【第七十九話 ブレイカー・ローズ:プロレス】

 犠牲者の名は「ブレイカー・ローズ」。23歳。身長166cm、B87(Eカップ)・W62・H92。「JJJ」に所属する覆面ヒールレスラーで、本名は丹柄(にがら)笙(しょう)。その素顔を見た者は少なく、マスクから覗く切れ長の目と長い犬歯が特徴の口元から想像するしかできない。またマスクから覗く髪は金と緑色に染められ、反逆性を表しているかのようだ。
 人気と実力を兼ね備えたこの危険な女子レスラーに、<地下闘艶場>への招待状が届いた。
「んあ〜、メンドくせっ! こんなの無視だ無視!」
「駄目に決まってんだろ! プロとしてしっかり稼いできな!」
「JJJ」の女社長・斉原楓に尻を叩かれたブレイカー・ローズは、渋々参戦を承諾した。


 フード付きのガウンで顔を隠したまま入場してきたブレイカー・ローズに、観客席からは不満の叫びが投げられる。そんな声など気にもしていないのか、ブレイカー・ローズは歩調を変えることなくリングに上がり、フードだけ外した。マスクの額付近に描かれた二本の薔薇が、何故か角を連想させた。

「赤コーナー、『神秘の獅子』、ミステリオ・レオパルド!」
 ブレイカー・ローズの対戦相手は、こちらも覆面のミステリオ・レオパルドだった。中肉中背のバランスの取れた体躯をしており、バネを使ったファイトを得意とするルチャ・ドールだ。ミステリオ・レオパルドの覆面にはアステカ紋様をモチーフにしたデザインが踊っている。
「青コーナー、『狂乱の薔薇』、ブレイカー・ローズ!」
 コールにも応じず首を鳴らすブレイカー・ローズに、観客からはブーイングが起こる。
「おい、ガウンくらいは脱いだらどうだ」
「へいへい」
 レフェリーの咎めに、ブレイカー・ローズは面倒臭そうに呟いてからガウンに手を掛けた。
 ガウンが宙に舞った。その下には、ブレイカー・ローズが普段身に着けているコスチュームがあった。金色の地で、胸には真紅の薔薇が咲き誇っている。ライトを浴びたコスチュームは輝き、ブレイカー・ローズの放つオーラと相まって観客の目を射る。本物のプロレスラーが放つ迫力に、会場の観客も思わず息を呑んでいた。

「それじゃ、ボディチェックを受けて貰おうか」
 ミステリオ・レオパルドのボディチェックを簡素に終えたレフェリーが、ブレイカー・ローズの前に立つ。
「あんたのことはよ〜く聴いてるぜぇ、レフェリーさんよぉ」
 レフェリーを真正面から見据え、ブレイカー・ローズは口元に笑みを浮かべた。
「アタイは根っからのヒールレスラーだから、怒ると何するかわからないよ〜」
 笑顔で話すブレイカー・ローズが逆に恐ろしい。
「だ、だが、プロレスではボディチェックが必須・・・」
「あン? あんた、アタイを怒らせたいのかい?」
 ブレイカー・ローズの目が僅かに細められる。それだけでレフェリーの舌が止まった。
「・・・ゴ、ゴング!」

<カーン!>

「恐ぇ姉ちゃんだな。レフェリー脅すのはよくないと思うぜ」
「アタイは忠告しただけだ。それをどう取るかはあっちの勝手だね」
 リングで向かい合う男女は、どちらも覆面を被っている。
「やっぱり恐い・・・なっ!」
 いきなりミステリオ・レオパルドの右足が跳ね上がる。スピードの乗ったハイキックだったが、ブレイカー・ローズは余裕を持ってかわしている。
「っ!」
 しかし次の瞬間、ミステリオ・レオパルドはブレイカー・ローズの股下を滑り抜け、背後を取っていた。
「へへ、それじゃまずは、おっぱいの感触を確かめさせてもらおうか」
 ミステリオ・レオパルドの右手がブレイカー・ローズのバストに伸びる。
「人の胸触ろうとするなんて、手癖が悪いね」
 その寸前、ブレイカー・ローズがミステリオ・レオパルドの右手を掴んでいた。
「おいたするような手には、お仕置きしなくちゃねぇ!」
 ミステリオ・レオパルドの右手首を極めたブレイカー・ローズは、指も掴んで折り曲げていく。
「っぎゃぁぁっ! ギブだギブ! ギブアップ!」

