【第五十八話 桃郷美影:ムエタイ】

 犠牲者の名は「桃郷(ももさと)美影(みかげ)」。19歳。身長162cm、B94(Hカップ)・W57・H89。眉を細く整え、その下には切れ長の美しい眼差しがある。頬から顎に掛けてのラインは鋭く、全体的にシャープさを感じさせる美貌。漆黒の髪を腰まで伸ばし、750ccバイクを乗り回す。栗原美緒の従姉妹で、現在は短大生。
<地下闘艶場>でも人気のある栗原美緒。その従姉妹も、美緒に勝るとも劣らない美貌とプロポーションの持ち主だった。しかもムエタイの実力もかなり高く、<地下闘艶場>の運営スタッフは美影に照準を定めた。


 美影に用意された衣装は、野球のユニフォームだった。上は半袖で丈が鳩尾までしかなく、下はホットパンツ並みに短い短パン仕様だった。
「ちょっといい? なんで試合なのにこんな服着なきゃいけないの?」
 美影のこの質問は当然のものだったろうが、女性黒服の答えは納得できるものではなかった。
「観客が望むからです。それに、その旨も契約書に書いております」
 確かに契約書には「<地下闘艶場>が用意した衣装を着用すること」という項目があったが、こんな闘いに不向きだと思われる衣装が用意されるとは想像もしていなかった。
「ファイトマネーには、その衣装を着る分も含まれております。どうしても着たくないと言うのなら、違約金を・・・」
「わかった、ストップ、これ着て闘うから」
 違約金を払ってまで抗おうとは思わない。美影は女性黒服が控え室を出た後で私服を脱いで下着姿になり、野球のユニフォームに着替えてガウンを纏った。

 美影が花道に姿を現すと、その凛とした美貌に観客が見惚れる。栗原美緒にどことなく似た、しかしやはり美緒とは違うシャープな美貌に、会場の中で欲望のうねりが生まれていた。
(嫌な感じ・・・試合って言うより見世物にされてるってことか)
 瞬時に自分の立場を理解し、不快感から美影の眉が寄る。それでも足取りを乱すこともなく、美影はリングへと辿り着いた。

 リングの上に待っていたのは、二人の男だった。一人は蝶ネクタイを締め、一人はマスクを被った両腕が異様に長い男だった。
(男が対戦相手? えらく高額のファイトマネーだと思ったら、こういうこと)
 美影の視線を受けたマスクマンが、にやりと笑った。

「赤コーナー、『地に潜む蜘蛛』、マスク・ド・タランチュラ!」
 美影の対戦相手は、久々の登場となるマスク・ド・タランチュラだった。観客の中に知らない者はおらず、大きな歓声が送られている。
「青コーナー、『ブラッディ・シャドウ』、桃郷美影!」
 コールに応えて美影がガウンを脱ぎ捨てると、観客席からため息と歓声が起こる。野球のユニフォームの胸元を盛り上げるHカップのバスト、剥き出しにされている括れたウエスト、短パンの背部を張り詰めさせているヒップ、引き締まっているがほどよく脂肪の乗った太もも。男の視線を惹きつける奇跡のプロポーションだった。腰まである黒髪は首の後ろで無造作に束ねられ、そのまま背中に垂れている。
 男の欲望を向けられることには慣れているのか、観客席からの視線など気にも留めず、美影は両手に嵌められたオープンフィンガーグローブの装着具合を確かめていた。

 マスク・ド・タランチュラのボディチェックを終えたレフェリーが美影に近寄る。
「桃郷選手、ボディチェックだ」
「い・や」
 美影は子供のように舌を突き出して見せる。
「ボディチェックを拒むなら失格にするぞ!」
「そ。それじゃそういうことで」
 美影は右手を上げると、さっさとリングを降り始める。
「ま、待て待て! どこ行こうっていうんだ!」
「どこって、帰るのよ。失格なんでしょ?」
「いや待て、それは言葉のあやってやつで・・・」
「それじゃボディチェックはなしでいいでしょ?」
「・・・わかった」
 レフェリーは渋々ながら美影の要求を受け入れ、ボディチェックなしに試合を始めた。

