「飼育されるということか。それもいいかもしれない」
 幼い頃から組織で育てられ、次にはロシアンマフィアに飼われた。今思えば人から使われるばかりで、自分の意志などなかった。
「好きにするといい。死ぬまで飼われてやるさ」
 ナスターシャの投げ遣りな物言いに、「御前」の目が冷たく変わる。
「・・・ふん、もう諦めたか。つまらないおなごよの」
 「御前」はベッドから降りて手早く着物を羽織り、洋子から封筒を受け取るとナスターシャに放る。
「今日のファイトマネーだ。それを持ってとっとと失せろ」
 それだけ言うと、もう話は終わりだとばかりに部屋を後にする。いきなりのことに呆然としていたナスターシャだったが、閉じられたドアに向かって手を伸ばす。
「待て、待ってくれ!」
 必死の呼びかけも、もう届かない。
「・・・くくっ・・・はははっ・・・」
 望んでいた自由を得たときに込み上げたのは、衝動的な笑いだった。笑い続けるナスターシャの目から、涙が零れる。
(捨てられた・・・)
 ロシアンマフィアの抗争に駆り出され、囚われた。救出の動きがなかったのは、所詮ナスターシャが捨て駒に過ぎなかったということだろう。ロシアンマフィアから見捨てられ、今また「御前」から放り出された。
(私はそれだけの存在か・・・)
 皮肉な認識が、胸を抉る。

 やがて涙が止まったとき、ナスターシャの目に力が戻っていた。
「経過はどうでもいい。折角得た自由だ。これからは私の生きたいように生きてやる。そして・・・」
 あの男に再び会う。自分を捨てたことを、腹の底から後悔させてやる!
「だが、まずは・・・」
 ロシアですることがある。自分を見捨てた男に銃弾で挨拶をしなければ。
「待っていろ、『御前』・・・次に会うときは」
 その続きを呑み込み、ナスターシャは獣の笑みを浮かべた。

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