【第五十一話 ステファニー・クレイトン:プロレス】

 犠牲者の名は「ステファニー・クレイトン」。17歳。身長170cm、B92(Fカップ)・W61・H93。眩い金髪に伸びやかな手足、笑顔が魅力的なアメリカ人。友人たちからは「ステフ」と呼ばれている。祖母が日本人のため、日本語も問題なく話せるバイリンガル。白い肌に金髪と白人特有の容姿だが、オリエンタルな雰囲気も感じさせる稀有な美貌。
 現在は来狐遥の通う高校の留学生。アメリカのメジャープロレス団体「WUP」でディーヴァになることを夢見ており、遥の誘いに自ら望んでプロレス同好会へと所属している。遥の線からステファニーを知った<地下闘艶場>は、彼女も羞恥と快楽のリングへと言葉巧みに招いた。


 花道にスポットライトが当てられ、その中心にガウンを纏ったステファニーの姿が浮かび上がる。豊かな金髪が煌き、特徴的な美貌が輝きを放つ。
 観客から投げられる卑猥な野次にも手を振って応え、ステファニーはリングに上がった。

 リングには蝶ネクタイを締めた男性のレフェリーと、覆面姿の男性が待っていた。
「赤コーナー、『神秘の獅子』、ミステリオ・レオパルド!」
<地下闘艶場>でも顔馴染みとなった感のあるミステリオ・レオパルドに、観客席からも野太い声援が飛ぶ。
「青コーナー、『ブロンドのオリエンタルガール』、ステファニー・クレイトン!」
 コールに応えて脱ぎ捨てたガウンの下には、虎柄の衣装があった。上は片紐ビキニで、反対の肩からはピンク色のブラの紐が覗く。下はパレオのような形で、少し動いただけで下着が見えてしまいそうだった。この露出度の高い衣装を着けたステファニーは、さすがに観客からの視線が恥ずかしいらしく、両肩を抱くようにして頬を染めている。

 ミステリオ・レオパルドのボディチェックを簡単に終えたレフェリーが、ステファニーの前に立つ。
「Hi,Miss Stephanie.Now・・・」
「あ、日本語で大丈夫デスヨ」
 祖母から日本語を学んでいたステファニーは、会話だけでなく読み書きも問題ないレベルだった。肩透かしを食らったレフェリーはわざとらしく咳を二回し、改めて日本語で話しかける。
「あー・・・ステファニー選手。ボディチェックを受けてもらうぞ」
「Yah、了解デス。どうぞ」
 途端に、レフェリーの両手がバストを鷲掴みにする。
「何するんデスカ!」
 鈍い音がして、レフェリーがリングに倒れる。ステファニーの強烈なビンタは顎を叩き、レフェリーに軽い脳震盪を起こさせていた。中々立ち上がれないレフェリーをミステリオ・レオパルドが仕方なさそうに介抱し、レフェリーは二、三度頭を振って立ち上がる。
「・・・いきなりなんてことをするんだ!」
「それはこっちの台詞デスヨ! いきなり人の胸触るなんて最低デス! それでも日本男児デスカ!?」
「ボディチェックを行うのはプロレスじゃ当たり前だろうが!」
「こんなのSexual−harassmentデス! Body−checkじゃないデス!」
 レフェリーの剣幕にも怯まず、ステファニーは一歩も引かない。最後にはレフェリーが折れた。
「・・・いいか、俺に手を上げたことを忘れるなよ」
 レフェリーの捨て台詞と同時に、ゴングが鳴らされた。

