【特別試合 其の五 蛇武鉄美:ボクシング】

 犠牲者の名は「蛇武鉄美」。19歳。身長159cm、B79(Cカップ)・W61・H82。青みがかったショートカット、ぱっちりとした大きめの瞳。見た目そのまま真面目で面倒見がよく、人から頼りにされることが(利用されることも)多い。
 八崎極と同じ大学に通う一年生。大学ではボクシング同好会に所属し、男子相手でもスパーリングを行っている練習の虫。
 ある日、鉄美の下に一通の手紙が届いた。そこには<地下闘艶場>と呼ばれる、異種格闘技戦を行うリングへの招待状が入っていた。普段ならそんな怪しい手紙はすぐ捨ててしまう鉄美だが、極も参戦経験があるとの一文が目を奪った。
(そういえば、極先輩がファイトマネーをもらったって言って、皆で飲ませて貰ったんだっけ。そのとき闘った場所がここ・・・)
 極は詳しい話はぼかしていたものの、男性選手と闘って勝利したと自慢気に語っていた。正直男性との真剣勝負には臆する気持ちもあったが、自分の強さを試してみたいという気持ちが上回った。
(・・・よし! やろう!)
 鉄美は手紙に書かれていた連絡先に電話を入れ、承諾の返事を伝えた。

 数日後、<地下闘艶場>控え室。
 鉄美に渡された衣装は、「ジュリアナ」を思わせる紫色のボディコン服だった。ウエスト部分にはチャンピオンベルトを模した皮製のベルトが付けられている。
「あの、トランクスは?」
「ございません。そちらの衣装を身に着けてください。入場まで間がないので、なるべくお急ぎを。着替えられた後でグローブを着けさせて頂きます」
 美人の女性黒服はそれだけ言うと、一礼して控え室を後にした。
「そんなぁ」
 衣装は<地下闘艶場>が用意するとは聞いていたが、まさかこんな闘いに不向きな衣装が用意されるとは思わなかった。
(極先輩もこんな衣装だったのかな?)
 こんなことなら極に詳しい話を聞いておくんだった。そう後悔しても、後の祭りだった。ボディコン服に着替えてリングシューズを履き、バンテージを巻いた後で、用意された10オンスグローブを女性黒服に着けて貰う。両肩も鎖骨も、太ももまでも剥き出しで、少し動いただけで下着が顔を見せてしまいそうだ。肩紐なしのブラを着けてきたのがせめてもの救いだろうか。
(でも、ここまで来たらやるしかない!)
 鉄美は大きく深呼吸し、グローブを打ちつけた。

 ガウンも纏わず入場してきた鉄美を、観客が熱烈な歓迎で迎えてくれる。
(えぇぇっ! 今、とんでもなく卑猥なこと言わなかった!?)
 声援だと思ったのは、男達の欲望の喚きだった。思わず耳を塞ぎたくなる言葉の数々に、鉄美の頬が赤く染まる。心なしか早くなった足取りでリング下まで辿り着き、覚悟を決めてリングへと上がる。ロープをくぐるときはお尻を押さえて下着を隠し、急いでリングインする。
 リング上には、蝶ネクタイを締めたレフェリーらしき男と、黒いレスリングタイツを身に着けた細身で中背の男がいた。中背とは言っても、鉄美よりは10cm以上高いのだが。
(この人が今日の対戦相手か・・・)
 線の細い体型なら、例え男でも一発いいのが入れば倒せる筈。鉄美は改めて気合を入れた。

「赤コーナー、草橋恭三!」
 コールに応え、草橋は軽く右腕を上げる。以前<地下闘艶場>で暮内ゆかりと闘い、最終的に敗れたもののゆかりを無表情に追い込んでいった闘いぶりに、観客からの期待は高い。
「青コーナー、『リトル・ハードパンチャー』、蛇武鉄美!」
 自分の名前がコールされ、鉄美は気をつけをすると深々と一礼する。余りに深く頭を下げたためボディコン服の裾がずり上がり、縞パンが顔を覗かせる。これを見た観客から指笛が鳴り、鉄美は慌ててお尻を隠す。そのまま物を掴みにくいグローブでなんとか裾を掴み、元に戻す。
(うぅっ、恥ずかしい・・・)
 こんなことならスコートでも持って来るんだった。そんな後悔も、リングに上がってからでは遅すぎた。

