【第三十四話 凪谷渚:凪谷流柔術】

 犠牲者の名は「凪谷渚」。17歳。身長155cm、B81(Dカップ)・W54・H82。くせっ毛をショートカットにし、跳ね回る髪を逆にチャームポイントにしている。太目の眉が目を引くが、凛々しい顔に良く似合っており、時代遅れだと笑う者もいない。
 代々継承された凪谷流柔術の後継者で、物心つく前から柔術を叩き込まれた。師匠である父親から厳しく仕込まれ、今では学校のヤンキーグループからも避けられる存在となっている。
 ある日、渚はある場所へ行き、凪谷流柔術の実力を遺憾なく発揮するように命じられた。師匠に逆らうことなどできず、渚は<地下闘艶場>へと参戦することとなった。


 渚に用意された衣装は、有名ファミレス店員の制服のようだった。オレンジを基調としたデザインがいかにもそれっぽい。ウエストがコルセット状になっていて下からバストを押し上げ、丁度胸の谷間が覗く位置に穴が開けられている。下は少し体を傾けるだけでスカートの奥まで見えそうなミニのフレアスカート。それに白のガーターストッキング。
(親父殿・・・じゃない、師匠の言いつけだからと参加したのに。こんな衣装を着させられるとは思いもしなかったよ)
 父親は詳細を知らせず、<地下闘艶場>と呼ばれるリングで闘うことを命じてきた。柔術の選手として参加しろということは、父親としてではなく柔術の師匠としての言葉だということだ。師匠の言葉には逆らうことができず、渚は淡々と出場を受け入れた。その結果がこんな衣装に繋がるとは思ってもみなかったが。
(師匠はこのことを知ってたのか?)
 ふと浮かんだ疑問を、自ら打ち消す。知っていたなら、父親として絶対に出場させなかった筈だ。渚は大きく深呼吸したあと、ガウンを纏って入場を待った。

 花道を進む渚に、欲望に満ちた視線が纏わりつく。ガウンの上からでも、粘つくような視線が感じられる。
(こいつら、私の身体目当てか)
 欲望剥き出しの視線に、自然と体が強張る。それでもリングに上がらねば闘いにもならない。渚は視線を黙殺し、花道を足早に進んだ。

 リングで渚を待っていたのは、蝶ネクタイを締めた男と、もう一人の男だった。
(男が相手か!)
 表情までもが強張ったことに、渚自身は気づいていなかった。
(でも、師匠は凪谷流柔術の実力を示せと言った。闘って、勝つ!)
 渚の目が細められる。男だろうが女だろうが、勝てばいいだけだ! 覚悟を決め、対戦相手を見据える。
「赤コーナー、ヴァイパー!」
 ヴァイパーと呼ばれた男はボディタイツを纏い、その名の通り蛇を思わせる冷たい瞳と絞り込まれた肉体を持つ男だった。
「青コーナー、凪谷流柔術継承者、凪谷渚!」
 渚の名前がコールされると、観客からの下品な野次が飛ぶ。指笛を鳴らす者もおり、渚は不快感と居心地の悪さを味わう。ガウンを乱暴に脱ぐと、観客からの野次が一層大きくなる。
(くっ、こいつら・・・!)
 胸元や太ももに特に粘っこい視線を感じる。それでも体を隠すような弱みは見せず、真っ直ぐに立つ。そこに、ヴァイパーのボディチェックを終えたレフェリーが近づく。
「さて、ボディチェックだ。逃げたり、途中で俺に手を上げるような場合は反則負けとするからな」
「・・・わかった」
 試合前から負けを宣告されては、実力を示すことなどできはしない。
「素直で結構。それじゃ始めるぞ」
 しかしレフェリーの手がバストを掴んだ瞬間、反射的にレフェリーの手首を極めていた。
「痛ぇっ!」
「あ、わ、悪い、わざとじゃないんだ」
 慌てて技を解く渚だったが、レフェリーは手首を押さえたまま渚を睨む。
「・・・反則負けになりたいのか?」
「本当に悪かった、もうしないから負けにするのはやめてくれ」
 渚は両手を後ろで組み、逆らう意思がないことを示す。
「そうか、ちゃんと反省しているようだな。それなら今回だけ特別に見逃すが、二度目はないぞ」
 レフェリーはにやりと笑うと、先程の続きとばかりにバストを掴んでくる。
「んんっ・・・」
「そんなに声を我慢しなくてもいいんだぞ。触られたらしょうがないんだからな」
 唇を噛んで耐える渚に、レフェリーが話しかける。バストを揉んでいた左手を下ろし、秘部を弄る。
「え、そこは・・・!」
「何を驚いてるんだ? ここも調べるのは当然だろう」
 レフェリーはにやつきながら、渚の秘部を撫で回す。
「そんな・・・」
 渚の呟きなど気にも留めず、レフェリーは秘裂に沿って指を前後させる。右手で体中を弄りながら、左手で秘部を擦る。
「も、もういいだろう? そろそろ・・・」
「これだけたっぷりとした布を使っているんだ。隠し場所も多いから念入りに調べなきゃいけないんだよ」
「そんな・・・くぅっ」
 渚の訴えにも耳を貸さず、レフェリーはボディチェックをやめようとはしなかった。

