【第八十一話 ルシーラ・フォン・ディルクラント:傘術】

 犠牲者の名は「ルシーラ・フォン・ディルクラント」。16歳。身長161cm、B93(Hカップ)・W56・H86。名匠が筆でひいたような眉、光を宿した大きめな瞳、形の良い鼻梁、ふっくらと膨らんだ桃色の唇。一目見るだけで異性を惹きつける強烈な美貌。流れるような紺碧の髪を先端で纏め、豊かな胸の前に垂らしている。その眼は誇りに煌き、美貌をより輝かせている。
 中東にあった小さな公国の公女。ルシーラが幼い頃に政変が起こり、公王であった父母と共に亡命。公国に進出していた日本企業の伝手を頼り、現在はルシーラのみ日本で暮らしている。
 公女であったルシーラにとって、日本での一般生活は刺激に満ちたものだった。しかし、先立つものは必要だ。金銭面から攻めた<地下闘艶場>に、ルシーラは参戦を承諾した。


「確かに衣装を用意する、とは聴いていましたが・・・」
 目の前に置かれた衣装に目を落とし、ルシーラは両手の指を絡ませた。
「こちらの衣装を着て頂くことも契約に含まれております」
 黒髪の女性黒服は穏やかな微笑を浮かべ、ルシーラを見遣る。
「確かに、その項目もありました。しかし、これでは、その・・・」
 なぜかルシーラは言いよどみ、頬を染める。
「こちらを着て頂かなくては、試合に出ることもできません。では、手早くお着替えください」
 ルシーラが口を開きかけたときには、女性黒服は一礼して控え室のドアを開けていた。
「あ、待って・・・」
 呼び止める声は閉ざされたドアに跳ね返され、ルシーラは頬を覆ってため息を吐いた。

 花道に登場したルシーラの美貌に、会場が静まり返った。ルシーラが歩を進めるたびに会場中からため息が聞こえてくる。
 ルシーラがリングに上がってからも、否、尚更驚嘆の声が増えた。

「赤コーナー、『トータストンファー』、亀河健史!」
 ルシーラの対戦相手は、<地下闘艶場>初登場となる亀河(かめがわ)健史(たけし)だった。右手には木製のトンファーがある。
「青コーナー、『亡国の公女』、ルシーラ・フォン・ディルクラント!」
 ルシーラが携えているのは、どう見ても普通の日傘だった。フリル付きの可愛いもので、闘いにはあまりに不似合いなものだった。
「公女様、ガウンを脱いで貰えませんかね」
「あ、えと、そう・・・ね」
 レフェリーの催促に、ルシーラは躊躇いながらもガウンに手を掛けた。
 ルシーラがガウンを脱ぐと、その下にはダークブルーのワンピースがあった。しかしただのワンピースではなく、胸の谷間や背中、脇が見えるようにあちこちに切れ目が入れられている。しかし無造作に破られているわけではなく、洗練されたデザインだった。
「・・・これはまた」
 さすがのレフェリーも、ルシーラの気品と見事な肢体、露出度の高い衣装に言葉を失っていた。
「早く始めては貰えませんか?」
 ルシーラの要請に、レフェリーは思わずゴングの合図を出していた。

<カーン!>

「まだ本物のお姫様ってのがいたとはね。嬉しい誤算だぜ」
 そう呟いた亀河が、ルシーラの肢体を視姦する。
「出るとこ出て、引っ込むところは引っ込ん」
 突然、亀河の視界が塞がれた。
「ちっ!」
 亀河の動きの停滞はほんの一瞬だったが、膝を激痛が襲った。傘を広げて視界を奪ったルシーラが、亀河の膝を蹴り砕いていたのだ。
「わたくし、厭らしい目で見られるのは好きではありません」
 滑らかに傘を畳んだルシーラは、傘の先端で亀河のこめかみを叩いた。途端に亀河の目が裏返り、リングに倒れ込む。

<カンカンカン!>

 慌ててレフェリーが試合を止めた。試合終了の合図を聞いたルシーラは安堵の息を吐く。そこにレフェリーが近づいてくる。
「さすが公女様、見事な勝利ですねぇ」
 拍手するレフェリーを、ルシーラが胡乱げに見遣る。
「どうでしょう、もう一戦する気はありませんか? 勿論ファイトマネーもその分増額させて頂きますので」
「・・・そう、ね。わかりました、もう一試合致しましょう」
 ファイトマネーの増額は魅力的だった。物価が高い日本では、お金は幾らあっても足らないのだから。
 ルシーラの承諾に、レフェリーは頷いてから後ろを向いた。そのため、レフェリーが浮かべていた表情をルシーラが見ることはできなかった。

 暫し時間が過ぎ、新たなる男性選手が姿を現す。白い上着に黒い袴という剣道着姿だったが、だらしなく着崩した胸元からは発達した大胸筋が覗いている。口には長い楊枝を咥え、左手を懐に入れ、右肩に竹刀を担いだまま与太者のように歩いてくる。からん、ころん、という軽やかな音は、足元の下駄から鳴っていた。
 獣気、とでも呼びたくなる空気を纏う男性選手に、観客席も野次を飛ばすことなく入場を見守っていた。

