【第二十二話 稲角瑞希:ジークンドー 其の二】

 犠牲者の名は「稲角瑞希」。17歳。身長162cm、B86(Dカップ)・W62・H88。太い眉、大きな瞳のボーイッシュな魅力を持つ勝気な高校生。髪型はボブカットで襟足だけ伸ばし、三つ編みにしている。幼い頃に「燃えよドラゴン」を見て以来ブルース・リーに憧れ、15kmも離れたジークンドー道場へと通っていた。左頬にうっすらと真横に走る傷があるが、これは高校一年のとき、近所を走り回る暴走族が五月蠅いからとヌンチャクを手に殴り込みをかけ、メンバーの男6人を病院送りにしたときにナイフで切られた跡である。
 前回の<地下闘艶場>で破れた瑞希は、ヌンチャクを使えば負けることはなかったとねじ込んだ。運営委員会は次の条件を呑むならヌンチャクの仕様を認めるとした。

1. 相手も武器を使っていいこと。
2. ボディチェックの最中にレフェリーに暴力を振るわないこと。
3. 用意された衣装を必ず着用すること。

 たいした条件ではないと思った瑞希はこの条件を全て承諾した。このことが彼女を前回以上のセクハラ地獄に堕とすとも気付かずに。


「こ、こ、こ、こ、こ・・・」
 今回用意された衣装を見たとき、余りの驚きで声が出なかった。
 幅の狭い白いチューブトップブラと白いハイレグTバック、それに白いエプロン。水着だけ身に付けてみたが、露出が多すぎて恥ずかしい。仕方無しにエプロンを着けたが、正面から鏡を見ると何も着けていないように見え、そのくせ胸の谷間ははっきりと見えている。
 瑞希はガウンを纏い、入場までひたすら後悔し続けた。

「赤コーナー、アシュタルト・デフォー!」
 対戦相手は手に胸元までしかない長さの棒を持ち、濃い紺色の着流し姿だった。日本人ならなにも違和感はなかったのだが、顔は彫りが深く、長めの金髪を後ろで縛る姿はどう見ても外国人だった。
「青コーナー、『ミス・リー』、稲角瑞希!」
 自分の名前がコールされてもガウンを脱がずにいる瑞希に、場内から大きなブーイングが投げつけられる。
「稲角選手、ガウンを取ってボディチェックを受けて貰おうか」
「ちょ、ちょっと待ってよ、だって衣装が・・・」
 ガウンを脱がないといけないのはわかるが、恥ずかしさからどうしても脱げない。
「条件を呑んだのはお前だろう? なんならこのまま没収試合にしてもいいんだぞ。そのときは賞金もないし、お前の着てきた服も処分させて貰うけどな」
「くっ・・・!」
 レフェリーの正論に反論できず、しぶしぶながらガウンを脱ぐ。その途端、観客から一斉に叫び声が起こる。正面の姿も後ろ姿もメガトン級の破壊力だった。
「さて、ではボディチェックを受けて貰おうか」
「・・・変なことしないでよね」
 レフェリーはまずはエプロンを肩口から押さえていき、盛り上がったバスト部分に手を当て、軽く指を動かす。
「んな、なにやってんの!」
「なにって、ボディチェックだろうが。嫌ならやめようか? そのときは試合放棄と見做してお前の失格だ」
「・・・」
 なにか言い返してやりたいとは思うが、怒りと恥ずかしさで言葉が出てこない。その間もレフェリーは瑞希のバストから手を放さず、どんどんと大胆に揉み始める。
「も、もうそこはいいでしょ、他に行ってよ!」
「それもそうだな。よし、エプロンの前をめくれ」
 この指示に瑞希が固まる。レフェリーはバストを揉む手を止めずに再度同じ指示をだす。
「後で覚えてろよ!」
 悔し紛れに吐き捨て、勢い良くエプロンの裾をめくる。だが恥ずかしさから中途半端な高さで止めてしまう。
「おいおい、もっと高くめくるんだよ。よく見えないだろうが」
 バストを揉みくちゃにしながらレフェリーがにやつく。瑞希は半ばやけくそでエプロンの裾を高々とめくった。
「よーし、そのまま持ってろよ」
 そう言ったレフェリーはTバックで剥き出しになったヒップを鷲掴みにし、撫で回してくる。
(もう少しだから、もう少しで終わるから・・・!)
 自分自身に必死に言い聞かせて耐える。股間にかかる鼻息が余計に怒りを煽る。ヒップから手を放したレフェリーは、股間の割れ目に指を這わせる。
「ななななな!」
「うん? 嫌ならやめるか? その場合は失格で・・・」
「・・・は、早く終わらせてよ! もう嫌ぁ!」
「くくっ、それならじっくりと調べてやるよ。ここは大事なところだからなぁ」
 レフェリーはにやにやと笑いながら秘部の感触を楽しむ。
「ううっ、ボ、ボクはこんなことされるためにリングに上がったんじゃないのに・・・!」
「くくっ、こっちはそのつもりで契約したんだぜ? しかも今回は稲角選手から出せ出せって押しかけてきたんだろうが。今更泣きごと言うなよ」
 秘部への愛撫は執拗を極め、淫核の辺りにも刺激が加えられる。その度に瑞希は体をびくりと震わせる。
 レフェリーがボディチェックを終えたとき、瑞希は半泣きになっていた。

