【第十九話 ダークフォックス:プロレス】

 今回の犠牲者の名は「ダークフォックス」。本名来狐遥。17歳。身長165cm、B88(Eカップ)・W64・H90。長めの前髪を二房に分けて垂らし、残りの髪はおかっぱくらいの長さに切っている。目に強い光を灯し、整った可愛らしい顔に加え、面倒見が良く明るい性格で両性から人気がある遥。普段は「ピュアフォックス」という覆面レスラーとしてプロレス同好会で活動していた。
 以前<地下闘艶場>で栗原美緒と組んでタッグマッチを行い、レフェリーも含めた男四人に責められ、敗北した。しかもそれだけでは終わらず、観客へのサービスとして何百人の男達に差し出されてセクハラの限りを尽くされ、心身に深いダメージを受けた。そのときに覆面も脱がされる屈辱を味わされ、あの日以来、同好会活動も含めリングには上がっていない。
 そんな傷心の遥のもとへ、小包が届けられた。送り主は有名なファッション系の企業。首を傾げながらも封を開けてみると、覆面が一枚入っていた。ピュアフォックスのマスクをモチーフに黒を基調とした色を使い、随所に凝った刺繍がなされ、ピュアフォックスよりも洗練されたデザインとなっている。遥は意識しないままにそのマスクを着けていた。鏡を見ると、妖しい魅力を持った覆面レスラーがこちらを見返している。
(ダークフォックス・・・)
 自然とその名前が浮かんでいた。そのとき、小包の中に手紙も入っていたことに気付く。送り主は、<地下闘艶場>となっていた。
(またあのリングに上がれって言うの・・・)
 <地下闘艶場>のリングは男達の欲望に塗れた場所。そこでは遥は生贄にしかすぎない。もう二度と上がりたくない、それが正直な気持ちだった。
(でも・・・)
 この覆面を着けてリングに上がりたいという気持ちも静かに湧き上がってきている。二つの相反する感情に遥は悩んだ。
「よし・・・!」
 遥は携帯電話を持ち、ダイヤルをプッシュし始めた。


 二週間後、<地下闘艶場>の控え室に遥、否、「ダークフォックス」の姿があった。
 先程から鏡を何度も見返しては首を振っている。すると何か思いついたのか、女性の黒服を呼ぶと覆面を外す。その黒服に化粧道具を持ってきて貰い、生まれて初めてのメイクをして貰う。アイシャドウ、口紅を引いてもらい、改めて覆面を被る。濃い目のルージュが妖しい魅力を引き立てている。
「これは・・・お似合いですよ」
 女性黒服もお世辞ではなくそう褒め、ダークフォックスは自分の見立てが間違っていなかったことに満足した。

 ダークフォックスは黒いガウンを羽織り、ゆっくりと花道を歩く。リングでは、覆面を着けた二人組みが待っていた。両者とも同じ体格で、同じ覆面、同じ色のタイツ、同じ色のリングシューズ。前回の対戦相手、マンハッタンブラザーズの二人だった。一人一人の実力はそれ程でもないが、コンビネーションは一級品である。
(・・・っ!)
 脳裏にあの日の光景が蘇るが、無理やり抑え込み、リングへと上がる。
「赤コーナー、マンハッタンブラザーズ1号!」
 1号がコールに答え、右手を上げる。
「青コーナー、『堕ちた純真』、ダークフォックス!」
 コールと同時に、ダークフォックスがガウンを脱ぎ捨てる。ガウンの下のコスチュームは黒を基調として赤い線が踊っており、胸元、両脇腹、背中が菱形にくりぬかれている。リングシューズも同じく黒。全身が黒で統一されたダークフォックスの姿は怪しい色気を纏っていた。その色気に当てられ、観客から一際大きな歓声が起こる。
 このコスチュームは、遥が招待状に書かれた連絡先に電話し、マスクを作った本人に(間接的に)製作を依頼したものだった。できれば本人に直接要望を伝えたかったのだが、それははっきりと断られ、電話口の相手に自分のイメージを伝え、コスチューム作成を依頼した。その出来栄えは予想以上のものだった。
(これなら、ヒールだってやれる)
 コスチュームを自宅に送って貰って初めて身に着けたとき、こういう動きをしたい、という欲求がふつふつと湧いてきたのを思い出す。
(そうだよ、自分のやりたい動きが見つかったんだ。ここまで来たらやるしかないよ!)
 改めて気合を入れ直し、試合プランを頭の中で組み立てていった。

