【第八十五話 天現寺久遠:我流 其の三】

 犠牲者の名は「天現寺(てんげんじ)久遠(くおん)」。17歳。身長166cm、B87(Eカップ)・W60・H90。鋭い眼差し、すらりと通った鼻梁、太い眉、肩の長さでぶつ切りにされた髪、縛られることを嫌う野性的な美貌。夜になるとストリートライブを行い、迫力ある低音の歌声に固定ファンもいる。
 前回の<地下闘艶場>で、久遠は散々嬲られた。度重なる<地下闘艶場>の誘いをその都度蹴っていたが、今度の試合はジョーカーとのタッグマッチであると聞かされ、それならばと参戦を決めた。


 試合前の控え室。久遠は女性黒服から説明を受けていた。
「丈は一緒の部屋じゃないのかい?」
「試合のパートナーとはいえ、男性選手を未成年の女性と一緒にするわけにはいきませんから」
 久遠の問いかけに、女性黒服は微笑で答えた。
「あのな、こんなとこでおっぱじめる訳ないだろ! だいたい、あたしと丈はそんな関係じゃ・・・」
「では、準備ができたらお呼び致しますので」
 久遠の噛みつくような反撃もさらりとかわし、女性黒服は控え室を後にした。
「・・・ちっ!」
 久遠は女性黒服が出て行った扉を睨みつけ、盛大に舌打ちした。

「なんだ、もう待ってたのか」
 花道に続く廊下には、既にピエロのような格好をした男が待っていた。ジョーカーは普段よりも深くシルクハットを被り、花道の方をじっと見つめている。
「それじゃ、行くか」
 久遠の呼びかけに小さく頷いたジョーカーだが、先に行こうとはしない。それならばと、久遠は自分が先に花道へと踏み込んだ。

 花道を進む久遠に向けて、卑猥な野次が飛んでくる。過去にリングで嬲られた過去を揶揄され、久遠の眉間に皺が寄る。それでも後ろを振り返ることもせず、一気にリングへと駆け上がった。

「赤コーナー、『ブリザード』、コンテ・大倉! & 『ノーペイン』、尾代呑太!」
 久遠たちの相手は、コンテ・大倉(おおくら)と尾代(おしろ)呑太(どんた)だった。珍しい組み合わせだったが、会場でそのことに頓着するような観客は居なかった。
「青コーナー、『闘う歌姫』、天現寺久遠! & 『マジシャン・ピエロ』、ジョーカー!」
 久遠は今日も用意された衣装を着ず、私服のままリングへと上がっている。これにはブーイングも起こるが、久遠が取り合わないと自然に低くなっていく。

「久しぶりだな、天現寺選手」
 いつものレフェリーがにやつきながら歩み寄ってくる。
「あんたの顔は見たくもなかったけどな」
 久遠が吐き捨てると、レフェリーは肩を竦める。
「それより、ボディチェックをするつもりかい? 当然あたしは・・・」
「いや、今日はいい。派手に魅せてくれれば、な」
 レフェリーの浮かべる表情は気になったが、ボディチェックがないならそれに越したことはない。
「どうする、丈。どっちが先に行く?」
 久遠の問いかけに、ジョーカーは一歩退いた。
「わかった、あたしから行くよ」
 久遠と尾代がリング内に残ったのを見て、レフェリーがゴングを要請した。

