【第六十二話 クリスティーナ・ローゼンメイヤー:パンクラチオン 其の二】

 犠牲者の名は「クリスティーナ・ローゼンメイヤー」。愛称クリス。21歳。身長169cm、B99(Jカップ)・W62・H86。肩の下まで伸びた金髪には緩いウェーブがかかり、シャープな顎の線を柔らかく縁取っている。ドイツ人の父とノルウェー人の母を持ち、ノルウェーの一流大学に飛び級で入学、現在は大学院に籍を置く才女。古代ローマの研究を専攻しており、中でも<コロッセオ>で行われた闘いに惹かれ、自分でパンクラチオンを学ぶほどにのめり込んだ。ゲルマン民族とヴァイキングの血は彼女の中で交じり合い、至上の強さを求めていたのかもしれない。
 前回の<地下闘艶場>では実力者のミステリオ・レオパルドと対戦し、見事な勝利を挙げている。観客の一部からまた彼女の闘いが見たいとの声が上がり、<地下闘艶場>は専用のジェット機をノルウェーまで送り、クリスを日本に招待することにした。


 控え室の中、クリスは椅子にぐったりと腰を下ろしていた。
「びっくりしたわね。まさか一度成層圏を越えて飛行するなんて」
 日本に来るときのことを思い出し、クリスは頭を振った。自宅に迎えが来たと思ったらリムジンで空港まで連れて行かれ、戦闘機クラスの性能を誇るジェット機に乗せられ、強烈なGを耐えていると宇宙空間に飛び出していたのだから。
「まさか三時間で日本に着くなんて・・・つくづく凄い団体ね、<地下闘艶場>って」
 ノルウェーまで高性能ジェット機を派遣できる財力と権力。主催者がアメリカ大統領だと言われても信じてしまいそうだ。
「でも、またこんな衣装なのね」
 用意された衣装を見て、クリスはため息を吐いた。前回は露出度の高い水着だった。今回は・・・
「仕方ないわね、我慢しましょう」
 クリスは衣服を脱ぎ捨てて衣装に着替え、ガウンを纏った。

 ガウン姿でリングに上がったクリスに、前回と同じように観客席から卑猥な野次が飛ぶ。それでもクリスは表情を変えない。否、闘いへの喜びで輝いていた。

「赤コーナー、『鉄腕』、瓜生霧人!」
「瓜生霧人」。<地下闘艶場>でも最強と目される元橋堅城の弟子で、その実力は高い。今日も黒い道衣を身に纏い、弱者はそれだけで圧壊されそうな闘気を放出している。
「青コーナー、『ウーマンヴァイキング』、クリスティーナ・ローゼンメイヤー!」
 オープンフィンガーグローブを嵌めたクリスがガウンを脱ぎ去ると、その下には鎧を模したビキニ水着の上下があった。ブラはクリスの大きすぎる乳房をすっぽりと包み込み、ボトムは逆にTバック仕様でヒップがほぼ丸出しとなっている。
(水着は恥ずかしいけど、この男の闘気は本物だわ。今日は本当に楽しめそう!)
 霧人の闘気に反応し、クリスの口元には笑みが浮かんでいた。
「レフェリーは三ツ原凱が務めます!」
 久しぶりの登場となる凱に対し、観客からはまばらな拍手が送られる。栗栖美葉音戦では入念なボディチェックを行い、於鶴涼子戦では紳士的なボディチェックを行った。過去二回のときに真逆のボディチェックを行ったため、観客も評価を下しにくいらしい。
 凱は霧人のボディチェックを終えると、今度はクリスに近寄る。
「それでは、クリスティーナ選手にもボディチェックを行います」
 クリスが驚くほどのクイーンズイングリッシュで凱が発音する。驚いたままクリスが頷くと、凱はクリスの美巨乳を下から持ち上げるように支えた。
「なっ!」
「失礼。ですが、このように大きいと胸の下に何か隠しているかもしれませんから」
 クリスのバストの底辺部分を揉みながら、凱がしれっとした調子で言う。
(またこんなセクハラなの! でもあんな闘気を放つ男と闘えるチャンスなんて滅多にないし、我慢するわ)
 自分のバストを這いまわる凱の手の感触は不快だったが、強者との闘いができるとの思いがクリスを耐えさせた。凱の手はクリスの美巨乳の表面を余すことなく揉もうとでもいうのか、丹念に丹念に揉み込んでいく。
「い、いつまで触るの?」
「確信を持って凶器が隠れていない、と言えるまでです」
 クリスの言葉に冷たく答え、凱はJカップのバストを揉み続ける。
「しかし本当に大きいですね。谷間を調べるのも大変です」
 水着で寄せられて普段よりもくっきりと浮き出ている胸の谷間に、凱は下から指を突っ込んだ。
(ここまでするの!?)
 怒りに我を失いそうだったが、クリスはなんとか自制した。ここで暴れてしまっては、闘うことができなくなってしまう。