「久しぶりだなピュアフォックス選手。ああ、今はダークフォックスだったな。元気だったか?」
 1号のボディチェックを終えたレフェリーがにやつきながらダークフォックスに近寄ると、そのまま両手をバストに伸ばし、鷲掴みにする。
「うふっ、もうちょっと優しくしなきゃだ・め・だ・よ♪」
 ダークフォックスはレフェリーの両手首を強く握り、バストから引き剥がす。
「ねえレフェリー、一つ提案があるんだけど」
 手首を放し、逆に一歩近づく。
「な、何だ?」
 突然の行動に、レフェリーは思わず仰け反る。
「今回の対戦、マンハッタンブラザーズの二人対私の変則マッチにして欲しいんだ」
「ほほう・・・あ、いや、俺の一存じゃあちょっと・・・」
「その後は、私と貴方でゆっくりと・・・ね?」
 レフェリーの胸板を指でつつきながら媚びてみる。
「そ、そうだな、それじゃあ・・・」
「あ、あと一つ。二対一なんだから、レフェリーは私に手出ししないこと。さすがに三対一じゃきついもの。ね? お・ね・が・い♪」
 不快感を隠してバストを押し付けるように抱きついてやる。
「んー・・・しょうがないなぁ。今回だけだぞ?」
 恩着せがましく言いながらも、レフェリーは鼻の下を伸ばして頷く。
「約束破ったら、『後のこと』は無しだからね?」
「ああ、わかったわかった」
 レフェリーはマイクを持つと、観客へマンハッタンブラザーズ対ダークフォックスの変則マッチになったことを説明する。観客もその変更でダークフォックスの嬲られる姿が見られると喜び、歓声でそれに応える。レフェリーはマイクを返すと、ゴングを要請した。

