【第八十三話 ダークフォックス:プロレス 其の三】

 犠牲者の名は「ダークフォックス」。本名来狐(らいこ)遥(はるか)。17歳。身長165cm、B88(Eカップ)・W64・H90。長めの前髪を二房に分けて垂らし、残りの髪はおかっぱくらいの長さに切っている。目に強い光を灯し、整った可愛らしい顔に加え、面倒見が良く明るい性格で両性から人気がある。高校でプロレス同好会を立ち上げ、他校との交流試合を中心に活動を行っている。リングに上がる時は狐をモチーフにした覆面をつけ、ピュアフォックスと名乗っている。華麗な空中戦を得意とし、その試合を見た者からは絶大な人気を誇るが、男子生徒からは主にそのダイナマイトボディ目当てで支持されている。
 幾度も<地下闘艶場>のリングに上がってきた遥。今度はダークフォックスとしての参戦要請に、喜んで快諾の返事を返した。


 花道に姿を現したダークフォックスに、観客席がいきなり沸く。ダークフォックスの人気もさるものながら、その衣装に度肝を抜かれたためだ。
 漆黒のマスクを被ったダークフォックスは、なんと漆黒のボンデージスーツを身に纏っていた。肩は剥き出しで、革のスーツに締められたバストが寄せられ、Eカップのサイズが更に大きく見える。深い胸の谷間から無理やり視線を下ろせば、これも剥き出しの太ももに目を奪われる。
 観客の視線を独り占めにしたダークフォックスはコーナーポストへと登り、観客席へと右手で投げキッスを送ると、バク宙でリングへと舞い降りた。

「赤コーナー、『黄玉』、山森(やまもり)黄一郎(こういちろう)!」
 ダークフォックスの対戦相手は、ぶっといスラックスをサスペンダーで吊り、腹がでっぷりと突き出た中年男だった。今も太鼓腹を擦り、笑みを浮かべている。頭部は寂しく、頂上は簾模様となっている。
「青コーナー、『堕ちた純真』、ダークフォックス!」
 コールを受けたダークフォックスは胸を二の腕で挟むようにして寄せて見せ、観客席を更に沸かせる。
 この試合を裁くのはいつものレフェリーではなく、三ツ原凱だった。山森に通常のボディチェックを行い、ダークフォックスに歩み寄る。
「ふふっ、お手柔らかにね」
「ええ、勿論」
 凱の手はボンデージスーツを押さえていく。そこに厭らしさは感じられないが、偶然なのか、たまにダークフォックスのEカップバストに当たる。
「もういいんじゃない?」
「・・・そうですね、では試合を始めましょうか」
 凱がダークフォックスから離れ、リングの外に合図を送る。

