【第七十八話 洞耶馬狭霧:邦流空手 其の二】

 犠牲者の名は「洞耶馬(ほらやま)狭霧(さぎり)」。17歳。身長157cm、B84(Dカップ)・W57・H82。艶やかな黒髪を長く伸ばし、後ろ髪だけ襟足で縛っている。その目は眠たげにも見えるが、相手に感情を読ませないように訓練した結果だった。
 狭霧は「邦流空手」を修めている。空手と名がついてはいるものの、現代空手とは一線を画す。
 空手の元は「唐手」と呼ばれ、中国から沖縄に伝わった拳法が源流だと言われている。しかし、実は日本独自に発達した空手もあった。連綿と続いてきたこの流派を、「唐手」を源流とする空手と区別して「邦流空手」と呼ぶ。
 この祖母から受け継いだ「邦流空手」で鮮烈なデビューを飾った狭霧に、<地下闘艶場>から再び招待状が届いた。快諾した狭霧に、卑劣な罠が待ち構えていた。


 花道に姿を現したガウン姿の狭霧に、観客から盛大な野次と指笛が飛ばされる。しかし狭霧は表情を変えず、花道を進んで行く。
 リング下まで到達した狭霧の眉が寄った。リングの上にはレフェリーの他に、三人の男性選手が待って居たのだ。それでも狭霧は何も言わず、リングへと上がった。

「今回は試合前に、皆様に説明することがございます」
 リング下、マイクを握った黒服が観客を向く。
「前回の試合の洞耶馬選手の実力からして、男性選手三人が相手で丁度良いと判断しました。そのため、今回は一対三のハンディマッチを行います!」
 この発表に、観客席が歓声で埋まる。狭霧の顔に、さすがに緊張が浮かんでいた。

「赤コーナー、『ハウンドウルフ』、ジグ・ソリタード! 『喧嘩相撲』、虎路ノ山! 『斬拳』、津堂斬一!」
 野性味溢れる男がジグ・ソリタード、丁髷を乗せた巨漢が虎路ノ山。その隣に、前回の試合で狭霧に病院送りにされた津堂斬一の姿もある。
「青コーナー、『備前派邦流空手』、洞耶馬狭霧!」
 狭霧がガウンを脱ぐ。するとその下は空手衣だった。しかし普通のものとは違い、袖はなく肩が剥き出しで、空手衣の中にはTシャツがなく、狭霧の胸の谷間が覗く。下衣の腰脇の部分に大きく逆三角形の穴が開けられており、そこから下着のサイド部分がはっきりと覗いている。
 この扇情的な衣装に観客は沸くが、狭霧の表情に変化はなかった。そこにレフェリーが近づいてくる。
「今回もなんでもあり、ってルールでよかったよな」
 レフェリーが狭霧に確認してくる。その顔には下劣な笑みが浮かんでいた。
「・・・ああ」
 それでも狭霧は頷いた。自分がどれだけの強さを得ることができているのか、試す絶好の機会ではないか。
(後悔など、しない!)
 オープンフィンガーグローブ装着済みの拳を握り込んだ狭霧の耳に、甲高い鐘の音が響いた。

