【第三十話 本多柚姫:古武術】

 犠牲者の名は「本多柚姫」。20歳。身長157cm、B85(Eカップ)・W59・H84。父親が板前で、柚姫も幼い頃から包丁を握って料理に親しんでいた。高校生の頃には父親の店を手伝うようになり、高校を卒業してからは親元を離れ、修業のため各地を転々とした。最近は客寄せのため、胸元にサラシを巻き、諸肌脱ぎで魚をさばくというパフォーマンスを行っている。そのいなせなパフォーマンスが<地下闘艶場>の情報網にかかり、柚姫は言葉巧みに<地下闘艶場>へと誘い込まれた。


「用意したのが半被いっちょってなどういうことだ!」
 控え室に柚姫の怒号が響く。主催者側が用意した衣装で闘うことを了解したものの、まさか半被一枚だけが渡されるとは思わなかった。
「ちゃんとサラシも用意していますが?」
 目の前の黒服を着、首にチョーカーを着けた銀髪美女は、慇懃無礼という言葉通りの態度で接してくる。
「サラシはまだいいさ、だけどな、半被と来たら下は短パンくらい用意するのが当たり前だろ!」
 その態度がまた頭に来て、柚姫の声が高くなる。
「申し訳ありませんが、今回の衣装はこれだけです。もし嫌だと仰るなら、契約不履行ということになりますが、宜しいですか?」
「ああ、もうそれでいいさ。帰らせてもらうよ」
 自分の荷物を持って踵を返そうとした瞬間、銀髪美女の笑顔が目に入る。
「では、契約不履行の際に発生する違約金をお支払い頂きましょうか」
「・・・違約金?」
 思わず足を止めると、いつの間に取り出したのか、目の前に契約書が突きつけられる。
「ここに書いています。どうぞご覧ください」
「『体調不良その他の理由により試合を行えない場合、違約金を支払うこと』・・・幾らだい」
 少しくらいなら貯金がある。不愉快極まりないが、自分が世間を知らなかったということだろう。高い授業料だったと思って支払うことにする。
「この額になります」
 美女が見せた書類には、想像もしなかった金額が書かれていた。
「ふざけんじゃないよ! こんな金額払えるかってんだ!」
「では、衣装を着て闘って頂けますか?」
 美女の目にははっきりとした嘲りの色がある。もし闘いもせず、違約金も払わずとなれば、次に待っているのは裁判だろう。いや、そんな生易しいものではないかもしれない。目の前の銀髪美女が持つ危険な雰囲気、豪華な控え室、そして高額の違約金・・・裏の世界の催し物だと考えれば、辻褄が合う。
「・・・わかった」
 ここまで来れば、柚姫にできることは闘うことだけだ。着替えるからと銀髪美女を追い出して、柚姫はサラシを巻き、半被を身に着けた。半被のサイズが大きいため直接下着が見えることはないが、少しでも屈むと見えてしまいそうだ。太ももが剥き出しなのも恥ずかしい。
「くそっ、くそっ、くそっ・・・」
 柚姫は怒りのまま言葉を吐き出しながら、ウォーミングアップを行った。先程の美女が入場を告げると、その顔を睨みつけ、ガウンも纏わず花道に向かった。

 会場に入った柚姫を、観客の歓声と厭らしい視線が迎えた。柚姫は気にも留めず真っ直ぐリングに向かい、上がる。待っていたのはレフェリーらしき男と、にやけた若い男だった。対戦相手が男だったことも柚姫の怒りを煽る。

「赤コーナー、早矢仕杜丸(はやしとまる)!」
 早矢仕は柚姫の剥き出しの太ももとサラシに隠された胸元に視線を止め、口元を緩める。
「青コーナー、『江戸っ子料理人』、本多柚姫!」
 柚姫は火が出るような視線で早矢仕を睨みつけ、微動だにしない。

「それじゃ、ボディチェックを受けてもらおうかな」
「触るな」
 欲望を剥き出しにして近づくレフェリーに、柚姫は鋭い視線で応じる。
「凶器を持ってないかどうかわからないだろうが。料理人なんだから、包丁を隠し持ってるかもしれないだろ?」
「なるほどな・・・わかった、脱げばいいんだろ」
 柚姫は半被を脱ぎ捨て、サラシを外す。締め付けられていた胸元が解放されると、巨乳が弾むようにその姿を露わにする。
「どうだ? 下も脱ぐのか?」
 柚姫は腰に手を当て、レフェリーを睨みつける。レフェリーは柚姫の迫力に気圧され、もごもごと何か呟くと半被を拾って手渡す。柚姫は手早くサラシを巻き、半被を纏い、帯を締める。レフェリーは柚姫の服装が整うのを待ち、試合開始の合図を出す。
「ファイト!」

