【外伝 房貞沙莉】

(絶対に告発してやるわ。私自身が証人になって、<地下闘艶場>をぶっ潰してやるんだから!)
 <地下闘艶場>で嬲られ、屈辱の敗北を喫した房貞沙莉だったが、その心中には<地下闘艶場>への怒りが渦巻いていた。
 観客の反応、卑猥な衣装、男性の対戦相手、レフェリーの手馴れたセクハラなど、ショーの域を超えている。告発するための証拠は、沙莉自身。証言するとなればかなり恥ずかしい思いもしなければならないだろうが、他に嬲られた女性たちのことを考えれば恥ずかしいなどとは言っていられない。
 怒りを抑え、告発への手順を頭の中で反芻ながら帰宅し、風呂を沸かす。まずは、汗と男達の欲望を洗い流したかった。

 入浴で身体と心の疲労を癒し、下着姿で浴室を出る。居間に戻った沙莉の前に、信じられない光景があった。目出し帽を被った男達がサングラスで眼光すら隠し、沙莉を待っていた。慌てて玄関から逃げようと方向転換したが、そこも別の男に押さえられている。
「だ、誰よ貴方達・・・」
 大声で叫んだつもりだが、口から出たのは別人のような掠れ声だった。防音設備が整っているこのマンションで隣の住人に届いたとは考えにくい。
「初めまして、房貞さん。今日はお願いがありまして」
 男のうちの一人が、こんな場面だというのに礼儀正しく挨拶してくる。
「・・・貴方達、<地下闘艶場>関係者ね。こ、告発の邪魔をしようとしても無駄よ!」
 自分の発言が、いかに先回りしたものかを考える余裕はなかった。
「房貞さん、馬鹿なことは考えないで頂きたい。もし告発を行うと言うのなら、我々も手荒な真似をしなければいけなくなる」
「・・・レイプされるくらいじゃ怯まないわよ!」
 言葉では強がったものの、陵辱の恐怖に慄く。
「レイプなどという無粋な真似はしませんよ。ただ、写真を撮らせて貰おうと思いましてね。おあつらえ向きに、下着姿でいることですし」
 突然後ろから羽交い絞めにされ、前からはフラッシュを浴びせられる。
「なっ、やめて!」
 拘束から逃れようともがくが、男の力には敵わず、腰をくねらすだけになってしまう。
「いいですよ、その腰つき。そそられます」
「なっ・・・!」
 男の言葉での責めに、沙莉は絶句する。
「では、シチュエーションを変えましょう」
 寝室まで引きずられてベッドの上に押さえつけられ、何度もフラッシュを浴びせられる。
(こうなったら、大声で!)
 助けを呼ぼうと息を大きく吸い込んだ瞬間、男の一人に口を塞がれる。
「房貞さん、もう少し我慢してくださいね」
 諦めずに沙莉は噛みつくが、手袋の上からでは効いていないようだった。その間も、フラッシュは光り続けた。

「では、少し時間稼ぎをさせて頂きます。警察に連絡してもいいですが、悪戯か妄想で片付けられるでしょうね」
 撮影を終えた男達からタオルで縛られ、ガムテープで口を塞がれる。
「ふむ・・・中々の出来です。折角なので、房貞さんもご覧になりますか?」
 デジタルカメラの撮影画像を眺めていた男のふざけた科白に睨みつけてやると、含み笑いだけを残して姿を消した。

 暫くはタオルと格闘していた沙莉だったが、タオルが解けると同時に口に貼られたガムテープを毟り取り、警察を呼ぼうと携帯電話に手を伸ばす。
 しかし、その手は力なく落ちた。男の言葉どおり、目元すら隠す用意周到な手口といい、髪の毛一本の証拠も残していないだろう。考えたくはないが、<地下闘艶場>の主催者は警察すら動かせる権力を持っているのかもしれない。
(・・・でも、絶対に告発してやるわ。そうだ!)
 所長!
 自分にはまだ頼もしい味方がいた。しかし、さすがにこの時間に連絡することは躊躇われた。全ては明日からだ。
(そうと決まれば、今日はしっかり寝て疲れを取らないと)
 改めてベッドに横になる。体は疲れている筈なのに、中々眠りは訪れてくれなかった。