<カーン!>

 闘いのゴングが鳴らされると、美影はムエタイ特有のアップライトスタイルに構える。両手を肩より上に上げ、軽く握った拳の手の平の面を相手に向ける。前に出した左脚の膝を上下させてリズムを取るが、たったそれだけの動作でHカップを誇るバストが重たげに揺れる。
「おっほぉ、揺れてる揺れてる! 凄いな美影ちゃん!」
「うるさいわよ」
 美影の鞭のようなローキックがマスク・ド・タランチュラの右太ももを打つ。しかし蹴りを放った瞬間、下からバストを触られていた。
「なっ!」
「おおっ、でかいだけあって重量感たっぷりだな!」
 ローキックの痛みも忘れ、マスク・ド・タランチュラが嬉しそうな声を上げる。
(長い腕だとは思ったけど、私の脚のリーチと同じって・・・)
 否、下手をすれば美影の脚よりも長いかもしれない。
(でも、私の胸を触っておいて無事に済むとは思わないでよ!)
 再びアップライトスタイルに構えた美影がタイミングを計る。マスク・ド・タランチュラが伸ばしてきた左手を蹴りで弾き、瞬時に間合いを詰める。
 美影の右ストレートが、マスク・ド・タランチュラのブロックをすり抜けて顔面を打つ。女性の一撃だというのに、マスク・ド・タランチュラの頭が後ろにぶれた。

「ナナハン」と呼ばれる排気量750ccの大型バイクを乗り回す美影の腕力は、男性顔負けだった。軽自動車の最大排気量が660ccであることを考えれば、その凄さがわかって貰えるかもしれない。

 美影のラッシュが始まった。
「シッ! フシッ!」
 鋭い呼気を吐きながら、左右のフックから体重の乗ったローキックをぶち込む。マスク・ド・タランチュラがぐらついたと見るや、首相撲から左の脇腹に膝蹴りを入れる。
「えぐぉっ!」
 呻くマスク・ド・タランチュラへ更に二発膝を叩き込み、首から手を放す。マスク・ド・タランチュラはそのままリングに這った。
「ダウンでしょ? レフェリー」
「・・・ニュートラルコーナーへ戻れ」
 美影がニュートラルコーナーへ移るのを見たレフェリーがテンカウントを進めるが、何故か不自然にゆっくりとしたスローカウントだった。
「ちょっとレフェリー! なんでそんなのんびり数えてるのよっ!」
「レフェリーに文句をつけるな! 文句をつけるから、どこまで数えたのかわからなくなったじゃないか」
「今はファイブまで数えたでしょ! 次はシックス!」
「いや、お前の言うことなど信用できん。もう一度数え直しだ」
 まさかと思った美影の前で、レフェリーは本当にもう一度ワンから数え始めた。
「なっ! ちょっと、なんで最初から始めてるのよ!」
「だからお前が文句をつけるからだろうが!」
 美影がレフェリーとやりあっている間に、充分に休息を取ったマスク・ド・タランチュラが立ち上がる。
「いってって・・・なんつぅ打撃だ。今までで一番きっついぜ」
 お腹を擦りながらぼやくマスク・ド・タランチュラに、再び美影の打撃が迫る。
「おひょっ!」
 奇声を上げたマスク・ド・タランチュラの体が美影の視界から消える。
「えっ?・・・きゃっ」
 マスク・ド・タランチュラは身を屈め、<水面蹴り>で美影の軸足を払っていた。
「手加減してたらこっちがやべぇ、さっさと決めるぜ!」
 マスク・ド・タランチュラの両手両足がリングに横たわる美影に絡みつき、拘束していく。長いマスク・ド・タランチュラの左腕が美影の右脇から後頭部を通って両腕を抱え込み、太ももの間に差し込んだ両足で美影の両脚を大きく開脚する
 マスク・ド・タランチュラのフェイバリットホールド・<タランチュラホールド>だった。
「ちょっと、やめなさいよ! こんなに脚広げるなんて!」
「うるさいなぁ、観客へのサービスだよ。そして、俺へのサービスタイムの開始だ!」
 マスク・ド・タランチュラは自由に動かせる右手を、美影の盛り上がった胸元へと伸ばしていく。
「うほぉ、やっぱりこの大きさ、半端じゃねぇな!」
 右手で美影のバストを触ったマスク・ド・タランチュラが感激の声を上げる。勿論触っただけでは終わらず、場所を変えながら揉み回していく。
「あ、こら! どこ触ってるのよ! ちょっとレフェリー、これは反則でしょ!?」
「何を言ってるんだ、触るだけで反則になるわけがないだろう。あと、お前ボディチェックを受けなかったな。これからボディチェックを行うから覚悟しろ」
「な、なに言って・・・やだ、触らないでよ!」
 しゃがみ込んだレフェリーも美影のバストを掴み、味わうように揉む。
「本当にでかいな。生まれつきか? それとも男に揉まれて大きくなったのか?」
「関係ないでしょ! 触るなって・・・んんっ」
 二人の男に好き勝手に胸を揉まれ、美影が屈辱に歯噛みする。
「やけに触られるのを嫌がるな。何か隠しているんじゃないか?」
 にやりと笑ったレフェリーが、美影のボタンを一つずつ外していく。
「どうだ? ギブアップするなら今の内だぞ?」
「こんなことくらいでギブアップなんてしないわよ!」
 そう叫びながらも身を捩り脱出を図る美影だったが、タランチュラホールドから逃れることができない。
「ほーら、これで三つ目・・・!?」
 レフェリーが半ばまでボタンを外したとき、内側からの圧力がユニフォームを押し退けた。