<カンカンカン!>

 えげつない反則技に、ミステリオ・レオパルドは思わずギブアップを叫んでいた。すぐさまゴングが鳴らされ、試合が終了する。見せ場もなく終わった試合に対し、観客席からはブーイングが起こる。
「うっし、終わった終わった」
 そのままリングを降りようとしたブレイカー・ローズの前に、いきなり立ち塞がる者が居た。
「おっほほーう! これはまたエッジの効いた女性でーす!」
 リングに上がった黒人の巨漢に、観客席から声援が飛ぶ。特徴的なアフロはジョルジュ・マホーニーだった。
「次は私が相手でーす!」
「はぁ? 何言ってやが・・・」

<カーン!>

「あ、こら!」
 自分が承諾せぬままゴングが鳴らされ、レフェリーを睨みつけたブレイカー・ローズは歯噛みしながらもジョルジュに向き直った。ゴングが鳴らされれば闘う、プロレスラーの本能だった。
(こいつ、デカいだけじゃねぇな。筋肉量が半端じゃねぇ)
 ジョルジュを分析するブレイカー・ローズの視界の端に、何者かがリングに上がる姿が映る。
「テメェ、なんでまたリングに上がってんだ!」
「プロレスに乱入はつきものだろ?」
 鼻を擦ったのは、先程ギブアップをした筈のミステリオ・レオパルドだった。
「レフェリー!」
「客も喜んでるからな、このまま続行だ」
 当然ながらレフェリーはミステリオ・レオパルドを追い出そうとはせず、そのまま試合が進められる。
(麗羅や志乃の姉貴が言ってた通りか。こいつら、まともに試合する気ねぇな)
 同じ「JJJ」に所属するメンバーからは、<地下闘艶場>がどれだけえげつない真似をするかを聴かされていた。それ故に出場などする気はなかったのだが、社長から尻を叩かれてはどうしようもない。
(二度とふざけた真似する気が失せるくらい、徹底的に叩いてやろうか)
 この際、同僚の仇をとるのもいいだろう。男性レスラー二人を前にしても、ブレイカー・ローズは全く怯みを見せなかった。
「さっきの反則技、反省しなっ!」
 軽くステップを踏んでいたミステリオ・レオパルドが、左トーキック、右ミドルキック、左ローリングソバットと、流れるような連続蹴りを繰り出してくる。
(これくらいの蹴りなら、ずっと避け続けられるぜ!)
 しかしブレイカー・ローズは余裕を持って全てをかわす。
「アターック!」
「のわぁっ!?」
 妙な声を上げたミステリオ・レオパルドが突っ込んでくる、否、吹っ飛ばされてくる。
「ちっ!」
 反射的に左によけたところで左手首を掴まれる。
「離せテメェ!」
 ブレイカー・ローズのエルボーがジョルジュの胸板に炸裂するが、食い込みもせずに弾き返される。
「これが、私の覚えた剛体法でーす!」
 ぶ厚い胸板を更に膨張させ、ジョルジュが笑う。ジョルジュの言う「剛体法」とは、筋肉量を誇るジョルジュが力を込めることで筋肉を鎧と化す技術だった。
「くそっ!」
「そおら、捕まえましたー!」
 身を捻って逃げようとしたブレイカー・ローズだったが、逆にジョルジュに右手首も掴まれ、両手を頭上で拘束される。
「誰をっ!?」
 ジョルジュの足の甲を踏みつけようとしたブレイカー・ローズの両足が、何故か後方へと流れていた。
「ほら、油断するなよ」
 ブレイカー・ローズの両足を掴み、背後に引っ張ったのはミステリオ・レオパルドだった。
「おっほほう、これは申し訳ありませーん」
「ま、さっき人を思い切り突き飛ばしたことは貸しといてやるよ」
「ありがたいでーす」
 ジョルジュがぺこりと頭を下げたところで、レフェリーがゆっくりと近づいてくる。
「よし、そのまま捕まえていろよ」
 舌舐めずりしたレフェリーは、ブレイカー・ローズのバストを鷲掴みにした。
「テメェ、なに触ってやがる!」
「ボディチェックに決まってるじゃないか。さっき拒むどころか、脅しまでかけやがったからな。じっくりたっぷり、隅の隅まで調べてやる」
 そのままゆっくりと揉み込んでいく。
「『JJJ』の選手はおっぱい大きい女ばっかりだな。そういう選手を集めてるのか?」
 にやにやと笑いながら、バストを揉み続ける。
「人の胸触りやがって、ぜってぇ許さねぇ」
「おお恐い恐い」