<カーン!>

(大丈夫、いつも通りやればいいんだから・・・)
 震えだしそうになる体を叱咤し、マンハッタンブラザーズの二人と向かい合う。普通にやってもマンハッタンブラザーズとレフェリーの三人掛かりで来るのは目に見えている。それを二対一に持ち込んだのだから条件は良くなっている筈だ。マスクのおかげか色仕掛けも自然にできた。後は、実力でマンハッタンブラザーズを叩きのめすだけだ。
(とは言っても、油断はできないよね。さて、最初は・・・)
 マンハッタンブラザーズの二人はダークフォックスを挟み込むように位置取りしてくる。
「まずは、こうだ!」
 1号をドロップキックで倒し、即座に立ち上がって2号にもドロップキックを叩き込む。バネの効いたドロップキックに、マンハッタンブラザーズの二人が吹き飛ばされる。
(よし、体が動く。やれるよ!)
 試合前の不安を振り払ったような鋭い攻撃だった。しかし、立ち上がったマンハッタンブラザーズが手を伸ばすと、あの日の光景がフラッシュバックする。自分の身体へと伸ばされる男達の手、手、手・・・
 硬直は一瞬だったが、その隙に1号にフルネルソンに捕らえられてしまう。2号はダークフォックスに近寄り、無防備なバストを掴む。その瞬間、怯えを怒りが上回った。
「気安く触んないで、よっ!」
 怒りに任せ、2号の金的に膝をぶつける。股間を押さえて崩れ落ちる2号は気にせず、フルネルソンの力が緩んだ瞬間腕を抜き、1号へ肘打ちから金的を決める。
「おい、金的は反則だぞ!」
「ごめんね、ついカッとなっちゃった。許してくれるよね?」
 レフェリーの胸元にしなだれかかるように甘えてみせると、レフェリーは鼻の下を伸ばして頷いてしまう。
「しょ、しょうがねぇなぁ。次は気をつけるんだぞ」
「勿論だよ。あ・り・が・と♪」
 サービスで投げキッスをしてやる。普段の自分なら絶対にしないような行為に、自分自身が驚く。
(これがダークフォックスなんだ。男の金的も躊躇なく蹴って、女の色気も使うヒールレスラー)
 レフェリーとのやり取りの間にダメージを回復したマンハッタンブラザーズは、何か目配せすると1号が2号の腕を持ってダークフォックスへと振る。
「こんな攻撃!」
 カウンターのトラースキックを合わせたダークフォックスだが、1号は死角となった下からスライディングキックでダウンを奪う。
「しまっ・・・」
 1号はそのままダークフォックスに覆い被さり、立ち上がった2号もその上に乗る。
「くっ、重い!」
 次に1号と2号がそれぞれ両脚でダークフォックスの片手片足を捕らえ、股裂きに極める。そのままフリーな両手を使い、ダークフォックスのバスト、太もも、秘部を撫で回す。
「くっ・・・んぁぁっ!」
 喘ぐダークフォックス。その声が妙に色っぽい。誘われるようにレフェリーも手を出しかけるが、「後でゆっくり」の約束を思い出し、なんとか踏みとどまる。
「ギブアップか、ダークフォックス?」
「・・・まだだよ、これくらいじゃ終われない!」
 腰の回転で強引に体を傾け、1号を2号にぶつける。そのパワーに、観客から驚きの声が上がる。しかしマンハッタンブラザーズは完全に離れたわけではなく、ダークフォックスの体を持ち上げ、そのままリングへと叩きつける。
「うぐっ!」
 背中を強打したダークフォックスの動きが止まる。1号は倒れたダークフォックスの体をうつ伏せにして両脚を抱え、膝を曲げて腰を落とし、中腰の体勢になる。そのまま両手を持ってダークフォックスの体が宙に浮くほど引き、変形の釣り鐘固めに極める。
「あぐぅっ!」
 背骨、肩に痛みが走り、ダークフォックスの口から苦鳴が漏れる。動けないダークフォックスに2号が近づき、無防備なバストを掴む。
「ダークフォックス、ギブアップか? ギブアップだろ?」
 最早哀願に近い調子でレフェリーがギブアップの確認を行う。目の前の獲物に手が出せず、生殺しに近い状態に置かれているのが辛いらしい。
「ま、まだまだ、だよ」
 バストを揉まれながらも不敵に笑うと、ダークフォックスは1号の両手を逆に掴み、両脚で1号の胴を締め付け、そこを支点にして思い切り上体を後方に振り、その勢いで1号に体重をかける。1号は突然の反撃にバランスを崩し、両手をダークフォックスに捕まえられているため受身がとれず、後頭部をリングに打ち付けてしまう。
 軽い脳震盪を起こした1号はダークフォックスを放してしまい、素早く立ち上がったダークフォックスは2号をノーザライトスープレックスに捕らえ、1号の上へと落とす。
「ほらほら、これで終わりじゃないよ?」
 もう一度2号を立たせたダークフォックスは、ノーザンライトボムでリングに突き刺す。1号も同様にした後二人を無理やり立たせ、ダークフォックスはマンハッタンブラザーズの二人の頭を両腕で抱え、DDTを同時に掛ける。小柄とはいえ大の男二人を同時に投げたダークフォックスに、観客から拍手が起きる。
「よーっし、とどめ行くよーっ!」
 ダークフォックスはコーナーポストに駆け上り、観客に投げキッスをしておいてからムーンサルトプレスを放つ。美しい放物線を描いたダークフォックスの体は、過たずリング中央で大の字になったマンハッタンブラザーズの真上に着弾する。最早ピクリとも動かないマンハッタンブラザーズを、二人同時にフォールする。
「ワン、ツー、・・・スリーッ!」

