【第八十四話 原塚和泉:剣道】

 犠牲者の名は「原塚(はらつか)和泉(いずみ)」。18歳。身長162cm、B86(Eカップ)・W58・H82。腰まで届く艶やかな黒髪を前髪だけ残し、後ろで束ねている。長い睫毛を持つ切れ長な目は凛とした光を放ち、口元は常に強く結ばれている。その勝気な美貌は異性よりも同性に人気が高い。
 宇賀原夏花が通う剣道道場の先輩。県内屈指の実力の持ち主で、全国大会高校生の部でベストエイトに残ったほど。最近夏花が妙に男性を避けるようになったことに気づき、胸騒ぎのままに問い詰めた。そこで夏花が裏の催し物に参戦し、性的な辱めを受けたことを知った。
 まるで和泉の怒りを待っていたかのように、<地下闘艶場>から招待状が届いた。即座に承諾した和泉を待っていたのは、卑劣な男達だった。


「このような衣装、着ることなどできません!」
 試合当日、控え室に和泉の怒号が響く。
「ならばお引き取りください」
 しかし、目の前の女性黒服は揺るぎもしなかった。
「こちらの用意した衣装を着て頂くのも、試合出場への条件の一つです。それは契約の際に確認された筈ですが?」
「でも、これは酷すぎます!」
「では、今日の試合には出場しない、ということで宜しいですか? 契約書に書かれていた通り、違約金が発生致しますが、宜しいですね」
「違約金、って・・・」
 その響きに和泉が怯む。
「これだけの額ですが、ご用意できますか?」
「そんな、無理です!」
 提示された金額に、和泉は思わず叫んでいた。
「それならば、この衣装で闘って頂きませんと。それに、後輩の仇を討つこともできなくなりますよ」
 この一言が決定打だった。目の前の女性黒服を睨みつけた和泉は、乱暴に衣服を脱ぎ始めた。

 花道を進むガウン姿で竹刀を携えた和泉に対し、観客席から盛大な野次が飛ぶ。そのほとんどが性的なもので、和泉の頬が怒りと羞恥に染まる。自然と早くなった足を動かし、リングへと達する。深呼吸した和泉は、ステップへと足を掛けた。

「赤コーナー、『ヘタレキング』、早矢仕(はやし)杜丸(とまる)!」
 早矢仕の名前がコールされると、観客席からはブーイングが飛ばされる。早矢仕本人は頭を掻き、ぺこぺこと頭を下げる。
「青コーナー、『サムライソード』、原塚和泉!」
 自分の名前のコールに覚悟を決め、ガウンを脱ぐ。その下にあったのは、普通の剣道着に見えた。一瞬だけは。
 上着は肩から先がなく、ノースリーブとなっており、襟元からは胸の谷間が覗いている。袴と見えたものは、実は袴に似せたスカートだった。しかもスリットまで入っており、和泉の白い太ももまでがちらりと覗く。
 この和泉の格好に観客席が沸く。和泉は羞恥と怒りをぶつけるように観客席を睨むが、余計に野次が酷くなるだけだった。

「さて、それじゃボディチェックを受けて貰おうか」
 早矢仕のボディチェックをさっさと終えたレフェリーが、和泉の前に立つ。そのにやけた笑みには、男の欲望が浮いている。
「ボティチェックって・・・竹刀を使ってもいいんですよね?」
「いやなに、竹刀以外の武器を持ち込まれても困るんでね」
 レフェリーは肩を竦め、和泉を見据える。
「ボディチェックの途中で俺に暴力を振るったら、没収試合にするからな。その場合は高い違約金を払って貰うことになるから気をつけるように」
「・・・わかりました」
 和泉が頷いた途端、両方のバストを鷲掴みにされた。
「なっ!」
「おい、わかってるのか? 手を出したら失格だぞ」
 反射的にレフェリーの手を払おうとした和泉だったが、「失格」の言葉に思いとどまる。
「そうそう、ボディチェックが終わるまでおとなしくしてるんだぞ」
 レフェリーはにやつきながら和泉のバストを揉み続ける。
(こ、こんなボディチェックがあるわけない! でも、我慢しないと・・・)
 後輩である夏花の仇を取るために上がったリング。試合すらせずに降りることはできない。そんな和泉の気持ちなど知ろうともせず、レフェリーは和泉のバストを揉み続ける。
「大きいのに張りが合って、いいおっぱいだな。胴を着けるのに邪魔になるんじゃないか?」
「っ・・・!」
 レフェリーの冗談に、和泉の顔が強張る。それでも手を振り払うようなことはせず、じっと耐える。
「竹刀を振ると、おっぱいも揺れるだろ? 今度から俺が後ろから支えといてやろうか?」
 にやにやと笑いながら、レフェリーは和泉のバストを弾ませる。
「・・・結構です」
「そうか、それは残念」
 全くそうは思えない口調で返し、レフェリーはバストを揉み続ける。
「い、いつまで胸を触るんですか」
「俺が納得するまでだよ」
 和泉の言葉など気にも留めず、レフェリーはバストから手を離そうとはしない。それどころか、器用にもバストを揉みながら和泉の背後に回ると、一度バストから手を離し、衣装の脇下から手を突っ込んでくる。
「な、何を!」
「隅々まで調べるんだよ。おとなしく待ってろ」
 そう言いながらも、レフェリーの手はブラの上からバストを揉んでいる。
(夏花も、こんなことをされたのね)
 和泉は唇を噛み、後輩を思いやる。男子が苦手な夏花がこんなことをされれば、あれだけ落ち込むのも当然だ。
 絶対に夏花の仇を討つ。決意を新たにした和泉は、胸を揉まれ続ける屈辱に耐え続けた。