***

 翌日、沙莉は寝不足の頭を抱えて職場である探偵事務所へと向かった。

「どういうことですか!」
 事務所内に沙莉の怒号が響く。
「房貞君、もうその件はクライアントが依頼を取り下げたんだよ。違約金も貰ったし、我々の仕事は終わったということだ」
 口髭を生やした所長の言葉にも、沙莉は納得しない。
「私が昨日どれだけ辱められたと思います? しかも昨日だけじゃない、今までに何人もの女性が・・・!」
「君には悪かったと思う。ボーナスも弾む。だから、この件はもう終わりだ」
 まるで情熱の感じられない所長の態度に、沙莉は決心した。
「わかりました・・・なら、この件は独自に進めさせていただきます」
「房貞君!」
 所長の制止を振り切り、沙莉は事務所を後にした。

「とは言っても・・・」
 頼りにしていた所長が乗り気でなければ、自分で動くしかない。そうなったとき、自分に取れる手段は少ないことに気づく。思いつくのは警察、もしくは弁護士。
(警察・・・は有力な証拠がない限り簡単には動かないでしょうね)
 でも、だからこそ自分たちのような探偵が証拠を集めるのだ。警察の手が届かない人たちに救いの手を差し伸べることができれば。それが沙莉が探偵になろうと決意した理由だった。
(なら、弁護士から当たってみましょうか)
 沙莉はタクシーを止め、弁護士事務所へと頼んだ。

 沙莉がタクシーを降り、弁護士事務所のある雑居ビルに入ろうとしたときだった。突然回りを屈強な男達に囲まれ、ろくに抵抗もできないまま止めてあった車に連れ込まれる。
「な、なによ、なんなのよ!」
 後部座席で男二人に挟まれ、両手も掴まれていてはたいした抵抗はできない。
「房貞さん、困りますね。昨日の今日で、いきなり約束を破るなんて」
 助手席に座っていた男が、振り返って微笑みかけてくる。昨夜と違って、今日はサングラスだけしている。
「約束なんてしていないわ! 離してよ!」
 暴れようにも、両腕を掴まれ、脚は開かれて太ももの上に男の脚を乗せられてはどうしようもなかった。
「おや、約束も覚えていないとは、社会人失格ですよ」
 驚いたような口調で助手席の男が言う。
「約束を破るような女性には、お仕置きが必要ですね」
「なによお仕置きって・・・いやっ!」
 いきなり、両隣の男達が沙莉の服に手を掛ける。ワイシャツのボタンを外され、ベルトが抜かれ、スラックスのボタンが外され、ブラがずらされ、ショーツが下ろされる。
 優しげな手つきで裸に剥かれ、また写真を撮られる。
「いやっ! いやぁっ! 撮らないで、こんな姿いやぁっ!」
 完全に脱がされてはいないが、乳首と股間の翳りは露出させられている。ある意味、全裸よりも恥ずかしかった。走行する車内で、淫らな撮影会は続いた。

 沙莉が叫び疲れた頃、ようやく助手席の男がデジタルカメラを下ろした。
「警告はここまでです。それでもまだ告発をしたいというなら、今度こそ我々も手荒い手段を取らなければいけません」
 丁寧な口調で、さらりと脅迫してくる。
「・・・やれるものならやってみなさいよ。私は、絶対諦めないから!」
 沙莉の宣言に、男の顔から表情が消える。
「そうですか・・・なら、こちらも動かせて頂きます」
 男の宣言と同時に、車が止まる。沙莉を放り出すようにして下ろすと、車はすぐに走り去った。ナンバープレートの一部には泥が塗られており、警察への通報も独自の追求もできそうになかった。
(絶対に、絶対に諦めないから!)
 胸に渦巻く感情を無理に押し込め、服装を整えた沙莉は自室へと向かった。車から下ろされた場所、それは沙莉のマンションの真ん前だった。男の「動く」という言葉は不気味だったが、無理に頭から追い払った。

***

「房貞さん、悪いが今日でここを引き払ってくれ」
 早朝、突然マンションの管理者が沙莉の部屋へ現れ、居丈高に通達してきた。
「どうしてですか、私は何も・・・」
「周りから苦情が来てるんだよ。夜中近くにもなって騒ぐ、変な男達は出入りする。探偵だかなんだか知らないがね、困るんだよ」
「違います、それは・・・!」
 言い募ろうとした沙莉の言葉など聞きもせず、管理者は言いたいことを続けた。
「いいから、早く出てってくれ。もう次の入居者も決まってるんだから」
「そんなこと言われても、今日なんて急過ぎます」
「じゃあ明日だ。明日の夜までに引っ越さなかったら、警察呼ぶからね」
 管理人が帰ってからも、沙莉は呆然としていた。突然の退去という事態は、何かの裏があるとしか思えない。このタイミングは、<地下闘艶場>が絡んでいると考えるのが自然だろう。
『そうですか・・・なら、こちらも動かせて頂きます』
 昨日の助手席の男の言葉が蘇る。まさか、これほど短い時間に手を打たれるとは思わなかった。悔しさと敗北感に打ちのめされそうだったが、負けん気を呼び起こして行動に移った。

