【外伝 呉美芳】

 奮戦空しく仇敵である「御前」に敗れた呉美芳は、見知らぬ一室に連れて来られていた。後ろ手に腕を捻られていた状態からベッドに突き飛ばされ、上から圧し掛かられる。
「く・・・そぉ・・・どけぇ」
 先程の闘いのダメージは、声を出すだけでも辛いほどだった。突き飛ばそうとした手は簡単に払われ、押さえ込まれる。
「何を、する気だ・・・」
「先程言ったであろうが。お前の心と身体に訊く、とな」
 「御前」にボディスーツを破かれ、下着も剥ぎ取られた。
「ほう・・・間近で見れば見事に育っているではないか。これは楽しめそうだ」
 「御前」の手が、仇敵の手が乳房を撫でる。自身の身体の上を這う「御前」の手の感触が、記憶を呼び覚ました。

***

 十四歳で初潮を迎えた日から、美芳の夜は一変した。
 就寝しようかという時間に突然一族の長老に呼ばれ、その寝室で裸にされた。
『あ奴を殺し、一族の恥辱をすすげ』
 寝台の上で愛撫を加えながら、王胤という名の老人は常に美芳に囁いた。
『お前の祖父、偉大なる「紅巾」の先々代首領、呉志鳴の仇を、孫であるお前が取るのだ!』
 まるで美芳が祖父の仇であるかのように、王胤は美芳の身体を責め続けた。

 中国人は、日本人とは時間の感覚が違う。
 本人が果たせなかった夢は、子へと託される。もし子も果たせないときには、孫に託す。孫でも果たせなかったときには、孫の子の曾孫へと託す。そうやって、目的まで何百年掛かろうとも成し遂げていく。
 美芳も「紅巾」の一族の一人として祖父の仇を討つため、日々の稽古に励んだ。

 小振りだった乳房は、日を経るごとに膨らんでいった。稽古で胸を打たれたときには鈍い痛みが奔った。男相手に稽古しているときには、わざと触ってくる下衆もいた。勿論そんな男には相応の報いを受けさせたが。

***

「あっ・・・んんっ・・・!」
 信じられないことに、王胤から毎夜のごとく責められた身体は、「御前」の愛撫に容易く応えた。一族の憎き仇である「御前」に与えられる快楽は、屈辱以外の何者でもなかった。
「感じやすいな。儂から責められても感じるとは、淫乱の気があるようだな」
「だ、誰が・・・あぁっ!」
 口を開けば悦びの声となってしまう。
「身体のほうが正直だな」
 稽古や闘いのときには邪魔でしょうがなかった乳房が、「御前」の手の中で喜悦の固まりと化す。そのことを指摘される屈辱に歯噛みする。既に硬くなった乳首を扱かれ、上がりかけた嬌声を必死に呑み込む。
「ほれ、ここも濡れてきているぞ」
 「御前」の指が秘裂をなぞり、湿り気を指摘する。
(嘘だ・・・仇に辱められ、感じるような私ではない!)
 心で否定しても、身体は悦楽に沈んでいく。「御前」の手が動くたび、抑え切れない衝動が身体を跳ねさせる。
 黒目がちの瞳が、認めたくない感情に潤んできていた。

「そろそろか」
 美芳の秘裂から流れる愛液の量を見て取り、「御前」が和服を脱ぎ去る。
「・・・・・・」
 美芳は露わにされた「御前」の肉体に目を奪われていた。張り詰めているのに余分な筋肉が削ぎ落とされたような、厳しく激しい鍛錬を積み続けてきたと一目でわかる肉体だった。このような見事な肉体を造り上げるのに、どれだけの時間と情熱を傾けたのだろう。よくよく注視すれば、古傷があちこちに浮かんでいる。臍にも固まった血の痕があった。
(祖父との闘いも、この身体に刻まれたのか)
 見惚れていた美芳の前で、「御前」が褌までも外す。
「!」
 美芳の目に飛び込んだのは、大蛇か何かと見間違いそうな黒光りする巨根だった。初めて目にする勃起した男性器に、美芳は恐れしか抱けなかった。その肉の凶器が、美芳の秘裂に当てられた。
「駄目だ、やめろぉ!」
 抗おうとしたのに、淫核への刺激で簡単に屈してしまう。
「敗北したのだ、覚悟を決めよ」
 一気に貫かれた。感じたのは痛み、ではなく、衝撃と快感だった。
「あ・・・か・・・」
 声もなく身を震わす。
「ほう・・・処女か」
 貫いたときの感触と秘部から滴る血に、「御前」が軽い驚きの声を洩らす。
「これだけ感じておきながら、まさか処女だったとはな。嬉しい驚きだ」

