【第四十九話 ケイナ・バン・ヒュクレイン:サバット】

 犠牲者の名は「ケイナ・バン・ヒュクレイン」。19歳。身長156cm、B88(Fカップ)・W57・H89。肩上までの長さで明るい色の髪にシャギーを入れ、愛嬌のある丸い目を隠している。ベトナムで生まれ育ち、工学博士を夢見て現在は日本の大学に通っている。祖父がフランス人のためかベトナム人離れした彫りの深さで、日本でもナンパされることが多い。(いつも恥ずかしくなって逃げてしまうが)
 祖父がフランス人の関係で、ケイナはフランスの格闘技・サバットを学んだ。並みの実力ではなく、ケイナを外国人だと見てしつこく絡み、暗がりに連れ込もうとした男達三人を一人一撃で蹴り伏せた。その噂を聞きつけた<地下闘艶場>から、ケイナは堕煉のリングへと招かれた。


 ケイナに用意された衣装は、故郷ベトナムの民族衣装・アオザイだった。しかし「そう言われれば」というレベルで、上着のスリットは脇下まで入れられ、ズボンはホットパンツ並みに丈をカットされている。改造アオザイはケイナの肢体にぴたりと張りつき、そのプロポーションを浮き上がらせている。
「酷いです、こんなのアオザイに失礼ですよ」
 どこかずれた感想を洩らしながら、靴を履き替える。用意された靴はサバット用のもののように見えたが、靴裏が薄く、普通のスニーカーほどしかない。
(大丈夫かな、こんな靴で)
 こんなことなら自分のものを用意するんだった。後悔するには遅すぎた。

 花道へと進んだケイナに、観客から声援、否、卑猥な雄叫びが投げつけられる。ケイナにもわかるほどの露骨なもので、ケイナは耳を覆いながらリングへと走った。

 リングの上には、蝶ネクタイを締めたレフェリーとガウンを纏った男性がいた。
「嘘・・・今日闘うのって、男の人ですか?」
「ああそうだ。嫌ならやめるか?」
 レフェリーの言葉に、ケイナは慌てて首を振った。自分にはファイトマネーが必要なのだ、絶対に!

「赤コーナー、火筒剛(ごう)!」
 火筒の頭は見事に禿げ上がり、逆に頬、鼻下、顎など顔の下半分はヒゲが覆っている。自分の名前がコールされると、ガウンの紐に手を掛ける。
「きゃーーーっ!!」
 火筒がガウンを脱ぎ捨てた瞬間、ケイナの悲鳴が会場中に響く。火筒が身に着けていたのは褌一本のみだった。胸から腹部にかけて毛が密生しており、腕や脚も毛で覆われ、なんと背中にまで毛が生えている。
「人の体を見て悲鳴を上げるとは、なんと失礼な娘さんだ」
 火筒が憤慨するが、ケイナはもうまともに火筒を見ることができなかった。
「青コーナー、『越仏の結晶』、ケイナ・バン・ヒュー!」
 そのため、自分の名前がコールされてもただきゃあきゃあと言っているだけだった。
「ケイナ選手、ボディチェックだ」
 騒ぎ続けるケイナにうんざりした様子のレフェリーが、それでもいつもどおりボディチェックを行おうとする。
「え、でも相手の人にはしていなくないですか?」
 少し落ち着きを取り戻したケイナがレフェリーに指摘する。
「褌一丁の男にボディチェックしてどうするんだ」
 レフェリーがケイナに突っ込む。それもそうかと納得したケイナだったが、レフェリーにバストを触られ悲鳴を上げる。
「どどど、どこを触っているのですか!」
 驚きの余り、固い日本語でレフェリーに抗議する。
「どこって、衣装の上から触らなきゃ凶器の有無がわからないだろうが」
 ケイナのバストを揉みながら、レフェリーがにやける。
「嫌なら別にこっちは構わんよ。ファイトマネーを払わないだけだからな」
「あ・・・」
 今のケイナにはお金が必要だった。正確に言えば、学費が必要だった。