 ようやくレフェリーの手が脇から抜かれた。
(やっと、セクハラも終わり・・・)
 ほっとしかけた和泉だったが、とんでもない言葉が耳に飛び込む。
「それじゃ、スカートを捲ってもらおうか」
「えっ・・・」
 レフェリーの発言に、和泉は思わず固まっていた。何も返す言葉が浮かばず、口を開閉させる。
「嫌なら帰っていいんだぞ? 原塚先輩は、可愛い後輩の敵討ちもせずに帰りました、ってな」
 レフェリーの言葉が挑発なのはわかっているが、夏花の悲しげな表情が和泉を縛る。
「どうした? 帰らないのか?」
「・・・試合をしますから、帰りません」
「なら、どうすればいいんだ?」
 レフェリーは腰に手を当て、余裕の表情で立っている。
「ほれ、スカートをめくりな」
「くっ・・・」
 屈辱が身奥からプライドを焦がす。それでも、夏花の仇を討つためにはこの屈辱に耐えるしかなかった。スカートをぎゅっと握った和泉は、ゆっくりと持ち上げていく。
「ほっほ〜、黒の水玉に小さなリボンか。意外と可愛いもの穿いてるじゃないか」
 しゃがんだ状態から覗き込んだレフェリーが、わざわざ下着の解説をする。
「も、もういいでしょう?」
「いや、まだ影になって見にくい。もっと高くスカートを上げな」
「・・・っ」
 痛いほどに唇を噛んだ和泉は、胸元までスカートを持ち上げた。
「よし、いいだろう」
 その言葉が耳に届いた途端、和泉はスカートを即座に下ろす。その頬は赤く染まっている。
「ああ、あともう一つ。宇賀花選手の仇を討つために来たなら、宇賀花選手と同じ条件で闘うべきだ」
 レフェリーの狙いはわからなかったが、もとよりそのつもりだった。
「・・・わかったわ」
「それじゃ、竹刀を預かろうか」
 レフェリーが突き出した右手に、和泉は絶句していた。
「宇賀花選手は、素手で早矢仕選手と闘ったんだ。同じ条件で闘うと宣言したんだから、原塚選手も素手で闘わなきゃなぁ」
 このレフェリーが言うことが本当かどうか、和泉にはわからない。しかし。
「それとも・・・失格になるかい?」
 この脅しに、和泉は竹刀を差し出すしかなかった。
「素直で結構。では、ゴング!」

<カーン!>

「和泉ちゃんだって、素手じゃなんにもできないでしょ!」
 無造作に飛び掛ろうとした早矢仕の頬から、小気味いい音が鳴った。更に二度、三度と音が鳴る。和泉がスナップの利いた小気味いいビンタを連発する音だった。早矢仕が何かをしようとしても、その前に頬を張られてしまう。
「こ、こうなったら・・・スカートめくりの術!」
「なっ!」
 ビンタを食らいながらも踏みとどまった早矢仕が、袴形のスカートを捲る。
「水玉パンティー見えだばっ!?」
 次の瞬間、和泉のキレのあるビンタが顎に入っていた。早矢仕の目が裏返り、リングに崩れ落ちる。
「あ、このヘタレ!」
 慌ててレフェリーが駆け寄って様子を見るが、すぐに試合を止める。