 渚にとって長い時間が経過した後、漸く試合が開始される。

<カーン!>

 ゴングが鳴らされると、渚もヴァイパーも重心を低く構える。このことが、両者ともに組み技を得意とするスタイルであることを思わせる。
 リング上で円を描くようにして動きながら、両者の間合いが狭まっていく。既に目に見えない組み合いが始まっていた。渚、ヴァイパー共に手を伸ばせば相手に届く距離でぴくりぴくりと体を振るわせる。
 両者の距離がほんの指先一つ分縮まった瞬間、常人には目で追えない速さで組み手争いが行われる。
(くっ!)
 しかし、渚にとっては最初から不利だった。レフェリーの執拗なボディチェックで集中できておらず、またヴァイパーのボディタイツは掴めるところが殆どなく、こちらの衣装は掴める箇所だらけ。それに加え、コルセット部分が邪魔で動きが阻害される。しかもスカートが短いため、下着が見えてしまうのではないかとの思いが渚の切れを奪う。
 組み手争いはヴァイパーに凱歌が上がり、渚は左袖と胸元を掴まれ、足を刈られて圧し掛かられる。
「これしき!」
 瞬時にヴァイパーの頭を抱え込み、膝を立てて腹部への打撃を狙う。その狙いに気づいたヴァイパーが腕ひしぎ十字固めに移行しようとするが、渚は下から三角締めを狙う。これを嫌ったヴァイパーが一旦離れ、渚も静かに立ち上がる。この密度の濃い攻防に、目の肥えた観客も称賛の拍手を送る。一部は攻防の際に見えた、渚の下着に送られたのかもしれない。
「カハッ、カハハッ、女の身でそこまで動けるとは。嬉しい誤算だ。もっとだ、もっと私を楽しませてくれ!」
 ヴァイパーの目が見開かれ、涎を垂らさんばかりの表情となる。
「お断りだっ!」
 渚は喉へ拳での当身を放つ。ヴァイパーが受け止めると素早く肘打ちを出し、これも掴まれた瞬間、掴まれた腕を支点にして投げを打つ。しかし、投げられたと見えたヴァイパーの体が渚へと絡みつき、右腕を極めつつリングへと押さえ込む。
「あうっ」
「カハハッ、甘いな! 下着が見えるのが恥ずかしいのか? そんな腰が引けた投げが私に通じるものか!」
 もがく渚を見下ろしていたヴァイパーだったが、舌なめずりをすると渚の胸元に手を伸ばす。
「!」
 シャツの隙間から手を捻じ込まれ、ブラの上からバストを掴まれる。
「げ、下衆な!」
「ゲス? 難しい日本語を言われてもわからんよ」
 ヴァイパーはバストを捏ね回し、その感触を味わう。
「くぅっ!」
 右腕の痛みを堪え、左手でヴァイパーの肘の急所を叩く。力が緩んだ瞬間、体を捻じってヴァイパーの下から抜け出す。無理に脱出したためシャツの一番上のボタンが飛び、白いブラがちらりと覗く。
「バストに少し硬さがあるな。ヴァージンか?」
「っ!」
 ヴァイパーの揶揄に、渚の顔が紅潮する。それ自体が答えだった。
「そうか、それは悪かった。ヴァージンならもう少し優しく触ったほうが良かったな」
「・・・黙れぇっ!」
 自分を女だと、欲望の対象だと見られたことで頭に血が上る。

