【第六十六話 谷早霧絵:護身術】

 犠牲者の名は「谷早霧絵」。23歳。身長158cm、B86(Eカップ)・W55・H88。背中まである黒髪をいつもポニーテールにしている。細めの目のせいで、冷たい印象を与える美女。豊かな胸、引き締まった腰、張り出したヒップと男をそそるプロポーションだが、現在付き合っている異性はいない。
 霧絵はある企業に秘書として勤める才媛だ。その企業の社長が<地下闘艶場>に通じており、まるで自分になびかない霧絵を嬲って欲しいと売り込んだ。社長は霧絵に対しては他社との接待だと丸め込み、<地下闘艶場>のリングへ上げることに成功した。


「なぜ接待にこんな格好をしてリングで闘わなければいけないのよ」
 不満を一息で吐き出し、霧絵はもう一度鏡を見た。鏡の中には白いワイシャツ、黒いベスト、黒のミニスカート姿の自分が居る。まるでカジノの女ディーラーのような格好に、無意識に頭を振っていた。
「・・・やっぱり、下手に動いたら見えちゃう」
 鏡の前で幾つか動いてみるが、激しく動くとミニスカートがずり上がり、下着が見えてしまう。
「あまり派手に動かず勝つしかない、か」
 ミニスカートを直しながら、霧絵はため息を吐いた。

 漆黒のハイヒールを鳴らしながら入場してきた霧絵に、観客席から歓声が飛んだ。冷たい美貌と見事なプロポーションに、試合前から会場の興奮が高まっていた。

 霧絵がリングに上がると、三人の男が待っていた。一人は蝶ネクタイに縦縞の半袖シャツを身に着け、あとの二人は同じマスク、同じレスリングタイツ、同じレスリングシューズを身に着けた同じ体格の男だった。
「赤コーナー、マンハッタンブラザーズ1号!」
 コールに応えたのは、霧絵から見て左側に立っている男だった。
「マンハッタンブラザーズ1号2号」。一人一人の実力はたいしたことがないが、そのコンビネーションは一級品。これまでも数々の女性選手を嬲ってきた。
「青コーナー、『美人秘書』、谷早霧絵!」
 霧絵の名前がコールされると、霧絵に向けて野次や指笛が飛ぶ。霧絵の眉間に皺ができるが、反応と言えばそれだけだった。

「谷早選手、ボディチェックを受けてもらおうか」
 男性レフェリーがにやけた表情で近づいてくる。
「・・・仕方ないですね。どうぞ」
 そう言った途端、レフェリーの手が胸元に伸びてきた。
「!」
 反射的にその手首を掴み、引き込みながら肘を極めてレフェリーの腕を脇に抱え込む。
「いててててっ!」
「ボディチェックと言いつつ、何をしようとしているんですか」
「だからボディチェックだって・・・いてぇぇっ!」
「人の胸を触るようなボディチェックが・・・!?」
 突然、背後から右のバストを鷲掴みにされた。
「!」
 驚くよりも先に体が動いていた。レフェリーの腕を放り出しながら相手の手を上から押さえ、ハイヒールの踵部分で足の甲を踏みつける。これで緩んだ相手の腕を持ち、一本背負いで投げ飛ばす。
「・・・試合前から何をしているんですか」
 リングに横たわったのは、マンハッタンブラザーズ1号だった。霧絵の冷たい視線を受け、リングを転がってリング外に逃れる。
「いてて・・・くそっ、マイク寄こせ!」
 その遣り取りの間に、レフェリーはリング下の黒服にマイクを要求する。
「谷早選手のレフェリーへの暴行は許しがたい! そのため、この試合はマンハッタンブラザーズの二人とのハンディマッチ戦と致します!」
 この宣言にマンハッタンブラザーズの二人がリングに上がり、観客席が沸く。即座にゴングも鳴らされた。