 草橋のボディチェックを終えたレフェリーが鉄美の前に立つ。
「蛇武選手、ボディチェックだ」
「ボ、ボディチェックですか?」
 ボクシングにボディチェックなどはない。しかも男性レフェリーからされるとなれば拒否感が先に立つ。
「プロレスルールの試合だからな。当然だろう?」
 しかし、受けないわけにはいかない。
「わかりました、でも変なところは」
 言い終える前に、レフェリーの手がバストを掴んでいた。
「!」
(うひ〜、いきなり胸触られたー!)
 突然のことに、鉄美は硬直してしまう。
「手にフィットするサイズだな。こういうのも新鮮でいいな」
 レフェリーのセクハラ丸出しの発言とセクハラそのものの行為に、バックステップで距離を取る。
「も、もう触ったからいいですよね? それじゃ試合を」
「まだ下が残ってるだろ」
 レフェリーは距離を詰め、膝をついてしゃがみ込む。
「縞々パンツか。もう少し色っぽいのも着けてみたらどうだ?」
 そのまま秘部を触ってきた。
「きゃぁぁぁっ!」
 鉄美の大きな悲鳴に、思わず両耳を押さえるレフェリー。
「なんて声を出すんだ!」
「だって、今、あそこを・・・」
 青ざめながら股間をグローブで隠す鉄美に、レフェリーは舌打ちして立ち上がる。
「ったく、しょうがないな。ちょっと触ったくらいで大騒ぎしやがって」
 試合前にこれ以上のセクハラは難しいと判断し、レフェリーはゴングを要請した。