 両親からの仕送りはあったが、それほど裕福ではないケイナの実家にとって仕送りはかなりの負担だった。現実に、ここ何ヶ月かは仕送りの額が半減している。更に円高まで加わり、このままでは生活もままならない。
 そんなときに<地下闘艶場>の誘いがあったのは、天の配剤と思われた。百万円ものファイトマネーがあれば、今年の学費はなんとかなる。生活費はバイトで稼げる。
 逆に言えば、ファイトマネーがなければケイナは学費を払えないかもしれない。最悪、勉学半ばにして帰国しなければならないかもしれない。
 そこに付け込まれると、ケイナにはどうすることもできなかった。

「さあどうする? さっさと決めてくれ」
 バストを揉みながらレフェリーが促す。
「・・・あ、あの」
 口を結び、また開く。
「ボ、ボディチェックを、その・・・お願い、します」
「そうか、ならどこを触られてもじっとしているんだぞ」
 どこを触られても。この言葉に危険を感じるが、もう抵抗は許されない。
 レフェリーは身を固くするケイナのバストを下から弾ませ、羞恥心を煽る。
「うぅっ・・・」
「抵抗したきゃしていいぞ。その時点で試合もなくなるけどな。しかし結構な大きさだな、何カップだ? EかFか・・・もしかしてGか?」
「し、知りませんそんなこと」
「知らない筈はないだろう。いや、知らないなら俺がじっくりと調べてやろう」
 レフェリーの指が厭らしく動き、ケイナのバストを揉み込んでくる。
「ご、ごめんなさい! Fです! Fカップです! だからもう調べないでいいです!」
「なんだ、俺に嘘を吐いたのか? それなら、罰を与えなきゃいけないなぁ」
 レフェリーの右手がバストから放れ、ケイナの股間へと移動する。
「きゃーーーっ!」
 ケイナの耳を劈くような悲鳴に、レフェリーがよろめく。
「な、何て声を出すんだ」
「だって、だってあんなところを触るなんて、だって・・・」
 ケイナの顔は青くなり、自分の体を抱き締めていた。
「そうか、ボディチェックを受けたくないんだな?」
 そのレフェリーの言葉で諦める。ゆっくりと両手を下ろし、視線を逸らす。
「う、受けたいです、受けさせてください・・・」
「そうか、そこまで言われたらしょうがないな」
 レフェリーが必要以上に近づき、体を密着させてくる。左手はヒップを撫で、右手で先程の続きとばかりに秘部を撫でてくる。
「うぅっ・・・」
「鍛えているせいだろうな、お尻の感触が堪らん。それに、こっちも柔らかくていい感触だぞ」
 俯くケイナの顔を覗き込むようにしながら、レフェリーはボディチェックという名のセクハラをやめようとはしなかった。