<カーン!>

(いきなり一対二ですって? まったく、セクハラだけじゃ終わらないのね)
 最早接待の域を超えている。こうなれば男共を叩きのめして堂々とリングを降り、社長を締め上げる!
 霧絵は軽く開いた左手を胸の前にかざし、右足を引いた半身の体勢になった。対するマンハッタンブラザーズの二人はプロレスラーらしいオーソドックススタイルに構えている。
(様子見をするべきかしら、それともこちらから行ったほうがいいかしら?)
 初めてのリングでの闘いに、霧絵は慎重だった。僅かも気を抜かず、マンハッタンブラザーズの二人を刺すような視線で見据える。対するマンハッタンブラザーズの動きは、互いの死角を消す見事なものだった。
 間合いが詰まった瞬間、マンハッタンブラザーズの手が同時に伸びた。霧絵は右に回りながら2号の腕を弾き、素早い体当たりで1号と2号の体勢を崩す。そのままハイヒールでの横蹴りを叩き込むと、観客席が沸いた。
「っ!」
 脚を開いたことで、純白の下着が顔を覗かせていた。慌ててミニスカートを直したことで、1号と2号に立ち上がる隙を与えてしまう。ハイヒールで蹴られた2号の脇には、しっかりとそのヒールの跡が残っていた。
(んもう、なぜミニスカートで闘わせるのよ!)
 一度意識してしまうと、下着が見えるかもしれないという思いが頭から離れない。だからといって下着が見えないようにすると、動きが制限されてしまう。
(でも、このままじゃ・・・!?)
 1号が地を這うような低い水面蹴りを繰り出してくる。軽くジャンプして避けた霧絵だったが、空中で2号のラリアートをまともに食らう。霧絵が体勢を崩した瞬間、1号が脚を抱え込み、少し遅れて2号が両腕を押さえ込む。
(しまった!)
 霧絵はリングに押さえ込まれていた。
「よぉし、それじゃぁボディチェックを始めるか」
 そこにレフェリーがにやつきながら近づいてくる。
「さっきは拒んでくれたからな、直接見せて貰うぞ!」
 レフェリーがシャツの前を引き千切るようにして開けると、霧絵の清楚なブラが飛び出してくる。
「きゃぁぁぁっ!」
「・・・結構着やせするタイプなんだな。ボリュームがあるじゃないか」
 一瞬目を奪われたレフェリーは、唇を舐めるとバストを撫で回す。
「中身がぎっしりと詰まってるな。胸が張って大変じゃないか?」
「レフェリーがセクハラなんて、おかしいですよ!」
「何を言ってるんだ、これはボディチェックだ」
 霧絵のバストを揉みながら、レフェリーがしれっと言い訳する。
「しかし、これはたまらんな。ボディチェックにも力が入ってしまうぞ」
「な、何を勝手なことを!」
 霧絵が如何に叫ぼうと、レフェリーはバストを揉む手を止めようとはしない。
「おっと、胸ばっかり調べてもいかんな。ここもちゃんとチェックしないとなぁ」
 レフェリーはミニスカートをずり上げ、パンティを露わにする。
「まさか・・・」
「まさかじゃない、ここも調べるのは当然だ」
 レフェリーは純白のパンティの上を撫で回し、唇を歪める。
「どうだ? ギブアップしてもいいぞ」
「くっ・・・」
 羞恥と屈辱の狭間で、霧絵はギブアップを躊躇っていた。この状態でギブアップしてしまえば、男の欲望に負けたことになる。例え卑怯な手段で嬲られたとしても、敗北を認めたくはなかった。
(でも、こんなことまでされるなんて・・・っ!)
 霧絵がギブアップしないのをいいことに、レフェリーは霧絵の股間を弄り続ける。
(ああっ! い、いつまで耐えればいいの・・・!)
 レフェリーだけがいい思いをしていることに我慢できなくなったのか、霧絵を押さえつけていたマンハッタンブラザーズの二人も霧絵の肢体に手を這わせてくる。
「っ!」
 押さえつける力が緩んだ瞬間、霧絵はマンハッタンブラザーズ1号を蹴飛ばし、マンハッタンブラザーズ2号の顔面を打ち、レフェリーを押し退けてようやく拘束から逃れる。
「くそっ、上手く逃げたな。だが、ブラを着けたおっぱいが丸見えだぞ」
「!」
 慌てて前を隠した霧絵だったが、マンハッタンブラザーズの二人が立ち上がったのを見ると、恥ずかしさを堪えて構えを取る。レフェリーが乱暴に前を開けたためシャツのボタンが飛び、ブラに包まれたEカップバストが飛び出たままだ。
(・・・このくらいの恥ずかしさ、なんてことないわ!)
 自らを鼓舞した霧絵はベストを脱ぎ、右手に持つ。
「なんだ、ストリップを披露してくれるのか?」
 レフェリーの揶揄など黙殺し、すり足でマンハッタンブラザーズとの距離を詰める。
「はぁっ!」
 霧絵の気合いと共に振られたベストが、マンハッタンブラザーズ1号の顔面を叩き、マンハッタンブラザーズ2号の脚を払った。ベストの一撃にマンハッタンブラザーズ1号は悶絶し、マンハッタンブラザーズ2号はすねを押さえて呻く。霧絵の手にかかると、ただのベストが凶器と化した。
「ぬぐぐ・・・」
 レフェリーが悔しげに顔を歪める。しかし衣装を使った攻撃である以上、反則を取ることはできない。
 霧絵の攻撃は、一撃くらいでは終わらなかった。ベストを1号に被せ、顔全体を覆いながら首も絞まるようにする。そのまま自分の体を支点に振り回し、2号にぶつける。最後にはマンハッタンブラザーズ二人の顔を覆い、同時に絞め上げる。
 マンハッタンブラザーズの動きが徐々に鈍くなり、やがて完全に止まる。このままでは危険だと判断したレフェリーは試合を止めた。