<カーン!>

「マドモアゼル瑞希、お手柔らかにね」
 白い歯をキラリと光らせ、アシュタルトが挨拶してくる。
「うるさい、バカーーーっ!」
 技も何もなかった。激情のままにヌンチャクを振り回す。しかし、アシュタルトは動じることも無く手にした棒でヌンチャクの連打を叩き落としていく。
「僕はフランス人なんだけど、日本の文化、特に時代劇が好きでね。クロサワの『七人の侍』やキタノの『座等市』なんて最高だよ。侍のように武道を学びたかった。でも、人と同じことはしたくなくてね、そこで行き着いたのが杖術の道だ」
 悔しさから目茶苦茶にヌンチャクを振り回していた瑞希だったが、全ての攻撃がアシュタルトにかすりもしないことで冷静さを取り戻す。
「キミ、やるね」
「お褒めに預かり恐悦至極」
 難しい日本語も使いこなすアシュタルトは、優雅に一礼して見せる。
「それじゃ、これからが本番だよ」
「望むところですよ」
 瑞希は両手にヌンチャクを持ち、右手を肩口に、右脇下に左手を置き、アシュタルトを見据える。
「へえ・・・マドモアゼル瑞希、その構えだけでかなりの実力だとわかるよ。僕も本気で応えよう」
 アシュタルトは左半身に構え、杖先を瑞希に突きつける。この構えに、瑞希もアシュタルトの実力がかなりのものだと見抜く。
「ほぅあぁぁぁっ!」
 雄叫びと同時に左手でヌンチャクを振る。アシュタルトも先程のように杖で簡単に打ち落とすことができず、後手後手に回ってしまう。冷静になった瑞希はヌンチャクを自在に扱い、隙を見つけるのが難しい。しかも構えられたヌンチャクはどちらが飛んでくるかわからず、手首の返しで様々に変化する。
「これは・・・少し甘く見ていましたか・・・!」
 思わずヌンチャクの動きに気を取られていたアシュタルトに、瑞希のインステップキックが炸裂する。
「ぐっ!」
 アシュタルトのガードが一瞬遅れ、胸を蹴られる。
「どぉだい!」
 得意げに鼻を擦る瑞希だったが、激しく動いたことでTバックが食い込み、無意識に食い込みを直してしまう。瑞希の気が逸れた瞬間、アシュタルトは杖でエプロンをめくる。
「なっ!」
 ついエプロンを押さえてしまった瑞希はその隙を突かれ、杖を胸の谷間に突き込まれるようにしてブラをずり落とされる。エプロンのために乳首を露出することは防げたが、恥ずかしさから真っ赤になってしまう。
「な、な、な、なんてことするんだ! フェミニズムを持ってないのかキミは!」
「ふふっ、僕は日本が好きだけど、日本の女の子も大好きなんだ」
 瑞希は慌ててブラを直そうとするが、アシュタルトは手加減した突きでそれを邪魔する。それどころか杖でバストを弾ませ、乳首を狙って軽くつつく。
「んなっ、やめろよ変態!」
「変態は酷いな、マドモアゼル瑞希。熱いアモールを届けたいだけなのに」
「アモールだかクロールだか知らないけど、ボクの体で遊ぶな!」
 距離を取り、ヌンチャクを肩に掛けてブラを元に戻す。その隙だらけの瑞希を黙って見ているアシュタルトではなく、今度はTバックをずり落とす。
「うきゃーーーっ!」
 これには瑞希も高速で元に戻す。
「な、な、んな・・・」
「残念、見えなかったか」
「なんてことするんだキミはーーーっ! み、み、水着をずらされちゃったら見えるかもしれないだろ!」
「それが狙いだったんだけどね」
 ケロリとして言うアシュタルトに、瑞希の堪忍袋の緒が切れた。顔から血の気が引き、左頬の傷だけが紅く燃える。
「・・・殺す」
 その目に籠ったものは、紛れもなく殺気だった。怒りの頂点を超えてしまったため、逆に頭の芯が冷え、ヌンチャクを構える姿に力が漲る。
「これは・・・ちょっとまずかったかな」
 初撃はなんとか受けることができたアシュタルトだったが、後に続く連撃はかわすのが精一杯だった。薄皮が少しずつ削ぎ取られ、着流しが切れ、避け損なった部分は赤くなり、見る間に腫れ上がっていく。
「仕方ない、か・・・」
 短い一呼吸で気息を整え、突く。
「はっ!」
 アシュタルトの一撃は、正確に瑞希の鳩尾へと吸い込まれた。
「げはっ、げぇぇぇっ!」
 鳩尾を突かれ、地獄の苦しみに襲われる瑞希だったが、倒れることだけはしなかった。痛みに喘ぎながらもアシュタルトを睨みつける。
「ごめんね、マドモアゼル瑞希。女の子に痛い思いはさせたくなかったんだけど、手加減できないほど君は強かったんだ。だから、僕の美学に反して急所を突いて動きを止めさせてもらった。それでも倒れない君には驚かされるよ」