<カーン!>

「えへへっ、柚姫ちゃん、いい脱ぎっぷりだったね。もう一回見せて・・・」
 早矢仕が言い終わる前に、柚姫の掌底がその顔面を捉えていた。早矢仕の体は後方に倒れ、ロープの反動で戻ってくる。そこに柚姫の肘が鳩尾に突き刺さり、早矢仕は声もなく倒れ、それきり動かなかった。これを見たレフェリーは慌てて試合を止め、ゴングが鳴らされる。

<カンカンカン!>

「おい、銀狐!」
 早矢仕を一蹴しても、柚姫の怒りは収まらなかった。リング下にいた銀髪の女性黒服を指差し、吼える。
「私のことか?」
「そうに決まってるだろ! こんなもんじゃ気が晴れやしない。上がれ、叩きのめしてやる!」
 女性黒服は薄く笑い、上のスーツを脱ぐとリングに上がる。袖のボタンを外し、ワイシャツの首元を緩めて動きやすくする。この光景に、観客から驚きの声が上がる。その中には、彼女の正体を知る者もいた。

「赤コーナー、『銀豹』、ナスターシャ・ウォレンスキー!」
 ナスターシャは柚姫へ向かって口元を歪め、美しくも小憎らしい笑みを浮かべる。
「青コーナー、『江戸っ子料理人』、本多柚姫!」
 柚姫はナスターシャを睨みつけ、口を引き結ぶ。
「よしナスターシャ、ボディチェックを・・・」
「引っ込んでいろ。今日はあのときとは状況が違う。お前から体を触られる必要などないぞ」
「しかしな・・・」
「そうだぞ! 私は自分で脱いでまで凶器を持ってないことを証明したんだ。お前だけ特別扱いってのはおかしいだろ!」
 思わず柚姫が叫ぶと、ナスターシャは肩を竦める。
「私はお前が闘いたいと言うからリングに上がったんだ。もしボディチェックを受けろと言うなら、この闘いはなしだ」
 そう言うとナスターシャはさっさとリングを降りようとするが、柚姫が呼び止める。
「・・・わかった。そのままでいいさ。私と闘え!」
「ふふっ、いいだろう。やろうか」
 レフェリーは不満気だったが、何も言わずにゴングを要請する。