「ふむ、ではそろそろ終わりましょうか」
 ようやく念入りなボディチェックという名のセクハラが終わり、試合開始のゴングが鳴らされた。

<カーン!>

(これだけの闘気を持つ男、最初から全力で行くわ!)
 オーソドックススタイルに構えたクリスは、じわりと距離を詰めた。
「シッ!」
 いきなり放たれたクリスの高速ジャブが、霧人の顔面にヒットする。
「・・・やるわね」
 それなのに、攻撃を決めたクリスから感嘆の呟きが洩れた。霧人はクリスのジャブを完全には見切れなかったものの、首を捻ることで最小限のダメージに抑えていた。
「速いな。手加減などできそうにない」
 英語で返した霧人の目がぎらつく。
「手加減は無用よ。本気で来て」
 霧人を強敵だと認めたクリスも表情を引き締める。しかし、心は激闘への期待に沸いていた。
「シィィィッ!」
 鋭い呼気を吐きながら、クリスが高速ジャブを連打する。霧人もガードしながら、クリスの隙をじっと伺っている。
(これはデコイ。本命は、こっち!)
 ジャブを放ちながらいつの間にか距離を詰めていたクリスが、高速のタックルに移行する。クリスのタックルは霧人の脚に入ったが、霧人は崩れなかった。
(腰が重い・・・これだけ低く入ったのに動かない!)
 クリスのタックルを堪えた霧人は上からクリスの腰を抱えて高々と持ち上げ、そのままリングに叩きつける。
「あぐっ!」
 ぎりぎりで受身は取れたが、ダメージを全て防ぐことはできなかった。
「つぅっ・・・え!」
 霧人がクリスの両足首を掴み、引き上げながら大きく開く。
「なっ、ちょっと!」
 両脚を広げられ、羞恥から思わず股間を隠す。
「いい格好ですねクリス選手。ギブアップしますか?」
「こんなことくらいで、しないわ!」
 そう叫んだクリスだったが、顔が赤くなっていた。
(いつまでも、こんな恥ずかしい格好じゃいられない!)
 クリスはリングに両手をつき、腕の反動を使って上半身を振り上げた。そのまま霧人への拳での攻撃に変える。霧人は後方に体を倒しながら投げを打つが、クリスも素早く受身を取って立ち上がる。
「やっぱり上手いわね・・・えっ!?」
 立ち上がった瞬間、霧人がブラを掴んでいた。霧人はそのままビキニ鎧を模したブラを無理やり剥ぎ取る。その途端、クリスの乳房が派手に揺れながら解放される。そのため、クリスのJカップの爆乳が観客の目にも晒された。
「またこんな真似して・・・貴方もそんなに私の胸が見たいの!?」
 両手でも余るサイズの乳房を隠したクリスが霧人を睨む。
「胸が大きすぎる女は好みじゃない」
 クリスの問いに、霧人は冷たく答えた。
「悪かったわね大きすぎて! それならなぜブラを取るのよ!」
「雇い主の希望だ。この見世物で俺も金を貰っている以上、雇い主の意向は絶対だ」
 にこりともせずに言葉を吐き出す霧人に、クリスは逆に誠実さを見た。
(変に正直な男ね。黙っていればいいことまで喋っちゃって)
 しかしそのことと勝負とは別だ。クリスは羞恥を堪え、勝つためにバストから手を放した。再び露わとなった美巨乳に、観客席から大歓声が起こる。
「色仕掛けで隙を誘うつもりか?」
「そんなつもりはなかったけど、見惚れてもいいわよ」
 挑発するかのように一度乳房の下で腕を組む。観客席から生唾を飲む音が聞こえたが、霧人の表情に変化はなかった。
(失礼な男・・・ねっ!)
 腕組みを解いた瞬間、クリスの神速タックルが発動していた。
 クリスの低く速いタックルだったが、霧人も反応していた。しかし、予想もしないところから攻撃が来た。
「がっ!」
 クリスはタックルに行くと見せかけ、ロシアンフックで霧人の視界の外から左頬を打ち抜いた。
(決まった!)
 会心の一撃にクリスの頬が綻ぶ。しかし、それも一瞬だった。
「・・・うぉぉぉっ!」
 霧人の咆哮と同時に、腹部に灼熱感が生じる。僅かに遅れて足下の感触が消えた。
(な、何?・・・がはぁっ!)
 ボディへの拳打から頭を抱え込まれ、背中からリングに落とされていた。内蔵を揺さぶる攻撃を連続で食らい、体が動かない。霧人は崩れるようにクリスをフォールし、凱に視線をやる。
「ワン、ツー、・・・スリーッ!」