<カーン!>

(まったく、とんでもない男デス!)
 プリプリと怒りながらも、ステファニーは半身になって両手を軽く前に出すスタイルで間合いを測る。
「いいねぇステファニー、気の強い女は好きだぜ」
「そうデスカ? 私はそうでもないデスケド」
「俺は好きなんだよ・・・気の強い女を嬲るのが、なっ!」
 軽いステップからの鋭いハイキックがステファニーの顔面を襲う。
「!」
 頬を掠られながらもぎりぎりでかわしたステファニーだったが、続く水面蹴りでダウンを奪われる。すぐさま転がって立ち上がろうとしたが、バックから回された手がステファニーのバストを掴む。
「ど、どこ触ってるんデスカ!」
「どこって、ステファニーのおっぱいだよ。わかってるだろ?」
 ステファニーの抗議にも、ミステリオ・レオパルドはまるで動じる様子がなかった。

 本国アメリカでディーヴァとしての活躍を夢見ているステファニーにとって、<地下闘艶場>の誘いは魅力的だった。プロレスルールでの闘いは自分の実力を試せるチャンスだったし、何より、ディーヴァになった気分が味わえる!

 その思いが布地の少ない衣装で闘うことも、日本語での卑猥な冗談も我慢させた。
 しかし、リングでは男達が自分のバストを触るというセクハラを行ってくる。
(本気で行きマス!)
 ミステリオ・レオパルドの指を掴んで捻り、バストから手が放れたところでしゃがみ、足を取る。そのままアンクルホールドを極めてやる。
 日々ピュアフォックスと練習することで鍛えられたステファニーの実力は、並みではなかった。時折ピュアフォックスを凌ぐ煌きを見せることもあり、今では油断できないスパーリングパートナーとなっている。
「どうデスカ? ギブアップするなら今のうちデスヨ?」
「いてて・・・これくらいでギブアップはできないぜ・・・っと!」
 ミステリオ・レオパルドが体を反転させながらステファニーの手を蹴り、フックを外させる。と同時にステファニーの股の間を潜り抜けて立ち上がり、背中合わせの状態から両腕を抱え、ショルダーバスターに似た体勢に持っていく。加えて左腕でステファニーの右太ももを抱え、逆さ吊りで極めてしまう。
「きゃぁぁぁっ!」
 日本語では変形コウモリ吊りと呼ばれる<ウニベルサル・デ・カベサ>に極められ、大股開きにされたステファニーが悲鳴を上げる。逆さにされたため虎柄のパレオが垂れ、ピンク色の下着が顔を出す。
「おお、いいねぇ。可愛い下着着けてるじゃないか」
 レフェリーがにやけながら秘部を撫で回す。
「あ、今度はそんなとこ! やめて下サイ!」
 ステファニーの声に、レフェリーは秘部から手を放し、ヒップを鷲掴みにする。
「さすが白人だな。日本人とは肉のつき方が違う」
「やっ、そこも駄目デス! やめて!」
 押さえ込まれた状態ではたいした抵抗もできず、レフェリーに好きなようにされてしまう。
(こ、このまま好き勝手されるのは・・・なら!)
 ステファニーは唯一自由に動かせる左足を高々と掲げ、膝から先を一気に振る。
「がふっ!」
 この一撃がミステリオ・レオパルドの後頭部を捉え、思わず両手を放したミステリオ・レオパルドはステファニーと縺れるように倒れ込んでしまう。
「Chance!」
 素早く逃れようとしたステファニーだったが、ミステリオ・レオパルドも逃すまいと右手を伸ばす。その手が偶然ステファニーの虎柄ブラに掛かった。
「あっ!」
 勢いをつけていたため後ろの結び目が解け、虎柄のブラが奪われてピンク色のブラが露わになる。この光景を見た観客席からは歓声が上がる。
(・・・大丈夫、ランジェリーマッチだと思えば我慢できマス)
 アメリカでは私服でリングに上がったディーヴァ同士が服を脱がし合い、先に相手を下着姿にした方が勝ち、という見世物のような形式の試合もある。そう思うことで少しでも羞恥を抑えようとしても、乙女の感情が胸を隠させてしまう。
「あいててて・・・結構きっつい蹴り貰ったなぁ」
 後頭部を撫でながら虎柄のブラを振り回し、ミステリオ・レオパルドが愚痴る。
「ま、ブラがモロ見えになったからよしとするか」
 場外に虎柄ブラを放り投げたミステリオ・レオパルドが、ステファニーの胸元を凝視してにやつく。
「こ、このくらいで怯んだりしませンヨ!」
 こう叫んだステファニーは、気丈にも胸を隠していた手を放し、ファイティングポーズを取る。
