【第二十五話 エキドナ:不明】

 犠牲者の名は「エキドナ」。年齢非公開。身長不明、スリーサイズ不明。<地下闘艶場>のリングに、初めて正体不明の選手が上がった。勿論<地下闘艶場>の演出ではあるのだが、観客もその趣向に興味をそそられていた。


「赤コーナー、マスク・ド・タランチュラ!」
 マスク・ド・タランチュラはいつものように蜘蛛をイメージしたマスクを被り、エキドナを見つめる。その両腕が常人とは明らかに違う。立っていながら自分の膝にまで余裕で届く長さだった。
「青コーナー、エキドナ!」
 マスク・ド・タランチュラの視線の先にいるエキドナも、蛇の模様の描かれたマスクを着けている。確認できるのはマスクから見えている目と口。衣装であるレスリングタイツは首から胴体を隙間なく覆い、蛇の鱗を思わせるデザインがされている。レスリングタイツの胸元は盛り上がり、腹部は引き締まり、腰周りでまた張り出している。身体に張り付いたレスリングタイツによって魅力的な肢体が浮かび上がっており、どこかエロティックな印象を与える。
「なーんか、どっかで会った気がするんだよな」
 マスク・ド・タランチュラが首を傾げながら言う。
「そうなのか? ま、俺が確かめてやるよ」
 今回はマスク・ド・タランチュラだけでなく、レフェリーにもエキドナの正体は知らされていない。
 レフェリーはマスク・ド・タランチュラのボディチェックを終えると、エキドナに近づく。マスクに包まれていても、その切れ長の目が素顔の美しさを物語っている。
「へへ、じゃあボディチェックを・・・」
 バストに伸ばされたレフェリーの手が払われ、頬を叩く小気味良い音が響く。
「・・・触らないで」
 低く抑えられた明らかな作り声。レフェリーは打たれた頬を押さえ、エキドナを睨む。
「後悔するぞ」
 レフェリーは脅迫めいた一言を投げつけ、ゴングを要請する。