<カーン!>

「行くわよ、おじさん♪」
「ふぉほほ、これはこれは」
 ダークフォックスの投げキッスに、山森の顔が緩む。
(あっさり隙を作っちゃって)
 拍子抜けしたものを感じるも、体重を乗せたハイキックを放つ。
「!?」
「ふぉほほぉ、これは素早い。危ない危ない」
 しかし、山森の頬を掠っただけでかわされてしまう。
(ちょっと見え見えだったかしら。なら、これは?)
 鋭いローリングソバットを山森の腹に突き刺す。否、蹴り足が空を切った。
「っ!?」
 死角を衝かれたダークフォックスの背中の数箇所を、山森の指が突く。
「一体なんのつも、り・・・?」
 まるで痛みのない攻撃だったのに、ダークフォックスの様子がおかしい。
(なに、この感じ・・・)
 身体の奥から立ち上るかのような淫らな陽炎に、ダークフォックスが艶やかな吐息を洩らす。その妖しい魅力に、観客の視線が吸い寄せられる。
「ふぉほほ、気持ちよくて力が抜けるでしょう?」
 自分の太鼓腹は叩き、山森が笑う。
「私が修めたのは『対女拳』。即ち、『女性を如何に傷つけずに無力化するか』に特化した拳法なんですわ」
「・・・お喋りなんて、余裕ねっ!」
 ダークフォックスが踏み込みから、アッパー気味の掌底を放つ。
「それに一番有効なのが、快感」
 しかし掌底もまた空を切り、山森の親指がダークフォックスの首の付け根に食い込んだ。
「ふぉほほ。どうです、私の一撃ごとに快感が高まっていくでしょう? 『対女拳』に伝わる『淫経絡』を衝けば、処女であろうと熟女であろうと、感じずにはいられない。不感症の女だとて、十分もあれば昇天させてみせましょう」
「・・・ふうん。私には効いてないみたいだけど?」
 強がるダークフォックスだったが、マスクの下の頬は赤みを増している。
「おやおや、そうですか。ならば、念入りに責めてみましょうか」
 まるで焦る様子も見せず、山森はダークフォックスに向けて手を伸ばす。
(チャンス!)
 その手首を掴み、逆一本背負いで投げを打つ。否、打とうとした瞬間、先程とは逆の首の付け根に指が食い込んでくる。
「くふぅ!」
 痛みではない別の原因で、ダークフォックスは逆一本背負いを打てなかった。
「ふぉほほ、隙有り!」
 動きの止まったダークフォックスの肩甲骨の下部に、山森の指突が潜り込む。
「あふぁぁっ!?」
 思わず山森を振り払い、よろめくように距離を取る。ダークフォックスの息は荒く、内股になっている。
「ふぉほほ、これでもまだ立っていられるとは。我慢強いですな」
 山森は太鼓腹を軽く叩き、余裕の足取りで距離を詰める。
(おかしい! たった何回かつつかれただけなのに、こんな・・・!)
 今ダークフォックスが感じているのは、紛れもなく快感。敏感な部分を責められたわけではないのに、この昂りは異常だった。
(それでも・・・勝つのは、私!)
 唇を強く噛み締め、ミドルキックを放とうとした瞬間。乳首に電流が流し込まれた。
「あっ・・・あふぁ・・・」
 山森が正確に乳首を突いていたのだ。あまりの衝撃に、ダークフォックスは胸を庇い、棒立ちとなっていた。
「それでは、そろそろ・・・」
 山森がダークフォックスの背後に回り、うなじを掠るようにする。すると、一瞬遅れて観客席が沸いた。ボンデージスーツの繋ぎ目が外され、衣装が垂れたことでダークフォックスの乳房がほとんど露わになったのだ。
「なにして・・・んんっ!?」
 裏拳を放とうとしたそのとき、両脇の少し背中側に、山森の親指以外の八本が食い込む。肋骨の隙間へと指が埋められた瞬間、ダークフォックスの背筋を稲妻が奔り抜けた。
「あっ・・・はぁん・・・!」
 高い声を上げたダークフォックスが、リングに座り込む。
「ふぉほほ、我慢も限界。ようやく膝をついてくれましたな」
 ダークフォックスの背後に歩み寄った山森が、抱きかかえるようにしてダークフォックスを自らの胸の中に収める。
「それでは、これからが本番ですよ?」
 山森はダークフォックスの乳房の下へと指を差し入れ、人差し指と中指を突き立てる。
「ひあ〜〜〜っ!」
 その瞬間、ダークフォックスの口から高い叫びが迸る。
「いい声で鳴いてくれますねぇ。もう感じたくないと言うなら、負けを認めてもいいんですよ?」
 山森は偽りの優しさを見せながら、丁寧に乳房を揉んでいく。
「だ、誰が貴方なんか・・・んんっ、負けを認め・・・あふぅ」
 ダークフォックスは山森の手を跳ね除けようとするが、まるで力が入らない。
「ふぉほほ、乳首もこんなになっているのに、まだ認めませんか?」
 山森が撫でる乳首は、痛々しいほどに硬くなっている。それでもダークフォックスは首を振る。
「女性が快楽に屈服する姿というのは、何時見ても、何度見ても堪らない。しかも私の手自らで行ったとなれば、絶頂ものの興奮なんですよ!」
 山森は中指、薬指、小指でEカップの乳房を揉み込みながら、親指と人差し指で乳首を擦り上げる。
「はっ、あ・・・ふぅぅあっ!」
 途端に、ダークフォックスのルージュを引いた口から艶やかな叫びが放たれる。
「ふぉほほ、もう限界ではないですか? まあ、まだ頑張れるというなら、とことんまでお付き合いしましょう」
 胸への責めだけで追い込もうとでもいうのか、山森はダークフォックスの乳房、乳首への責めを加速させる。山森の手が踊るたび、ダークフォックスの腰が跳ねる。
(駄目! こんな、こんなの! こうなったら、もう・・・)
 何かを決意したダークフォックスが、赤く煌く口を開く。
「私の、負け・・・」
 ダークフォックスの敗北宣言に、場内がどよめく。山森は満足そうに頷き、ダークフォックスから離れる。
「・・・とでも、言うと思った?」
 その瞬間、ダークフォックスの目が光を放つ。
「フシッ!」
 鋭い呼気と共に、凱の死角になるようにして地獄突きを放つ。手刀の先端が山森の咽喉へと突き刺さり、声もなく悶絶させる。
「それじゃ、行くわよ?」
 唇から血を流し、剥き出しの乳房を揺らしながらロープへと走ったダークフォックスが、山森へと向かって高々と舞う。空中で前方回転しながら、その右腕を山森の首へと巻きつけ、一気にリングへと叩きつける。覆面選手「エキドナ」のフェイバリットホールドである<ローリング・エクスキューショナー>だった。
 動きの止まった山森をフォールすると、凱が素早く腹這いになる。
「ワン、ツー、スリー!」

<カンカンカン!>

 ゴングが鳴らされ、凱が衣装を直したダークフォックスの右手を高々と掲げる。この裁定に不満の雰囲気もあったが、ダークフォックスの投げキッスに空気が和らぐ。
 しかし、それに納得できない者も居た。
「・・・おい!」
 ようやく立ち上がった山森が、嗄れ声で凱に詰め寄る。
「なぜ私の負けになる! おかしいだろう!」
「スリーカウントが叩かれました。明確にダークフォックス選手の勝利です」
「この女はさっき、確かに自分の負けを認めたぞ!」
 山森は両手を振り回し、凱に猛抗議する。
「私、ギブアップを言った覚えはないけど?」
「確かに、ギブアップは言っていませんね」
 肩を竦めるダークフォックスに、凱までもが頷いてみせる。
「納得できんわぁ!」
 怒りに任せて突進しようとした山森の視界を、赤緑色の霧が遮る。
「ぐぁっ、な、なんだ!?」
 ダークフォックスの毒霧だった。突如利かなくなった視力を回復しようと目を拭う山森だったが、顔面への衝撃にリングへと叩きつけられる。そのときには既に意識がなかった。
 山森の顔の中心にスワンダイブ式のミサイルキックを突き刺したダークフォックスは、倒れ込んだままの山森に投げキッスを一つ送り、リングを後にした。
 花道を下がっていくダークフォックスに声援と卑猥な冗談が送られるが、ボンデージスーツ姿のダークフォックスは投げキッスで返礼とした。この妖艶な美少女覆面レスラーに、更なる声援が送られ続けた。


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