【異伝 九条雪那】

「これで、完済ですね」
 <地下闘艶場>に上がってから一年近くの月日が流れていた。「御前」に差し出した封筒の中には三百万円が入っている。これで、返済合計は三千万円。「御前」と約束した金額は全て払い終えたことになる。
「ふむ、そうだな。もうお前の裸を見れないと思うと寂しいものだ」
「御前」の軽口に、雪那が軽く睨む。
「いつもそんなことを言って。洋子さんやナスターシャさんに怒られますよ」
「あの二人は儂の部下だ。口出しできる立場ではない」
 それに毎晩可愛がっている、そう返され、雪那の頬が羞恥に染まる。
「相変わらず初心なおなごだ」
「御前」が悪戯な笑みを浮かべ、僅かに身を乗り出す。
「もし三千万でお前を抱きたいと言ったら、信じるかね?」
 その言葉に、雪那がくすりと笑う。
「信じようと信じまいと、私にその気がないのはわかっている筈でしょう? らしくありませんよ、『御前』」
 そこで全て終わった筈だった。だが。

「本当にそうかな?」

 悪戯な笑みを浮かべていた筈の「御前」が、鋭い眼差しで雪那を捉えていた。
「な、なにを・・・」
「お前は忘れられるのか? 儂から刻まれた快楽の証を」

(ずくん)

「あ、当たり前です、あんな厭らしいこと・・・」

(ずくん)

「儂は覚えているぞ。お前の乳房の感触、しこった乳首、未だ男を知らぬ秘部が愛液を流す様を」

(ずくん)

「いや・・・」
「何が嫌だ? 儂がお前を揶揄することか? 本当は・・・快楽を与えられなくなることが、ではないか?」

(ずくん)

「もう乳首が硬くなっているのではないか?」

(ずくん ずくん)

「違う・・・」
「違う? ならばなぜ手で胸を隠す」
 自分が無意識に胸を庇っていたことを指摘され、意志の力で脚の上に置く。それだけの刺激に身体が震える。
「感じやすくなったお前のことだ、もう愛液が滲み出ておろう」

(ずくん ずくん)

「答えよ」
「御前」の目に捕らえられる。もう視線を外すことができない。
「お前の本心は、どれだ?」
 椅子を立った「御前」が目の前に居た。
「あっ・・・」
 いきなり胸を掴まれた。
「駄目、です・・・」
 声は震え、「御前」の腕に掛けた手には力は入らない。
「駄目と言いながら、服の上からでもわかるほど乳首が立ち上がっているぞ」
 胸の中心を指で強く押さえられ、甘い吐息が洩れてしまう。
(違う! これは、違うもの!)
 何が違うというのか、明確に否定できない。「御前」が乳肉を苛めるたびに、身体の内側からもう一人の自分が顔を覗かせる。女肉の悦楽に屈した淫らな雪那が。
『本当に違うの?』
(ち、違う、もの・・・)
 否定の言葉は声にはならず、弱々しく心に響く。
「お前が望むなら、極上の快楽を与えてやろう」
 服の上から胸を揉まれながら、それでも「御前」を突き放すことができない。
「言葉にするのが恥ずかしいというなら、ただ頷くだけでよい」
 偽りの優しさに、縋るように頷いてしまっていた。

 いつの間にかエレベーターの中に居た。
 エレベーターの中でもずっと胸を揉まれていた。切なさは募るものの、高まった欲求は解消できない。
「これだけ男を惹き寄せる身体をしておるくせに、今まで耐えねばならなかった。これまで溜めに溜めた不満、溢れるまでお前に注ぎ込んでやろう」
「御前」の言葉だけで期待が高まっていく。
(違う・・・私は、期待なんてしていない・・・)
『嘘つき』
 すぐにもう一人の自分が否定してくる。
『自分でもわかっている筈よ。鼓動の激しさ、硬くなった乳首、そして・・・』
 その続きを聞きたくなくて、首を横に振る。
 そのとき、エレベーターの扉が開いた。雪那が拒み、もう一人の雪那が望む舞台へと。

