【第五十四話 八岳琉璃:総合格闘技 其の三】

 犠牲者の名は「八岳琉璃」。17歳。身長162cm、B89(Fカップ)・W59・H84。世に名高い八岳グループ総帥を祖父に持つ生粋のお嬢様。生まれつき色素が薄い髪を長く伸ばし、女神が嫉妬しそうな美貌を誇る。白く滑らかな肌は名工の手になる陶磁器を思わせる。美しい大輪の薔薇を思わせる外見と高い気位を持ち、それに見合うだけの才能を持つ。勉学、運動、芸事など各分野に置いて一流の実力を身に付け、「この子が男だったなら」と祖父を嘆かせた。
 過去二回<地下闘艶場>のリングに上がり、初戦でマンハッタンブラザーズの二人、ジョーカー、元橋という<地下闘艶場>でもトップクラスの選手を撃破し、前回は草橋、虎路ノ山、ミステリオ・レオパルド、マスク・ド・タランチュラを相手としたバトルロイヤル戦でレフェリーを含む全員を叩きのめし、実力で勝ち残った。
 日常に戻った琉璃だったが、心の奥には強者との闘いへの欲求が高まっていた。その想いを見透かしたかのように、三度<地下闘艶場>から誘いの手が伸びた。琉璃は躊躇することなく参戦を承諾し、三度目の淫闘のリングへ赴いた。


「今日の衣装は・・・また闘いに不向きですわね」
 琉璃に用意された衣装は、アメリカ大開拓時代の保安官のものだった。ウエスタンハット、ウエスタンブーツに似せたリングシューズ、革製のベストとミニスカート、白いワイシャツ。ベストにはご丁寧に保安官を示すバッジ(ただし革製)が付けられている。
「こちらの用意する衣装で闘うこと、これも契約の内ですので」
 いつもの女性黒服の言葉に、琉璃も頷く。祖父からの情報で、この女性が「御前」と呼ばれる男性の側近だということは知っている。
「仕方がありませんわね。では、着替えるので出て行ってくださるかしら?」
 琉璃は女性黒服が部屋から出てドアを閉めたのを確認し、胸元のボタンを外した。

 琉璃が花道に姿を現すと、観客席から熱気と獣欲が迸る。過去二回、圧倒的な強さを見せた琉璃に対し、賛美と欲望が波となって押し寄せる。琉璃は凄まじいまでの獣欲に動じた様子もなく、微笑を浮かべたまま花道を進んでいった。

 リング上には、いつものレフェリーとフードつきのガウンを頭から被った対戦相手がいた。
(かなり背が高いですわね。それなのに、立ち姿に崩れたところがない。これは・・・期待できそうですわね)
 琉璃の口元が、小さくほころんだ。

「赤コーナー、"獅子王"、獅子牙(ししが)タケル!」
 男がコールと同時にフードつきのガウンを脱ぎ捨てた瞬間、場内をどよめきが包む。
「獅子牙タケル」。
 現役のプロレスラーで、プロレス団体「クォーラル」のエース。そのファイトスタイルは完璧に近く、"キング"と異称されるほど。その強さのため、他団体への遠征を計画段階で断られた過去を持つ。練習と実戦で鍛え上げられたその肉体は、タケル本人が黙っていても雄弁な迫力を持って観客を圧していた。
「青コーナー、『クイーン・ラピスラズリ』、八岳琉璃!」
 コールされた琉璃はいつものように、観客からの賞賛を浴びるようにオープンフィンガーグローブを嵌めた両手を広げてみせた。ただし、その視線はタケルから離れない。
(この方の強さ・・・元橋の小父様とはまた別種のものですわね)
 それでも、自分が勝つ。琉璃の自信が揺らぐことはなかった。

「琉璃お嬢さん、今日こそボディチェックを受けてくれるよな?」
 レフェリーの言葉に、琉璃が手を振る。
「お断りですわ。それに貴方、この前のことを忘れたとは言わせませんよ」
 琉璃の強い視線にも怯まず、レフェリーが何か言おうとしたときだった。
「ま、いいじゃないか。俺は凶器を使われても構わないよ。ハンデとしちゃぁ丁度いいだろ?」
 タケルの口から、しゃがれた声が響く。練習中声帯にダメージが残ったほどの一撃を貰ったのにも関わらず、病院にも行かずに試合をこなし続けたためとうとうこんな声になってしまった。
「しかしだな・・・」
「俺がいいって言ったんだ。それでいいだろ?」
 何か言い募ろうとしたレフェリーだったが、タケルの静かな声に言葉を失う。
「・・・わ、わかった。それじゃ試合を始める」