 渚の父親はよく、渚が男ならばと愚痴をこぼしていた。男ならば凪谷流柔術後継者として嫁を取り、直系に伝えることができた。それに、女には闘えない日が月に一度はある。これらのことが師匠である父親には耐え辛いことだったのだろう。
 時折聞かされる父親の遠回りの非難に、渚は自分が女であることにコンプレックスを抱くようになり、卑猥な冗談や写真などに過剰に反応するようになっていった。

「うぉぉぉっ!」
 怒りそのままに突っ込んだ渚だったが、飛行機投げでリングに叩きつけられる。
「ぐふっ!」
 動きが止まったところを馬乗りになられ、シャツの合わせ目を掴まれる。
「ヴァージンのブラ、はっきりと見せて貰おうか!」
 言葉と共にシャツの前が無理やり破かれ、白い飾り気のないブラが覗く。
「やっ・・・!」
 渚は、悲鳴を上げた自分に自分で驚いた。ただブラを剥き出しにされただけなのに、まるで普通の女の子みたいに悲鳴を上げるとは・・・
 ブラを両手で隠し、そのまま後じさって逃れようとしたが、それを許すほどヴァイパーは甘くなかった。素早く左足を踏まれ、右足首を持たれたまま大きく脚を開かれる。露わになった渚の下着に、観客から大きな拍手が起きる。
「!」
 渚は体を丸め、自分の足を踏んでいるヴァイパーの足を取りにいく。指が届いた瞬間にヴァイパーが足を引き、渚は自由になった左足で右足首を持つヴァイパーの手を蹴り上げ、両脚の自由を回復する。ヴァイパーは無理せず後方に逃れ、渚も素早く立ち上がる。
「やるなヴァージン。的確な判断だ」
 嘲るようなヴァイパーの物言いに、渚の顔が朱に染まる。ブラを隠すことも忘れ、一気に距離を詰める。双手刈りと見せかけ、顎に掌打を打つ。
「ぬっ!?」
 鋭い一撃に、ヴァイパーもぎりぎりでブロックする。しかしがら空きの腹部に、渚の肘が突き刺さる。
「ぐふぅっ」
 苦鳴を洩らしながらも、ヴァイパーが渚のシャツを掴み、絡め取る。すると渚は何を思ったか自らシャツから腕を抜き、前宙から両脚で後ろ蹴りを放ってヴァイパーの腹部を蹴り、素早く逃れる。
「ほほぅ・・・よく気づいたな」
 ヴァイパーはシャツをそのまま後ろに引いて肘辺りで拘束しようとしたが、意図に気づいた渚が自らシャツを脱ぎ捨てたのだ。
「少々虫が良すぎたようだ。だが、ブラが剥き出しになったな」
 ヴァイパーの揶揄に、渚は両手で胸元を隠す。
「そのまま闘おうというのか? 愚かだな!」
 ヴァイパーが伸ばす手を渚は左手だけで防御する。ブラを隠しながら片手で払うくらいで敵う相手ではなく、仕方なく両手で防御しようとした瞬間、ヴァイパーの右足がスカートを捲る。
「きゃっ!」
 渚が可愛い悲鳴を上げ、飛び下がる。これには観客からも冷やかしの笑いが漏れる。
「スカートを捲られたくらいで情けない。所詮はヴァージンか」
 ヴァイパーはにやつきながら距離を詰める。胸を隠すことを諦め前に出ようとした渚だったが、不用意に踏み込んだことで風車式バックブリーカーで腰を打たれる。
「がはっ!」
 痛みに渚の動きが止まった。そのため、ヴァイパーに悠々とスカートを破り取られてしまう。
「いい格好になったなぁ、ヴァージン。だが、まだ脱がすものが残っているぞ」
