【第九十二話 須座久菊奈:プロレス 其の三】

 犠牲者の名は「須座久(すざく)菊奈(きくな)」。21歳。身長167cm、B89(Eカップ)・W64・H92。プロレス団体「JJJ」(トリプルジェイ)に所属するトップレスラー。垂れ目で童顔という癒し系の容貌で、プロレスを知らないファンも多く、可愛らしさと抜群のプロポーションに写真集が発売されたほど。(本人は最後まで嫌がっていたが)普段はおっとりとしているが、闘いとなれば豹変したようなファイトを見せる。セミロングの髪をなびかせ、華麗に舞う姿に魅了されたファンも多い。寝技、関節技にやや難があるものの、打撃、投げ、空中技を高いレベルで身につけ、団体のトップを争う実力を持つエース候補の一人。
 以前に二度<地下闘艶場>に上がったが、散々辱められた記憶が消えることはなかった。招待状を見なかったことにしようとしたものの、「JJJ」の女社長である楓が許す筈もなく、またも淫虐のリングへと登ることとなった。


 花道に姿を現した菊奈に、観客席からは盛大な声援が飛んだ。それと同じ、否、上回る量の卑猥な野次が飛ぶ。頬を染めた菊奈の格好は、魔女、というよりも魔女のコスプレのような衣装だった。黒の光沢のあるミニワンピースで、袖はふわりと膨らまされている。背中には黒のマントがあり、胸元のブローチで落ちないように留められている。頭には黒のとんがり帽子。
 菊奈は帽子のひさしで顔を隠すようにすると、更に歩く速度を上げた。

 リング下まで歩を進めた菊奈は、顔の前で両腕を交差させ、何かを呟き始めた。これが菊奈が「プロレスラー・須座久菊奈」へと変身するための「儀式」だった。
 菊奈の口が静かに閉じられ、「儀式」が終わった。菊奈は顔の前で交差させていた両腕を、何かを斬るかのように勢い良く振り下ろすと、リングへの階段を一気に駆け上がり、トップロープを飛び越えた。

 菊奈がリングインし、対戦相手と対峙したところで両者のコールがなされる。
「赤コーナー、『地に潜む蜘蛛』、マスク・ド・タランチュラ!」
 菊奈の対戦相手は、久々の登場となるマスク・ド・タランチュラだった。菊奈とは以前にタッグマッチで対戦しているが、シングルマッチは初めてとなる。いつもと同じように蜘蛛をイメージしたマスクを被り、その常人離れした長腕を掲げて声援に応える。
「青コーナー、『JJJの癒し姫』、須座久菊奈!」
 コールを受けた菊奈は、観客席に向かってとんがり帽子を放り、マントを脱ぎ去った。その顔には笑みが浮かんでおり、「プロ」レスラーの顔となっていた。

 マスク・ド・タランチュラのボディチェックをさっさと終えたレフェリーが、菊奈へと近寄る。
「それじゃ、ボディチェックだ」
 菊奈の表情は明らかに嫌そうだったが、無言で頷いた。
「須座久選手は素直で助かるな」
 レフェリーは肩から腕を押さえていくと、バストへと手を伸ばす。
「ここは出っ張ってるから、よく調べておかないとな」
 そのまま揉み込んでいく。菊奈は両手を強く握り締めたまま動こうとはしない。
「相変わらずいい弾力じゃないか。菊奈選手のおっぱいは大きいし、揉んでも揉んでも飽きないな」
 にやつくレフェリーから視線を逸らし、菊奈はじっと耐える。
「さて、次はこっちを調べるか」
 菊奈のバストから手を離したレフェリーは、菊奈の背中側に回ってしゃがみ込んだ。そして今度はヒップを撫で回す。
「ヒップはさすがに引き締まってるな。でも硬いだけじゃなく、柔らかさもあるいいお尻だ」
 撫で回すだけでなく両手で鷲掴みにしたレフェリーは、大きく円を描くように揉み回す。
「おっぱいもいいが、ヒップもまた格別だな・・・おっと、大事なここを調べないといけなかったな」
 ヒップを揉んでいたレフェリーの右手が、遠慮もなしに菊奈の股間を撫でる。唇を噛みしめる菊奈だったが、それでも逃げようとはしない。
 菊奈にとって、屈辱の時間が流れていった。

