【第七十四話 櫛浦灰祢:我流パワー殺法 其の二】

 犠牲者の名は「櫛浦(くしうら)灰祢(はいね)」。23歳。身長181cm、B121(Lカップ)・W77・H104。眉も目も跳ね上がるように鋭く、短めに切った髪を茶色く染めている。まるで化粧っ気がないが、生命力溢れるような容貌が人の目を引き付ける。また女性にしては筋肉量が多く体格が良過ぎるほど良いが、実は腰の位置が高く、手足も長い均整が取れたプロポーションをしている。
 灰祢は年の離れた弟を養うため、普段は土木作業員として働いている。殴り合い寸前となっていた同僚の男二人の首根っこを掴み、吊り上げることで喧嘩を止めたという武勇伝を持つ。
 以前年の離れた弟の学費を稼ぐために<地下闘艶場>に参戦し、チャベスを小男共々粉砕したものの、瓜生霧人に敗北した。その灰祢にまたも<地下闘艶場>から招待状が届いた。短時間でファイトマネーが稼げると簡単に承諾した灰祢に、淫靡な罠が待ち受けていた。


「おいおい・・・今回の衣装、これはないだろ」
 控え室、灰祢は渡された衣装に眉を顰めていた。
 灰祢の手の中にあるのは、どう見てもレインコートだった。半透明でご丁寧にもフードまで付いている。
「この衣装を着て頂くことも、ファイトマネーの中に含まれています。では、着替えが終わったらお呼びください」
 微笑を浮かべた女性黒服は一礼し、灰祢に口を挟む間を与えずに控え室を後にした。
「・・・ちっ」
 盛大に舌打ちした灰祢はため息を吐き、私服を乱暴に脱ぎ捨てた。

 花道に現れた灰祢に、会場からは驚きの声と野次が飛ばされる。驚きの声は、初めて灰祢を見た観客から。野次は会場中から飛ばされていた。
 機嫌の悪い灰祢が視線を飛ばすと、荒んだ迫力に野次はどんどんと小さくなっていく。灰祢がリングに上がる頃には、会場は奇妙な静けさが漂っていた。
 しかし、静寂は突然破られた。灰祢が登場したのとは反対の花道から、凄まじい肉体の質量を持つ男が現れたためだ。上背は灰祢を遥かに上回り、筋肉量だけ見ればあの古池虎丸をも凌ぐ。その肉体の迫力に、観客席からは吐息が零れるばかりだった。

「赤コーナー、『マッスルウォール』、ダン"ザ・マッスル"ホフマン!」
 久々の登場となったダンだったが、迫力は以前と同じ、否、より凄みを増していた。
(なんだ、こいつのガタイは)
 ダンの身長は2メートルを超え、その長身を支える身体には内側から膨れたような筋肉が満遍なくついている。普通の男性以上の肉体を誇る灰祢と言えども、背筋を這う冷たいものを抑えることができなかった。
「青コーナー、『マッスルビューティー』、櫛浦灰祢!」
 それでもコールと同時にガウンを脱ぎ去る。灰祢がガウンを脱いだ途端、観客席が沸いた。レインコートはまるでミニワンピースのようで、しかも薄っすらと肢体が透けている。上下の下着も透けて見え、場内からは指笛も飛んでくる。
「これはまた、色っぽい格好だな」
 にやつくレフェリーを睨みつけると、その舌の動きも止まった。何度か口を開閉させたレフェリーは、結局何も言わずにゴングを要請した。