 美芳を毎夜の如く嬲った王胤は、若き日の「御前」に睾丸を二つとも潰されていた。命は取り留めたものの、二度と性交ができない身体とされてしまった。まるで女を抱けなかった歳月を取り返すかのように、王胤は美芳の体を苛んだ。処女は奪わず、快楽だけを刻んだ。
 そこには、同族間での性交を禁じている「紅巾」の一族の掟があった。血が濁ることを恐れての掟であり、男は外の女を孕ませ、女は外の強き男の種を得て孕んだ。
 美芳にも、いつかは強い男に抱かれる日が来る筈だった。しかし、その相手が断じて「御前」であってはならなかった。

「どうだ、憎き仇にこうして犯されている気分は?」
 容赦なく逸物を突き込みながら、「御前」が美芳の顔を覗き込む。
「殺してやる・・・絶対に、殺して・・・あぐぅぅっ!」
「儂を殺す、か・・・面白い、ならば先に嵌め殺してやろう」
 単調な前後運動に終始していた「御前」が、腰の回転も使って美芳の膣を抉る。
「ひぐぅぅぅ!」
 与えられる快楽量が跳ね上がった。「御前」の変化をつけた突き込みが、脳まで犯してくる。
「だめ・・・だ、こんな・・・んぁぁぁっ!」
 口を開きかけるたび、淫核を撫でられて遮られる。
「どうした、言いたいことがあれば言ってみよ」
「き、貴様・・・ひぃぃぃっ!」
 淫核と膣への同時責めを、初めての美芳が耐えられる筈もなかった。
「どれ、こちらも一緒に弄るとどうだ?」
 「御前」が突き込みながら、乳房をも揉んでくる。
「あああっ! 駄目っ! それ駄目ぇっ!」
 乳房、乳首、淫核、膣。女の敏感な部分を同時に責められ、叫ぶことでしか快感を紛らわせない。
 下半身がぐずぐずに分解し、どろどろの肉塊に変じたかのようだった。だが、その芯には巨大な肉の棒を打ち込まれており、その棒が動くたびに痛みと快楽が襲い掛かってくる。しかも貫かれるにつれて痛みが消え、快楽だけが全身に広がっていく。
「いぎっ!」
 一瞬視界が白く染まり、すぐに回復する。
「イッたな」
「・・・・・・」
 答えることもできず、荒い息を繰り返す。「御前」は逸物を抜かぬまま美芳の身体をうつ伏せにし、後背位で責めを続ける。
(こ、こんな獣のような体位で)
 屈辱感すら快感を煽った。シーツを握り締め、「御前」の逸物の感触をただ耐える。
(駄目だ、耐えきれない・・・!)
 恥ずかしい体位が、美芳を更に昂ぶらせた。脳が快楽で焼きついていく。
「ひっ・・・うぁぁぁぁっ!」
 自らの絶叫で絶頂を知る。シーツを掴んでいた手が力を失い、ベッドに突っ伏す。
 再びの絶頂が美芳から思考力を奪った。羞恥すら忘れ、「御前」の責めに嬌声を上げる。
「『紅巾』の狙いが儂の命だということはわかった。ならば、お前たち『紅巾』の本拠はどこだ? 九龍城が取り壊しにあってから、何処かに移した筈だ。儂にだけ教えてくれればそれで良い」
 「御前」の優しさに満ちた声が聞こえてくる。後ろから美芳を貫きながら、乳房を優しくあやし、硬くしこった乳首を転がす。
「あはぁ・・・本拠は・・・本拠・・・」
 快楽に蕩けていた理性が跳ね起きる。
「駄目だ! 教える筈がないだろう!」
 恍惚の状態となっていても、仲間を売ることだけは踏み止まった。例え身体はこの男に奪われたとしても、心だけは渡さない。
「は、話すものか・・・教えるものか・・・!」
 下半身から絶え間なく生じる愉悦は歯を食いしばることで堪え、拒否の言葉を吐く。
「祖父の命を奪い、我等の<神女>を汚したお前を、あぁっ! 私たちは許さない・・・」
「<神女>、だと?」
 「御前」の声が突然低くなる。
「月鈴のことか。月鈴のことを言ったのか?」
 「御前」の手が、美芳の乳房を潰すほどの力で握る。
「あぐぅぅぅっ!」
 そこに込められた怒りに、美芳は苦鳴を放った。
「月鈴が何をされていたのか、何をさせられていたのか、お前が知っているのか?」
 「御前」から教えられたのは、初めて聴かされる話だった。