 全く恐がっていない口調で、レフェリーはブレイカー・ローズのバストを揉み回す。
「おっぱいが大きいと調べるのが大変だ。時間を掛けなきゃなぁ」
 揉む位置を微妙に変えながら、レフェリーはわざとらしく声を張る。
「触るな変態レフェリーが!」
「暴言プラスボディチェックの阻止、これは尚更やめられんな」
 ブレイカー・ローズが如何に暴れようともジョルジュとミステリオ・レオパルドの拘束は解けず、バストをレフェリーに好きなようにされてしまう。
「い、いつまで触って・・・」
「なんだ、不満か?」
「当たり前だ!」
「そうか・・・衣装の上からじゃ不満か!」
 言うや否や、胸元に掛かったレフェリーの手がブレイカー・ローズのコスチュームを引き裂いた。
「テ、テメェ!」
「なんだ、性格と違って可愛い乳首してるじゃないか」
 ブレイカー・ローズの乳首をつつきながら、レフェリーが厭らしい笑みを浮かべる。
(こいつ、ぜってぇ許さねぇ!)
 屈辱にブレイカー・ローズが歯を軋らせる。
「悔しいか? なら、もっと悔しくさせてやるよ」
 乳首を押し込んだレフェリーは、その指をわざとゆっくりと下げていく。乳房を下り、腹部を通過し、尚も動いていく。
「まさか・・・」
「そのまさか、だ。大事なところを調べさせて貰う」
 にやつくレフェリーは、ブレイカー・ローズの秘部の手前で指を止める。
「そこには絶対触んな! 半殺しじゃ済まさねぇ、全殺しにするぞ!」
「おいおい、殺すってのは穏やかじゃないな。ま、どうせ死ぬならしたいことしないと損だよな」
 ブレイカー・ローズの恐ろしい脅迫だったが、レフェリーはわざとらしく肩を竦めると、衣装の上からとはいえブレイカー・ローズの秘裂に沿って指を上下させる。
「ヒールレスラーなんだから、ここに凶器を隠しててもおかしくないよなぁ。よーく調べないといかんな」
 レフェリーはにやつきながら、ブレイカー・ローズの秘部を弄り回す。
「それじゃ、そろそろ」
「私も参加しまーす!」
 その光景に堪らなくなったのか、レフェリーだけでなく、ミステリオ・レオパルドとジョルジュまでもがブレイカー・ローズの肢体に手を伸ばしてくる。男達の手が、ブレイカー・ローズの乳房を、乳首を、ヒップを、秘部を、我先にと蹂躙していく。
 次の瞬間だった。
「どらぁっ!」
「んごっ!?」「うげっ!」「Ouch!」
 容赦ない金的攻撃を食らった男達は、全員股間を押さえて蹲った。
「さってとぉ・・・それじゃ、まずは邪魔なテメェから消えなぁ!」
 前屈みの状態で蹲っていたレフェリーの後頭部に、ジャンプしたブレイカー・ローズの脚部が勢いをつけて落とされた。ギロチンドロップを食らったレフェリーは声もなく失神し、そのままリング下へと蹴り落とされた。
「次は、テメェだ!」
 ミステリオ・レオパルドの顔面を蹴り上げたブレイカー・ローズは、ミステリオ・レオパルドのマスクを掴み、百八十度回転して後ろ向きにさせた。
「そんでもって、と」
 うつ伏せに押さえつけて肩を極め、一瞬で脱臼させる。ミステリオ・レオパルドの悲鳴は、後ろ向きにされたマスクのせいで篭って聞こえ難かった。
「ちゃんと喋んなっ!」
 一度後頭部を蹴り、リング下に放り投げる。
「後は・・・」
「私一人でーす!」
 ブレイカー・ローズの胴に、後方から野太い腕が巻きつく。
「ぐぁぁぁっ!」
 バックからのベアハッグに、ブレイカー・ローズの苦鳴が響く。
「んー、気持ちいい悲鳴でーす。でも、もっと気持ちいいことがありまーす!」
 右腕をブレイカー・ローズに巻きつけたまま、ジョルジュは左乳房を揉み始めた。
「やめろっつってんだろうが! この(ピー!)な(ピー!)野郎が!」
 ブレイカー・ローズが発した英単語での暴言に、ジョルジュのにやけ面が固まる。
「・・・いくら優しい私でも、我慢には限度がありまーす」
 ブレイカー・ローズの乳房を揉んでいた左手が、上へと伸ばされていく。その手がマスクの左こめかみ辺りを掴み、引き裂いた。一瞬動きを止めたブレイカー・ローズだったが、思わず叫んでいた。
「テメェ、なに堂々と反則してやがる!」