 今日からでも入居できる部屋を探し、沙莉は不動産屋を片っ端から訪れた。幸い三件目ですぐに見つかり、契約まで済ませて一旦自室に戻る。
 休む間もなく引越し屋に連絡し、明日の引越しを依頼する。さすがに断ろうとする相手に、料金の上乗せを提示して承諾させる。
 電話を切ってすぐに荷造りを始める。不動産屋からの帰りに購入したダンボールに、機械的に荷物を詰め込んでいく。皮肉なことに、引越しの準備に忙殺されている間は不快な思いを忘れることができた。

***

 ほぼ徹夜で荷造りが終わり、慌しく引越しが始まった。大家への鍵の返却、部屋に損耗がないかのチェック、業者によるダンボールの積み込み、ガス、水道、電気の契約解除と再契約、引越し先に移動しての新しい大家との対面、荷下ろし、近所への挨拶など、徹夜明けの体に眼の回るような忙しさはきつかった。それでもなんとか全てこなし、その日は風呂にも入らず毛布一枚で寝た。
 夢も見なかった。

***

「ん・・・」
 目を開けたとき、そこがどこだかわからなかった。見慣れぬ光景に首を捻る。辺りを見回し、ダンボールの山が目に入ることでようやく記憶が蘇る。
「・・・くっ!」
 込み上げたのは悔しさだった。自分の行動は正義に則っていた筈だ。それなのに、なぜ自分がこんな羽目に陥ったのか。
「それもこれも、<地下闘艶場>の所為よ。絶対・・・絶対許さない!」
 屈辱は晴らして見せる。決意も新たに、沙莉はシャワールームへと向かった。汗と弱気を洗い流すために。

「とは言っても、どこに相談すればいいのか・・・」
 取り敢えず警察に相談してみたが、「証拠はありますか?」の一言で諦めた。探偵事務所の所長も当てにはならない。昨日は弁護士事務所に入ろうとして無理やり車に乗せられてしまった。
「・・・やっぱり、弁護士事務所に行ってみよう」
 評判の高い弁護士なら、話くらいは聞いてくれるのではないか。甘い見通しだったが、何もしないよりはマシだ。
 沙莉は尾行を気にしながら、歩いて弁護士事務所へと向かった。

 弁護士事務所があるビルに入った沙莉がほっと一息吐いたとき、いきなり首に衝撃が奔った。そう感じたときには、世界が暗転していた。

***

「・・・ださん・・・ささださん」
 遠くから聞こえてくる声に、薄っすらと目を開ける。意識が戻った途端、首に痛みを覚える。
「んんっ!」
 思わず叫んだが、声にはならなかった。口を何かが塞いでおり、感触からすると布で猿轡をされているようだった。両手両脚も縛られており、自分が横に寝かされているのがわかった。
「気がつきましたか」
 シート越しに自分の顔を覗き込むようにしてきたのは、あの男だった。とすると、またも自分は拉致され、車に乗せられたのだろうか。
「引越しが終わった途端に弁護士のところに行こうとするとは、驚きを通り越して感嘆しますよ」
 男は本当に感心しているようで、声音がこの前とは違った。誉められても嬉しくはなく、沙莉は男を睨んだ。
「房貞さん、まだ我々を告発するつもりですか?」
(当たり前よ!)
 思いを視線にこめ、男を睨みつける。
「そうですか・・・仕方ありません。少しドライブに付き合ってください。なに、殺しはしません。房貞さんのような美しい女性を殺すなど、日本の損失に他なりませんから」
 その口調に、背筋がぞくりとする。「美しい女性」のフレーズは、自分を性的に見たもの。自分をどうするつもりなのか、それがわかったような気がした。
「うぅーっ!」
 猿轡をされては、くぐもった声しか出せなかった。沙莉を乗せた車は、何処とも知れぬ道を走り続けた。