「さて、これ以上観客を待たすわけにもいかないからな」
 レフェリーは最後にバストを一揉みしてケイナから離れた。漸くボディチェックが終わり、ゴングが鳴らされた。

<カーン!>

 試合が始まったばかりだというのに、ケイナは半べそをかいていた。
(お、お、男の人に、あんなことまでされた・・・)
 初めて味わった粘つくようなセクハラ行為に、心が千々に乱れる。そのため、火筒のタックルに反応が遅れた。
「あっ!」
 胴タックルから素早くバックを取られる。そのまま火筒に抱きつかれ、剥き出しの腕に体毛の感触が伝わる。
「ひぃぃっ!」
 その気色悪さに全身の毛が逆立つ。しかもそれだけでは終わらず、火筒の両手がバストを鷲掴みにしてくる。
「おお、確かに大きい。感触もなかなかだ」
「ふわわ、レフェリー、この人私の胸・・・ひぃぁっ!」
 火筒の指がおぞましく蠢き、ケイナのFカップバストを揉み込んでくる。
「なんだ、ギブアップか?」
「ち、違います、この人が私の胸を・・・ひゃっ!」
「胸を触られたくらいで大騒ぎするな」
 そう言うレフェリーもケイナの股間に手を伸ばし、秘部を撫で回してくる。
「レ、レフェリー、ボディチェックはさっき終わりました!」
「いやいや、さっきは調べ方が甘かったからな。もっときちんと調べないといけないんだ」
 勝手な理屈を捏ね、レフェリーはケイナの秘部を弄る手を止めない。火筒もケイナのバストから手を放そうとせず、ひたすら揉みまくる。
「や、やです、こんなのいやです!」
 男達の手を振り払い、なんとか拘束から逃れる。
「おっと、逃がさんよ!」
 後ろから綺麗に両脚を刈られ、リングに倒される。
 火筒の手がズボンのボタンに掛かり、乱暴に外す。そのままジッパーも下ろし、一気に引き下ろしてしまう。
「ななななな!」
 パニックになりかけたケイナだが、体が先に動いていた。
「このっ!」
 火筒の頭を蹴ることで怯ませ、距離を取る。
 立ち上がったケイナはズボンを脱がされたため、アオザイというよりチャイナドレスを着たようになっている。しかもスリットが脇下まで入れられているため、下着のサイド部分がはっきりと見えてしまう。
(ううっ、まずいですよこれは。下手に動くと全部見えてしまうかも)
 羞恥心が動きの切れを奪い、構えも小さくなっていた。
「白か。おじさんがもっと色っぽいやつを買ってあげようか?」
「い、いりません!」
 火筒から下着の色を指摘され、ケイナの頬が赤らむ。
「ブラの色は何かな? やっぱり白かい?」
(ひぃぃっ!)
 火筒の質問におぞましさを感じ、ケイナは思わず胸元を隠す。
「教えてくれないのかい? なら、実物を拝ませて貰おうか」
 火筒がじりじりと距離を詰めてくる。蹴りを打って距離を取りたいが、下着が見えるかもしれないという思いが蹴りを躊躇させる。
「来ないのかい? なら、こっちから行くよ?」
 火筒の腰高のタックルが来る。反射的に蹴りを出したケイナだったが、ミドルキックは空を切った。
「あれっ?」
「こっちだよ」
 火筒は瞬時に体勢を低くし、ケイナの背後を取っていた。
「それじゃ早速、拝見!」
 火筒の手がアオザイの前垂れを思い切り捲る。パンティどころかブラまでしっかりと見えてしまい、観客席が沸く。
「ほほう、やっぱり白か。初々しくていいねえ、おじさん感動しちゃうよ」
 見るだけでは飽き足らず、前垂れを捲ったままの状態で火筒はケイナのバストを触る。
「いやぁぁぁっ!」
 耳に刺さるような悲鳴を上げ、ケイナは火筒を突き飛ばして逃れる。
「み、耳が痛い・・・」
 金属音を思わせるほどの高音に、火筒は耳を押さえてよろめく。
(好機だわ、行かなきゃ!)
 チャンスだと見たケイナが羞恥を堪え、蹴りの連打を火筒の腹部に叩き込む。
「あいたた! でも、白いパンティが眩しいねえ」
 火筒の科白に、ケイナは反射的に裾を押さえて距離を取る。
「あらら、パンチラタイムは終了かい? なら、パンモロタイムの開始にしようか」
 火筒は毛髪が一本もない頭を光らせ、舌舐めずりして距離を詰める。
「やっ、来ないでください!」
 生理的な嫌悪感から、ケイナは後じさる。
「そんな逃げなくてもいいじゃないか。ほら、後がないよ」
 火筒の言うとおり、ケイナはコーナーに追い詰められていた。
(どうしよう、これからどうしよう・・・)
 悩むケイナだったが、下着が見えるかもしれないと思うと蹴りが出せなかった。
「ほら、捕まえた!」