<カーン!>

(まさか、あんなところまで触ってくるとは思わなかった!)
 まだ動揺はあるものの、ゴングを耳にして気持ちは闘いへと切り替わっている。試合中にまでレフェリーが触ってくることもないだろう。
(集中しなきゃ!)
 それでも下着が見えるかもしれないとの思いが、無意識のうちに動きを小さくしていた。普段とは違い腰高の小さなステップでタイミングを計る。
 前に出ようとした鉄美だったが、草橋が左手を前方に大きく突き出している。
(ん・・・これだけで動きが制限されちゃう・・・)
 女性で小柄な鉄美と、男性で平均的な身長の草橋ではリーチもまるで違う。ただ目の前に出された草橋の左手に、前に出ることができない。
(それでも行かなきゃ始まらない!)
 ダッキングからすり抜けようとした鉄美だったが、
「きゃぁっ!」
 すり抜けようとした瞬間、バストを触られた。
(この人も胸を触ってきた・・・もしかして、ここってそういう狙いの場所?)
 卑猥な衣装、卑猥な声援、卑猥なボディチェック、加えて対戦相手のセクハラ。女性を辱めることを狙いとしているなら、これまでのことが腑に落ちる。
(そっちがそういうつもりなら!)
 もう一度ダッキングから距離を詰めようとすると、またも草橋が左手をバストに伸ばしてくる。
(そう来ると思った!)
 パリィングからアッパー気味のスマッシュを放ち、草橋の顎を捕らえる。この一撃に草橋は膝を折り、リングに両手両膝をついて頭を振っている。
「ワーン・・・ツー・・・スリー・・・」
 レフェリーがテンカウントを取っていくが、テンポは明らかにゆっくりだった。これには根が温和な鉄美も苛立ちを感じてしまう。それでも文句をぐっと堪え、草橋の反応を見る。草橋はシックスカウントで立ち上がり、表情を変えずに再び構える。
(さすがに一撃じゃ無理か。それなら、倒れるまで打ち続ける!)
 先程と同じようにダッキング、草橋の左手をパリィング、そのまま今度は右フックを打つ。
(!)
 右フックを草橋に潜り込むようにして避けられ、お腹へのラリアット気味に右腕を叩きつけられる。
「あぐっ!」
 痛みに声が出たときには、リングから浮かされていた。
(まずい!)
 次の瞬間にはリングに背中から落とされていた。ダウンしたときとは比べ物にならない衝撃が鉄美を襲う。
「いっ・・・たぁ・・・」
 リングに横たわる鉄美に草橋が圧し掛かり、そのまま鉄美のバストに顔をうずめてくる。
「ななな、なにやってんですか!」
 驚きながらも相手の後頭部を打つラピッドパンチを出す鉄美。ボクシングでは反則だが、プロレスルールなら大丈夫の筈だ。ダウンした不十分な状態からでも、グローブで後頭部を打たれればそれなりに効く。草橋はバストを諦めて腕ひしぎ逆十字を狙うが、鉄美は草橋を蹴飛ばすようにして後転し、素早く立ち上がる。
(油断したつもりはなかったけど、同じ手が何度も通じる程甘くはない、か)
 ファイティングポーズを取った鉄美だったが、会場の雰囲気に違和感を感じる。
「・・・?」
 観客の視線が自分の胸元に集中していることに気づき、視線を下ろす鉄美。
「! わぁぁっ!」
 先程の攻防でボディコン服の上の縁がずれ、ストライプのブラが現れていた。慌てて戻そうとするが、グローブを嵌めた手ではそれも難しい。その隙に草橋が距離を詰め、右手を伸ばしてくる。
「あ、やばぃっ!」
 左ジャブを鳩尾に連打するが、草橋の右手が鉄美の左手首を掴む。
「ふっ!」
 そんなことでは鉄美の攻撃は止まらなかった。肩口の上からぶん回すようにしてチョッピングライトを草橋の鎖骨に打ち下ろし、振り抜く。否、振り抜いたと見えた鉄美の右手はフリッカー気味に草橋の顎を打ち上げ、仰け反った顔面へ右フックを叩き込んだ。
 <ライト・バイパー>。
 右腕だけで放つ高速のオリジナルコンビネーション。右拳の軌道が大蛇を思わせることからこの名を付けた。ただし、裏拳の動作が入るためボクシングの試合では使えなかった。異種格闘技の場である<地下闘艶場>だからこそ披露できた難度の高いコンビネーションに、観客からも驚きの声が上がる。
 ライト・バイパーを喰らった草橋はよろよろと後退し、ロープへともたれる。
「休ませません!」
 ロープに寄りかかって息を整える草橋に、追撃に行く鉄美。だが、レフェリーが後ろから羽交い絞めにしてきた。
「今はロープダウン中だ、ダウン中のパンチ攻撃は禁止だ!」
「え? あ、そっか」
 それじゃあカウントを、と続けようとした言葉は、レフェリーがバストを揉んでくることで止められた。
「えぇぇっ!? ちょっとレフェリー、なにしてるんですか!」
「なにって、お前がダウン中の草橋に攻撃しようとするのを止めているんじゃないか」
「もうしませんから、離してください!」
 レフェリーから逃れようともがいていると、草橋がロープ際から離れて近づいて来る。草橋は無表情のまま、ボディコン服の裾を捲り上げる。
「うわわわ! なにしてるんですかぁっ!」
 草橋はそのまま下着の上から秘部を撫でてくる。
「ちょっとやめて・・・レフェリーもやめて!」
 上の縁はずり下がり、下の縁はずり上がり、下着姿に紫の腹巻を巻いたようになってしまった。チャンピオンベルトを模した革ベルトが、皮肉気に腰を飾っている。
「レフェリーに命令するんじゃない。ああ、ブラの上からだとまた感触が違うな」
 男二人に捕らわれては、逃げることは難しかった。バストと秘部から不快な感触が伝わってくる。
「それじゃ草橋、交代だ」
 レフェリーはバストから手を離し、秘部へと手を下ろす。草橋はバストを両手で掴み、同じリズムで揉み続ける。もがいていた鉄美だったが、レフェリーの手が下着の中に進入すると動きが止まる。
「どうした? 観念したか?」
「・・・さっきから・・・やめてって、言ってるじゃないかーっ!」
 一度レフェリーに体重を預けるようにして足を浮かし、思い切り草橋とレフェリーの足を踏みつけてやる。
「いってぇ!」
 これには草橋とレフェリーの拘束も緩み、鉄美はなんとか脱出することができた。
「もう・・・もう許さない!」
 二人掛かりのセクハラを受けた鉄美の目に、怒りの炎が燃え滾る。自分の格好を頭から追い出し、本気のスピードでフットワークを刻む。これにダッキング、ウェービング、フェイクなどを加え、草橋に的を絞らせない。
「シィィィッ!」
 フリッカージャブの連打でボディと顔面を打ち分け、無表情だった草橋の顔を痛みに歪ませる。草橋が前に出れば素早く回り込み、更に連打を叩き込む。鉄美の本気の打ち込みに草橋のボディは赤く変色し、顔は腫れ上がっていく。
「なにやってるんだ草橋、さっさと押さえつけろ!」
 フリッカーで打たれながらも、レフェリーの命令通りに鉄美を捕まえようとする草橋。その右側面に回りこみ、伸ばされた右手を弾いてレバーブローを突き刺す鉄美。腰の回転の効いた一撃に、草橋の口から苦鳴が洩れる。
「まだまだぁ!」
 膝のバネが効いた鉄美の右アッパーが、動きの止まった草橋の顎を捉える。跳ね上がった顎が反動で戻ってきた瞬間、左フックで先端を打ち抜く。これで膝が崩れた草橋の顔面に、コークスクリューブローを突き刺す。
 <クロスファイア・コンビネーション>。
 ぐしゃり、という耳に障る音で草橋の鼻が潰れる。
「でやぁぁぁっ!」
 後方に倒れていく草橋を追い、チョッピングライトを殴りつけるように振り抜く。リングへと危険な倒れ方をした草橋を見たレフェリーが、慌ててゴングを要請する。