「お待たせしました」
 男の声と共に、後部座席のドアが開けられる。
「でも、もう少しおとなしくしてくださいね」
 男が圧し掛かり、目隠しをしてくる。首を振ってみたものの儚い抵抗にしか過ぎず、結局は目隠しをされてしまう。
「では行きましょうか」
 目隠しをされた代わりに、両脚の拘束は外された。一度抱きかかえられて優しく車外に立たされ、肩を抱かれるようにして背を押される。
 目隠しをされたまま歩かされ、一度歩みを止められる。微かな駆動音と上昇する感覚。
(エレベーター?)
 視界を遮られたまま昇っていく感覚は内臓に悪い。何も見えない暗闇が不安定性を助長し、まるで無重力空間の中を振り回されているようだった。足元が揺らぎ、男に寄りかかってしまう。
「申し訳ありません、あと少しですから」
 男の謝罪の言葉に、なぜか安らぎを感じてしまう。
(な、なにを考えているの、こいつは敵の一人なんだから!)
 沙莉が動揺している間にもエレベーターは動き続け、ひたすら上昇し続けた。

「着きましたよ」
 男が手の拘束を外した後、猿轡と目隠しも取ってくれる。
「・・・っ!」
 文句を言おうとして、沙莉は絶句した。目の前には、今まで見たことのないような高級感溢れる空間が広がっていた。
 建物の一室だとは思えない広々としたスペース。重量感ある家具。センスのある調度品。なにかのアロマオイルでも焚かれているのか、微かな芳香が鼻に届く。
 我に返って振り返ると、もうエレベーターの扉は閉まっていた。
「待ちわびたぞ」
 突然の呼び掛けに驚く。声がした方を振り向くと、能に使われる「翁」の面が浮いていた。思わず悲鳴を上げそうになったが、人が付けていたことに気づいて落ち着きを取り戻す。
「あ、貴方は?」
 目の前の「翁」面の男に問いかける。
「そうじゃな・・・『翁』、とでも呼べ」
 ずしり、と胸の奥底にまで響く声。それだけで事実を理解する。
「貴方が、<地下闘艶場>の主催者ね」
「ほう、さすがに無能ではないな」
 「翁」の言葉に唇を噛みしめる。沙莉を誉めているように見せ、その実莫迦にしている。
「貴方のせいで、私は・・・いえ、私だけじゃない。他の女性も嬲り者にしてきた! そうでしょう!?」
「儂は闘いの場を用意するだけ。おなごは金を手に入れ、観客はおなごが嬲られる姿に興奮する。皆が望むものを手に入れ、なにが悪いというのだ?」
「お金さえ払えばいいと思ってる、その考えが傲慢なのよ!」
 尚も言い募ろうとした沙莉だったが、「翁」が懐から取り出したものを見て固まる。
「お前が欲しいのは、これだろう?」
 「翁」が取り出したのは、写真だった。
「お前の裸だ。心配するな、焼き増しなどはしておらん」
「信用、できない。それに、人を拉致しておいて信じろ、なんてずうずうしいわ」
 沙莉の言葉に、「翁」は薄く笑ったようだ。
「では、ちょっとした賭けをせんか?」
「賭け?」
 この状況下で、対等な賭けなどできるのだろうか。
「お前は囲碁ができるそうだな。囲碁で勝負しようではないか」
 幼少から、祖父の影響で沙莉は囲碁を学んだ。囲碁ならばイカサマが入る余地もない。
「負けた方は一枚ずつ服を脱ぎ、儂が脱ぐものが無くなればお前の勝ち。ここを出て、警察なり弁護士の下へ行くがよかろう。儂はもう二度とお前に手を出さないと誓う。お前が脱ぐものが無くなれば・・・」
 一旦言葉を切る「翁」に、沙莉の精神が引き込まれる。
「儂に抱かれろ」
 少しは予想していたとは言え、身も知らぬ男に抱かれる気にはなれない。しかし、沙莉には選択肢はなかった。
「いいわ、その条件を飲みます。でも、私が勝ったら写真も返して。当然ネガもね。元データと言うべきかしら」
 沙莉の要求に、「翁」が沈黙したかと思うと、低い含み笑いを洩らす。
「この状況で条件を出してくるか。強かなおなごよの」
 仮面の奥の目が、光を放った。