<カーン!>

(こいつ・・・強い!)
 ナスターシャと向き合った柚姫は、瞬時にその実力を見抜く。
 構えたときの重心の位置、腰の落とし、必要最低限しか入っていない力など、格闘技を齧っただけの者では出せない迫力を持っている。なによりも、その目が恐ろしい。口には微笑をたたえているものの、切れ長の目はまったく感情を感じさせない。
 柚姫は知らず相手の出方を窺う心理状態になっていた。
「どうした? 自分から誘っておいてにらめっこはないだろう」
 挑発だとはわかっているものの、ナスターシャの言葉は柚姫を動かした。
「はぁっ!」
 気合と共に顔面へと掌底を繰り出すが、ナスターシャは軽く身体を沈めることでこれを避け、右のフックをボディに入れる。
「ぐぅっ!」
 思わずお腹を押さえた柚姫の顎に、ナスターシャのアッパーが襲い掛かる。
「くっ!」
 ぎりぎりでこれを避けた柚姫だったが、その隙にナスターシャから半被の帯を取られてしまう。そのため半被の前が開き、サラシに包まれたバストが観客の目に晒される。先程無造作に巻いたためにサラシの位置が少しずれ、胸の谷間が見えている。
「ふふっ、人に喧嘩を売っておいて、大したことはないな」
 ナスターシャは柚姫に見せつけるように帯を振って見せる。柚姫の口元からぎりぎりと歯を食い縛る音が洩れるが、今度は挑発には乗らずに構える。
「あとは半被とサラシ、それとパンティ、か」
 ナスターシャは帯をリングの外に投げ捨て、柚姫に向かって構える。
「次は、どれがいい?」
「ふざけるなぁっ!」
 柚姫は一気に間合いを詰め、掌底の連打を繰り出す。しかしナスターシャは、その鋭い攻撃をことごとく打ち払って見せる。
(さすがに強い・・・だけどなっ!)
 掌底で顔面を狙うと見せかけた柚姫の右手が、払おうと動いたナスターシャの左手袖の肘辺りを捕まえる。
「つおあっ!」
 気合と共に変型の巴投げでナスターシャを投げ捨てる。しかしナスターシャも自ら飛び、受身を取ってダメージを最小限に抑える。柚姫は捕らえた左手を極めようと狙うが、ナスターシャは体を回転させるようにして逃れ、それをさせない。
「やってくれるな。思ったよりも楽しめそうだ」
 ナスターシャの口に笑みが浮かぶ。そう意識した瞬間、ナスターシャは柚姫の目の前に迫っていた。
「くっ!」
 体を捻って避けたと思った柚姫だが、半被の裾を掴まれ、動きを止められる。
「しまっ・・・」
「遅い!」
 次の瞬間には、ナスターシャのタックルでリングに腹這いに倒されていた。足を極めに来たのを察知し、ロープを掴んでそこを支点として体を回し、ぎりぎりで脱出する。
「ほう・・・やるな」
 ナスターシャが本気で感嘆する。素早く立ち上がった柚姫は固い表情でナスターシャを睨む。
「それでは・・・こういうのは、どうだ?」
 ナスターシャの蹴りのコンビネーションが柚姫の脇腹、太ももを叩く。威力、速度とも柚姫の予測を上回り、打たれた部分が変色する。
「くそっ」
 柚姫は一旦距離を取ると、自ら半被を脱ぎ、左手に巻きつける。
「自分から脱ぐ気になったか。どうせならサラシも外したらどうだ?」
 ナスターシャの揶揄は気にせず、半被を腕に巻いたまま構える。
「それで私の攻撃を受けようというのだろうが・・・上手くいくかなっ?」
 言葉と同時に襲い掛かるナスターシャのハイキックに合わせ、柚姫の左手から半被が伸びる。
「なにっ!?」
 予想しなかった攻撃に、ナスターシャもハイキックの軌道を変えて半被を叩き落す。しかしその一瞬に生まれた隙に、柚姫の貫手が胸元へと吸い込まれる。
「ちぃっ!」
 脚を振った勢いを使って上半身を捻るが、完全には避け切れずに柚姫の抜き手がナスターシャのシャツの胸元を破り、ダークパープルのブラが覗く。
「へっ、随分と派手なブラ着けてるな」
 ここぞとばかりに反撃する柚姫に、ナスターシャの表情が厳しくなる。
「貴様・・・私を本気で怒らせたいらしいな」
 ナスターシャから炎が噴き出たかと思う程の殺気が放たれる。その圧力に、柚姫はつい一歩退いていた。
「!」
 その瞬間、ナスターシャのタックルが柚姫へと迫る。柚姫はタックルを切ろうと上から体を被せるが、ナスターシャの四肢が蛇のように絡みつき、マットへと引きずり込まれた。
「ぐぐぅっ!」
 うつ伏せの状態で右手を捕らえられ、ナスターシャの右脚で首を押さえられている。腕ひしぎ裏十字固めとも言うべき技で、関節に奔る痛みがもがくことを許さない。
(ロ、ロープ・・・!)
 左手を伸ばせばロープに届くかもしれない。痛みを堪え、必死に手を伸ばす。それに気づいたナスターシャは止めるそぶりも見せず、口元に笑みを浮かべる。
「そう簡単には逃れられない・・・ぞっ!」