「レフェリーが居ない、ということは、どんなことをしても反則にならないということでーす!」
 ブレイカー・ローズのマスクを引き裂きながら、ジョルジュが嘯く。
「おっほほう! 見えてるのは半分だけですが、美人さんじゃないですか」
 意外にも白い頬に、ジョルジュが口づける。
「汚ねぇ口つけるんじゃねぇよ!」
 ブレイカー・ローズは顔を捻り、なんとかジョルジュから逃れようとする。
「顔を見られるのが嫌なら、身体を思いっきり触ってあげまーす!」
 更にコスチュームを破ったジョルジュは、ブレイカー・ローズのEカップバストを揉み回す。
「おっほほう、性格とは違って、お胸は柔らかいでーす!」
 その感触にジョルジュの頬が緩む。
「アタイの身体に触るんじゃねぇよ! テメェみてぇな(ピー!)野郎が触っていい安い身体じゃねぇんだよ!」
「触られるのが嫌? なら、見られるほうがいいんですねー!」
 ジョルジュは更にブレイカー・ローズのコスチュームを破り、臍まで見えるほどにしてしまう。
「このまま素っ裸にして、観客の皆さんにオールヌードをご披露しましょー!」
 ジョルジュの宣言に、観客席から怒号のような観戦が沸き上がる。
「そうかい・・・これでも・・・やれるかっ!」
 ブレイカー・ローズの叫びと共に、ジョルジュの口から声にならない悲鳴が上がる。
「お・・・ほぐぅ・・・」
 堪らずリングに倒れ込んだジョルジュは、股間を押さえて悶絶していた。
「今の感触、もしかしたら一個潰れたかもなぁ」
 左手を振りながら、ブレイカー・ローズが冷たく見下ろす。
「ま、テメェみたいなド助平で(ピー!)な野郎が片キンになっても、誰も困らねぇよな!」
 ブレイカー・ローズの爪先がジョルジュの顔面を抉る。
「お・・・ぼほ・・・」
 ジョルジュの鼻から多量の鼻血が止め処なく流れ落ちる。
「さってと・・・テメェにゃ勿体ねぇが、アタイのフィニッシュムーブ、味あわせてやんよ!」
 うつ伏せで呻くジョルジュの後頭部を容赦なく踏みつけてから、ブレイカー・ローズはジョルジュの脚へと関節技を掛け始める。
「Ohooo!?」
 脛から奔る痛みに、ジョルジュが上体を起こす。ブレイカー・ローズは裏インディアンデスロックを掛けたままジョルジュと背中合わせになり、背骨のある一点に肘打ちを叩き込む。衝撃と痛みに背が伸びたジョルジュの頭部を素早く掴むと、両手で思い切り引き下げる。<ローズ・ガーデン>と名付けられたブレイカー・ローズのフィニッシュ・ムーブだった。
 ジョルジュの筋力が、ブレイカー・ローズの関節技で完全に押さえ込まれていた。体の硬いジョルジュでは頭部まで手が届かず、しかも無理やり振り解こうとすると、鼻と目を叩かれるのだ。ブレイカー・ローズは剥き出しの乳房を揺らしながら、更にジョルジュの体を引き絞る。
「ギ、ギブアップしまーす! だから、もう、外して・・・」
「おいおい、自分の言葉を忘れたのかよ? レフェリーが居ないんだから、今は何しても構わないんだぜ?」
 ブレイカー・ローズの右腕が、ジョルジュの首元に巻きついた。頚動脈ではなく気管を絞め、苦しみと酸素不足に追い込んでいく。
「お、お願い、でーす、もう・・・」
「そろそろホントの限界かい? なら・・・アタイの恐ろしさ、脳味噌の奥の奥にまで叩き込んでくたばりなッ!」
 ブレイカー・ローズの右腕が頚動脈を絞め、脳への酸素供給を止める。見る間にジョルジュの口から涎が零れていき、目が裏返る。

<カンカンカン!>

 レフェリーの居ないリングにゴングの乱打が響く。ブレイカー・ローズは無言で<ローズ・ガーデン>を解くと、大きく首を回した。
「ったく、つまんねぇ試合だったぜ」
 不快気に吐き捨てると、素早くリングを降りる。
「おら、ガウンよこしな!」
 リング下に居た黒服にガウンを持ってこさせ、羽織ることで肢体を隠す。
「ったく、一張羅を滅茶苦茶にしてくれやがって。弁償してくれんだろな、これ」
 ガウン姿で退場していくブレイカー・ローズに、観客席からは恐れの視線が飛ばされていた。


第七十八話へ   目次へ   第八十話へ

TOPへ
inserted by FC2 system