「よし、そろそろ試合を始めるか」
 ようやく菊奈の身体から離れたレフェリーは、ゴングを要請した。

<カーン!>

「へへ、久しぶりの菊奈ちゃんとの試合だぜ。しかも念願のシングルマッチだもんなぁ」
 マスク・ド・タランチュラは何度か菊奈と闘った経験がある。一度目は別の選手と闘った試合後の菊奈を襲い、失神させている。二度目はタッグマッチで、このときは敗北した。三度目となる今試合は、ハンデなしのシングルマッチだ。
「さぁて、今日はどんな風に・・・」
 一人呟くマスク・ド・タランチュラを気にも留めずにロープに走った菊奈が、その反動を使い突っ込む。
「自分からきてくれるとはなっ!」
 菊奈を抱え込もうとしたマスク・ド・タランチュラだったが、菊奈の姿が掻き消える。
「んお?・・・がふっ!」
 マスク・ド・タランチュラの股下を潜り抜けた菊奈は素早く反対側のロープを蹴り、マスク・ド・タランチュラの背中にエルボーを突き刺す。堪らずダウンしたマスク・ド・タランチュラにセントーンの追い討ち。更にキャメルクラッチを極める。
「あででで! ロープロープ!」
 マスク・ド・タランチュラは長い腕を素早くロープに伸ばし、レフェリーがロープブレイクを告げる。
「・・・」
 菊奈は素直にキャメルクラッチを解き、一旦距離を取る。
「な、流れるような連続攻撃だったな。やるじゃないか、菊奈ちゃん」
 腰を押さえて強がるマスク・ド・タランチュラに、レフェリーが冷たい視線を投げる。
「お前、そんなざまで大丈夫か?」
「ちょっと油断しただけだっての。黙って見てな」
 そう吐き捨て、マスク・ド・タランチュラは菊奈を見据える。しかしそのときには、菊奈の次の攻撃が始まっていた。
「いてっ、いてて!」
 菊奈のローキックの連打がマスク・ド・タランチュラの太ももを抉る。堪らずガードしようとした瞬間、菊奈の右足が跳ね上がった。何発かローキックを見せておいて、本命のハイキックを放ったのだ。ミニワンピースの裾が翻り、観客の目に菊奈の下着が映る。
「くおっ!?」
 マスク・ド・タランチュラの顔面を捉えたかに見えたハイキックだったが、マスクを掠めて左に流れる。
 素早く蹴り足を戻そうとした菊奈だったが、マスク・ド・タランチュラの動きが速かった。
「捕まえたぜ!」
 菊奈の背後を取ったマスク・ド・タランチュラは胴を抱え、一気にぶっこ抜いてバックドロップを放つ。
「あぐっ!」
 受身を取っても衝撃が走り、後頭部を押さえたまま菊奈が呻く。
「ほら、立ちな」
 菊奈の髪を掴んで無理やり立たせたマスク・ド・タランチュラは、菊奈の頭部を押さえて前傾にさせ、首の上に右脚を乗せる。右腕で菊奈の左腕を極め、左脚は菊奈の右脚に絡め、<卍固め>に極める。
「さ、ら、に」
<卍固め>から更に菊奈の左膝を抱え、開脚まで加える。
「須座久選手、ギブアップか?」
 菊奈に近寄ったレフェリーは、ギブアップの確認をしながらバストを揉む。
「ノー!」
 痛みと不快感を堪え、菊奈がはっきりと拒絶する。
「頑張るねぇ菊奈ちゃん。まあ、これくらいでギブアップされちゃこっちも楽しめないしな」
 容赦なく菊奈の体を引き絞りながら、マスク・ド・タランチュラが笑う。
「くっ、ううっ・・・」
 菊奈もプロレスラーだとはいえ、男性選手の技をこの状態から返せるほどのパワーは持っていない。
(なら!)
 もがいていた菊奈の体が脱力する。菊奈は力を抜くことで倒れ込み、脱出しようとしていた。
「うおっと! 逃すか!」
 しかし、マスク・ド・タランチュラも反応していた。菊奈の体ごと回転し、何かの技に極めていく。