<カーン!>

「野性味たっぷりのお姉ちゃんっスね。ちょっと恐いっス」
 久遠の視線に恐れをなしたのか、尾代は中々前に出ようとしなかった。
「恐いなんて言ってんな。来いよ、ぶちのめしてやるから」
 久遠が手招きしても、尾代は前に出ない。それどころか後ろに下がる。
「おい!」
 久遠が呼んでも尾代は下がり続け、自軍のコーナーにまで下がってしまう。
「大倉さん、タッチっす」
「おいおい、早過ぎるだろ」
「いやいや、自分が先に行くなんておこがましかったっス。どうぞ大倉さん」
「そう言うな、もうちょっと頑張りな」
 不毛な口争いの末、
「なら、一緒に行くか」
「そうっスね!」
 大倉もコーナーから出て、尾代に並ぶ。当然のようにレフェリーは止めようとはしない。
「向こうがそういう気なら、こっちもやるぞ、丈!」
 久遠の強い呼びかけに、ジョーカーもコーナーから出てくる。ロープに足が掛かって転びそうになるが、なんとか踏ん張って体勢を整える。
「・・・なにやってんだよ」
 そう思ったのは久遠だけではなかったようだ。レフェリーも、対戦相手である二人も呆れ顔でジョーカーを見ている。
「・・・おい、これは普通のタッグマッチだ。一対一で闘え」
「それはあいつらに言えよ! だいたい・・・っ!?」
 レフェリーに反論した久遠を、何者かが背後から羽交い絞めにしてくる。
「てめぇら! 卑怯だ・・・」
 おかしい。レフェリーは目の前に居るし、対戦相手の大倉と尾代も視界の中に居る。だとすれば、誰が久遠を羽交い絞めにした?
 消去法で行けば、一人しか残らない。久遠を後ろから羽交い絞めにしたのは、なんとジョーカーだった。
「・・・丈?」
 信じられない行為に、久遠の表情が固まった。
「お前、なにして・・・!」
「おっと、動いちゃ駄目っスよ」
 身じろぎした久遠の脚を、尾代が思い切り抱え込む。
「どうだ、恋人に裏切られた気分は?」
 久遠の前に立ったレフェリーが、久遠の胸をつつく。
「触るな!」
 久遠が思い切り身を捩ると、ジョーカーの体勢がぐらつく。
「何してやがる。しょうがない、代われ」
 大倉がジョーカーの代わりに久遠の上半身を戒める。
「よしよし。それじゃ、天現寺選手のボディチェックを始めるか」
 わざとらしく頷いたレフェリーが、久遠のバストに手を伸ばし、両手で揉み始める。
「てめぇ、このクソレフェリー! あたしに触るな!」
 久遠が身を捩っても、大倉と尾代ががっちりと捕まえているため、レフェリーの手から逃れられない。
「レフェリーに対する暴言は重罪だぞ?」
 レフェリーは自分が掴んでいたバストを、思い切り握り締める。
「ぐああっ!」
 痛みに叫ぶ久遠の様子に溜飲を下げたのか、レフェリーはまた普通の力でバストを揉み始める。
「折角デカいおっぱいなんだ、もっと体の線が出るような服を・・・ん?」
 レフェリーの肩を叩いたジョーカーが、ジェスチャーで代わってくれと要求する。
「うるさい、お前みたいな・・・」
 何かを言いかけたレフェリーだったが、何故か言葉を飲み込む。
「わかった、いいぞ」
 レフェリーが退くのを待ちきれなかったのか、ジョーカーは横から久遠のバストを掴む。
「うっわ、久遠ちゃんのおっぱい最高!」
 堪らずという風に、ジョーカーの口からふやけた科白が洩れる。
「馬鹿、しゃべるな!」
 レフェリーの注意に慌ててジョーカー、否、ジョーカーのメイクをした男が口を押さえる。
「もう遅いだろ。ホントにお前はヘタレだな、早矢仕」
「すんません大倉さん、でも、それだけ久遠ちゃんのおっぱいが気持ちよくって」
 ジョーカー、否、偽ジョーカーの正体は、早矢仕(はやし)杜丸(とまる)だった。
「服の上からでもわかるこの感触、ダサイ私服が勿体ないよ?」
 自分勝手な理屈を捏ねながら、早矢仕は久遠のバストを捏ね回す。
(丈、じゃ・・・ない?)
 その認識が、ようやく脳に届く。
「・・・ざっけんなぁ!」
 怒りが爆発した。抱きつく尾代ごと早矢仕を蹴り飛ばし、後方に手を回して大倉の頭を掴むと、反動をつけて自分の肩に打ちつける。