<カンカンカン!>

 スリーカウントが完璧に入り、観客から大声援が起こる。ダークフォックスは右腕を掲げ、誇らしげに勝ち名乗りを受けた。
(勝った・・・これでまた、リングで闘える。後は・・・)
「約束通り、この後は付き合って貰うぞ」
 小声で話しかけてくるレフェリーに、ダークフォックスはマイクをねだった。レフェリーは別に疑いもせずにマイクを渡す。
「今日は声援ありがとう!」
 ダークフォックスの挨拶に、観客も拍手で応える。
「観客の皆、一つ提案があるんだけど!」
 ダークフォックスの言葉に場内が静まる。
「私はもう一戦したいと思うんだけど、皆も見たくない!?」
 観客は歓声でそれに応えた。
「対戦相手は・・・レフェリーよ! 皆の中にも、レフェリーだけが毎回良い思いしていることに内心ムカついている人もいるでしょ? 今日は皆に代わって、私がレフェリーにお仕置きしてあげたいと思うの! 賛成の人は拍手をちょうだい!」
 ダークフォックスの煽りに観客から段々と拍手が鳴り始め、様子見していた者も、周りの雰囲気につい拍手をしてしまう。最後には大きな拍手となって場内に鳴り響き、「レ・フェ・リー!」コールが巻き起こる。
「おいちょっと待て、何で俺が・・・!」
「最初に言ったでしょ? 『後でゆっくりと』って。それにほら、こんなに観客が沸いてるんだもの。このまま終わるのってまずくない?」
 レフェリーは助けを求めるようにリング下を見るが、誰もリングに上がろうとはしない。

<カーン!>

 それどころか、レフェリーの合図無しにゴングが鳴らされた。
(くそっ、『御前』もやれって言ってるのか! こうなったら、やってやるよ!)
 女を嬲ることには慣れているが、格闘技など齧ったくらいしかない。やけくそでパンチやキックを出してみるが、ダークフォックスにかすりもしない。大振りのパンチをかわされ、後ろを取られてフルネルソンに極められる。容赦なく締め上げられ、肩と首から痛みが襲ってくる。
「いてぇぇぇっ!」
 しかし、背中からは押し付けられたバストの柔らかな感触が伝わってくる。レフェリーは痛みと気持ち良さを同時に味わう。しかし段々と痛みが増し、思わずギブアップを言いそうになった瞬間、フルネルソンから解放される。
「レフェリー、まだ終われないよ? 始まったばかりだもんね♪」
 ダークフォックスが笑みを浮かべて指を振る。その笑みが恐い。
「く、くそぉっ!」
 焦りから前に出るが、カニ挟みからあっさりとダウンを奪われる。
「ぎゃぁぁぁっ!」
 リングに腹這いにされ、肩固めを掛けられる。肩に激痛が走るが、太ももと股間の感触がたまらない。手の甲にはバストが押し付けられ、柔らかな感触を伝えてくる。痛みにもがいていると、またも技を外される。
「さあ、次は何がいい?」
 ダークフォックスがにこやかにリクエストを聞いてくる。その笑顔の迫力に押され、レフェリーはじりじりと後ずさる。最後にはコーナーに追い詰められてしまう。
「うわ・・・うわぁぁぁっ!」
 自分でも意味不明の叫び声を上げたレフェリーが、ダークフォックスに突進する。それを軽くかわし、ダークフォックスはドラゴンスリーパーに極める。レフェリーの首、左腕、背中がギシギシと嫌な音を立てるが、ダークフォックスのEカップのバストが顔面に押し付けられ、幸せな柔らかさを感じさせてくれる。
(て、天国と地獄だ・・・!)
 バストの感触を味わいながらレフェリーが痛みにもがく。その動きが少しずつ弱くなっていき、ぐったりと脱力する。

<カンカンカン!>

 レフェリーが落ちたのを確認し、ゴングが鳴らされる。ドラゴンスリーパーから解放されたレフェリーは、恍惚の表情を浮かべていた。


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