<カーン!>

「さーて、マスクの下にはどんなお顔があるのかなぁ」
 今までマスク・ド・タランチュラが<地下闘艶場>で対戦した相手は、「栗原美緒」、「藤嶋メイ」、「ピュアフォックス」、「沢宮琴音」、「沢宮冬香」の五人。おそらくこの中の誰かではないか。
(ま、闘ってみればわかることか)
 無造作に距離を詰めようとしたマスク・ド・タランチュラだったが、強烈なハイキックを叩き込まれる。
「ぐおっ!」
 寸前でガードしたものの、その威力が半端ではない。骨まで響いた一撃に、慌てて距離を取る。
(これだけの蹴り、打撃系の奴じゃないと無理だぜ。ってことは空手家のメイかテコンドーの冬香ちゃんか?)
 だが、本当にこの二人のどちらかだろうか、今一つ自信が持てない。考えを巡らすマスク・ド・タランチュラに、エキドナの容赦ない攻撃が叩き込まれる。
「うおっと、ちょっと待った・・・うひょっ!」
 エキドナはキックを上下に打ち分け、マスク・ド・タランチュラのガードを揺さぶる。マスク・ド・タランチュラの目が横からの動きに慣れたところで、臍の位置に腰の効いたバックスピンキックを蹴り込まれた。
「ぐはっ!」
 鍛え上げた筈の腹筋を衝撃が抜け、内臓までダメージが届く。膝をつきそうになるのを耐え、エキドナから距離を取る。
(っつぅ・・・ヤバイな、こんな蹴り何発も食らってたらダウンしちまう)
 だがレスラーらしく表面上は効いていないという顔をして、エキドナを見る。
(うぇ、もんの凄い眼で睨みつけてやがる。相当恨みのある眼だな、ありゃ)
 対戦相手の女性全員から恨まれているのだから、これだけでは候補は絞れない。
(何とか捕まえられればな・・・おっぱいの一つも揉めばわかると思うんだが)
 五人ともそれぞれ違う味わいのバストだったので、触ればわかるのではないか。そう考えるマスク・ド・タランチュラだったが、エキドナの蹴りの鋭さに中々近づくことができない。
(しゃあねぇ、二、三発もらう覚悟で行きますか)
 長い手で顔面、胸部、腹部を完全にガードし、じりじりと間合いを詰めて行く。その狙いがわかったのか、エキドナはマスク・ド・タランチュラの周りを回るように動いていく。重心移動が巧みなため隙がない。しかも動きながら軽いフェイントもいれてくるため、前に出るタイミングが掴めない。
(そう簡単にはタックルに行けないか・・・でもな)
 巧みに誘導した甲斐があり、エキドナをコーナーに追い詰める。
「貰った!」
 一気にタックルに行くが、腰高のタックルだったため足元からすり抜けられ、コーナーポストに衝突してしまう。慌てて振り返ったが、エキドナのハイキックが側頭部へと叩き込まれた。
「お・・・」
 そのままマスク・ド・タランチュラの体がリングに横倒しになる。エキドナがフォールに入った瞬間、マスク・ド・タランチュラの目が開く。
「やっと捕まえたぜ」
「!」
 素早く反転して暴れるエキドナを押さえつけ、バストを掴む。
「この大きさだと・・・D、いやEかな? コスチュームで寄せられててよくわからんなぁ」
 体にピッタリとしたコスチュームのため、手にはバストの感触がダイレクトに伝わってくるが、エキドナの正体に繋がる記憶は呼び起こされない。
「うーん、直に触ればもっとよくわかるんだが・・・」
「この・・・放せ!」
 エキドナの肘で腕を打たれ、バストを掴んでいた手を放してしまう。エキドナはマスク・ド・タランチュラの胴を蹴り飛ばし、後転で距離をとる。
「今の声も、聞き覚えがある気がするんだよな。な、そうだろ?」
 マスク・ド・タランチュラの呼び掛けをエキドナは黙殺し、バストを掴まれたことで、殺気すら感じさせる視線で睨みつけてくる。
「まただんまりか。まぁいいさ、今度は身体に教えてもらうぜ。じっくりと、な」
 またも腕で体の前面をガードし、エキドナとの距離を詰める。
(キックの速さにもだいぶ慣れてきたからな、今度は捕まえてやるぜ)
 エキドナの蹴りに集中していたため、エキドナのタックルにあっさりとダウンを奪われる。
「え、な、なんでキックでこないんだ?」
 エキドナがタックルにきたことに驚いたが、馬乗りになってくるエキドナのバストを掴んで攻撃を阻止する。
「は、放しなさいよっ!」
「放せと言われて素直に放すわけないだろうが」
 マスク・ド・タランチュラはもう放さないとばかりに、しっかりとバストを掴む。エキドナが無理にその手を弾いたことで、コスチュームが不平の声をあげるように音高く裂ける。
「きゃぁぁぁっ!」
 バストを覆っていたコスチュームの部分を破かれ、エキドナは悲鳴を上げて立ち上がる。
「おおっ、おっぱいが見えた・・・へぶっ!?」
 上半身を起こしたマスク・ド・タランチュラはエキドナの乳房に目を奪われ、顔面への蹴りをまともに食らう。痛みを堪えて横に転がり、追撃をかわす。
「いつつ・・・顔面蹴ってくるのは酷いんじゃねぇの?」
「そうだぞエキドナ選手、倒れている選手への打撃は反則だ!」
 レフェリーはエキドナの後ろから抱きつき、剥き出しの乳房を掴む。
「お、いいぞレフェリー、そのまま捕まえとけよ」
 レフェリーがエキドナを捕らえたのを見て、素早く立ち上がりエキドナの前に立つ。
「こうなったらこっちのもんだな。まずはおっぱい・・・おいレフェリー、代われ」
「代わってたまるか、この生の感触が・・・おっほぉ!」
「くそっ、じゃあこっちを弄らせてもらうか」
 レフェリーの拘束から逃れようと身を捩るエキドナの秘部に手を伸ばし、秘裂に沿って指を往復させる。
「くっ、放しなさいよ!」
 相変わらず低い作り声を出すエキドナに、にやけた笑みで応える。
「そんなこと言っても、放してもらえないのはわかってるだろ? 人を散々蹴飛ばしてくれたんだ、それなりのお返しをさせてもらわなきゃなぁ」
 目の前で形を変える乳房を眺めながら、秘部を弄る。秘部の感触もいいが、やはり乳房を触りたくなる。
「レフェリー、交代しろよ!」
「しょうがないな、わかったよ」
 レフェリーは渋々といった様子でエキドナの両腕を抱え、マスク・ド・タランチュラをフォローする。マスク・ド・タランチュラは乳房を鷲掴みにし、形を確かめるようにやわやわと揉み立てる。
「へへっ、やっぱり直接揉むと違うな。うーん・・・やっぱり前に揉んだことのあるおっぱいに間違いないな。誰だったかな、この感触は・・・おごっ!」
 首を傾げながらエキドナの乳房を揉み続けていたのに、突然の衝撃に顔が真上に跳ね上がる。エキドナが狭い空間を通し、マスク・ド・タランチュラの顎を蹴り上げたのだ。
「・・・」
 肉体を鍛え上げ、凄まじい耐久力を誇るレスラーと言えど、見えない角度からの蹴りを顎にもらってはダウンするしかなかった。

 次の瞬間には、眩しいスポットライトが目に飛び込んでくる。
(なんだ・・・えらく眩しいな。俺は・・・試合中か? ああそうか、エキドナって覆面姉ちゃんと闘ってたんだっけ)
 認識が現状に追いついた瞬間、素早く立ち上がる。
(やっべ、軽い脳震盪起こしてたみたいだな)
 エキドナはと見ると、丁度レフェリーの拘束から逃れたところだった。どうやら意識を失っていたのは僅かの時間だったらしい。その上、エキドナはこちらに気づいていない。
「もらったぁ!」
 勝利を確信し、エキドナにタックルにいく。
 掴んだ、と思った瞬間、エキドナの体は宙に浮いていた。マスク・ド・タランチュラに背を合わせるように前方に宙返りしたエキドナの右腕がマスク・ド・タランチュラの首にかけられ、そのままの勢いでリングに後頭部を叩きつけられる。下手をすれば首の骨を折りかねない危険な技に、会場が静まり返る。
 静寂の中、エキドナは胸を隠してマスク・ド・タランチュラをフォールする。
「・・・ワン、・・・ツー、・・・」
 レフェリーのゆっくりとしたカウントだったが、エキドナは焦ることなくフォールしている。
「くっ・・・スリーッ!」

<カンカンカン!>

 スリーカウントが入り、ゴングが鳴らされて試合終了となった途端、スタッフ達が慌ててマスク・ド・タランチュラの元に駆け寄ってくる。
「やっと、勝てた」
 エキドナの呟きに、マスク・ド・タランチュラはその正体を確信した。
(ははっ、やっぱりあの子か、思った通りだった、ぜ・・・)
 その思いは口から出ることはなく、そのまま意識の淵に沈んでいった。


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