(ぉぉぉぉ・・・)

 美影のあまりに大きすぎるHカップバストが、解放を求めたのだった。黒のブラに包まれたHカップバストがユニフォームを真ん中から割り、観客の目の前に出現する。
「エロいデカおっぱいだな。自分から出てきたぜ」
 マスク・ド・タランチュラがブラに包まれたバストをつついてにやける。
「しかもブラは黒か。男を誘ってるのか?」
 レフェリーもブラの上からバストを揉み、美影の顔を覗き込む。
「黒だろうが白だろうが私の勝手でしょ。いいから触らないでよっ!」
「おいおい、これはボディチェックだぞ? 触らなきゃわからないだろうが」
「勝手なこと言わないでよ! 触らないでって・・・ふぁっ!」
 美影の抗議も、バストへの刺激で封じられる。
「しょうがないじゃないか、このデカエロおっぱいが触ってくれって誘ってるからな」
「あんたみたいな変態を誘うわけないでしょ! 甲羅木駁くんクラスのイケメンなら話は別だけど」
 有名アイドルの名前を出され、マスク・ド・タランチュラが渋い表情となる。
「あのクラスと比べるなよ。それに、甲羅木駁はこんなことしてくれないって」
 改めて美影のHカップバストを揉みながら、マスク・ド・タランチュラが嘯く。
「しっかしエロいなこのおっぱい。でかいのに指を弾き返してくるぜ」
 これだけの大きさを誇りながら、弾力が半端ではない。しかも柔らかさまで備えており、揉み込む手も止まらない。
「あんたに触られるための胸じゃないの! いいかげんにやめなさいよ!」
「いやー、やめられない止まらない・・・って昔あったな」
「知らないわよ!」
 口で幾ら言おうが、男達はバストを揉むのをやめようとはしない。黒いブラに包まれた美影のバストは、男の手によって形を変え続けた。