 火筒は胴タックルでケイナの胴を抱え、素早くバックを取ってから180度横回転させ、ケイナを上下逆にさせる。そのため前垂れが下へと下がり、ケイナのパンティが露わになってしまう。
「おぉおぉ、純白のパンティが目の前に! これは堪らんね!」
 火筒の鼻息が股間をくすぐり、しかも後頭部には妙に柔らかい感触がある。
(・・・これって、まさか!)
 その正体に気づいたとき、ケイナは失神しそうになった。
「どうしたケイナ選手、ギブアップか?」
 それを救ったのはレフェリーだった。動きが止まったケイナのバストを掴み、欲望のままに揉み立てる。
「ひやっ、れ、レフェリー、触らないでください!」
 慌てたケイナがレフェリーの手を持ってやめさせようとするが、レフェリーのセクハラを止めることはできなかった。
「折角だ、パンティだけじゃなくてブラもモロ出ししてしまえ!」
 レフェリーの合図で火筒が胴を抱える力を弱め、レフェリーは前垂れを隙間から引き抜く。そのためケイナの脹脛からブラに包まれたバストまでが観客の目にはっきりと晒され、場内のあちこちから歓声が上がる。
「きゃーーーっ!」
 自分の体勢に気づかされ、ケイナが大暴れする。手足を無茶苦茶に振り回し、偶然右膝がレフェリーの肩を、左踵が火筒の耳を擦る。
「いてぇっ!」「あづっ!」
 火筒は耳が切られたような痛みに、ケイナの胴を放してしまう。リングに背中から落ちたケイナはあわあわと後退りしようとしたが、逃すまいと伸ばされた火筒の左手が前垂れを掴む。
「やっ、放して、掴むの駄目です!」
 ケイナが火筒の手を思い切り払う。しかし火筒がしっかりと前垂れを掴んでいたため、改造アオザイの布地が音高く裂ける。
「あ・・・あぁぁぁっ!」
 前垂れは、ケイナの鎖骨辺りで千切られた。まるで下着にマントだけをつけたような格好になり、剥き出しにされたブラをケイナが慌てて隠す。
「いい格好になったな、ケイナ選手。そうだ、俺達で隠してやろう」
 レフェリーと火筒がケイナに圧し掛かり、バストを秘部を責める。
「いやっ、二人してそんな、駄目です、やぁぁぁっ!」
 ケイナは必死になって男達の手を防ごうとしたが、二人掛かりでは虚しい抵抗だった。白いブラに包まれたFカップのバストは捏ね回され、純白のバンティの上から秘部を弄られる。
「やっぱりおっぱいはでかいほうがいいな。揉み応えが違うからな」
「うん、そうだな。でも、おじさんはちっさくても大丈夫だけどね」
 火筒はバストを揉みながら、パンティの中に右手を突っ込む。
「ひっ・・・」
 あまりの責めに、ケイナの動きが止まる。
「ん? 観念したかい?」
 火筒がケイナの顔を覗き込んだ瞬間、ケイナの口から絶叫が放たれた。
「きゃぁぁぁぁぁぁっ!」
 耳を劈く悲鳴に、火筒だけでなくレフェリーまで耳を押さえて目を白黒させる。ケイナはその隙に、二人の下から抜け出していた。
「ぬぐぉぉぉ・・・み、耳が・・・」
 ケイナの悲鳴が終わっても、男二人の耳鳴りは止まらなかった。
「ここまで・・・ここまでするんですか・・・」
 立ち上がったケイナの目に、涙と怒りが光る。
「これだけじゃないよお、おじさんがもっともっといいことしてあげるからね!」
 耳鳴りが残るまま突っ込んできた火筒の大振りパンチを、ケイナは右手を回すようにして逸らし、ローキックで右膝の裏を蹴る。そのままサイドキックで鳩尾を蹴り、距離を取らせる。
「ふっ!」
 充分な空間を取って飛び後ろ回し蹴り、<ローリングソバット>を叩き込む。
「ぐあっ!」
 その蹴りは正確に火筒の鼻を捉え、火筒はたたらを踏む。
「せぇぇぇいっ!」
 そこに、爪先でのハイキックを突き刺す。その蹴りは、火筒のこめかみを正確に抉っていた。火筒の膝が崩れ、顔面からリングに落ちる。

<カンカンカン!>

 火筒が意識を失ったと見たレフェリーが、慌てて試合を止める。
「・・・ふぅ〜、やりました」
 ケイナは終了のゴングを聞き、大きく息を吐く。
(勝ちました。私、勝ったんですね・・・)
 これで、大学で勉強が続けられる。安堵したケイナは、自分に向けられる粘ついた視線に気づいた。
「・・・?」
 首を捻ったあと、視線が集中する箇所に目線を下ろす。
「・・・きゃーーーっ!」
 ケイナは盛大な悲鳴を上げ、両手で体を庇いながらリングを降りた。花道を走り去る下着姿のケイナに、観客からは卑猥な野次が飛ばされ続けた。


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