<カンカンカン!>

 凱の手が三度リングを叩き、霧人の勝利を告げるゴングが鳴らされた。霧人がクリスの上から退くと、隠すものもないJカップバストが観客の目にも晒される。
(負けた・・・)
 敗北感にうちひしがれるクリスは、自分の乳房を隠そうという気も起こらなかった。そこに、そっと黒の道衣が掛けられる。
「・・・えっ?」
「もう試合は終わったからな」
 観客からは凄まじいブーイングが上がったが、上半身裸の霧人は気にした様子もなくクリスを見つめる。クリスは霧人の鍛え抜かれた肉体美に一瞬目を奪われた。
「・・・負けたわ」
 試合にも勝負にも負けた。ここまでさっぱりとした敗北感は初めてだった。道衣を肩に掛け直し、乳房を隠す。
「貴方ほど強い男の人、初めてよ」
 腕っ節だけが強い男なら幾らでもいた。しかし、身も心も強い男など初めてだ。
「私と結婚して」
 突然の求愛に、霧人だけでなく凱も、英語を理解する観客までもが固まってしまう。
「・・・えっと、だな。俺と君は今日会ったばかりで」
「愛情に年月は関係ないわ。私、貴方と結婚する。もう決めたから」
「決めたから、って、俺の意志は!?」
「あれだけのことをしておいて、今更逃げはなしよ」
 そっと近づいたクリスは、情熱的に霧人の腕に腕を絡める。肩に霧人の道衣を掛けただけの格好のため、Jカップの美巨乳を直接押し付けるようになっている。
「・・・」
 霧人は素早く腕を抜き、無言でリングから飛び出した。
「あ、ちょっと!」
 クリスの呼びかけなど無視し、霧人は花道を全力で走り去っていく。
「もう、照れるところも可愛いんだから」
 クリスの目には、紛れもない愛情が溢れていた。
「待って、キート!」
 愛しい男の名を呼び、クリスは霧人の後を追った。霧人が掛けてくれた道衣をしっかりと素肌に巻きつけて。


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