 サングラスの男によって持ち込まれた碁盤は、年経た巨木から削り出したと思われる分厚い一品物だった。碁石も指にしっくりと馴染む。どれも最高級のものに違いない。こんな場ではあるが、沙莉は嬉しくなってしまった。
「それじゃ、行くわよ!」
 ぴしり、と打ち込んだ一手に、気迫が篭っていた。

 第一戦目は、二十目で沙莉の勝ちだった。
「ほう・・・強いな」
 感心したように呟くと、「翁」は約束通り羽織を脱いだ。
(なんだ、大したことないわね)
 沙莉の心に余裕が生まれてきた。相手が約束を守るとは限らないが、勝利すれば突破口は開ける筈だった。

 第二戦目も九目で沙莉の勝ちだった。
「後少しだったんだがな」
 そう言うと、「翁」が着物を脱ぐ。その下から現れたのは、鍛え抜かれた肉体だった。
「あとは褌と仮面だけね。もう負けを認めたらどう?」
「なに、勝負はこれからじゃよ。お前の打ち筋も読めてきたしの」
 「翁」の言葉は負け惜しみとしか思えなかった。沙莉の余裕はまだ消えなかった。

 第三戦目は、僅か三目で「翁」の勝ちだった。
「危ない危ない、首が繋がったの」
 首筋をぴしゃぴしゃと叩きながら、「翁」が笑う。
「さて、約束通り脱いで貰おうか」
「わかっているわよ」
 沙莉はジャケットを脱ぎ、椅子に掛ける。着ているものはまだシャツ、ズボン、靴下、靴、上下の下着が残っている。着ているものの多さも沙莉の余裕に繋がっていた。再び椅子に腰掛けると、四戦目を開始した。

 しかし、四戦目だけでなく五戦目、六戦目と立て続けに落としてしまい、七戦目も敗れた沙莉は下着姿となっていた。
(嘘・・・なんで? 最初はあんなに楽勝だったじゃない。それがこんな・・・)
 動揺したまま対局しても勝てる筈もなく、沙莉は八戦目も敗北してしまった。
「さあ、乳房を拝ませて貰おうか」
「くっ・・・」
 後ろのホックを外し、胸元を押さえたままブラを抜く。
「なんじゃ、焦らしてくれるの。では、もう一局といこうか」
(あ、あと二回、あと二回勝てばいいんだから!)
 焦りながらの勝負は、敗北しか与えてくれなかった。

「あ、ああ・・・」
 盤面の結果に、沙莉が呻く。
「さて、脱げるのはその下着だけじゃな」
 「翁」の言葉が沙莉を追い込む。
「・・・っ!」
 覚悟を決め、乳房を隠していた手をパンティに掛け、逆の手で股間を隠す。
「ほぉ、綺麗な乳首をしているな」
 「翁」の揶揄に顔が赤らむが、どうにかパンティを脱ぎ、胸元と股間を隠す。
「さて、次で最後とするか」
「ぜ、絶対に負けないんだから!」
 その言葉は、自分ですら信じられなかった。

「う、嘘・・・」
 何目差がついたのか数えるまでもない。完膚なきまでの敗北だった。
「さて、これで決着がついたの。おとなしく・・・」
「お、お願い、もう一局だけ、もう一局だけ勝負させて!」
 胸元と股間を隠し、必死に哀願する沙莉に、「翁」が条件を突きつける。
「本来ならここまでじゃが・・・そうじゃな、対局の間、ずっと立っておれ。お前の裸体を楽しませて貰おう」
「そんな・・・」
「嫌と言うなら、このまま犯すまでだ」
「・・・わかり、ました」
 沙莉は諦め、立ち上がった。「翁」の視線が突き刺さってくるが、覚悟を決めて碁石を握った。もう、自分がなにを求めて碁を打つのかわからなくなってきていた。