「いいねぇステファニー、恥ずかしくても闘おうとする姿が健気でタイプだぜ」
「・・・うるさいデスヨ!」
 ミステリオ・レオパルドの発言に怒りを覚えたステファニーが、不用意に距離を詰める。そこに、ミステリオ・レオパルドのローリングソバットが突き刺さった。
「えぐぅっ!」
 腹部を捕らえた一撃に、ステファニーの動きが止まる。
「そぉれ、っと!」
 ミステリオ・レオパルドはステファニーの手首を掴み、手首を取った瞬間には太ももで腕を挟み、前方回転しながらフォールの体勢に入る<ラ・マヒストラル>を決める。
「ワーン・・・ツーゥ・・・」
「くっ!」
 レフェリーのスローカウントが始まり、ステファニーは必死に肩を上げる。
「頑張るなぁステファニー。それなら、こんなのはどうだい?」
 ミステリオ・レオパルドは両足をステファニーの左脚に絡め、右手でステファニーの右太ももを持つ。そのまま、ステファニーに開脚を強いる。
「やっ、ダメェッ!」
 ステファニーが慌てて自分の股間を隠す。
「どうした変な声を出して。大丈夫か?」
 レフェリーがわざとらしく聞いたかと思うと、ステファニーのバストを鷲掴みにする。
「な、どこ触ってるんデスカ!」
 ステファニーは左手で股間を隠しながらレフェリーの手を払おうとするが、苦しい体勢では力も乗らず、レフェリーの手はバストから放れなかった。
「やっぱり白人のおっぱいは違うな。肉が主食だからか、パンパンに詰まってるって感じだな」
「嫌デス、触らないで下サイ!」
 叫ぶステファニーだったが、レフェリーはバストを揉むのを止めず、ミステリオ・レオパルドからは開脚を続けられる。
(・・・恥ずかしいけど、ちょっとダケ我慢デス!)
 ステファニーは股間を隠していた手を放し、両手でレフェリーを突き飛ばす。そのまま両手を組んでミステリオ・レオパルドの横腹に落とす。
「うわっ!」
「うごっ!」
 ステファニーはこの攻撃でようやく自由を回復して立ち上がる。
「おい、レフェリーを突き飛ばすとは何事だ!」
「レフェリーなのに、人の胸に触るほうが悪いんデス!」
 ステファニーに詰め寄ったレフェリーだったが、ステファニーも負けずに言い返す。しかし試合中だということを忘れたステファニーは、自分が大きな隙を作っていたことに気づいていなかった。
「やってくれたなステファニー!」
 ミステリオ・レオパルドはステファニーの背後から肩口に飛び乗り、肩車のような姿勢になる。
「そらっ!」
 そのまま両脚をステファニーの脇に引っ掛け、前方に回転してフォールに入る。
「あうっ!」
 ステファニーは<ウラカン・ラナ>で丸め込まれるが、レフェリーはカウントを取ろうとしない。
「おー、こういう大股開きでパンツ丸見えってのもそそるもんだな」
「なっ! 見ちゃ駄目デス! 放して!」
「そうだな、見ているだけなのは勿体無い」
 レフェリーは下着の上から、ステファニーの秘裂をなぞる。
「Noォーーーッ!」
 驚いたステファニーがミステリオ・レオパルドの下で暴れるが、ミステリオ・レオパルドのフォールはまるで解けなかった。
(・・・それなら!)
 余り取りたくない手段だったが、ステファニーは覚悟を決めた。
「ぎゃぁぁぁっ!」
 いきなりミステリオ・レオパルドが飛び上がり、尻を押さえて蹲る。
「ど、どうした?」
「け、けつ・・・噛まれた・・・」
 涙目で訴えるということは、かなり強く噛まれたのだろう。噛んだステファニーはといえば、何度も場外に唾を吐いている。ミステリオ・レオパルドの衣装の味が口の中に残っているのだろうか。
「・・・ちょっとばかし痛いお仕置きしなきゃな」
 噛まれた部分を擦っていたミステリオ・レオパルドが立ち上がり、ステファニーに向かってゆっくりと距離を詰めていく。
「喰らえっ!」
 ノーモーションでのローリングソバットがステファニーの脇腹を襲う。
「こんなの当たりませんヨ!」
 避けようとしたステファニーだったが、ミステリオ・レオパルドのローリングソバットの軌道が変わり、右頬が音高く蹴り飛ばされる。
「あぐっ!」
 たたらを踏んで踏み止まり、痛みの奔った口元を拭う。
 ふと目を下ろすと、口元を拭った手の甲には赤いものが滲んでいた。
(赤い・・・これって・・・)
「私の・・・血?・・・This・・・is・・・My blood!」
 それが何かを理解した途端、ステファニーの中で突如何かが膨れ上がり、解放された。