「・・・ボクは、こんな一撃で倒れたりしないよ・・・絶対にキミに勝つんだから!」
 心は折れなくても、体はもう付いてこなかった。ヌンチャクのスピードは目を覆いたくなるほどの緩やかさだった。音高く杖に弾かれたヌンチャクは、瑞希の手から離れていった。
「あ、ああ・・・」
「悪いけど、とどめだよ」
 アシュタルトの杖が瑞希の右脇下に入り、軽々と持ち上げ、リングへと投げつける。
「くはぁっ!」
 肺の空気を吐き出し、動きが止まった瑞希にアシュタルトが覆い被さる。
「綺麗だよ、マドモアゼル瑞希。汗も、この傷すらも君の美しさを損なわない、いや、余計に美しさを高めているよ」
 傷をなぞり、アシュタルトがそこに口づけする。
「え、え、え?」
 初めて異性から容姿を褒められたことで、瑞希は動転してしまう。
「勿論魅力的なのは顔だけじゃない、ほら、ここも・・・」
 アシュタルトはバストを擦ると、柔らかく愛撫していく。
「あ、こら、駄目だよそんなとこ・・・」
「仕方ないじゃないか、こんなに魅力的なんだから。男だったら誰だって触られずにはいられないのさ」
 アシュタルトはエプロンの隙間から手を入れ、ブラ越しにバストを揉む。
「あ、駄目だってばぁ!」
「どうして? ほら、ここはこんなになってるのに」
「だって、それは・・・ふやぁぁぁっ!」
 立ち上がりかけの乳首を摘まれ、瑞希が甘い声を洩らす。アシュタルトは瑞希の抵抗が弱いと見ると、ブラの中に指を進入させ、直接乳首を捏ねる。
「いやだ、そんなことしたら見えちゃう!」
「そんなことしないよ、マドモアゼル瑞希。他の男に見せるなんて、そんな勿体ないことするもんか」
 このアシュタルトの科白が聞こえた観客から怒声が投げられる。
「まったく、無粋な連中だね。僕とマドモアゼル瑞希の仲を嫉妬しているのかな」
 アシュタルトは左手で乳房を揉み、指で乳首を弾くように刺激する。右手は瑞希の体に沿って下ろしていき、エプロンの裾を捲り、秘部へと到達する。
「あ、そ、そこは・・・!」
 驚く瑞希をなだめるように、アシュタルトが優しく秘部をさする。レフェリーの自分勝手なものとは違い、瑞希を気持ち良くさせてくれる。
「ふぁぅ、や、だめだよ、ダメぇっ!」
 何時しか鼻にかかった声を出し始めた瑞希の表情に、初めは文句を言っていた観客達も、リング上での痴態を食い入るように見つめていた。
 瑞希を優しく愛撫していたアシュタルトが、瑞希の目を見つめる。
「マドモアゼル瑞希、君みたいな猛々しくも美しい日本女性は初めてだ。僕のお嫁さんになってくれないか」
「え、えぇぇぇっ!?」
 驚きに開かれた口は、アシュタルトの口に塞がれた。
「!!」
「・・・ぷはっ。どうだろうマドモアゼル瑞希、僕は次男坊だから、君の家に婿養子に入ってもいいんだ。ちゃんとフランス語の講師としての職も持っているから、君を養うこともできる」
「おいアシュタルト、お前何本気で口説いてんだよ!」
「本気で口説くのが可笑しいですか? 僕は本気も本気ですよ、マドモアゼル瑞希に心を奪われてしまったのだから」
 レフェリーの怒声にもアシュタルトは動じない。瑞希の目を見つめ、思いを込めて口づけする。この光景に、観客からは野次と冷やかしが送られる。中には、滅多に見れない濡れ場を興味津々で眺めている者もいる。
「マドモアゼル瑞希、どうだろう、僕と結婚してくれないか?」
「・・・ょ」
「え、聞こえないよ」
「こんなとこでのプロポーズ、本気で信じられるわけないでしょーっ!」
 ごぎっ、という音と共に、アシュタルトの首が曲がる。瑞希の肘打ちで顎を打ち抜かれたアシュタルトは、力を失い瑞希の上に覆い被さる。
「よいしょ、っと。レフェリー、カウント!」
「あ、ああ・・・ワン、・・・ツー、・・・」
 急転直下の展開に、レフェリーも思わず素直にカウントを進めてしまう。
「・・・スリー」

<カンカンカン!>

 あまりに呆気ない幕切れに、観客からは大ブーイングが巻き起こった。瑞希は手早くガウンを羽織り、愛用のヌンチャクを拾うと花道をダッシュで逃げる。
(・・・キス、されちゃった。初めてだったのに。顔も好みだったし、ちゃんとしたシチュエーションだったら・・・)
 自分の頭に浮かんだ気持ちを必死に打ち消し、瑞希は控え室へと駆け込んだ。胸のドキドキは闘いのせいだと自分に言い聞かせながら。


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