<カーン!>

 レフェリーの合図でゴングがならされ、「王」と「女王」の闘いが始まった。
 タケルが構えを取っただけで、琉璃も反射的に構えていた。こんなことは生まれて初めての経験だった。
「いくぜ、お嬢さん」
 しゃがれた声でタケルが呟き、滑らかな動きで距離を詰める。そのバランスの取れた肉体が飛んだ。
「!」
 気づけば寸前にタケルの両足の裏があった。よけることも間に合わず、咄嗟に両手を交差してガードする。
 タケルのドロップキックに、体重の軽い琉璃が吹っ飛んだ。
(こんなプロレス技に!)
 驚きは胸に隠し、素早く体勢を整える。そのときにはタケルの重量感あるハイキックが迫る。横に飛ぼうとして、ミニスカートに脚を取られる。
「!」
 それでもぎりぎりでタケルのハイキックをかわし、転がりながら距離を取る。
(なんて動きにくい!)
 自分の普段の動きをしようとしてもミニスカートが脚の可動範囲を狭め、全力を出すことができない。
(それなら!)
 琉璃は自分でホックを外し、ミニスカートを脱ぎ捨てた。この思い切った行動に、観客席が大いに沸く。
「おいおい、やめてくれよ。目の毒だ」
「あら、見とれてくれても構いませんのよ。その間に優しく眠らせてあげますから」
 タケルの軽口に、琉璃も軽口で返す。布製のミニスカートならばサイド部分を引き裂いて動きを良くしたが、革製のものでは破くのは厳しかった。そのため琉璃は自分でミニスカートを脱ぎ、機動性を確保した。しかし結果として純白のパンティはシャツにだけ守られることとなり、琉璃が動くたびにちらりと顔を覗かせる。その様が扇情的で、観客の欲望を煽る。
「まずいとはわかっていても、つい目が行くな・・・っ!?」
 琉璃の右脚が跳ね上がり、タケルのこめかみを正確に抉る。
「ぐっ!」
 絶大な耐久力を誇るプロレスラー、その中でもトップクラスの存在であるタケルが意識を飛ばしかけた。しかし観客はそんなタケルの様子より、ハイキックのときに覗いた琉璃の純白の下着に魅せられていた。
「効くなぁ。全く油断はしてなかったんだが、いいのを貰ったな」
 寸前で踏み堪えたタケルに、琉璃も驚きの表情を浮かべる。
「流石ですわね。並みの男性ならば、今ので終わってましたのに」
 タケルは身長192cm。琉璃とは30cmもの差がある。しかし琉璃はその身長差をものともせず、タケルの頭部に強烈なハイキックを叩き込んで見せた。そのスピードとタイミング、腰の入った切れ味、さらにリングシューズの爪先でこめかみを打たれたとなれば、例えタケルといえどもダメージは免れなかった。
「いかんなお嬢さん、白いパンツが眩し過ぎるぜ」
 それでも何事もなかったかのようにニヤリと笑って見せる。
「男の悲しい性、ですか? 容赦はしませんよ」
 タケルの軽口も受け流し、琉璃が再びステップを踏む。そのたびにシャツの下の豊かなFカップバストが揺れ、純白の下着が僅かに覗く。観客の視線はついそちらに吸い寄せられてしまう。
(今ならばまだ頭部へのダメージが残っている筈。ここでダメージを積み重ねる!)
 周囲を回るステップだと見せかけ、一気に距離を詰める。
「はぁぁぁっ!」
 琉璃の連打がタケルの肉体に喰い込み、打撃音と腫れを生じさせる。それでもタケルは頭部、顎といった一発でKOされる可能性のある急所をがっちりと守り、致命傷は防ぐ。
(攻撃箇所を散らしてもあまり効いていないようですわね。集中攻撃するべきかしら・・・!?)
 琉璃の連打が止んだ瞬間、タケルのごつい手が琉璃のシャツを掴んでいた。
「悪いが、ここのルールに従わせて貰う」
 タケルが琉璃の胸元を思い切り左右に開く。
「!」
 タケルの力でシャツが破かれ、ボタンが飛び、琉璃の純白のブラとパンティが露わとなる。
「くっ!」
「おっと、逃がさないぜ」
 タケルがシャツを掴んで琉璃を引き寄せ、そのまま後方にぶん投げる。
「がはっ!」
 受身を取ったというのに、それでも衝撃を殺しきれなかった。琉璃の口から苦鳴が迸る。
「さてお嬢さん、次はこういうのはどうだい?」
 タケルは呻く琉璃を立たせ、背後に回ると自分の左脚を琉璃の左太ももに掛け、左腕を琉璃の首の後ろから通して両腕でフックする。プロレス技の<コブラツイスト>だった。
(所詮はショー向けの技、これくらい耐えて見せ・・・)
「あぐぅぅぅっ!」
 たかがプロレス技と考えていたコブラツイストに全力で締め上げられると、全身を圧縮されたようだった。両肩と首だけでなく、背骨全体がぎしぎしと軋む。
「八岳選手、ギブアップか?」
 琉璃の動きが止まったと見たレフェリーが近寄り、ギブアップの確認をしながらバストに手を伸ばすが、タケルの冷たい視線にその手を引っ込める。レフェリーが引き下がったと見ると、タケルは自分が琉璃のバストに手を伸ばした。