 月鈴は、中国本土から攫われてきた女だった。「紅巾」の一族を孕ませるためだったが、月鈴は丸一年妊娠することがなかった。子を産まない女は、一族の男の性欲処理の道具とされる。それまでは一族に準じた扱いを受けていた月鈴も、毎日のように「紅巾」の一族の男達から欲望をぶつけられた。

「う、嘘だ・・・」
「儂を信じたくないのも当然だろう。だが、事実だ」

 若き日、武者修行で海外を回っていた「御前」は香港へと足を向けていた。九龍城の奥にあった「紅巾」の本拠、そこで一族の男達が月鈴を責める様を見て、「御前」は男達を叩きのめした。月鈴を道具か玩具のように扱う男達を許すことができなかったのだ。自分を卑下する月鈴に自信を持たせたくて、心のままに抱いた。
 しかしその月鈴も、一族以外の男に抱かれた罪を鳴らされ、「御前」の目の前で無残にも処刑された。手を下したのは王胤という名の下種だった。

「呉志鳴は『紅巾』の長として、儂と闘わねばならなかった」

 「御前」が初めて香港の地を踏んだ日、偶然入った酒場で偶然隣に座っていた呉志鳴。なぜか妙に馬が合い、二人で地酒を強かに呑み交わした。

「呉志鳴は、いい男だった・・・」

 もし違う場所で出会っていれば、莫逆の友となれたかもしれない。
 しかし呉志鳴は、掟を破り、月鈴を勝手に抱いた「御前」を、「紅巾」の長として許すことはできなかった。一度は同じ杯で酒を呑み、心の底から笑い合った仲だとしても。

「お前が、祖父を殺したお前が言うな!」
「お前が呉志鳴の孫だと?」
 心底驚いたのだろう、「御前」の腰が止まっていた。
「そうだ! 私は、祖父の仇のお前を・・・あくぅっ!」
 怒りの抗議は、膣壁を抉られることで止まってしまった。
「そうか。呉志鳴の孫、か」
 先程までとは違い、「御前」の律動はゆったりと優しいものに変わっていた。
「あの<箭疾歩>、呉志鳴も得意としていた。呉志鳴との闘いで受けていなければ、お前の手痛い一撃で倒れていたかもしれぬな」
 「御前」の言葉が耳から入り込み、媚薬となって脳まで届く。荒々しい突き込みにも応えていた美芳の身体は、ゆっくりとかき回すような逸物の動きに陥落寸前だった。
(なんだこれは! 知らない、こんなの知らない! 駄目だ、これは駄目なものだ!)
 恍惚とはこれか。桃源郷とはこれか。
 身体に引きずられ、心までも快楽に傾いていく。僅かに残った理性で手綱を引こうとするが、快楽の量が余りに膨大過ぎた。
 抗いきれぬ快感を尚耐えようとしていた美芳だったが、「御前」の逸物が子宮口を突いたその瞬間、快楽が爆発した。
「はぁぁぁ・・・っ!」
 一瞬の浮遊感。これが絶頂だと言うこともわからず、再び快楽に押し上げられる。連続で絶頂が美芳を襲い、反射で膣が締まる。
「ぬっ・・・ぬがぁぁぁっ!」
 「御前」が獣の咆哮を上げ、逸物が精を迸らせる。
「あぁぁああぁぁっ! 熱い、熱いぃぃぃっ!」
 初めて最奥にまで注がれた男の精は、美芳の心奥まで燃え滾らせた。その炎は美芳の意識まで焼き尽くし、暗黒へと変えた。