<カーン!>

「・・・くそっ」
 構えを取った灰祢が小さく吐き捨てた。ダンと対峙する、ただそれだけで気圧されていた。
 ダンは小さく笑みを浮かべると、一歩踏み出す。灰祢は意識せぬまま二歩下がっていた。ダンがまた踏み出し、灰祢が下がる。
「・・・っ!」
 いつしかコーナーを背負っていた。ダンは両手を広げ、通せんぼのポーズを取る。
「なろぉっ!」
 体当たりした灰祢だったが、目の前の肉の壁はびくともしなかった。
「ちっ」
 距離を取ろうとしたそのとき、ダンの右手が灰祢のバストを掴んだ。
「痛ぇっ!」
 ダンの怪力で握られたLカップのバストがひしゃげる。
「放しやがれっ!」
 片手では敵わず、両手でやっと引き剥がす。そのまま距離を取ろうとした灰祢だったが、ダンの伸びる手が速かった。レインコートを掴んだだけでなく、勢い余って引き裂いてしまう。灰祢も勢いをつけていたため、レインコートは真っ二つに裂け、ほとんど用を足さない状態になってしまった。
「くそっ!」
 灰祢が口汚く吐き捨て、残ったレインコートの残骸を毟り取る。下着姿となった灰祢の身体に、観客席からの視線が突き刺さる。全身に盛り上がる筋肉、西瓜と見紛うほどの爆乳、大きくも引き締まったヒップ、長い手足。アマゾネスと呼ぶのが相応しい肉体美だった。
 ダンが灰祢の肢体を舐め回すような視線で見つめ、舌舐めずりする。
 ダンがゆっくりと両手を伸ばす。灰祢がダンの両手を掴もうとした瞬間、ダンは踏み込むことで距離を殺し、灰祢の両脇を掴んでいた。
「この・・・」
 灰祢が反撃しようとしたときには、既にリングから足が浮いていた。大人が子供にする「高い高い」のような形から、リングに叩きつけられる。
「あぐぁっ!」
 鈍い音が響き、灰祢は体を丸めて痛みを堪える。並みの女性だったら内臓破裂していたかもしれないほどの衝撃だった。
 動けない灰祢にダンの手が伸ばされる。その手がブラを掴んだ。
「っ!」
 レインコートに続き、前回のファイトマネーで買ったブラも毟り取られた。露わになった灰祢の乳房に、観客席からは大きな歓声が起きた。逃れようとした灰祢を捕まえ、剥き出しとなった乳房をダンのごつい手が掴んだ。
「うぐぁぁぁっ!」
 まるで千切られたかのような痛みに、灰祢が絶叫する。
「おいダン、やり過ぎだ! もうちょっと優しく触れ!」
 レフェリーの英語での指摘に一瞬不服そうな表情を見せたダンだったが、それでも力を抜き、(ダンにしては)優しい力で灰祢のLカップの乳房を揉む。
「ど、どんだけ女に慣れてないんだテメェ!」
 灰祢がどれだけ咆えようと、日本語を解さないダンには通じなかった。灰祢の抵抗を筋力で押さえ込み、乳房を揉み続ける。
「どれ、俺も・・・」
 レフェリーが灰祢の乳房に手を伸ばすと、ダンが唸り声を上げて威嚇する。
「いいじゃないか、少しくらい。空いているほうを触るから」
 なんとかダンを宥めたレフェリーは、灰祢の爆乳を両手で持ち上げた。
「しかしこの大きさは凄いな。外人でも中々いないんじゃないか?」
 灰祢の乳房の感触を味わいながら、レフェリーが感想を洩らす。
「テメェ、レフェリーのくせして!」
「いや、さっきはお前の脅迫に負けてボディチェックをしなかったからな。やっぱりレフェリーとしてきちんと職務を果たさなきゃいかん、とこう思ったわけさ」
 両手で灰祢の左乳房を捏ね回しながら、レフェリーがしゃあしゃあと答える。右乳房はダンが揉み回し、時折乳首を弄る。
「クソ野郎共が、ぶっ潰してやる!」
 怒りをエネルギーとして暴れようとする灰祢だったが、ダンの筋力がそれを許さなかった。灰祢が満身の力を込めても、灰祢を抱え込んでいるダンの左腕のみで動きを止められてしまうのだ。
「おお、恐い恐い」
 少しもそんな素振りは見せず、レフェリーは灰祢の乳房を揉み続ける。と、その右手が乳房から離れ、下へと向かっていく。それに気づいたダンが唸り声を上げる。
「ま、待てよ、これはボディチェックでだな・・・」
 レフェリーの英語での弁解も聞かず、ダンは更に歯を剥き出しにする。しかしその間にも、灰祢の乳房を揉む手は止めていない。
 次の瞬間だった。
「いいかげんに・・・しやがれ!」
 突然、レフェリーの耳に鈍い音が届いた。
「OoooGu!」
 僅かに遅れ、ダンの苦鳴がリングに響く。何事かと驚いたレフェリーの目に飛び込んだのは、指があらぬ方向に向いたダンの右手指だった。
 灰祢は自分の乳房を揉むダンの右手の人差し指と中指、薬指と小指をそれぞれ両手で掴み、思い切り捻ったのだ。幾ら痛みに強いレスラーだとはいえ、繊細な動きを生むために神経が集中した指を折られては堪ったものではなかった。
「あたしの身体、よくもまぁ好き勝手に弄繰り回してくれたね。全力で潰す!」
 ダンを冷たく見下ろしながら、灰祢が指を鳴らす。
「立ちなぁ!」
 ダンの髪を掴み、無理やり引き上げる。しかし痛みに呻くダンは中々立ち上がろうとしない。
「立てって・・・言ってんだろが!」
 灰祢の膝蹴りで、ダンの巨体が僅かではあるが浮き上がった。その勢いを利用し、ダンを一気に立たせる。
「覚悟しなよ」
 低い声で呟き、ダンの巨体に抱きつくようにして両手を回した。灰祢の爆乳がダンの胸板で潰され、撓む。
「ぬっく・・・ぅおおおおりゃぁっ!」
 観客席がどよめいた。それも当然だろう。抱え込んだダンの巨体を、灰祢が肩の上に担ぎ上げていたのだから。
 灰祢は、今まで無意識に掛けていたストッパーを外していた。日常生活で支障がないようにと、大事な弟を傷つけないためにと掛けていたストッパーを。
「Oh! What's happen!?」
 担ぎ上げられたダン本人も信じられない様子だった。力自慢の男性選手にならまだわかるが、自分を担ぎ上げているのは素人の女性なのだ!
「くたばりなァッ!」
 ダンの巨体を両腕ごと抱え込んだまま、灰祢は後方へと自ら倒れていった。
「Hey Stop! Stop it・・・」
 ダンの哀願を断ち切るように、リングに頭部が叩きつけられた鈍い音が響く。灰祢が手を離すと、ダンの巨体がリングに崩れ落ちた。