「中々そそるの。いいストリッパーになれるぞ」
「う、うるさいわね!」
 碁石を置くためには体から手を離さねばならず、その間は「翁」の目に乳首か股間の翳りが晒される。冷静になろうとしても、「翁」の揶揄に心が乱れる。
「これで儂の勝ち、じゃ」
「そんな・・・」
 沙莉の逆転を狙った一手も軽く潰され、沙莉の勝利の芽が消える。
「どうする? なんならもう一局しても良いぞ。条件次第、じゃがな」
 思わず「翁」を見つめると、冷ややかな視線が返ってくる。
「人に頼むときはどうせねばならん?」
「お、お願い、します」
 屈辱を堪え、頭を下げる。零れそうになった涙をぐっと耐える。
「条件は、儂の上で打つことだ」
 沙莉の不振気な表情に、「翁」が言葉を続ける。
「なに、儂の膝に腰掛けて打つだけだ。ただ、儂はお前が一手打つまでお前の体を好き勝手にさせて貰う」
「そんな・・・」
 その淫らな条件に、沙莉の顔から血の気が引く。
「嫌なら、最初の条件通りにお前を抱くだけだ」
 立ち上がりかけた「翁」を見て、沙莉が慌てて「翁」の横に移動する。
(だ、抱かれるよりもマシよ、少しくらい我慢しなきゃ)
 心に念じながら、「翁」の膝の先に軽くヒップを下ろす。
「それでは、始めるか」
 言葉と共に、「翁」の手が乳房を触れてきた。

「どうした? そこでいいのか?」
 沙莉の碁石を持った手が震える。「翁」の手が動くたび、上がりそうになる嬌声を抑えることに神経が行き、盤面に集中できない。男性経験のある沙莉ではあったが、大学時代の同級生と「翁」とでは技量がまるで違う。「翁」の手が動く度に快感が奔り、吐息が洩れそうになるのを必死で堪える。
「んっ・・・はぁっ・・・」
「悩ましげに喘ぐな。集中できんではないか」
 「翁」が両方の乳首を潰しながら、耳元で囁く。どこに打とうかと考えようとしても、身体への刺激で思考が中断されてしまう。それを我慢して打っても、「翁」の手番のときにも左手で責められ、次の一手を考えられない。いつしか、秘裂からは熱いものが生まれていた。
「ほう。喜んでくれたようだな」
 ついに、「翁」の指が秘裂を割って進入してくる。
「んあぁ、そ、そこは・・・!」
 くちゅり、という水音が耳を打ち、自分が濡らしてしまったことを教えられる。「翁」の指は偽りの優しさで沙莉の中に入り、膣壁を引っ掻いてくる。
「あっ、くふっ」
 その巧みさに翻弄される。喘ぎ声が洩れる。
「おっと、儂の負けか」
 翁の言葉で盤面に目をやると、明らかに沙莉の勝ちだった。
「え・・・どうして・・・」
 あのような焦らされた状態で、勝てるような甘い相手ではない。
「では脱がねばならんな」
 「翁」が器用に座ったまま褌を外すと、桁外れの巨根が跳ね上がるように首をもたげる。
「ひぃっ!」
 「翁」の逸物に下腹部を叩かれ、それを見せられた沙莉の口から短い悲鳴が洩れる。一瞬とはいえ、黒光りし、筋が浮き上がった肉の凶器は沙莉を怯えさせた。
「さて、あと一回勝てばお前を解放せねばならん。だが、次お前が負ければ・・・このまま犯させて貰おう」
「あ、ああぁ・・・」
 平常心の欠片もなくした沙莉に、もう勝利はなかった。