「悪いが、役得だ」
 右手でバストを揉みながら、タケルが嘯く。
「・・・くぅぅぅっ!」
 両手のフックが片手に変わったことで、全身に掛けられていた圧力が減少した。琉璃は溜めていた力を一気に解放し、タケルを腰溜めに投げ飛ばす。
「うぐっ・・・」
 しかしそこまでだった。コブラツイストのダメージと無理な体勢から投げを打ったことで、追撃に行くほどの余力が残っていない。
「片手を外したからって、俺を投げるかよ。怖いなぁ」
 タケルが首を回しながら、ゆっくりと立ち上がる。次の瞬間、タケルの巨体が視界から消えた。
(まさか!・・・下っ!)
 気づいたときにはカニバサミでうつ伏せにダウンを奪われていた。そのまま腰に乗られ、顎に両手を掛けられる。一気に引き絞られた。
「あぐぅぅぅっ!」
<キャメルクラッチ>に、腰骨が悲鳴にも似た軋みをあげる。顎を引かれることで気道が圧迫され、呼吸も苦しい。
「お嬢さん、これでまいったしてくれないか?」
「お、お断りですわ・・・!」
 苦しいながらも拒否の言葉を吐いた琉璃に対し、タケルの目が細められる。
「そうか・・・こいつは出したくなかったが」
 琉璃の腰に乗っていたタケルが琉璃の膝裏に体を移動させ、更に絞り上げる。そこから一瞬で琉璃の首と右腕を極める。
<レオ・バインド>。
 キャメルクラッチにドラゴンスリーパーを加えた荒技で、タケルのフィニッシュホールドだった。
「あ、が・・・うぅっ!」
 首、右腕、腰、背骨が締め上げられ、極められ、変形させられ、途轍もない苦痛を叩きつけてくる。柔軟な肉体を造り上げた琉璃といえども、ここまで反り返されては耐えるだけで精一杯だった。
「・・・ギブアップか?」
 琉璃のバストに手を伸ばそうとしてタケルに睨まれたレフェリーが、仏頂面でギブアップの確認をする。
「お前が気安く触るな。お嬢さんに触っていいのは、俺だ」
 琉璃の右腕をクラッチしていたタケルの右腕が外され、琉璃のバストへと伸びる。
「お嬢さんの胸の感触、何度も味わいたくなるんだよ。悪く思わないでくれ」
 そのまま、純白のブラに包まれたFカップバストを揉む。
(ここが、好機!)
 琉璃の親指が、タケルの両肘の急所を同時に突いた。肘の痺れにタケルが琉璃の首とバストを放してしまう。琉璃は素早くタケルの右腕を取って関節技を狙うが、タケルはそう簡単に技の入りを許さない。
「シッ!」
「ぐふっ!」
 琉璃の手刀がタケルの喉を突く。古傷を突かれたタケルの動きが鈍る。
 痛みに抵抗が弱まったところでタケルの左腕を背中側に回し、自分の左腕で極める。タケルの右腕がタケルの喉元を押さるように左肩まで回し、自分の左手で手首を握る。更に両脚でタケルの胴を締め上げる。
<自業自縛>。
 師の一人である元橋堅城直伝の関節技だった。
「この程度の関節技、すぐに・・・」
 タケルは自分の考えが浅いことにすぐ気づかされた。
「ぬっ・・・ぐぉぉ・・・」
 脱出しようと力を込めれば、膨張した右腕がタケル自身の喉笛を圧迫する。リングを蹴ることで無理やり脱出しようとするが、そのたびに琉璃に耳の穴を打たれ、鼓膜へとダメージを送られる。
 次第にタケルの動きが鈍っていく。リングを蹴ろうとする足も僅かずつしか動かなくなり、顔が紅潮して舌がだらりと覗く。このタケルの様子を見たレフェリーがタケルの顔の前で何度か手を振り、反応がないことから即座にゴングを要請する。

<カンカンカン!>

 琉璃の勝利を告げるゴングに、観客席がどよめく。"キング"と異称され、プロレス界でも屈指の実力を誇るタケルから勝利を挙げたのだから当然だろう。
 琉璃は未だ意識の戻らないタケルの上半身を起こし、両肩を持って背中に膝を当てる。
「はっ!」
 琉璃の活に、タケルが意識を取り戻した。
「・・・ここは天国か?」
「何を言ってるんですか。まあ、私を天女か天使と間違えても仕方がありませんが」
 タケルの茶目っ気のある科白に、琉璃も冗談で返す。
「・・・負けたよ、お嬢さん。だが、楽しかった」
「ええ、私もですわ」
 爽やかな笑みを浮かべたタケルに、琉璃も微笑を返した。
「でも・・・今度は全力でお願いしたいですわね」
「俺は全力だったよ」
 琉璃の言葉に、タケルは首を振った。
「手加減したつもりはないし、手を抜いた覚えもない。もしお嬢さんがそう感じたなら、俺がお嬢さんの魅力に参ってた、ってことさ」
「お上手ね」
 タケルの物言いに琉璃は苦笑した。その笑みが、闘いの終わりを飾った。


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