<カンカンカン!>

 カウントを取ることもなく、レフェリーは試合を止めた。そのまま何も言わずにリングを降りようとする。
「待ちな、コラ」
 その低い声に反射的に逃げようとしたレフェリーだったが、何故か前に進めなかった。
「テメェ、人の胸触っといて逃げようってのかい?」
 灰祢がレフェリーの襟首を掴み、片手でぶら下げていたのだ。
「い、いや、あれは・・・し、心臓マッサージを」
「ざけんなぁっ!」
 レフェリーのふざけた答えに、灰祢はコーナーポスト目掛けてぶん投げていた。ポストに激突したレフェリーの体はべちゃりとリングに落ち、そのまま痙攣を始めた。
「ったく、エロ男が」
 胸元を隠して吐き捨てた灰祢の視界に、上半身を起こしたダンの姿が目に入る。
「なんだ、まだくたばってなかったのかい」
 歩み寄る灰祢に、ダンは組んだ両手を捧げるようにした。
「・・・Please.Please marry me・・・」
「日本語しゃべりやがれ!」
 まだ言い募ろうとしたダンを蹴倒すと、失神したレフェリーから服を引っぺがし、裸の胸に巻きつける。
 灰祢はそのまま鼻息荒く退場していった。この恐ろしくも美しいアマゾネスに、観客も声を掛けることを躊躇い、暫くはざわめきだけが場内を支配していた。


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