<カンカンカン!>

「・・・勝った」
 一対二のハンデ戦ながら、見事に勝利を挙げることができた。胸元を隠しながらほっと息を吐いた霧絵の視界に、新たなマスクマンの姿が映る。
「強いんだなぁ霧絵ちゃんは」
 立ったままの姿勢でも両腕が自分の膝にまで届くほどの長さを誇るその男は、霧絵の胸元を眺めながら一人にやついている。
「先程レフェリーを突き飛ばした谷早選手へのペナルティとして、追加試合を行います! マスク・ド・タランチュラ選手に大きな拍手を!」
「ええっ!?」
 マイクを握ったレフェリーが叫んだ瞬間、素早くゴングが鳴らされた。

<カーン!>

(本当に無茶苦茶するわね!)
 一対二の闘いをさせられたかと思えば、すぐに連戦とは。しかし、ここでレフェリーの非を問うたところで相手にされないだろう。ならば闘い、勝ってリングを降りるのみだ。霧絵はベストを構え、マスク・ド・タランチュラに相対した。
「霧絵ちゃん、サービス精神旺盛だな。どうせなら全部脱いだらどうだい?」
 マスク・ド・タランチュラの軽口にも付き合わず、隙を伺って摺り足で動く。
「さあってと・・・どうしようか、なっ!」
 言葉では考える振りをしておいて、いきなりマスク・ド・タランチュラが動く。
「ふっ!」
 しかし霧絵には通じなかった。ベストで顔面を打たれ、鼻を押さえて一旦距離を取る。
「あいててて・・・服で叩かれただけでこれだけ痛いのかよ」
「なに油断してるんだ。マンハッタンブラザーズのやられ様を見てただろ?」
「あー・・・霧絵ちゃんの下着姿見てたからわかんねぇ」
「このエロマスク!」
「なんだとエロレフェリー!」
 突然始まったレフェリーとマスク・ド・タランチュラの口喧嘩に、霧絵は付け入る好機だと見た。
「チャンス・・・っ!?」
 前に出ようとした霧絵が突然体勢を崩す。マンハッタンブラザーズ1号がリング下から手を伸ばし、霧絵の足を引っ張ったのだ。
「レフェリー! こんなことが許されるの!?」
 霧絵の叫びに、口喧嘩を切り上げたレフェリーが首を捻る。
「何を怒ってるんだ? ほら、ファイト!」
 本当にマンハッタンブラザーズ1号の妨害を気づいていないのか、それとも気づかない振りをしているのか、レフェリーは注意することもなく試合を進める。
(このレフェリー、本当に最低ね!)
 憤慨する霧絵だったが、マンハッタンブラザーズの手が届く範囲で闘うことができなくなり、必然的にマスク・ド・タランチュラとの間合いが近くなる。
「霧絵ちゃん強いからなぁ。本気で行かせてもらうぜ!」
 マスク・ド・タランチュラの目が細められ、霧絵の顔面へと拳が伸びる。しかし霧絵の反応が速かった。
(捕まえた!)
 マスク・ド・タランチュラの左腕を抱え込んだのも束の間、足下からリングの感触が消える。
「えっ!?」
 マスク・ド・タランチュラが右腕で霧絵の左脇を持ち、抱え上げていたのだ。そのまま変形のパワースラムでリングに叩きつけられる。
「あぐぅ・・・」
 男性レスラーのパワーでリングに叩きつけられた衝撃は、半端なものではなかった。息が詰まり、身動きができない。
「お、霧絵ちゃんグロッキー?」
 霧絵が動けないと見たマスク・ド・タランチュラはしゃがみ込んでベストを場外に捨て、ミニスカートに手を掛ける。
「そーれ、スカート脱ぎ脱ぎ〜」
 マスク・ド・タランチュラは霧絵のミニスカートを脱がし、場外に放り投げてしまう。
「っ!」
 羞恥が霧絵を動かした。マスク・ド・タランチュラの手を蹴り、素早く逃れる。しかしベストもなく、ミニスカートを奪われ、シャツはボタンが飛んでいる。上下の下着に前が留まらないシャツを着ているだけの美女に、観客席から卑猥な声援が飛ぶ。
(どうしよう・・・さすがに恥ずかしい)
 観客たちの無遠慮な視線が突き刺さり、霧絵の羞恥を煽る。霧絵は無意識に胸元を庇っていた。
 その一瞬の隙に、マスク・ド・タランチュラが動いていた。
「つっかまえた〜」
「お、よくやった」
