、なにやってんのよ!」
 意識がはっきりとした美鈴が凄むが、レフェリーは気にした様子もなく巨乳を揉み続ける。
「まだボディチェックが終わってなかったからな、今からゆっくりとしてやるよ」
「やめなさいよ! あっ、どこ触って、くぅっ!」
 レフェリーから嬲られる美鈴を見ることもなく、久遠はリングを降りた。観客は美鈴が責められる姿に興奮し、久遠を見る者などいない。一度も後ろを振り返ることなく、久遠は自作の歌を口ずさみながら退場した。

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