 優しく美芳に触れるものがあった。一定のリズムで表面を撫でていく。
(ん・・・気持ちいい・・・)
 感触を意識したことで、まどろんでいた知覚が浮上する。
 目を開けると、「御前」が美芳の裸体を布で拭っていた。
「な、何をしている!」
 叫んだ後で、傷の痛みに呻く。
「見てわかるだろう。体を拭いてやっている」
「余計なお世話だ、止めろ!」
 体は動かないが口は動く。美芳は何度も叫んだ。
「風呂に入れてやったときにも目覚めなかったくせに、何を抜かすか」
「なっ・・・」
 そう言われ、自分の体から仄かに石鹸の香りが漂っていることに気づく。
「安心しろ、石鹸を泡立ててから体を洗ったからな」
「な・・・なんだと!?」
 怒りに任せて起き上がろうとして、やはり傷の痛みに妨害される。
「まったく、仕方のないおなごだ。少し待っておれ」
 「御前」は小机の上から小瓶を取り上げる。
「なんだ、それは」
「秘伝の膏薬だ。傷に効く」
 「御前」は手の上に中身を落とし、美芳の体に塗り込んでいく。
「だ、誰がそんなことまで頼んだ!」
 痛みを堪え、立ち上がろうとする。しかし、次の一言で動きが止まった。
「呉志鳴の孫だからな」
 祖父の名を出されると、何故か逆らおうという気力が失せた。膏薬を塗り込まれたところが熱を発し、やがて痛みと共に去っていった。
「・・・礼は、言わないぞ」
「構わんよ。儂がしたくてしたことだからな」
 タオルで手を拭いながら、「御前」があっさりといなす。
(今なら、仇が取れる)
 そう思っても、手も足も体も、何より心が動こうとはしなかった。諦めて目を閉じると、意識する間もなく柔らかな暗闇の中に沈んでいった。

***

「・・・っ!」
 目が開くと同時に全裸のままで飛び起きる。敵地のど真ん中で寝入ってしまった自分が情けない。身体のあちこちに鈍痛は残っているが、昨日までとはまるで違う。
「目が覚めたか」
 声に目を遣ると、椅子に腰掛けていた銀髪の白人美女が、読みかけの本を閉じたところだった。顔立ちはロシア系だが、流暢な日本語だった。首には漆黒のチョーカーがある。
「着替えろ。服はそこにある」
 ベッド脇に置かれた移動式の小型テーブルに用意されていたのは、飾り気のないシャツとスラックスだった。ご丁寧にも、真新しい真紅の下着まで用意されている。再度促され、下着と服を身に着ける。
「・・・私の服はどうした」
「ここにある。洗濯はしてないがな」
 音もなく立ち上がった銀髪美女から紙袋を放られ、空中で受け止める。
「行くぞ、『御前』がお待ちだ」
 銀髪美女が後ろも見ずに部屋を出る。美芳も仕方なく後を追った。
 昨日までの美芳なら、絶対に拒否していただろう。仇の筈の人間に会うというのに、美芳の胸は少し高鳴っていた。

 銀髪美女はある一室で足を止め、緩やかにノックした。
「『御前』、呉美芳を連れて来ました」
「入れ」
 聞こえてきた男性の声に、美芳の心臓が跳ねる。銀髪美女が開けてくれたドアの向こうに、椅子に腰掛けた「御前」が居た。その横に佇んでいた黒髪の美女の存在が、何故か疎ましかった。
「さすがに回復が早いな」
 「御前」の言葉に、きつい視線を投げる。否、投げたつもりだが、届く前に自ら逸らしてしまった。
「・・・そ、祖父の仇に、褒められたくない。祖父はお前に殺されたんだ」
「呉志鳴と儂は、正々堂々の一騎打ちで相対した。勝敗はどうであれ、非難される筋合いはない」
 「御前」の言葉に、頭の奥がかっと熱を帯びる。
「それでも・・・」
 目線を上げ、焦点を「御前」の顔に合わせる。
「・・・絶対に、お前を殺す。一族は関係ない、私、呉美芳個人として、お前を殺すことを誓う!」
 きつく唇を噛み締め、視線に殺意を籠めて「御前」を睨む。
「楽しみにしておこう。いつでも来い」
 抱かれたくなったときでも構わんぞ、そう言われ、美芳の頬が赤らんだ。
「く、功夫を積んで、今以上に強くなる。それまで、他の者に首を獲られるな」
 自分の頬を染めた怒りの感情のまま、美芳は「御前」に背を向けた。本当にその感情が怒りなのか、美芳だけがわかっていなかった。
 ドアノブを握ったとき、「紅巾」の本拠を訊かれなかったことに気づく。その理由からは目を逸らし、美芳は静かにドアを開けた。


番外編 目次へ

TOPへ
inserted by FC2 system