<カンカンカン!>

(夏花、こんな相手に負けたというの?)
 早矢仕のあまりの弱さに、夏花への怒りが生じかける。
(いえ、レフェリーも卑怯な男。夏花が負けるのも仕方がないことかもしれない)
 しかし、すぐに後輩を庇う思いが沸き上がる。
「さすが原塚選手、宇賀花選手とは段違いの実力だ。これで仇の半分は取ったな」
 レフェリーの物言いに、和泉の頭に疑問が浮かび、すぐに答えに辿り着く。
「まさか・・・」
「そうだ。宇賀花選手が闘ったのは、もう一人いるんだよ」
 和泉が理解すると、レフェリーも言葉で肯定する。
「当然、闘うだろ?」
 こう問われて、否と言える和泉ではなかった。

 花道に姿を現した男性選手に、何故か今回もブーイングが飛ばされる。しかし男性選手は動揺も見せず、真っ直ぐに、余裕を持ってリングへと向かってくる。
 男性選手がリングに上がると、すぐにリングコールが行われる。
「赤コーナー、『鉄釵』、湖童(こどう)陣(じん)!」
 道衣姿の陣は、帯の両脇に釵を手挟んでいる。その佇まいを見て、和泉は気を引き締めなおした。先程の早矢仕とは違い、今度の男は本物だった。
「青コーナー、『サムライソード』、原塚和泉!」
 あっさりと勝った和泉に対し、会場からはブーイングが飛ばされる。しかしそれも次の発表までだった。
「この試合は特別マッチと致しまして、原塚選手がダウンさせられるたび、衣装を一枚ずつ脱いで頂きます!」
「なっ・・・!」
 突然のストリップマッチの発表に、和泉は驚愕し、観客席は大いに沸いた。
「素手で闘うだけでもハンデなのに、どうしてそこまで・・・!」
「ああ、湖童の奴とは竹刀で闘って貰う。俺もそこまで鬼じゃないさ」
 竹刀を手渡され、一瞬怒気を飲み込んでしまう。
「これで、原塚選手の実力を発揮できる場面が整ったわけだ。後輩の仇討ちをするんだろ?」
「そのつもりですが、衣服を脱ぐのは・・・」
「あまりごちゃごちゃ言うんじゃない、ゴング!」