<カーン!>

 ゴングが鳴ると同時に、男達の包囲の輪が狭霧を包む。狭霧はゆっくりと両手を胸の前にまで上げ、手刀の形へと変えた。そのときには既に半身の体勢となっている。
「まずは儂からじゃぁ!」
 でっぷりと出た腹を一つ叩き、虎路ノ山が前に出る。
(・・・後ろもか)
 狭霧は虎路ノ山を注視しながらも、背中で気配を探っていた。狭霧の後ろに居るジグが、今にも飛び掛らんという気配を発している。
「どっせぇい!」
 前方からは虎路ノ山の巨体が、背後からは跳躍したジグが迫る。会場の誰もが狭霧の被弾を確信した。しかし、虎路ノ山の巨体がよろめき、ジグは腹を押さえてのたうつ。
 狭霧は貫き手を放つと同時に、後方に肘打ちを放っていた。貫き手は虎路ノ山のぶ厚い脂肪を貫き、肘打ちはジグの鳩尾を捉えていた。
「この前は随分と世話になったな」
 味方の筈の虎路ノ山とジグなど見向きもせず、拳を鳴らした津堂が狭霧の前に立つ。
「・・・別に、世話などしていない」
 冷たく応じた狭霧が、素早く距離を詰めていた。
「ちっ!」
 上空から顔面を襲った狭霧の手刀だったが、津堂はぎりぎりではあるがかわしていた。
 しかし、狭霧の攻撃はそれで終わりではなかった。手刀が津堂の道衣に掛かった瞬間、津堂は体勢を崩していた。
「なにっ!?」
 狭霧が手刀を道衣に引っ掛け、素早く手繰り込んでいたのだ。
「シッ!」
 津堂へのとどめの一撃を放とうとしたそのとき。
「そぉぉれぇい!」
 虎路ノ山の巨体が寸前に迫っていた。
「ぐあっ!」
 反射的に防御したものの、コーナーポストまで吹っ飛ばされる。
「軽いのぉ! まあ、おなごじゃ仕方ないがのぉ」
 そう笑った虎路ノ山を鋭い視線で射抜くと、狭霧はコーナーポストを背にし、端然と正座する。
「おお、諦めたようじゃのぉ! 正座でお迎えとは感心感心!」
「待て、あの目はまだ諦めてな・・・」
 津堂の制止も聞かずに狭霧に手を伸ばした虎路ノ山が、次の瞬間コーナーポストを越えてリング下へと落下していった。数瞬遅れ、人体が固いものに衝突したときの不快な音が響く。狭霧が虎路ノ山の手首を極めながら、後方へと投げを打ったのだ。
「まずは、一人・・・」
 虎路ノ山の巨体は武器となるが、反面弱点ともなる。体重が重ければ重いほど、落下の際の衝撃は増す。虎路ノ山が戦闘不能となったのは見なくてもわかった。
「居取りか」
 舌打ちした津堂が呟く。

「居取り」とは座法の一種で、江戸時代に発展した。座ったままで相手の攻撃を避け、いなし、受け、投げや逆技(関節技)へと繋げる技術で、正座で相対することが多かった武士の間で護身術として広まり、発展し、洗練されていった。