「ちょっと難しいが、ここから行くぜ!」
 回転が止まったとき、マスク・ド・タランチュラは長い左腕で菊奈の右脇から後頭部を通って両腕を抱え込み、菊奈の瑞々しい太ももの間に差し込んだ両足で、菊奈の両脚を大きく開脚していた。マスク・ド・タランチュラのフェイバリットホールド・<タランチュラホールド>だった。
「へへ、久しぶりの菊奈ちゃんのおっぱいだ。服の上からでも気持ちいいな」
 マスク・ド・タランチュラは自由な右手で菊奈の左右のバストを交互に揉み、悦に入る。
「パンツ丸出しで恥ずかしくないのか? ええ?」
 レフェリーは菊奈のレモンイエローのパンティをつつくと、そのまま撫で回す。
「おっと忘れてた、ギブアップは?」
「ノーッ!」
 とってつけたようにギブアップの確認をするレフェリーに、菊奈ははっきりとノーを突きつける。
「そうか、ならまだ須座久選手の身体を楽しませて貰おうか」
 レフェリーはパンティの中に手を入れ、直接秘部を弄る。
「さて、今度は、と」
 マスク・ド・タランチュラは襟元から手を突っ込み、ブラの上からバストを揉む。
「んっ、と、服が邪魔だな。おいエロレフェリー」
「うるさいぞ変態マスク」
「菊奈ちゃんの胸元、破いてくれ」
「なっ!」
 菊奈が驚きの声を上げるが、男たちには通じなかった。
「仕方ないな、借りだぞ」
「お前の目の保養にもなるだろ、ほら、早くしろって」
「まったく、レフェリーを敬えよ」
 パンティから手を抜いたレフェリーはミニワンピースの胸元を掴むと、思い切り左右に開く。
「っ!」
 布地の引き裂かれる音に遅れ、パンティとお揃いのレモンイエローのブラが観客の目にも晒される。
「おー、いいねぇ。絶景絶景」
 菊奈の耳を舐めながら菊奈の胸を凝視したマスク・ド・タランチュラは、当然のようにバストへと手を伸ばす。
「菊奈ちゃんのおっぱいはついつい触っちゃうんだよな。罪作りなおっぱいだぜ」
 勝手なことを言いながら、マスク・ド・タランチュラはバストを揉み続ける。
「どれ、俺はまたこっちを・・・」
 レフェリーは再びパンティの中に手を入れ、温かく柔らかな感触を味わう。
「・・・っ・・・っ!」
 男たちに責められながらも、菊奈は声を堪えていた。
「菊奈ちゃん、声を出してもいいんだぜ? そのほうがこっちも嬉しいからよ」
 笑うマスク・ド・タランチュラだったが、いきなり頭が後ろに倒れる。
「うおっ!?」
 突然マスクを引っ張られたマスク・ド・タランチュラが奇声を上げる。思わず<タランチュラホールド>を緩めてしまい、その瞬間菊奈に振りほどかれる。
 菊奈は男二人掛かりで責められながらも、両腕を徐々に動かしていたのだ。そしてマスクに注意を向けさせることで隙をつくり、見事に脱出して見せた。
「ちぇっ、逃げられちまったか」
「油断し過ぎだろ」
 舌打ちしたマスク・ド・タランチュラをレフェリーが睨む。
「いいんだって、また捕まえればいいことだからな。今度は菊奈ちゃんの生おっぱいを見せて貰うぜ」
 そう返したマスク・ド・タランチュラは菊奈を厭らしい視線で見つめる。返ってきた反応は予想外のものだった。
「見たいんだったら、まず捕まえてみれば?」
 挑発的な言葉と共に、菊奈は構えまでも解いた。ブラが見えたままの状態で、右拳を腰に当てて立つ。
(おいおい、どう考えても罠だろ、これ)
 さすがに能天気なマスク・ド・タランチュラも、プロレスラーである菊奈のこの行動を素直には受け入れない。
「そっかぁ、諦めがいいなあ菊奈ちゃんは」
