【第五十五話 鴉箕まほろ:テコンドー】

 犠牲者の名は「鴉箕まほろ」。22歳。身長161cm、B87(Eカップ)・W58・H92。長髪をダークブラウンに染めて結い上げ、切れ長の目と薄眉が特徴的。普段は美容師として働いており、休日は町のテコンドー道場で汗を流す。客や友人には親しげな態度で接するが、嫌いな人間や興味のない相手にはとことん冷たい態度を取るという二面性を持つ。
 客として接してくれたまほろの親しげな態度に勘違いし、告白してあっさりと振られた男が<地下闘艶場>と繋がりを持っており、まほろは言葉巧みに復讐のリングへと誘い込まれた。


 控え室でまほろに渡されたのは、昔の中国の宮廷衣装か天女の羽衣を思わせる衣装だった。だが、羽衣とは薄い布が合わさったもの。こんな衣装では、ネグリジェとたいして変わらない。
「ちょっとぉ、なによこの服。私をストリッパーかなんかと勘違いしてない?」
「下着は着けても大丈夫ですよ。しかし、Tシャツなどは認められませんのでお気をつけください」
 女性黒服の言葉に口を結んで睨みつけるまほろだったが、睨まれた女性黒服のほうはまるで表情を変えない。最後には女性黒服の迫力に押されたように、まほろは渋々と衣装を身に着けた。
「・・・やっぱり透けてるじゃない!」
「そうですね」
 実際に着てみると、想像以上に卑猥だった。何か着ているとはわかるものの、まほろの肢体をほとんど隠していない。ブラも、ブラに覆われたEカップのバストも、Tバックのパンティも、ほぼ剥き出しになったヒップも、透ける衣装の下で自らの存在を誇示している。
「こんなに見えちゃうんだから、シャツくらいは・・・」
「駄目です。契約書に書かれているとおり、下着以外の着用は認められません」
 女性黒服は妥協という言葉を知らないようだった。
「・・・わかったわよ。全く、人をなんだと思ってるのよ・・・」
 文句を言いながらまほろはガウンを羽織り、メリハリの利いた肢体を隠した。

 控え室を出て廊下を進んだまほろが花道へと姿を現すと、観客席がどっと沸く。まほろはそれを無視して歩を進めるが、観客はそんなお高く留まったまほろが淫らな責めに喘ぐのを心待ちにしていた。

 リングに上がったまほろの前には、蝶ネクタイをつけた男と、覆面を被った男の二人しかいなかった。
「ちょっと待ちなさいよ、今日の相手って男!?」
 誰にともなく文句を言ったまほろに、蝶ネクタイの男が歩み寄ってくる。
「男が相手じゃいけないのか?」
「だって、男が相手だなんて聞いてないもの!」
「そうか? 契約書にはこっちが準備する相手と闘う、ってちゃんと書いてただろ?」
「くっ・・・」
 目の前の男の言うとおり、契約書にはその旨が記載されていた。性別のことまで載せていなかったのはわざとだろう。卑猥な衣装といい、男の対戦相手といい、とても納得できるものではなかったが、契約を交わした以上、まほろに反論の余地はなかった。

「赤コーナー、ロックマスク!」
 ロックマスクは目、鼻、口の空いた覆面を被り、グレーのTシャツとレスリングタイツ、その下に黒のスパッツを身に着け、足元にはグレーのレスリングシューズを履いている。まほろを見る目は血走り、欲望だけではない何かを感じさせる。
「青コーナー、『ビューティ・ビューティシャン』、鴉箕まほろ!」
 まほろが覚悟を決めてガウンを脱ぎ去ると、薄布に覆われたメリハリの利いた肢体が現れた。薄布からは布地の少ないセクシー下着も透けて見え、観客の興奮と口汚い野次を呼ぶ。無意識に気合の入った下着を着けてきたのが裏目に出た。薄い布地から透けて見えると余計に扇情的で、観客達の興奮を煽る。
「・・・こいつらぁ」
 まほろの怒りを抑えた表情にも、観客席からの声は止まなかった。

