【特別試合 其の八 八崎魅卦:八卦掌】

 犠牲者の名は「八崎(やつざき)魅卦(みか)」。19歳。身長161cm、B81(Dカップ)・W59・H83。吊り目、というより猫を思わせる大きめの瞳と悪戯な表情が魅力の美少女。八崎極の妹で、現在は同じ大学の一年生。幼い頃から父親に八卦掌を習い、僅かの期間で尹派と程派の二つの流派を習得してみせた天才。
 極の妹で、しかもその実力は極を凌ぐと言う。強さと可愛さを見込まれ、魅卦は<地下闘艶場>に引きずり込まれた。

 魅卦に用意された衣装は「パジャマ」だった。しかし胸元を留めるボタンがついておらず、Dカップの谷間が隠せていない。
「鉄美の言ってたのはこれか〜。でも、言うほどエロ衣装じゃないかな?」
 親友も参戦した裏のリング。それを知った魅卦は、鉄美から色々と聞き出そうとした。
(なんか言いたくなさげだったな)
 いつも明るくはっきりとした性格の鉄美には珍しく、何かを言いかけては止めるということを繰り返し、最後には顔を赤らめての「頑張って」で送り出してくれた。
 親友の態度に少し警戒心が湧いたものの、高額のファイトマネーに加え、男性選手との対戦があるということに興味をそそられた。姉である極も参戦経験があるらしいのだが、丁度姉妹喧嘩中のため詳しい話は聞いていない。
「ま、なんとかなるでしょ」
 それでも自分の実力ならば不安はない。魅卦は平常心で入場を待った。

 入場した魅卦を待っていたのは、観客からの卑猥な叫びだった。パジャマという場違いな衣装を身に着けた魅卦に対して、欲望のたけをぶつけてくる。
(んもう、なにこれ! ここまで酷いなんて思わなかった!)
 耳を塞ぎ、魅卦は花道を急ぎ足でリングへと向かった。

 リングの上で待っていたのは、蝶ネクタイをした男と脂肪の塊のような男だった。おそらく蝶ネクタイの男はレフェリーだろう。二人とも魅卦の格好を見て厭らしい笑みを浮かべている。
(プロレスルールだって話だからレフェリーはいるよね。でも、ぶっ倒せばいいんだからプロレスでもなんでも関係ないって)
 真剣勝負のリングに上がったというのに、魅卦の自信は揺らぎもしなかった。

「赤コーナー、グレッグ"ジャンク"カッパー!」
 魅卦の姉である極を追い込んだグレッグに、観客からは卑猥な注文が飛ぶ。
「青コーナー、『三毛猫』、八崎魅卦!」
 三毛猫呼ばわりに一瞬眉を寄せたものの、手を腰に当て、首をぐるぐると回す魅卦。そこに気負ったものは感じられない。

「魅卦選手、ボディチェックだ」
 グレッグのボディチェックを終えたレフェリーが魅卦のバストへと手を伸ばすが、力を込めたとも見えない魅卦の手に軽く流される。
「ぬっ? このっ!」
 レフェリーは何度も手を伸ばすが、そのたびに滑るような動きで逸らされてしまう。
「んもう、厭らしい手つきで触ってこないでよね」
 魅卦の実力に最後はレフェリーが諦め、渋々ゴングを要請する。

<カーン!>

「うぇへへ、お前の姉ちゃんと同じ目に合わせてやるぞぉ!」
 ゴングと同時に、グレッグがどすどすと魅卦に迫る。その手は魅卦のバストに向けられ、にぎにぎと開閉している。
「ふぅ、何を言ってるんだか」
 魅卦はため息をつくと、掴みかかって来たグレッグの右手を化勁で柔らかく上方に流し、引き込む。そのままグレッグの巨体を自分の背中で滑らせるようにして投げを打つ。これでグレッグは脳天からリングに落とされ、その体重を首で受け止めた形になってしまう。グレッグの巨体が背中から音高くリングに倒れ、痙攣する様を見たレフェリーは即座に試合を止める。