<カンカンカン!>

 勝利のゴングが鳴らされると、鉄美はレフェリーへと鋭い視線を送った。
「な、なんだ・・・」
 その視線に何か剣呑なものを感じたレフェリーが、一歩後ずさる。
「レフェリー・・・あんなことしといて、このまま許されると思ってるんですか?」
「え? 待て、あれはお前がダウンしていた草橋に攻撃しようとしたから」
 危険を感じたレフェリーは必死に言い募るが、
「そんな言い訳、通じるかーっ!」
 鉄美の右フックが唸りを上げ、レフェリーの左頬を抉った。
「がぶほっ!」
 錐揉み状態で倒れていくレフェリーを確認もせず、鉄美は大急ぎでリングから降りる。グローブで胸元とヒップを隠しながら退場していくほぼ下着姿の鉄美に、観客からは冷やかしの声援が飛ばされた。
(勝ったけど、男の人に勝ったけど、これはあんまりだよーーー!)
 鉄美は恥ずかしさに頬を染め、泣きそうな表情で花道を走っていった。

 後日、鉄美は仲間を呼んで飲み会を開いた。場所は前回極が連れて行ってくれた同じ店。極がファイトマネーで奢ってくれたなら、自分もそうしないといけない。生真面目な鉄美らしい考えだった。
「今日は遠慮しないで飲んでいいですよ! なにしろ百ま・・・」
「あのとき頼んだロマネコンティ旨かったな、もう一度飲もうぜ」
「私ドンペリっての飲んでみたーい」
「あ、20年物のワインがあるんだって、折角だから飲んでみようよ!」
「え? ちょっと待って、幾らなんでもそんなに高いの頼んでたら賞金が持たない・・・って皆聞いてくださいよ!」
 制止しようとした鉄美のことなどまったく気にも留めず、仲間たちは極のとき以上に高い酒を頼み、みるみる胃袋に流し込んでいく。
「あぁぁ・・・まずいよやばいよ、どうしよう・・・」
 鉄美の不安を余所に、仲間たちはどんどんと注文を重ねていく。結果、鉄美の心配どおり高級酒のオンパレードで足が出てしまい、鉄美は結構な額の自腹を切ることになってしまった。

 それから暫く、バイトに精を出す鉄美の姿があちこちで目撃されている。
(もう二度とあんなとこには行かない!)
 <地下闘艶場>にも高級飲食店にも行かない。心に強く誓い、それでも借金返済のため、作り笑顔でバイトをこなす鉄美だった。

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