<カーン!>

 和泉が最後まで承諾しなかったというのに、レフェリーはゴングを要請していた。
(さっきのボディチェックといい、無茶苦茶だわ)
 憤懣が胸に渦巻く。
(でも!)
 迷いを振り切り、竹刀を中段に構える。
「ほお」
 和泉の構えを見た陣の口の端が緩む。構えから見て取れる実力の故か。
 静かな呼吸で心身を高め、和泉の竹刀の先端が小さく円を描く。
「イヤァァァッ!」
 裂帛の気合いが放たれるのと同時に、鋭い面打ちが迫っていた。
(捕らえた!)
 竹刀の先端が陣の頭部にめり込んだ。否、それは和泉の幻想、もしくは願望だった。陣は左逆手に握った釵で竹刀を受け、右の釵の石突き部分で和泉の腹部を抉っていた。
「・・・がはっ」
 竹刀がリングに落ち、遅れて和泉が膝をつく。腹部を押さえた和泉はただ呻くことしかできなかった。
 和泉が立てないと見て、レフェリーがカウントを始める。
「ワーン、ツーゥ、スリーィ・・・」
 レフェリーは簡単に終わらせる気がないのか、ゆっくりとしたカウントを進めていく。その間、陣は釵を帯に落とし、腕組みをして悠然と待っていた。その余裕が腹立たしい。
「くぅぅっ」
 唇を噛んだ和泉は、ファイブカウントで立ち上がった。
「さて、最初は何を脱ぐ?」
「私は、そんなルールを承諾してません!」
 痛みを呑み込んで睨む和泉だったが、レフェリーはにやつくだけだった。
「それじゃ、失格になるだけだな。宇賀花選手の仇を取りたいんだろ? なら、一枚くらい脱いだっていいじゃないか」
 レフェリーの言うとおり、夏花の仇を取るためにリングに上がったのだ。ここで負けるわけにはいかなかった。
「どうする? 脱ぐかい?」
 レフェリーの問いかけに、唇を噛んだ和泉は袴に似せたスカートを外した。上着が辛うじて下着を隠してくれるが、少しの身動きですぐに顔を覗かせる。
(簡単には終われない。勝たないと、夏花の無念を晴らしてあげないと!)
 感情とは別に、剥き出しの太ももが肌寒い。
 リング下の黒服にスカートを渡したレフェリーが、改めてファイトの声を掛ける。
(落ち着こう。恥ずかしさは忘れて、落ち着こう)
 竹刀を中段に構え、静かに鼻だけで呼吸する。
(・・・よし!)
 体から力みが去っていく。竹刀の先を微かにぶらし、細かなフェイントを入れる。
「・・・イヤァァッ!」
 またも面打ちと見せかけ、最短距離での咽喉への突き。そのまま崩れ落ちる。
「えぐふっ、ごほっ」
 ダウンしたのは和泉のほうだった。陣は交差させた釵で竹刀を跳ね上げ、和泉の腹部へ強烈な蹴りを入れていた。剣道の試合では防具に守られている胴への打撃は、初めて受けたほどの衝撃だった。
 ダウンした和泉に、二度目となるレフェリーのカウントが掛けられる。
(・・・これくらい、夏花の心の痛みに比べたら!)
 尚も内臓を叩く痛みに歯を食いしばり、右膝を立て、左足でキャンパスを踏み、ようやく立ち上がる。
「良く立ったな、原塚選手。ところで、何を脱ぐ?」
 折角立ち上がっても、待っているのはストリップだった。
「パンツを脱いでもいいんだぞ?」
 レフェリーを睨みつけてから、黙って上衣を脱ぐ。水玉の下着だけでなく、ベージュ色で無地のブラも観客の目に晒される。
「なんだ、ブラも可愛いのにすればいいのに」
 レフェリーの揶揄に鋭い視線を送るが、すぐに陣に視線を戻す。
(面は受けられた、突きも駄目・・・)
 どちらも和泉の得意技だ。この二つが通じなければ、正直打つ手がない。
(いいえ、夏花のためだもの! 絶対に諦めない!)
 まだ痛みは完全には治まっていないが、竹刀を握る手に力がこもる。
(いけない、力を入れ過ぎれば自在に扱えない)
 普段自分が後輩に注意していることを思い出し、不要な力を抜く。
(面と見せて小手打ち。あの武器を握れなくすれば、まだ勝ち目はある)
「剣道三倍段」という言葉がある。相手が素手の武道の段持ちならば、剣道の有段者はその三倍の段の強さに匹敵するという意味だ。
 しかし、本当は和泉も気づいている。例え陣が素手だとしても、その実力にはまだなお隔たりがあることを。それでも後輩の仇を討つため、和泉は竹刀を振った。
「セェェイッ!」
 最初と同じ軌道を描き、竹刀が面を襲う。
(かかった!)
 陣は受けのため左の釵を上げようとする。和泉は竹刀の握りを変えながら振り、その左手の指を狙う。
「あっ!」
 しかし、陣は咄嗟に石突で竹刀の先端を弾き、釵を返すことで和泉の首筋を打ち据える。
「っ! っ!」
 声もなく崩れ落ちた和泉は、竹刀を離し、首筋を押さえて転げ回る。鉄製の釵に急所を打たれ、呼吸もままならない。
「ワーン・・・ツーゥ・・・」
 レフェリーのカウントが始まる。
(負けられ・・・ない・・・!)
 痛みを抑えつけて大きく息を吸い、横になったままで竹刀を握る。膝を立てて竹刀をリングにつき、震える足で立ち上がる。