「さて、それじゃ下も見せてもらおうか」
 美影のバストから手を放したレフェリーが美影のベルトを外し、ファスナーをわざとゆっくり下ろしていく。
「なにしてるのよ!」
「まだボディチェックを続けてるんだよ。そぉら、見えてきたぞ」
 やがて、美影のパンティが顔を覗かせた。
「おおっ、下も黒か。エロいやつ穿いてるなぁ桃郷選手。欲求不満じゃないのか?」
「・・・そうだとしても、あんたらじゃ解消できないわね」
 強がる美影だったが、レフェリーの手が秘部を這うと表情が強張る。
「どうだ、ギブアップか?」
 レフェリーがにやつきながら秘部を撫で回し、美影の羞恥を煽る。
「・・・絶対に、負けは認めないから」
「そうか、それならボディチェックを続けるとするか」
 レフェリーの手が直接パンティの中に潜り込み、蠢く。
「あっ!」
 途端に美影の顔色が変わる。
「どうした? 表情が変わったな」
 レフェリーは美影のアンダーヘアを玩びながら顔を覗き込む。
「な、なんでもないわよ」
「くくっ、それだけ顔赤くしといてなんでもないはないだろう」
 レフェリーの指が更に進み、淫核を弄る。
「・・・もう、やめさいよっ!」
 頭を後ろに振り、後頭部で頭突きをかます。
「がぶほっ!」
 美影のバストの感触に夢中になっていたマスク・ド・タランチュラはまともに喰らい、美影を解放してしまう。
「あんたもいつまでも触らない!」
 ようやく自由を回復した美影はレフェリーを突き飛ばして立ち上がる。少しだけ遅れてマスク・ド・タランチュラも立ち上がった。
「あんた・・・よくも人の自慢のバストを勝手に弄くってくれたわね」
 再びアップライトに構え、目を細めた美影がマスク・ド・タランチュラを睨む。ボタンを留めようともしないためユニフォームの前が開き、黒いブラに包まれたHカップが微かに揺れる。黒のパンティも顔を覗かせているのが扇情的だった。
「そんなこと言いながら隠そうとしないんだ、自慢のバストを触って欲しかったんじゃないか?」
 にやけるマスク・ド・タランチュラの視界で美影の姿が揺らぐ。本能が危険を察知したときには、黒いブラに包まれた双球が目前にあった。マスク・ド・タランチュラの顎が跳ね上がり、直後に頭部が右に曲がる。美影の飛び膝蹴りの二連撃だった。
「シィィッ!」
 着地と同時に回転肘打ち<ティー・ソーク・トロン>でマスク・ド・タランチュラのこめかみを打ち抜き、更に右足のハイキック<テッカンコー>で反対のこめかみを蹴り飛ばす。
 頭部に打撃を集中されたマスク・ド・タランチュラの体が、ゆっくりと仰向けでリングに倒れていく。

<カンカンカン!>

 白目を剥いて痙攣するマスク・ド・タランチュラを見たレフェリーは、慌ててゴングを要請していた。
「さてさてレフェリーさん。このままリングを降りれるとは思ってないわよね?」
 指を鳴らしながら、美影がゆっくりとレフェリーに近寄る。
「待て、まずは話を・・・」
「聞く耳持たないわね」
 弁解しようとしたレフェリーをばさりと遮り、冷や汗の浮いている顔を睨みつける。
「・・・あっ、甲羅木駁!」
「え、どこ! 駁くんどこ!?」
 人気絶頂のイケメンアイドルの名前を聞いた瞬間、美影の冷静さは吹っ飛んでいた。レフェリーの指差した方向に顔を向け、必死に目当ての人物を探す。
「ちょっと、駁くんどこにいるのよ! ねえ、って・・・あーっ!」
 そのときには既にレフェリーの姿はなかった。
「騙したわねエロレフェリー!」
 幾ら憤慨しても、レフェリーが戻ってくることはなかった。
「・・・駁くん、会いたかったな」
 乙女心そのままにため息をつき、美影はリングを後にした。傷心の美影は、観客の視線が剥き出しになった黒いブラに注がれていることにまるで気づかなかった。


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