「厄介だな」
 低い位置への相手には攻撃しづらい。しかも攻撃方法が限られるため、至極読まれやすい。
「おい」
 津堂はジグに声を掛け、何か囁く。
「わかったな」
 ジグは不満そうだったが頷き、狭霧を向く。四つん這いになると、一気に距離を詰める。
(来るか!)
 心内で身構えた狭霧だったが、ジグは狭霧の寸前で右に跳ねていた。様々なフェイントを掛け、容易に接近してこない。焦れる心を抑えようとしても、鬱憤だけが高まっていく。
(来たっ!)
 突進してきたジグの姿が、寸前で掻き消えた。
(上!)
「ちぇいりゃぁぁぁっ!」
 膝立ちとなった狭霧の右拳が天に突き上げられる。胸の中心を打ち抜かれたジグは、そのまま場外へと転落していった。
「けぇいっ!」
 その僅かな空隙に、弧を描いた津堂の脛が狭霧の頭部を捉えた。声もなく倒れ込んだ狭霧を、津堂が見下ろす。
「おいおい、女の頭蹴るか?」
 レフェリーの抗議に、津堂は鼻を鳴らすだけだった。放り投げるようにして狭霧をコーナーに寄り掛からせると、上衣の襟を掴み、左右に大きく開く。狭霧の胸の谷間だけでなく、ブラまでも露わになった。
「色気のないもん着けやがって」
 自分勝手な不満を吐き、津堂は狭霧のバストを揉み始めた。
「だが、感触はまあまあだ」
 唇の端を歪めた津堂は、狭霧のバストを揉み続ける。
「・・・触るな、下衆」
 意識が戻ったのか、狭霧がその手を払おうとする。
「言葉遣いがなってないな」
 怒りの表情を浮かべた津堂が、バストを強く握り締める。
「ぐあぁぁっ!」
 痛みに叫ぶ狭霧に気を良くしたのか、改めてバストを揉み始める。
「人を下衆呼ばわりとはな、どういう教育を受けてんだ」
「お、女の胸を無理やり触る奴が、下衆以外の何者だと言うんだ!」
「・・・まだ言うか」
 津堂の拳が、手加減無しで狭霧の腹部を抉っていた。
「あっ、ぐうぅっ・・・」
「この間は滅茶苦茶にやられたからな。病院でどれだけ考えたと思う? お前をどう無茶苦茶にしてやろうか、毎日毎日考えてたんだよ」
 腹部の痛みに悶絶する狭霧の髪を掴み、仰向かせる。
「聴いてんのかっ!」
 狭霧の頬を平手ではつり、腹部に膝蹴りを入れる。堪らず倒れ伏した狭霧の下衣を脱がせると、ブラに続きパンティまでもが露わとなった。
「これからすっぽんぽんに引ん剥いてやる。それだけじゃ終わらない、一生ものの辱めをくれてやる!」
 津堂は自分で空手衣のズボンを脱ぎ、ファウルカップを外し、下着まで下ろした。その途端、既に立ち上がったイチモツが飛び出す。
「おい待て! 突っ込むのは厳禁だ!」
 慌てて止めようとしたレフェリーに、津堂の荒れた視線が突き刺さる。
「これだけ大勢の観客の前で犯す、これ以上の辱めはないだろう」
 津堂の眼は血走っていたが、その笑みは冷たかった。
「馬鹿野郎! 『御前』に殺されたいのか!」
「こいつを犯した後なら、どんな罰でも処刑でも受け入れる」
 レフェリーの非難を斬り捨て、津堂が狭霧の圧し掛かろうとした瞬間だった。
「おがぁぁぁっ!」
 津堂の悲鳴が会場中に響き渡った。男性なら誰もが耳を塞ぎたくなる痛みを告げる苦鳴だった。
「・・・誰を犯すって?」
 手刀にした右手を振った狭霧が、冷たく津堂を見つめる。狭霧は剥き出しの津堂のイチモツに、容赦なく手刀を叩き込んだのだ。
「下衆なのはわかっていたが、獣欲に呑み込まれた下種だとはな」
 津堂は脂汗を流し、狭霧の弾劾をただ聞くことしかできなかった。
「もう、お前を人間だとは思わない。畜生にも劣る色餓鬼と見做し、地獄へと堕とす!」
 狭霧が構えた両手刀が、ゆっくりと何かの軌道を描く。それに合わせ、狭霧がゆっくりと、大量の呼気を吸入していく。胸囲が一回り以上にも増したとき、吸い込みが、ぴたりと止まった。
「っ!」
 無言の気迫と共に、狭霧の拝み合わせにされた両手刀が津堂の顎を跳ね上げる。更に両肘、右膝が続けて顎に叩き込まれ、座り込んでいた筈の津堂の体が浮いた。
「シィィィィィィッ!」
 体内に溜めた呼気を少しずつ消費しながら、狭霧の手刀が煌くような突き、打ちを叩き込んでいく。狭霧の連打に、津堂の身体が壊れた人形のように舞いを踊る。
「ィィィィィィアッ!」
 全ての呼気を消費しきった狭霧が、残心のまま静かに息を吸い込む。それに遅れ、ポストにぶつかった津堂の体がどしゃりと崩れ落ちた。

<カンカンカン!>

 狭霧がゆっくりと構えを解いたそのとき、終了のゴングが鳴らされた。
「備前派邦流空手秘手・連刀(つらねがたな)」
 狭霧の呟きは誰の耳にも届かず、観客の歓声に掻き消された。


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