【第五十二話 於鶴涼子:合気道 其の四】

 犠牲者の名は「於鶴涼子」。21歳。身長163cm、B85(Dカップ)・W60・H83。「御前」の所有する企業の一つ「奏星社」で受付をしている。長く綺麗な黒髪と涼しげな目、すっと通った鼻梁、引き結ばれた口元。独特の風貌を持つ和風美人である。
 涼子は、今回で四度目の<地下闘艶場>登場となる。今までは常に参加拒否の姿勢を見せていたのに、今回は何故かすぐに承諾した。
「強い者と闘いたい」
 その思いは、涼子の中で日に日に大きくなっていた。街中で絡んでくるチンピラを叩きのめしたところで、その飢えにも似た衝動は消えなかった。
<地下闘艶場>ならば強者と闘える。例え自分を恥辱に塗れさせることが目的だとしても、渇きを癒すにはここしかなかった。


 今日も<地下闘艶場>は男達の欲望が充満した空気が支配している。リングに上がった涼子に対し卑猥な野次や口笛が飛ぶ。しかしその中には真摯な応援も含まれていた。今回四度目の登場となる涼子には、かなりのファンが付いていた。

「赤コーナー、阿多森愚螺(ぐら)!」
 今回が初登場となる阿多森は黒いボディタイツの上に道衣を着込み、頭には広めに畳んだバンダナを巻いている。
「青コーナー、『クールビューティー』、於鶴涼子!」
 涼子はいつもどおり長い黒髪をポニーテールに纏め、白い道衣と黒い袴、胸にはサラシを巻いたスタイルだった。清楚な色気と清冽な迫力を湛え、観客の視線を惹きつける。

 今日のレフェリーはいつもの小悪党面の男ではなかった。
「今日はあの男じゃないんですのね」
「ええ、そうです。三ツ原凱(がい)、と申します」
 涼子の問いに頷きながら、凱は文句のつけようがないほど紳士的なボディチェックを行い、両者を分けてゴングを要請する。

<カーン!>

(いつもと違うレフェリー。しかもいつもとは違う普通のボディチェック。なにか狙いがあるのでしょうか?)
 不審には思うが、闘いが始まった以上、すぐに思考の外へと追いやる。
「げひゃっ、聞いてた以上にいい女じゃねぇか。今日は楽しませてもらうぜぇ」
 舌舐めずりした阿多森が、踏み込みから突きを放つ。
(その程度!)
 涼子は簡単に阿多森の右腕を捕らえ、肘を脱臼させる。
(・・・こんなものですか?)
 余りの手応えのなさに、涼子の眉が寄る。痛みに呻く阿多森の右手を放し、静かに立ち上がる。
 そこに、阿多森の右のボディブローが襲いかかった。
「!?」
 不意を衝かれながらも、涼子は何とかこの一撃を防いでいた。そのまま勢いを逸らすかのように後方に飛ぶ。
「ちっ、反応がいいな」
 立ち上がった阿多森は、肘が外れた筈の右腕を軽く振って見せる。
(確実に関節を外した筈・・・どういうことかしら?)
「げひゃははは、俺は骨と骨を繋ぐ靭帯が特別らしくてよ、外すのも嵌めるのも自由自在なんだよ」
 涼子の不審気な表情に気づいたのか、阿多森が種明かしをしてみせる。
「あんた投げと関節技が得意だそうだがよ、俺に勝てるかな?」
「関節を外しても効かない、ただそれだけのこと。勝てますとも」
 涼子の自信は揺らぎもしなかった。
「じゃあよ・・・こんなのはどうだい!」
 言葉と共に阿多森の突きが顔面に迫る。ぎりぎりでかわした筈の阿多森の拳が更に伸び、涼子を襲う。
「なっ!」
 頭を傾けることでかわすが、頬を掠られる。
「げひゃははっ、昔漫画で見てよ、俺にならできると思ったら案の定。びっくりしたろ?」
 関節を外し、突きの距離を伸ばす無茶苦茶な技だった。阿多森の伸びた右腕は筋肉の柔軟性で縮み、元に戻っていた。
「そぉら、もう一丁!」
 調子に乗った阿多森がまたも右手で伸びる突きを放つ。しかし、涼子に続けて同じ技を出すなど愚かなことだった。
「っ!」
 間合いを読んだ涼子が阿多森の右袖を掴む。と、涼子の左手首が阿多森の右手に掴まれた。なんと、阿多森の右手の指は逆側に曲がって涼子の手首を掴んでいた。
 驚きの余り一瞬動きが止まった涼子の鳩尾に、摺り足で距離を詰めた阿多森の左拳が添えられる。
「奮っ!」
 その一撃は涼子の鳩尾を抉り、意識を半ば断ち切った。