(ああ・・・)
 もう、目を瞑っていても部屋の隅々まで思い出せる。雪那がどれだけ恥ずかしいことをされてきたのか、させられてきたのかを思い出してしまう。
「脱げ」
 いつもの命令。そして雪那もいつものように、衣服を一枚一枚脱いでいく。この部屋で過ごした濃密な快楽の時間が、「御前」の命令を拒ませてくれなかった。
 服を脱ぎ、下着姿になったときだった。
「もう濡らしているとは。厭らしいおなごだ」
 下着の湿りを指摘され、頬がかっと熱を持つ。
「どうした? いつもどおり脱いでみせよ」
(また、あのようなことを・・・)
 心の内に悲しい吐息をつく。
『本当に悲しいの? 期待しているだけじゃないの?』
 心の声に耳を塞ぎ、ブラのホックを外す。肩紐を外し、前を隠したまま床に置く。
「手を下ろせ」
「・・・っ!」
「御前」の命に、大きすぎる乳房を隠していた両腕を震えながら両脇に垂らす。
「既に胸の中心が硬く立ち上がっておるではないか。ここからでも良くわかるぞ」
「御前」の揶揄に頬が熱を持つ。
「最後の一枚が残っておるぞ」
 それでも、「御前」は追求を緩めない。
「脱げ」
(いや・・・恥ずかしいのに・・・)
 羞恥が手を止めようとする。それなのに、雪那は下着に手を掛け、ゆっくりとではあるが確実に下ろしていく。膝を過ぎると、下着は軽い音と共に床に落ちた。
「隠すな、と言わぬとわからぬか?」
 少しだけ低くなった声に、雪那は身を震わせた。それでも「御前」に命じられたとおり、胸と下腹部を隠そうとした手を背中に回す。
「胸を張れ」
 言われたとおりに胸を張ると、それだけで規格外の巨乳が震える。
「こちらに顔を向けよ」
 羞恥から逸らしていた顔を「御前」に向ける。その瞬間、「御前」の視線に捕らえられていた。もう、目が逸らせない。
「来い」
 手招きに操られるように、一歩ずつベッドへと近づいていく。
「上がれ」
 言われるままにベッドへと上がる。
「手を」
 震える手を差し伸べると、次の瞬間には「御前」の胸の中に居た。
「あっ・・・!」
 思わず叫ぼうとした声は、胸への愛撫で遮られた。既に硬く立ち上がった乳首を転がされ、抓まれる。
 胸への責めだけで声が荒くなっていく。服の上から高められた性感は、乳房を直接責められることで尚も高められていく。「御前」の手が胸の上を踊るたび、快感が跳ね上がる。
 散々胸を愛撫され、翻弄される最中、下腹部を緩く撫でられた。
「はっ・・・あっ!」
 突然の責めに、腹部、否、その奥の子宮が反応する。
「ここも感じるか?」
「御前」の囁きが耳に届く。その吐息だけで高められてしまう。
「だが・・・物足りまい?」
「御前」の手は更に下り、遂に秘裂へと到達する。くちゅり、という水音と指の感触に、思わず息を呑む。しかし「御前」の指が動き始めると、忽ち吐息となって口から零れる。
「そ、そんなこと・・・はぁぁっ!」
 否定の言葉は淫らな喘ぎへと変わり、思い切り首を反らせる。
「厭らしい貌だ」
「っ!」
 大声で否定したいのに、出るのは熱い吐息だけだった。「御前」の手に翻弄され続け、快感が高められ続けていく。

「そろそろ、か」
 呟いた「御前」が、雪那をベッドに横たえる。下腹部に直立する剛直が、雪那の秘裂に当てられる。
(とうとう・・・)
 今まで頑なに守り通した純潔が破られる。しかし、感傷に浸る間も与えられない。「御前」の手が雪那の上を這い、更に官能を高めていく。
「あっ・・・はぅっ、んぅう!」
 出すまいと決めた声も蕩けた。シーツを掴んで耐えようとする雪那に、「御前」がそっと囁く。
「今なら引き返せるぞ」
(ずるい・・・!)
 ここまで高めておいて、出口を指し示すのか。その間も「御前」の手は動きを止めず、雪那の快感を掘り起こし続ける。理性の躊躇も、肉欲が消し去った。
「お願い、します」
「何を願うのか、はっきりと述べよ」
 なんと残酷なのか。頭を垂れただけでは許して貰えず、手をついて平伏せと言うのか。
「ほ、本物の快楽を、教えて・・・ください」
「そんな抽象的な願いは聞けぬな」
 羞恥を振り払っての懇願だったのに、まだ足りないと言うのか。
「犯して欲しいと願え。浅ましく欲してみよ」
「そんな・・・!」
「ここで止めるか?」
 乳首を弾かれ、思わず声が洩れる。
『無理をしなくてもいいのよ。本当はすぐにでも言いたいのでしょう?』
(違う・・・でも、このままでは・・・)
 その言葉を発すれば、もう二度と戻れない。それはわかっている。
 だが、それでも。
「・・・犯して、ください」
「良かろう。お前の望み、叶えてやるわ!」
 一気に貫かれた。予想していたほどの痛みはなかった。ただ、一杯にされた感覚だけがあった。
「動くぞ」
 宣言と共に、「御前」の腰が動き始める。
「んっ! はぅあぁぁぁっ!」
 胸を触られるだけよりも、秘部を弄られるだけよりも、否、それらとは比べものにならない官能が襲い掛かってくる。
(『やっと』)
 心と身体の声が一致した。
(『やっと、女になれた』)
 愛液を採取されるためだけに高められ続けた快感。処女のまま女の悦びを味わわされた肉体は、いつしか男を待ち望んでいた。自らを埋めてくれる存在を恋焦がれていた。逸物が膣壁を抉るたび、雪那の口からは本能の叫びが解き放たれる。
「佳い声で鳴く。その声だけで昂ぶらされるわ」
 雪那の腰を抱えていた「御前」の左手が、雪那の乳房を弄る。
「あふぅぅぅっ!」
 その途端、雪那は更に高い嬌声を上げていた。しかしそれだけでは終わらず、「御前」の手が動くたび、「御前」の腰が叩きつけられるたび、官能の迸りが口から放たれる。
(『これが、これが快感。本物の、快感』)
 肉体が蕩け、精神が蕩ける。雪那の心も身体も快楽に引き摺られ、高みへ高みへと押し上げられていく。更に追い詰めようとでもいうのか、「御前」が逸物を更に激しく叩きつけてくる。
「出すぞっ・・・最奥で、受け止めいっ!」
「御前」の咆哮と同時に、男根が脈動した。
(『来るっ!』)
 火傷しそうなほどの熱を伴い、男の精が子宮を炙る。
(『あ・・・ふああぁぁぁ・・・!・・・っ!』)
 初めて注がれた男の精に、雪那の意識は白濁に沈んだ。


番外編 目次へ

TOPへ
inserted by FC2 system