 ロックマスクのボディチェックを終えたレフェリーが、にやつきながらまほろの全身を眺め回す。
「随分とエロい下着だな。欲求不満か?」
「うっさいわね、あんたには関係ないでしょ」
 レフェリーの軽口に、まほろは鋭い視線で応じる。むっとしたレフェリーがいきなりバストを鷲掴みにした瞬間、金的を蹴って止めさせる。それだけで終わらず、金的を押さえて呻くレフェリーのどてっ腹に前蹴りを叩き込む。
「私の胸はね、あんたなんかに触られるほど安くないのよ!」
 倒れ込んで呻くレフェリーに指を突きつけ、まほろが怒りを露わにする。そのままリングを降りようと踵を返したまほろだったが、後ろから抱きつかれ、リングに倒されてしまう。
「いったぁ、いきなりなにする・・・ってどこ触ってるのよ!」
 まほろにタックルしたロックマスクは、まほろのバストを鷲掴みにしていた。
「この・・・放せ!」
 強引に蹴り離し、捕まらないように立ち上がる。まほろと同じように、レフェリーもお腹を押さえながら立ち上がっていた。
「くっ・・・お、お前・・・レフェリーにこれだけの暴力を振るったんだ、覚悟しておけよ」
 レフェリーはまほろを嫌な目つきで睨むと、ゴングを要請した。

<カーン!>

(こんな男、さっさと蹴り伏せてやるわ!)
 まほろはロックマスクを睨みつけ、左構えでステップを踏む。軽いステップにも関わらず、ブラに包まれたEカップのバストが重たげに揺れる。布地に透ける様がエロティックで、観客達の欲望を煽る。
 揺れるバストに誘われたように、ロックマスクが距離を詰める。
「シッ!」
 しかし、まほろの重い右前蹴りがロックマスクの胸板を蹴り飛ばす。

 まほろは美容師という仕事柄、手を傷めるようなことはしなくなかった。その点テコンドーなら足技が多く、手技を使わなくても闘うことができた。まほろが通う町道場で指導を受けている女性は化け物のような強さを持ち、容赦ない指導で道場生に恐れられていた。しかしその分上達も早く、まほろも僅かの期間でかなりの実力を身につけることができた。

「まだまだぁっ!」
 よろめいたロックマスクに、追撃の横蹴りを叩き込む。これでロックマスクは吹っ飛び、ロープ近くに背中から落ちる。立ち仕事をし続けることで鍛えられたまほろの脚力は伊達ではなかった。
「ふっ、こんなもの?」
 まほろが頬に掛かったほつれ毛を指で弾く。
「ぐっ・・・糞が・・・」
 ロックマスクは上体を起こして咳き込む。
「さっさと決めるわよ!」
 無防備なその頭部に止どめを入れようとしたまほろだったが、突然後ろから羽交い絞めにされる。
「倒れている選手への打撃は反則だ」
 レフェリーだった。
「ちょっと、そんなこと聞いてないわよ!」
「契約書に書いてただろうが。ちゃんと読んでおけよ」
 まほろはレフェリーを振り払おうとしたが、腕力はそれほどないため、がっちりと捕らえられた状態から逃げ出せない。
「・・・へへへ」
 まほろが動けないと見たロックマスクが、ゆっくりと立ち上がる。
「近寄るんじゃないわよ!」
 まほろは捕まったままの状態からロックマスクに前蹴りを入れようとしたが、上半身が動かないためスピードも乗らず、威力も低かった。
「おっと危ねぇ。足癖が悪いな」
 まほろの蹴りを軽くかわしたロックマスクが、強烈なボディーブローを入れる。
「おぐぅ・・・!」
「さっきのお返しだ。しかし・・・やっぱりいい身体してやがる」
 ロックマスクはにやりと笑うと、まほろの薄布に覆われた身体を見て舌舐めずりする。
「・・・へへへ」
 まだ痛みに呻くまほろのバストを鷲掴みにし、自分の欲望のままに捏ね回す。
「い、痛いっ!」
「ふん、ちょっとは痛いか? だがな、俺が味わった痛みはこんなもんじゃないぜ」
 その物言いと声が、まほろの記憶を刺激する。その脳裏に、一人の男の顔が浮かんだ。
「あんたまさか・・・大岩!?」