 阿多森の寸打の秘密は靭帯にあった。自らが特別製だと認めたように、柔軟性と剛健性を兼ね備えた靭帯が常人以上の駆動域を可能にした。全身の関節が連動して限界以上に動くことで大きな回転力を生み、回転は運動エネルギーとなって拳に集約される。中国拳法の発勁とはまた違う、阿多森の必殺の一撃だった。

「げひゃはっ、いいところに入ったな」
 阿多森はリングに倒れた涼子の道衣を諸肌脱ぎにさせ、その状態でサラシを外していく。徐々に露わになっていく美乳に、阿多森の表情が緩む。
「綺麗な形してるな。感触はどんなもんだ?」
 サラシを投げ捨てた阿多森は涼子の乳房に手を伸ばし、ゆっくりと揉んでいく。
「すげぇ、手に吸い付いてくるぜ」
 涼子の乳房の感触に、阿多森はのめり込むように揉みしだいていく。揉むほどに夢中になり、目が血走っていく。
「こ、こんなの初めてだぜ! そこら辺の商売女じゃ比べもんにならねぇ!」
「・・・気安く触らないでください」
 ようやく回復した涼子が阿多森を蹴り飛ばし、素早く立ち上がって道衣を直す。
「げひゃひゃ、胸の谷間が色っぽいぜぇ?」
 阿多森の指摘どおり、サラシが奪われたため、道衣の合わせ目からDカップバストが作る胸の谷間が覗く。涼子はそれに反応することなく構えを取る。
「なんでぇ冷てぇな。そこは『きゃー』とか『いやーん』とか言ってくれよ」
 軽口を叩きながら、阿多森が自ら関節を外していき、その右腕がだらりと垂れ下がる。
「そらよぉっ!」
 阿多森の右腕はまるで鞭のように涼子を襲い、道衣を切り裂いていく。
「くっ!」
 捕らえようとした涼子の両手をすり抜け、阿多森の右腕の鞭が道衣の胸元を斜めに大きく切り裂く。道衣の切れ目から胸の谷間がはっきりと見え、観客が沸く。
(なんて速さ! 本物の鞭のようですね)
 凄まじい速度に、かわすことしかできない。タイミングが合ったとしても、掴もうとした瞬間に阿多森が関節を嵌めることで腕が縮み、、捕らえることができない。
「げひゃはっ、このまますっぽんぽんにしてやろうか?」
 阿多森が腕を振るたび涼子の道衣が切り裂かれていく。
(集中すれば、もっと集中すれば・・・)
 そのとき、阿多森の右腕の鞭の軌道が見えた。その軌道に手を添え、力の向きを自分の望む方向に変える。
「ちっ!」
 綺麗に投げられたものの、受身を取った阿多森が立ち上がりかける。涼子はその阿多森の右足首を掴み、捻り上げる。
「言っただろ、俺には関節技は効かないってよぉ!」
 阿多森が嘲り混じりに咆える。しかし、涼子の動きは止まらなかった。捻るだけでは済まさず、自分の体ごと回転させる。
「ぎゃぁぁぁっ!」
 遂には阿多森の筋肉が耐えられず、筋断裂を起こす。灼熱感を伴った痛みに、阿多森が絶叫する。しかし涼子は冷たい目のまま、阿多森の左足を抱える。
「ひぎぃあぁぁぁっ!」
 先程の右足以上に捻られ、またも筋断裂の痛みに阿多森が絶叫する。
「何か仰いましたか? 関節技がどうこう、と言われたようですが」
 涼子は阿多森の左足を放り出し、背後から阿多森の首に腕を巻きつけた。
 頚動脈を締められれば、関節を自在に外せる男にもどうしようもなかった。全身の力が抜け、リングにぐにゃりと四肢を投げ出す。

<カンカンカン!>

 阿多森の意識が途切れたと見た凱が、冷静にゴングを要請する。ゴングを聞いた涼子は、阿多森から静かに離れた。
 胸の谷間が露わになった涼子が退場していく中、魅せられた観客から大きな拍手が送られた。


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