 最終戦に入った途端、「翁」の責めが激しさを増した。もう碁どころではなかった。沙莉にできるのは、喘ぎ、石を握らされ、盤面に置くことだけだった。
「儂の、勝ちだ」
「はぁっ、あぁぁ・・・」
 もう悔しさも感じなかった。ただ負けたという事実を受け入れさせられていた。
「それでは、約束を守って貰おう」
 「翁」が沙莉の乳房を優しく揉みながら、逸物で腹部を叩く。
「いやっ、待って、待ってよ、そんなの無理・・・!」
「もう待てんわ。儂の息子がここまでなっているんだ」
 必死に逃れようとする沙莉の尻を抱え、「翁」が逸物を秘裂に当てる。
「約束は守って貰わねばな・・・それぃ」
「あぐぅぅぅっ!」
 亀頭が潜り込んだだけで、沙莉は苦鳴を放った。元々狭い膣なのに加え、ここ何ヶ月か男性に抱かれていなかったことで膣が収縮していた。そこを無理やり広げられる痛みが沙莉を襲う。しかし、愛液が充分分泌されていたことで、潤滑油を得た「翁」の巨大な逸物はずぶずぶと侵入してくる。
「あ・・・が・・・」
 ゆっくりと、しかし確実に逸物は進み、沙莉の膣を一杯に満たした。
「狭いのに深いな・・・これは名器よ」
 自分の逸物をほぼ全て飲み込んだ沙莉に、「翁」が満足の息を吐く。飲み込まされた沙莉の口からは、苦痛の呻きが零れた。
「き、きついの・・・抜いて、お願い・・・」
 額に汗を滲ませながらの懇願だったが、「翁」からは愛撫で返された。「翁」の手が強弱をつけて乳房を揉み込み、乳首を弾いてくる。その度に甘い痺れが生まれ、沙莉の強張りを解いていく。不要な力が抜けたことで、身体が快楽へと傾いていく。
「も、もう、触らないで・・・」
 そんな自分に怯えるように、沙莉が拒絶の言葉を口にする。
「そういう割にはここが固くなっておるではないか」
「ああっ、違う、そんなの・・・はぁぅっ!」
 乳首を摘まれ、思わず腰が動く。決して快楽のためだけではなく、勝負に賭ける緊張も乳首を固くしていたのだが、今の沙莉にそう分析する余裕はなかった。
「違う、違う! 違う違う違うぅっ!」
「何が違う。乳首をここまで固くしておいて、感じていないもあるまい。それに、ほれ、ここも・・・」
「ひぎぃっ!」
 淫核を撫でられ、紛れもない快感が背筋を奔る。
「もう顔を出しておるではないか。それでもまだ自分を偽るか?」
「違う、私は、感じてなんか・・・」
 目を潤ませながらも、沙莉は堕ちていく自分を認めようとはしなかった。
「本当に、強情なおなごだ」
 「翁」が感嘆の声を洩らす。
「それでは、いいことを教えてやろう」
 毒を含んだ囁きが、沙莉の耳元に注がれる。
「お前をあの舞台へと招いた者は・・・お前の雇い主だ」
(所長が、まさか・・・!)
 沙莉が今の探偵事務所を選んだのは、所長の人柄に拠るところが大きい。常に柔和な表情で、クライアントの緊張を解く。沙莉たち部下にも物柔らかく接し、決して声を荒げない。それに技能の教え方が上手く、沙莉はすぐに尾行方法や護身術を身につけることができた。
「そ、そんな言葉は信じない・・・ぃぃぁっ!」
 「翁」の突き込みに、嬌声が上がる。「翁」の巧みな愛撫に身体は溶かされ、快楽を素直に受け入れていた。
(いけない、こ、こんな奴の言葉に耳を貸しちゃ・・・)
 耳を塞ごうとしても、言葉を拒否しようとしても、膣から絶え間なく送られる快感の波動が沙莉を蕩かす。豊かな乳房を揉まれながら抽送を繰り返されると、思考がばらばらにされてしまう。快楽が愛液を生み、愛液と「翁」の前後運動が淫らな水音を発する。雄と雌の匂いが鼻を刺す。自分の乳房が「翁」の手で変形しているのが見える。沙莉の秘裂をなぞっていた「翁」の右手の人差し指がいきなり、沙莉の口に突っ込まれる。自分の愛液の味がした。
 触覚、聴覚、嗅覚、視覚、味覚全てを刺激され、脳が快楽に暴走する。
「あああぁぁぁっ!」
 視界が弾け、意識が天に飛ぶ。しかし、すぐに地へと引きずり下ろされた。
「イッたか。しかし、一度くらいでは済まんぞ」
「や、やめて・・・イッたばっかりなの、そんなにされたらすぐに・・・ふぁぁっ!」
 絶頂の波はすぐに来た。
 達するたびに、「翁」の逸物に膣が馴染んでいく。否、馴染まされていく。沙莉は碁盤の上で乳房を潰される体勢を取らされ、後ろからの「翁」の突き込みに嬌声を上げた。
 その突き込みが、突然ぴたりと止められる。
「え?・・・どうして・・・」
 数ヶ月ぶりの昂ぶりは、もう抑えが効かなくなっていた。無理やりだった筈の快楽は、今や沙莉の本能が望むようになっていた。
「人にお願いするときは、それに相応しい科白が必要じゃろう?」
 「翁」が緩やかな動きで膣の中を往復する。そこで生まれる僅かな快感が、沙莉の戸惑いを、躊躇を崩していく。
「んっ・・・ああっ・・・」
「それとも、ここで終わるか?」
(こ、こんな中途半端な状態で放って置かれたら、おかしくなっちゃうかも・・・)
 もう、立場は逆転していた。沙莉は拒むのではなく、淫らな快楽を望んでいた。
「わ、私・・・その・・・」
「どうした? はっきりと言え」
 「翁」は柔々と乳房を揉みながら、沙莉に命じる。もう小さな刺激では満足できなかった。
「お願いします、動いて、突いて、目茶苦茶にしてぇ! 感じたいの、一杯気持ちよくなりたいのぉっ!」
「ようやく素直になったの。では・・・本気でいくぞ!」
 いきなり、目の前がスパークした。