「いつまで触ってんだよ!」
 諦めずに久遠の脚を抱えていた尾代の脳天に、容赦ない肘打ちを落とす。力が緩んだところで振り払い、側頭部にミドルキックを叩き込む。
 綺麗に入ったと言うのに、尾代がゾンビのように立ち上がる。
「危うく意識を飛ばされるとこだったっス」
 尾代だけでなく、早矢仕も、大倉も立ち上がってくる。
(タッグマッチかと思ったら一対三かよ! ったく、相変わらず汚ぇことしやがる!)
 怒りが久遠の胸を満たす。
(各個撃破しなくちゃな。まずは・・・)
「一番弱っちいお前だ!」
 ジョーカーの姿を真似た早矢仕に突っ込む。
「そうくると思ったぜ」
 しかしその横合いから大倉が手を伸ばし、久遠の突進の威力も乗せた投げ技<ブリザード>を放つ。
「ちぃっ!」
 しかし久遠の反射神経は並ではなかった。宙に浮いた瞬間に大倉の側頭部へと膝蹴りを入れ、フックが緩んだところで大倉の胴を蹴って逃れる。
「いらっしゃいっス!」
 しかし逃れた先に尾代が待っていた。尾代は久遠の胴を抱え、そのままバックドロップの体勢になる。
「そんなもん・・・」
 振り払おうとした久遠だったが、首に何かが巻きつく。
「甘いよ久遠ちゃん!」
 早矢仕のラリアート気味のランニング・ネックブリーカーだった。尾代のバックドロップに早矢仕のランニング・ネックブリーカーの威力が合わさり、非力な二人の技とは言え久遠の後頭部に衝撃が奔る。
「ぐぅぅっ・・・」
 後頭部を押さえて痛みに呻く久遠を、レフェリー、大倉、尾代、早矢仕が押さえつける。
「今日もたっぷりイカせてやるからな。楽しみにしてろよ」
 厭らしい笑いを浮かべたレフェリーの合図に、男達の責めが始まる。大の男に四人掛かりで押さえ込まれれば、抵抗などできよう筈もなかった。
「くっそ、てめぇら卑怯だぞ!」
 もがく久遠を嘲笑うかのように、男達は久遠の身体を弄っていく。服の上からとは言え、バスト、太もも、股間を弄られ、不快指数が上昇する。
「相変わらず口が悪いな」
 レフェリーが久遠のトレーナーの裾を持ち、一気に引き上げる。
「なんだ、大人っぽいブラしてるじゃないか。恋人ができると色気も出てくるのか?」
 レフェリーは装飾つきのブルーのブラをつつき、久遠の顔を覗き込む。
「そ、そんなわけないだろ!」
 否定する久遠だったが、視線は逸らす。
「ま、理由は何でもいいのさ。地味なブラより、こういう大人っぽいやつのほうが興奮するしな」
 レフェリーだけでなく、大倉も久遠のバストを揉み始める。
「谷間ができるくらいデカいおっぱいしてるんだから、体の線が出るような服も着ろよ」
「余計なお世話だ!」
 大倉の注文に、久遠が叫ぶ。
「生意気な奴だ。そんな奴は・・・こうだ!」
「っ!」
 大倉がブラを掴み、上へとずらす。ブラがずらされると、Eカップの乳房が姿を現す。
「相変わらず綺麗な乳首をしてるじゃないか。性格とは真逆だな、ええ?」
 レフェリーは久遠の乳首を弾き、皮肉な笑みを浮かべる。
「ぬかせ! いいから触るな!」
 少しでも逃れようと体を揺する久遠だったが、乳房を揺らす結果にしかならない。
「なんだ、おっぱい揺らして誘ってるのか? なら、お望みどおり可愛がってやるよ」
 大倉が乳房を掴み、揉み込む。
「触るなって言っただろうが! 耳が聞こえないのかよ!」
「聞こえてるよ天現寺選手。でも、口と体で言うことが違うんだから、仕方がないだろ?」
 レフェリーは反対の乳房を揺らしながら、乳首を引っ掻く。
「尾代っち、ズボン脱がしちゃおうよ」
「いいっスね! 賛成っス!」
 久遠の下半身に取りついた早矢仕と尾代は、久遠のズボンのボタンを外して脱がしにかかる。
「てめぇらはてめぇらで何してんだよ!」
「何って、久遠ちゃんのズボン脱がしてるよ?」
 久遠の怒りにも早矢仕はまともに取り合わない。尾代と協力し、ズボンを膝下までずらす。
「お、パンツもかっこいい系! 似合ってるよ久遠ちゃん!」
「確かにっス! ちょっとだけお触りっス!」
 尾代がパンティへと手を伸ばした途端、久遠が暴れたことで体勢を崩す。