「おいおい、もう無理じゃないか?」
「ま、まだ・・・闘える・・・!」
 竹刀を杖にしても、和泉の眼は死んでいなかった。
「ま、本人がそう言うなら構わないか。で、後はブラとパンツだけだな。どっちを脱ぐんだ?」
 レフェリーの言葉に唇を噛み、一度竹刀をロープに立てかける。その手で胸元を隠したまま、ブラを外す。
「よし、ブラを貰おうか」
 差し出されたレフェリーの右手の上に、脱いだばかりのブラを置く。
「まだ温かいな」
「っ!」
 レフェリーは受け取ったブラを、自分の頬に当てて見せる。和泉の怒りの視線などまるで気にせず、ブラをリング下の黒服に渡す。
「何を呆けているんだ、ほら、竹刀を持て」
 レフェリーの言い草に腹が立つが、左手で胸元を隠したまま、右手だけで竹刀を握る。そのまま竹刀を陣に向ける。
「あっ・・・」
 右手から竹刀が落ちる。和泉は慌てて竹刀を拾う。
「・・・もう負けを認めたらどうだ」
「それは、できないわ!」
 羞恥を振り払い、竹刀を両手で構える。しかしその構えはいつもより小さく、頬は上気している。勝気な美少女が下着一枚で闘おうとする姿に、観客席からは盛大に野次が飛んだ。
「俺は手加減ができない。それでも闘おうとするのか」
「私は! 後輩の仇を討つ!」
 もう、ほとんど力は残っていない。気力だけで立っているようなものだ。
「・・・はぁぁっ!」
 振り上げようとした竹刀の動きは、悲しいくらいに鈍かった。それでも気持ちだけは込め、何十万回と振った面を打つ。
「・・・えっ?」
 和泉の竹刀は、陣の額を打っていた。それを信じられないのは、打った本人である和泉だった。
「その程度か、お前の執念は」
 陣の眼が細められた瞬間、釵の両石突が和泉の腹部を打つ。強烈な衝撃と痛みに、和泉は声すら上げられずに倒れ込んだ。
「うっ・・・えぐっ・・・」
 腹部を押さえ、呻くことしかできない。
「もう無理そうだな」
 何を思ったか、しゃがみ込んだレフェリーは和泉の乳房を揉み始めた。
「な、なにして・・・!」
「俺がおっぱい揉んでいる間は、カウントもストップする。なら、揉んで貰ったほうがいいんじゃないか?」
 レフェリーはにやつきながらも、和泉の胸から手を離そうとはしない。
「た、立てるから、触らないで!」
 なんとか身を捩ってレフェリーから逃れようとするものの、痛みがそれをさせてくれない。
「ほれ、中々立てないじゃないか。マッサージだと思って素直に揉まれてろ」
「あっ、やっ!」
 レフェリーの手は乳房だけでなく、乳首までも弄ってくる。最早振り払う力も残っておらず、和泉は乳房をいいように弄られてしまう。
(悔しい・・・こんな男に、胸を・・・!)
 それでも諦めずにもがくが、力は戻らない。
「マッサージだけじゃ足らないみたいだな」
 にやつくレフェリーは、太ももを撫でてから秘部へと手を伸ばす。
「っ!」
 大事な部分を触られ、和泉の体が強張る。
「おっ、力が入ったな。ここを刺激したほうが良さそうだ」
 レフェリーの指が、パンティの上から秘裂を何度もなぞる。
「やめて・・・ここは・・・!」
「おいおい、こっちは親切でしてるんだぞ、おとなしくしてろ」
 レフェリーは乳首と淫核を同時に刺激し、和泉の抵抗を退ける。
(こんなことされたら、体力の回復ができない!)
 陣からの攻撃と緊張、長時間の試合などが、和泉の体力を奪い去っている。そんな状態でセクハラをされては、尚も体力を奪われてしまう。
 和泉の抵抗が儚いものだと見極めたレフェリーは、一度乳房と秘部から手を離す。
「もう限界だな。それじゃ、最後の一枚を・・・」
 和泉のパンティにレフェリーが手を掛ける。
「いいかげんにしやがれクソ野郎が!」
 レフェリーの脳天に一撃が叩き込まれる。釵の容赦ない、しかし充分手加減された一撃に、レフェリーはあっさりと気絶した。
「こいつは、闘いをなんだと思っていやがる」
 レフェリーに鋭い一瞥をくれた視線が、和泉に向く。
「お前も、いつまでもそんな格好でいるな」
 和泉に向かい、陣は手早く脱いだ道衣を投げつけた。
(こんな・・・相手に勝つどころか、情けまでかけられるなんて!)
 悔しさが噴き出すが、恥辱の感情が勝った。陣の道衣で胸の前を隠す。
「もうちょっと強くなってからまた来い。そうしたら、今度は本気で相手してやるよ」
「・・・感謝なんてしないから。次は、私が勝って貴方に情けをかけるんだから!」
 陣の道衣で身体を隠しながら、それでも和泉は意地を張った。陣はふっと息を吐き、リングを降りた。容赦ないブーイングを浴びながらも動揺を毛ほどにも見せず、泰然と花道を下がっていく。
 その背を見つめる和泉の視線には、複雑な感情が入り混じっていた。


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