「大岩憲次」。
 まほろが担当する客だったが、まほろに告白して振られた過去を持つ。それを逆恨みし、今回まほろを<地下闘艶場>へと引きずり込んだ張本人だった。

「なんだ、ばれちまったか。だがもういいや、こうやってお前の胸を揉んでるんだからな」
 ロックマスク、否、大岩はまほろのバストを揉みながら唇を歪める。
「放せ変態! あんたみたいな男が気安く触るんじゃないわよ!」
「・・・あぁ!?」
 大岩の膝蹴りがまほろの腹部に突き刺さる。
「あ・・・がはっ・・・」
「人を変態呼ばわりしやがって、相変わらずお高く留まってるな」
 怒りの表情の大岩が、まほろのブラのフロントホックを外す。
「なに、を・・・」
「ようやくお前の生乳を拝めるな」
 大岩はにやりと笑うと、まほろの衣装の中に手を突っ込み、ブラを引き抜く。肩紐のないブラは抵抗なく大岩の手に移った。露わになったまほろの美乳に、観客席が沸く。
「へへ、どうだ、セミヌードにしてやったぜ」
「絶対、許さないわ・・・!」
 まほろの闘志は衰えなかったが、膝蹴りのダメージはまだ抵抗力を奪っていた。まほろが身を捩るたび、薄布の下でブラを奪われた乳房が息づく。
「見てるだけじゃ勿体ないからな。どれ、感触は、と」
 大岩は欲望に塗れた唇を舐めると、薄布の上から人差し指で乳首を転がし、他の指で乳房を揉み込んでくる。
「くっ・・・」
「ずっと、ずっとこうしてやりたかった。それなのに俺を振りやがって、今日は徹底的にやってやるからな!」
 自分の言葉に自身で興奮したのか、大岩の手つきが段々と荒っぽくなる。
「ちょっと、女の扱い方も知らないの!? そんな自分勝手に触らないでよ!」
「そんな剣幕で喚くなよ鴉箕選手、美人が台無しだぞ」
 それまで黙ってまほろを拘束していたレフェリーが、まほろの秘部を撫で回してくる。
「レフェリー! 選手に手を貸すだけじゃなくて自分まで手を出すってどういうことよ!」
「何を言ってるんだ、さっき拒んだボディチェックをしてるだけだ」
 レフェリーはまほろの抗議もまともに取り合わず、まほろの秘部を弄る。
「あんた達いいかげんに・・・!?」
「へへ、こっちの味はどんなだ?」
 大岩はまほろの顔に舌を這わせる。
「な、舐めないで変態!」
「舐めるだけで終わると思うか?」
 まほろの顔を舐め回していた大岩は、それを嫌がって顔を背けたまほろの顎を掴み、無理やり唇を奪う。
「んむぅっ!」
「・・・ぷはっ。どうだ、大嫌いな男から無理やりキスされた気分は?」
「最低に決まってるでしょ!」
 まほろの顔は、屈辱と羞恥に赤く染まっていた。
「そうか、なら、もう一回してやるよ」
 大岩が顎を持ち、唇を近づける。
「・・・ざけんなっ!」
 その鼻に、まほろの額がめり込んだ。大岩が痛みに喚き声を上げる。
「放せっ!」
 突然のことに呆然となったレフェリーから逃れ、まほろが大岩を見据える。
「よくもまぁ散々人の体好き勝手に弄ってくれたわね。しかも下手くそなキスまでしてくるなんて・・・!」
 その瞳は獰猛な怒りの炎を燃やしていた。
「シィッ!」
 まほろの体が宙に舞い、大岩の後頭部に右の延髄切りを入れる。そのまま左足が跳ね上がって大岩の首を両脚で挟み込み、自分の体を軸に回転して投げを打つ。
<カウィチャギ>(挟み蹴り)と呼ばれる、テコンドー道場の女指導者直伝の荒技だった。
 大岩の首が捻じ切られるようにして曲がり、リングに叩きつけられる。
 大岩が大の字になって動きを止めても、まほろの攻撃は止まらなかった。体を横回転で捻りながら、勢いをつけた右足の踵を大岩の顔面へと命中させる。この一撃は、大岩の鼻骨と前歯を二本へし折った。痛みに絶叫する大岩を見たレフェリーが、慌ててゴングを要請する。

<カンカンカン!>

「この勘違い野郎、二度とその汚い面見せるんじゃないわよ!」
 まほろは大岩へと唾を吐きかけ、レフェリーに鋭い視線を向けた。
「あんた、あんたも散々人の体触りまくってくれたわね」
「い、いや、あれはボディチェックの一環で・・・」
 貫くような視線に、レフェリーの頬から汗が流れる。
「シィィッ!」
 まほろの目にも止まらぬ連打で、レフェリーの顔が左右にぶれる。最後は腹部に強烈な一撃を食らい、レフェリーはリングに倒れ込んだ。
「フン!」
 ようやく気が済んだのか、鼻を鳴らしたまほろがリングを後にした。薄布の下、荒い息によって乳房が微妙な変化を見せ、それが闘いの後の興奮も交えてエロティックだった。


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