 その後の記憶は切れ切れだ。「翁」の命じるまま、騎乗位、フェラチオ、パイズリ、などをしたような気がする。貫いて欲しいと、浅ましいポーズを取らされた気もする。
(こんなの、私じゃない・・・)
 沙莉のプライドは、本人すらも欺いた。

「ん・・・」
 目覚めたとき、沙莉は新しい自室にいた。
「・・・夢?」
 だが、夢ではなかった。その証拠に、枕元には写真とデジカメが置かれていた。
「う・・・あぁぁ・・・!」
 沙莉は、声を押し殺して泣いた。自分を辱めた相手、敵のトップの人間に、抱いてくれと哀願してしまった。浅ましく奉仕してしまった。屈辱の中に快楽の残り火を感じ、沙莉は泣きながら自らを慰めた。

***

「所長、聞かせてください・・・」
 翌日、探偵事務所に沙莉がいた。疑惑と信頼に心を揺らされながら、所長に真実を問う。
「・・・知ってしまったか」
 一番聴きたくなかった現実。
「君を<地下闘艶場>と呼ばれるリングに送り込んだのは、私だ」
 大胆な告白をしているというのに所長の表情は変わらず、淡々としていた。
「私は、ずっと君の淫らな姿を見たかったんだよ」
 考えるより先に、手が動いていた。
「さよなら!」
 事務所内に乾いた音が響き、床を踏みつける音とドアが乱暴に開閉される音が続いた。

 事務所に一人残された所長は、机に肘をついて指を絡ませ、その上に額を乗せる。溜息に応えたのは、サングラスをかけた男の影だった。
「嘘が上手いですね」
「・・・そうでなければ、探偵など勤まりませんよ」

 一月前、突如探偵事務所に持ち込まれる仕事がなくなった。電話すらない日々が続いた。その原因が巨大な組織にあること、その組織が望むのが沙莉であること、それを告げに訪れたのが今所長の前にいるサングラスの男だった。
 所長には部下を養う義務があった。
 部下は沙莉だけではない。他の三人と沙莉を天秤に掛けたとき、所長は数を取った。内心の感情を殺し、沙莉を生贄に差し出した。その結果、沙莉は心身共に傷つき、自分の裏切りを知って更に深く傷ついた。
 だが、憎しみと共に自分を覚えていてくれれば、忘れられるよりもなんと喜ばしいことだろう。
(沙莉君・・・もう二度と会うこともないだろう)
 自分の秘めたる想いにも別れを告げ、所長は顔を上げた。
「それでは、約束通りお願いします」
「わかりました。それでは・・・」
 サングラスの男は姿を消した。探偵事務所への圧力を解くために。

***

「ここね」
 三日後、沙莉の姿がある調査会社の前にあった。探偵を辞めたと知った友人の一人が、ここを紹介してくれたのだ。探偵事務所を辞めても、生活費は稼がなければならない。沙莉は探偵を諦め、調査員の道を選んだ。
 もう、<地下闘艶場>を追求しようという熱意は冷めていた。世界で一番信頼していた所長から裏切られたことで、無意識のうちに全てを忘れようとしていた。
(所長・・・)
 所長のことを想うたび、胸がずきりと痛んだ。

***

「『御前』、宜しいでしょうか」
 「御前」の執務室。部下の鬼島洋子が報告に訪れていた。
「房貞沙莉の件か?」
「はい。巧く私共の調査会社に誘導できました」
「よし。では、徹底的に鍛え上げ、一流とは言わずとも二流以上には使える人材に仕立てろ。あれだけの美貌と肉感的な体躯だ、それだけでも充分な武器になる」
 そして、またいつか抱いてやろう。あの反抗的な眼を快楽にけぶらせるのは、中々そそる趣向だった。
「・・・ふむ」
 沙莉との情事を思い出し、「御前」の下腹部に熱が生まれる。
「洋子、来い」
「はい、喜んで」
 「御前」の手招きに、洋子は微笑を浮かべて歩み寄った。嬉しさと、ほんの僅かな嫉妬を抱えて。


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