 マスク・ド・タランチュラは霧絵の胴と右手を捕らえ、レフェリーは霧絵の左手を捕らえる。そのまま二人は霧絵のバストを揉み始めた。
「おおっ、このおっぱいの感触は!」
 ブラの上からだというのに、みしりと詰まったバストの感触がたまらない。マスク・ド・タランチュラは夢中になってバストを揉み続けた。
「そうだろう、谷早選手のおっぱいは堪らんよなぁ」
 レフェリーも一緒になってバストを揉みながら、こくこくと頷く。
「勝手なことを言いながら人の胸を触らないでください!」
 もがく霧絵だったが、先程の一撃のダメージがまだ残っており、その抵抗はまだ弱かった。
「胸が嫌ならこっちだな」
 霧絵のバストから手を放したレフェリーが、手を下着の中に突っ込んで直接霧絵の股間を撫で回す。
「なっ・・・!」
「おい! ずるいぞエロレフェリー!」
 あまりのことに、霧絵は絶句していた。マスク・ド・タランチュラはマスク・ド・タランチュラで、レフェリーが先に霧絵の秘部を触ったことに怒ってその手を払う。
「ずるくない、これはボディチェックだ」
「それじゃ俺がボディチェックしてやるよ」
「レフェリーの仕事を取ろうとするな」
「人の親切を無にする気か?」
「なにが親切だ! エロ心のくせに!」
 二人の口論は徐々に激しくなり、マスク・ド・タランチュラは霧絵の胴を抱えただけで意識が逸れていた。
(チャンスだわ!)
 霧絵はマスク・ド・タランチュラの指を捕まえ、思い切り捻る。
「あいででで!」
 霧絵の指極めに、マスク・ド・タランチュラが悲鳴を上げる。
「この!」
 そのままかち上げるような肘打ちを叩き込み、マスク・ド・タランチュラが怯んだ隙にようやく拘束から逃れる。
(このままじゃまた厭らしいことをされる。でも、力じゃ敵わないし・・・)
 霧絵の脳裏に反撃の手段が浮かぶが、羞恥心が躊躇させる。
「・・・ええい、女は度胸!」
 羞恥を振り払うように勢いよくブラウスを脱ぎ、霧絵は上下の下着にハイヒールのみという姿になった。この思い切りの良さに、観客席から歓声が沸く。
「お、自分からストリップ披露してくれるのかよ。サービスいいなぁ霧絵ちゃんは」
 にやけながら近づいてくるマスク・ド・タランチュラに対し、霧絵は闘牛士が構えるマント(ムレタ)のようにブラウスを右手に下げている。
「それじゃ、そのシャツの次はブラも脱いで貰おうかな!」
 無造作に両手を伸ばしたマスク・ド・タランチュラの動きが止まっていた。ブラウスがマスク・ド・タランチュラの両手に絡み、自由を奪っていたのだ。
「え、んな?」
 慌てて手を引き抜こうとしたマスク・ド・タランチュラの身体が、霧絵の背中越しに宙を舞った。
「やべ・・・がぐふっ!」
 受身も取れず、マスク・ド・タランチュラは脳天からリングに落とされていた。霧絵は油断なくブラウスを構えるが、意識を失ったマスク・ド・タランチュラの身体は痙攣を繰り返していた。

<カンカンカン!>

 レフェリーが慌ててゴングを要請する。ようやく試合が終わったことに、霧絵は大きく息を吐いていた。
「おめでとう、谷早選手。見事な勝利だったな」
 霧絵の谷間を見つめてにやけたレフェリーが、わざとらしい拍手をしながら近寄ってくる。
「・・・なんのようですか?」
 ブラウスで身体を隠した霧絵だったが、レフェリーは更に無遠慮に眺めてくる。
「いやいや、勝ち方が素晴らしかったから褒めたくなっただけだ。しかしいい脱ぎっぷりだったな。もう一試合追加で・・・」
「もうやらないわよ!」
 霧絵の手の中のブラウスが一閃し、レフェリーを包み込む。そう見えた次の瞬間、レフェリーはブラウスの回転によって錐揉み状に倒れ込んでいた。
「ふん!」
 霧絵は鼻息荒く、目を回しているレフェリーの腹部を踏みつけた。そのまま踏みにじると、苦悶するレフェリーを残し、長時間に渡って辱められたリングを後にした。
 花道を下がっていく霧絵に対し、観客席からは賞賛の拍手と粘つくような視線が飛ばされ続けた。


第六十五話へ   目次へ   第六十七話へ

TOPへ
inserted by FC2 system