「RYIIIAAAA!」

 ステファニーの口から放たれた咆哮は、会場全ての人間の動きを止めた。腕利き揃いである黒服ですらそうだった。
「なんだあの声・・・」
 ミステリオ・レオパルドが呟いた次の瞬間、その身体は宙を舞っていた。そのまま一回転し、顔面からリングに落ちる。
「がはっ・・・!」
 鉈での一撃を思わせるようなステファニーのラリアートだった。ミステリオ・レオパルドの首を穿った一撃は、小柄とはいえ鍛え上げられた肉体を空中で一回転させた。
 鬼気を纏ったステファニーは、喉を押さえて咳き込むミステリオ・レオパルドの胴を掴んで軽々と抱え上げ、肩に乗せる。

「HYIIIYA!

 そのまま、大人一人を抱えているとは思えない高さからのジャンピングサンダーファイヤーパワーボムを決めてみせる。
 しかし、それだけでは終わらなかった。
 もう一度ミステリオ・レオパルドを抱え上げ、再びジャンピングパワーボムでリングに叩きつける。桁違いの破壊力に、ミステリオ・レオパルドはぴくりとも動かなかった。

<カンカンカンカン!>

 その様子を見たレフェリーがカウントを取ることなく試合を止める。
 ミステリオ・レオパルドの動きが完全に止まったのに気づいたのか、ステファニーがゆっくりと立ち上がる。

「WIIIHAAAAA!」

 両手を広げ、天に向かって咆哮する。
「とんでもねぇ、モンスターだぜ・・・」
 ステファニーの荒い息も、まるで肉食獣の呼吸のように感じられる。その鋭い目が、レフェリーに向いた。
「え・・・なんだよ、まさか・・・!」
 慌ててリングから逃げようとしたレフェリーだったが、次の瞬間にはネックハンギングツリーに捕らえられていた。
「う、ぐぐ・・・!」
 もがくレフェリーの顔が、どんどんと赤黒く変わっていく。儚い抵抗など気にも留めず、ステファニーはレフェリーの首を締めたまま自ら倒れこむようにリングへと叩きつけた。リングが軋むほどの威力でステファニーの体に押し潰され、素人のレフェリーが耐えられるわけはなかった。口からは血の混じった涎を垂らし、時折痙攣を起こす。

「SYUIIIAAA!」

 ステファニーの勝利の咆哮は、観客の背筋に冷気を打ち込んだ。幾人もの黒服に寄ってたかって退場させられるステファニーの姿を、夢にまで見た者もいたと言う。


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