「赤コーナー、『暴剣』、浦賀餓狗郎!」
 コールされた浦賀(うらが)餓狗郎(がくろう)は楊枝をリング下に吐き出し、不遜に笑う。
「青コーナー、『亡国の公女』、ルシーラ・フォン・ディルクラント!」
 浦賀が纏う空気のためか、ルシーラの顔にも緊張がある。日傘を閉じ、下段に構える。
 今度もボディチェックを行うことなく、レフェリーはゴングを要請した。

<カーン!>

「はっはぁ!」
「っ!」
 眼前に迫り来る竹刀を、ルシーラは危うくかわした。しかしかわした筈の竹刀がルシーラ目掛けて襲いくる。辛うじて日傘で弾くが、手に痺れが残る。
 浦賀の攻撃は剣道というよりも、膂力を生かして竹刀をぶん回す荒々しいものだった。しかしそのリーチと鋭さに、ルシーラは隙を衝くことができない。
「そぉりゃっ!」
 またも浦賀の野獣の剣が迫る。ルシーラが辛うじてかわした先に、レフェリーが居た。
「!」
「おっと! 公女様、レフェリーにはぶつからないでくださいよ」
 ルシーラを受け止める形になったレフェリーは、何故かその手をルシーラのバストに回していた。
「どこを触って・・・っ!」
 気が逸れたのは一瞬だったが、その僅かな隙を見逃す浦賀ではなかった。
「どらぁっ!」
 狙い澄まされた突きがルシーラの腹部を貫く。
「おぐふぅっ!」
 思わず崩れ落ちそうになったルシーラを、レフェリーが背後から支える。否、羽交い絞めにする。浦賀は竹刀を伸ばし、ルシーラの胸をつつく。
「高貴な女は胸もデカいな。しかも柔らかい、ってなもんだ」
 そのままぐいと一歩近づくと、竹刀を左手で逆手に握り、右手でルシーラのHカップを誇るバストを掴む。
「ほお、こいつは凄い。手に余る大きさだ」
 ぐにぐにと手の中で変形するバストの感触を堪能し、浦賀が笑みを浮かべる。
「おい、そろそろ俺も」
「いつもいい思いしてるんだ、まだ我慢してろよ」
 レフェリーの希望を切り捨て、浦賀は自分だけルシーラのバストを揉み続ける。
「ちっ」
 舌打ちしたレフェリーは、ルシーラの肩越しに揉まれるバストを見つめ、硬くなり始めた股間をルシーラのヒップに擦りつける。
 急所を正確に突かれたルシーラは、浦賀とレフェリーのセクハラを撥ね退けることができなかった。鳩尾の痛みが全身を縛る。
「おっと、反対のおっぱいが寂しそうだな」
 浦賀は左のバストから手を離し、右のバストを揉み始める。
「い、いつまで触って・・・」
「まだおとなしくしてな」
 竹刀の柄が容赦なく鳩尾を抉る。悶絶するルシーラを見下ろし、浦賀は唇を歪めた。
「どれ、姫さんの下着はどんなんだ?」
 浦賀はワンピースの裾を掴み、思い切り捲り上げる。ピンク色の布地が浦賀だけでなく、観客にまで晒される。
「そこは・・・あっ!」
 ルシーラが思わず息を呑んだのは、浦賀が竹刀の柄を大事なところに押しつけてきたからだった。
「やめてください! こんなこと!」
 必死に身を捩るルシーラの姿が滑稽なのか、興奮をそそるのか、浦賀は尚も竹刀の柄を押しつける。
「俺と結婚したい、ってんならやめてやってもいいんだが」
「だ、誰が貴方のような・・・ひぅぅっ!」
 断続的に竹刀の柄を股間に強く押しつけられ、ルシーラが声を上げる。
「それとも、姫さんの初めてを竹刀に捧げるかい? それはそれで面白いショーになるぜ」
 ぐりぐりと股間を虐め、浦賀が酷薄な笑みを浮かべる。
「おい待て、それは拙い。突っ込むのだけはだめだ」
 慌ててレフェリーが制止する。<地下闘艶場>ではセクハラは奨励されているものの、セックス行為は絶対に許されない。
「『御前』も妙なところでフェミニストだな。お客さんも喜ぶだろうに」
「だからそういうことを言うな! 粛清されたいのか?」
 浦賀とレフェリーの間に穏やかでない空気が漂う。その一瞬だった。ルシーラの膝が浦賀の股間を捕らえていた。
「うぐぅ」
 急所を容赦なく蹴られ、浦賀の動きが止まる。レフェリーを振り払ったルシーラは日傘を拾い、先端で浦賀の顎をかち上げる。股間の痛みに踏ん張れなかった浦賀は、リングに倒れ込んだ。
 ルシーラは無言のまま浦賀の左膝を踏みつける。そのまま日傘の柄を左足首にかけ、一気に引く。
「あぐぁぁぁあぁっ!」
 会場に浦賀の咆哮が響く。

<カンカンカン!>

 浦賀の左脚が膝から異常な方向に曲がっているを見て、レフェリーは慌てて試合を止めた。救急班がリングに担架を運び込み、応急処置を行ってから浦賀を担架に乗せる。
「わたくし、怒ると残酷ですのよ」
 冷たい言葉だけをリングに手向け、ルシーラは花道を退場して行った。その怒れる美貌に、観客は思わず賛嘆の拍手を送っていた。


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