「尾代っち! 慌てすぎ!」
「面目ないっス」
 久遠の脚にしがみついて何とか押さえ込み、尾代が頭を掻く。
「まったく、しょうがないなお前らは」
 レフェリーはため息は吐きながら久遠の乳首を弄り、大倉は笑いながら久遠の乳房を揉む。
「それじゃ改めて」
 早矢仕と尾代は再びズボンを下ろしていく。
「尾代っち、慎重にしなきゃ駄目だって」
「わかってるんスけど、焦るっスよ」
 急ぎ過ぎて苦闘する尾代を早矢仕が嗜める。
(くそっ、こいつら!)
 久遠がどんなに暴れようとも、男四人に押さえられた状況から逃れる術はなかった。
「よーっし、ズボンゲットぉ!」
 早矢仕が久遠のズボンを嬉しそうに高々と掲げ、傍らに置く。ズボンまでもが脱がされ、久遠はパンティ剥き出しの姿とされた。
「それじゃ早速、久遠ちゃんの大事なところにいたずら開始〜!」
「ずるいっス! 自分が先っス!」
 早矢仕と尾代が争いながら久遠の股間に手を伸ばす。互いに少しでもいい場所を取ろうとするため、久遠の秘部には微妙な刺激が加えられる。
「触るなって・・・くっ、言ってるだろ!」
「どうした天現寺選手、腰をもぞもぞさせて。気持ちいいのか?」
「気持ち悪いから逃げようとしてるんだよ! それくらいわかれ!」
「口の悪さは治らないな」
 久遠の乳房を揉みながらも、レフェリーは眉を顰める。
「折角だ。今日は・・・罰として、すっぽんぽんにしてやるか」
 レフェリーの声は小さかったが、男達の耳に吸い込まれる。
「・・・すっぽんぽん、か」
「オ、オールヌード、ってことっスか」
「やりぃ! 久遠ちゃんのあそこ、この目でガン見!」
 男達の視線が、久遠の股間目掛けて突き刺さる。
「ふざけんな! よせ、やめろぉ!」
 さすがに全裸にされるとなれば、久遠も力を振り絞って抵抗する。
「おい、しっかり押さえてろ!」
「け、けど、久遠ちゃん急に暴れて・・・」
 力の強いほうではない早矢仕も、なんとか久遠を押さえ込む。
「くそっ、離せ! 離せよ!」
「駄目っス、オールヌード見たいっス!」
 尾代もここぞと血走った目で足を押さえる。
「よし、もう大丈夫だろ。やれ、レフェリー」
 大倉の促しに、レフェリーが一度舌舐めずりする。
「手間を取らせやがって。これは罰だからな、充分反省しろよ」
 レフェリーの手が、久遠のパンティに掛かる。リングの上の男達の、否、会場中の視線が久遠の下腹部へと集中していた。
(丈・・・!)
 ここに居ない男を心に強く想う。恋人とは認めていない相手だと言うのに。
(ごめん、丈。お前にも見せたことない大事なとこ、こんな奴らに見られちまう)
 現実から逃れるかのように、久遠を目を閉じた。
 突然、リングに黒白の疾風が吹き荒れた。風が収まったときには、リング上に立っているのはその人影一つだけだった。
「・・・丈?」
 目を開いた久遠の視界の中の人物は顔を白と黒に塗りわけ、だぼっとしたナイロン製の服を身に着けている。白手袋をしたピエロのように見えるその格好は、本物のジョーカーに間違いなかった。
 ジョーカーは久遠に頷くと、そっと右手を差し出してくる。その手を久遠が握ると、力強く引き上げてくれる。しかし、それだけでは終わらなかった。
「っ!」
 突然の口付けに、久遠の目が大きく開かれる。しかしそれも僅かの間で、久遠がジョーカーを突き飛ばす。
「な、な、な・・・」
 唇をぐいと擦ると、
「なにしやがる!」
 ジョーカーへと殴りかかる。その拳が当たる寸前、ジョーカーは華麗にかわし、背後から抱き締める。そのまま久遠の耳元に何かを囁く。
「・・・だったら、もっと早く出てこい!」
 久遠の肘打ちを軽くかわし、右手を胸の前に丁寧に一礼したジョーカーは、素早くリング下へと降りていた。
(何がお前は俺が守る、だ! バカ丈!)
 いつの間にか掛けられていたマントで体を隠し、久遠は去っていくジョーカーの後ろ姿を睨みつけていた。


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