 指を伸ばしてサラシの要を外し、掴んで揺することでサラシをずらしていく。既に緩んでいたサラシは、柚姫のバストの曲面に沿って少しずつずれていく。
「な・・・くぅぅっ!」
 柚姫は思わずロープに伸ばしていた左手を胸元に戻してしまい、痛みに呻く。
(このままじゃジリ貧だ、なら!)
 左手を自分の体の下に差し込み、体を仰向けにしようと試みる。しかし次の瞬間、一瞬にして膝固めに捕らえられていた。
「ううっ・・・ぐわぁっ!」
 両手を握り込むことで、膝から奔る痛みに耐える。
「おっと、折角サラシも緩んだんだ。もう一度、バストを観客の皆さんに見て貰え」
 ナスターシャは柚姫の体を揺することで、サラシを少しずつではあるがずらしていく。揺らされるたび、柚姫の唇から苦悶の声が洩れる。
「本多選手、ギブアップか?」
 レフェリーがギブアップの確認をしながら、柚姫のバストに手を伸ばす。
「おい、余計なことをするな。今回は審判としてだけ働け」
 ナスターシャの冷たい声に、レフェリーの手が止まる。
「そんな固いこと言うなよ、ちょっとくらい・・・」
「駄目だ」
 取り付く島もないナスターシャに、レフェリーはぶつぶつと文句を言いながらも柚姫から離れる。
「ぐぅぅっ・・・!」
 柚姫は膝に走る痛みを耐え、ロープににじり寄る。
「頑張るな・・・なら、このリングに相応しい責め方をしてやろうか」
 ナスターシャはもがく柚姫の秘部に指を伸ばす。
「! な、なにしゃぁがる!」
「なに、少しばかり恥ずかしい姿を観客に見て貰おうかと思ってな」
 ナスターシャは柚姫に笑顔を見せながら、下着の上から秘部を優しく撫でる。偽りの優しさだとは言え、敏感な部分を優しく責められると女の本能が目覚め始めた。
「くっ・・・やめろ、くそぉっ!」
「下品な言葉遣いだな。お里が知れるぞ」
 嘲りながら柚姫の秘部を責めるナスターシャに、観客から後押しの声援が飛ぶ。
「くそっ、やめろ、くぅっ、んんっ!」
 秘部への責めをやめさせようとすると痛みが、ロープへ逃れようとすると快感が邪魔をする。痛みと快感という相反する感覚が柚姫を襲い、ナスターシャから逃れられない。
「ぅぁぁっ、や、やめ、ろぉ!」
「なんだ? 気持ちよすぎて堪らないか?」
 ナスターシャの巧みな愛撫に、秘部が潤いをたたえていく。レフェリーも手を出そうとするが、ナスターシャの強い視線に渋々引き下がる。秘部への愛撫が続けられると、粘りのある水音がし始める。
「ふふっ、喜んで貰えてなによりだ」
(ふっざけやがって・・・くそぉっ!)
 柚姫の負けん気の強さが頭をもたげ、一瞬ではあるが痛みと快楽を抑える。
「くぅおぉぉぉっ!」
 身体に与えられる刺激を堪え、必死にロープへと手を伸ばす。左手がロープへと届くとナスターシャはルール通りに柚姫を解放するが、柚姫は体を震わせ、ロープに掴まりながら漸く立ち上がることができた。
 しかし立ち上がったものの、上半身はふらつき両手がだらりと下がり、下半身は膝が曲がって腰が定まらず、最早意地で立っているようにしか見えない。緩んだサラシは辛うじて乳房に引っかかっているだけで、ほぼ下着一枚となった美女の姿に、観客から下も脱がせと声が飛ぶ。
「これで、とどめだ!」
 ナスターシャの高速タックルが柚姫に迫る。その瞬間、柚姫の右手が動いた。
「せいりゃぁぁぁっ!」
 気合と共に、弧を描いた右の掌底がナスターシャの無防備な背中に叩き込まれる。遠心力、腰の落とし、重力、リングを使った柚姫の一撃は、ナスターシャに致命的なダメージを与えた。
 だがリングに叩きつけられた瞬間、ナスターシャの左手が柚姫の足を払う。一撃に賭けた柚姫はこれを避けることも受身を取ることもできず、リングに背中と、一瞬遅れて後頭部を強く打ちつけ動きが止まる。
 このまま両者は動かず、レフェリーは一瞬ためらった後両者を指差したままテンカウントを開始する。
「ワン・・・ツー・・・スリー・・・」
 レフェリーもいつになく真剣な表情でカウントを取る。カウントが進んでも、柚姫もナスターシャも立ち上がろうとしない。いや、立ち上がることができない。
「ファイブ・・・シックス・・・セブン・・・」
 テンカウントが近づくにつれ、観客達も身を乗り出すようにして柚姫とナスターシャに注目する。
「ナイン・・・テン!」

<カンカンカン!>

 両者が倒れた状態のままテンカウントが数えられ、ゴングが鳴らされる。<地下闘艶場>初のダブルKOでの決着だった。死力を尽くし、リングに横たわる二人の女闘士に観客からは称賛の拍手が送られた。


第二十九話へ   目次へ   座談会 其の六へ   第三十一話へ

TOPへ
inserted by FC2 system