 ヴァイパーはスカートを投げ捨て、余裕を持って構える。
「く・・・そっ・・・」
「なんだ、まだ回復しないのか? ならば・・・次はこいつだな」
 ヴァイパーは左手で渚を押さえつけ、右手でコルセットの紐を緩めていく。
「な・・・やめろ、このぉ!」
 渚は暴れもがいて抵抗し、なんとかロープに逃れることに成功した。しかしとうとうコルセットまで外され、ガーターストッキングを残して下着姿にされてしまう。飾り気のない下着が逆に渚らしく、清潔な色気を醸し出している。
(私は・・・ここまで弱かったのか。女であることに引きずられ、羞恥に負けるほど・・・)
 自問自答は短い間だった。父の「お前が男だったなら」という言葉が頭を過ぎる。
(それでも、私は!)
「カハハッ、後はブラとパンティだなヴァージン! どっちから脱がされるのが望みだ?」
 ヴァイパーは無造作に近づいて手を伸ばすが、強烈な受けで弾かれる。渚の表情は前髪に隠れて窺えない。
「無駄な抵抗を!」
 それでもまだヴァイパーには余裕があった。しかし、繰り出す手が尽く跳ね返される。
(なぜだ、さっきまでは楽に闘えたというのに!)
 ここでヴァイパーは、自分が致命的なミスを犯したことを悟った。獲物をひん剥くことに夢中になったため、自分が掴める部分まで無くしていってしまったことに気づかなかったのだ。
「・・・もう、終わりにしようか」
 下着に白のガーターストッキング姿となった渚が、ゆらりと距離を縮める。
「ふん、ヴァージンが偉そうに。全裸となってもそんな口が利けるかな?」
 構えたヴァイパーの人中(鼻の下の急所)に、渚の一本拳が突き刺さった。
「がふぅっ!」
 羞恥心を乗り越えた渚の動きは、敏捷な野生動物を思わせた。苦痛を堪えてヴァイパーが渚の腕を掴もうとしたときには逆にヴァイパーの腕を取り、そこを支点として自らの体軸を回転させて投げを打つ。
「がぁぁぁっ!」
 その投げはヴァイパーの左肩を破壊していた。ヴァイパーの鼓膜に靭帯の切れた音がはっきりと残る。
「ぬぐぉぉぉ・・・おのれ、ヴァージンのくせに・・・」
 それでも立ち上がったヴァイパーだったが、渚の双手刈りからの踵固めにまた悲鳴を上げさせられる。
「くそっ、くそっ、くそぉっ!」
 もがきながら片足で立ち上がったヴァイパーの臍に、一本拳が突き刺さる。
「・・・ぐふぅ」
 反射的に渚を捕らえようとした右手は空を切り、一本背負いで宙へと浮かされる。
「しっ!」
 渚は宙に浮いたヴァイパーの脇下を抱え、渚の体重も加えて脳天からリングに逆落としにする。リングに転がったヴァイパーの意識はもうなかった。白目を剥き、泡を吹いて痙攣するヴァイパーを見たレフェリーが、慌ててゴングを要請する。

<カンカンカン!>

 ゴングが鳴らされ、渚も漸く息を抜き、いつもの自分に戻れた。しかし冷静になった途端、自分の格好に羞恥心が戻ってくる。
「きゃーーーっ!」
 渚は盛大な悲鳴を上げると破れたシャツを体に巻きつけ、脱兎の如くリングから逃げ出した。その姿は凪谷流柔術の後継者ではなく、ごく普通の女の子だった。


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