 本心とは裏腹に、ゆっくりと近づいて手を広げる。すると、菊奈の上体がふっと後ろに逃げようとする。
「逃がすか!」
 マスク・ド・タランチュラは長い腕を伸ばし、菊奈を抱え込もうとする。その瞬間、胸に衝撃が来た。
「おごぉ・・・」
 菊奈の頭突きだった。菊奈は上半身だけ後ろに振って下がると見せかけ、一気に前に出て頭突きを叩き込んだのだ。
 あまりの衝撃に片膝を付いたマスク・ド・タランチュラを見て、菊奈がロープへと走る。そのまま反動を使い、マスク・ド・タランチュラへと突っ込んでいく。
「おっと、<フェニックスダイブ>を食らうわけには・・・」
 マスク・ド・タランチュラは長い両腕で顔面をガードする。
 菊奈のフェイバリットホールドである<フェニックスダイブ>は、シャイニングウィザードから更にジャンプし、追撃を加えるという高難度技だった。しかしシャイニングウィザードから始まるのならば、最初の膝蹴りをガードできれば防ぐことができる。
(ガードさえすれば、後は捕まえて・・・でへへ)
 思わずにやけた顔が、直後に暗転する。縦回転からのヒールキックが、マスク・ド・タランチュラの脳天を直撃していた。
「のおお・・・」
 予想外の箇所への攻撃に、マスク・ド・タランチュラは膝をついたまま頭を抱える。その腕を菊奈が持つと、背後へと捩じ上げる。そのままマスク・ド・タランチュラの長い腕を折り畳み、腕同士がお互いを極めるように固める。
「いででで! なんだなんだ!? 菊奈ちゃんなにやって・・・いでーーーっ!」
 マスク・ド・タランチュラの腕は長いぶん、絡まると容易には外れなかった。下手に暴れると腕が軋み、尋常ではない痛みが奔る。
「・・・むんっ!」
 菊奈はマスク・ド・タランチュラを仰向けの状態で肩に担ぎ上げ、すっくと立ち上がる。
「そお・・・れっ!」
 そのまま助走からジャンプし、マスク・ド・タランチュラの脳天をリングへと叩きつける。
 この技こそ、菊奈がマスク・ド・タランチュラ戦に用意した<タランチュラキラー>だった。腕を極めていることで受身も取らせず、脳天から落とした体勢がそのままフォールとなっている。
「くそっ・・・ワーン・・・ツーゥ・・・」
 レフェリーはスローテンポでカウントを進めていくが、マスク・ド・タランチュラには動きがない。
「・・・スリーッ!」

<カンカンカン!>

「やったぁ、勝てた〜」
 試合終了のゴングが鳴った途端、菊奈の表情はどこかほんわかしたものになっていた。その首がぐるりと後ろを向き、こっそりリングから降りようとしていたレフェリーを見つける。
「あ、待ってレフェリ〜」
 いきなりの背後からのハグに、レフェリーの鼻の下が伸びる。背中にブラしかしていない菊奈のEカップバストが押し付けられているのだから、それも当然かもしれない。
「な、何かな須座久選手?」
 目線を合わせようとしたレフェリーだったが、突然目の前で火花が散った。
「へぎべ!」
 否、菊奈の頭突きに衝撃が奔っていた。
「そ〜れっ」
 菊奈がレフェリーを抱えたまま、後ろへと持ち上げる。試合中とは違い、ゆっくりとしたスピードで打たれた投げだったが、しっかりと頭から落としていた。
「・・・きゅう」
 充分手加減された攻撃だったが、レフェリーは大の字に伸びていた。
「こないだと今日の分、倍返し〜」
 へにゃりと笑った菊奈は、いそいそとリングを降り、スキップで花道を後にした。


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