<カンカンカン!>

「嘘だろ・・・極選手だってあそこまで追い詰めたのに・・・」
 魅卦の耳にレフェリーの呟きが届く。
「姉さん・・・こんなの相手に苦戦したの? なってないなあ」
 そんなだからライバルに勝てないんだ、とは言葉には出さず、魅卦はリングを降りようとした。
「ちょ、ちょっと待て!」
 その背にレフェリーの焦った声が投げられる。
「? なに?」
「これじゃ客が納得しない! もう一試合してくれ!」
「えー」
 心底嫌そうな魅卦の声に、レフェリーが拝むように追加試合を頼む。最後にはファイトマネーの上積みを提示され、魅卦はそれを受け入れた。
(色々と欲しいものあるし、まいっか〜)
 まるで苦労せずに勝利したことで、魅卦はもう次戦も勝利した気分になっていた。

 暫くして、花道に次の対戦者が姿を現した。顔を真っ白に塗り、目と口には黒いペイントを、鼻には黒い付け鼻をしている。服はだぼっとした黒いナイロン地のもので、頭には黒いシルクハットを被り、手には白手袋をはめているその姿はピエロとしか見えなかった。
(なんだろ、笑いを取って油断させようってことかな?)
 リングで向かい合っても、迫力やオーラなどは微塵も感じられなかった。
(ぷくく、二百万なにに使おう!)
 今からファイトマネーの使い道を考え、魅卦は一人にやけた。

「赤コーナー、ジョーカー!」
 <地下闘艶場>の実力者、ジョーカー。トリッキーなファイトスタイルと凶器を自在に操るスタイルで女性選手を嬲ってきた。それを知る観客から大きな声援が飛ぶ。
「青コーナー、八崎魅卦!」
 連戦となった魅卦だが、まるで体力は使っていない。それどころか、グレッグとの闘いはいいウォーミングアップになったのではないだろうか。

<カーン!>

 ボディチェックがなされることなくゴングが鳴らされ、魅卦の今日二試合目が始まる。
(さっきのおデブくらいの実力だったら、楽でいいんだけどな〜)
 手を軽く開いて半身で構えている魅卦に、ジョーカーがシルクハットを取って挨拶してくる。
「あ、ども」
 つい挨拶を返した魅卦のバストがジョーカーにつつかれる。
「!?」
 油断したとはいえ、一瞬で間合いを詰められた。しかし驚きながらも体は動き、ジョーカーの左手を捕らえて投げを打つ。
 そのとき、空中にあったジョーカーの右手が一閃した。これをパジャマに掠らせるようにしてかわした魅卦だったが、突然ズボンがストンと落ちる。
「え?・・・うきゃーーーっ!」
 一瞬の空白の後慌てて引き上げようとするが、跳ね起きたジョーカーがバストをつついてくる。
「ちょっと、触んないで!」
 身を捩りながらもズボンを上げようとする魅卦だったが、そうするたびにジョーカーからバストをつつかれてしまう。
(んもーっ! しょうがいなけど、ここは・・・)
 魅卦はズボンから足を抜き、パジャマの上のみの姿になる。剥き出しになった太ももに、観客からは歓声が上がる。
「ちょっとレフェリー、なにあの手袋! 凶器を仕込んでるでしょ!」
「んー? そうかもしれんが、ボディチェックをしてないからなぁ。あいつの手刀がそれだけ鋭いってことじゃないか?」
 レフェリーは魅卦の太ももを見てにやつくばかりで、まともに取り合おうとしない。
(もういい! 恥ずかしいけど・・・さっさと倒せばいいの!)
 八卦掌独特の連打が開始される。円を基本とした打ち、蹴りでジョーカーを追い込んでいく。しかしジョーカーもその連打を全てガードし、決定打を与えない。
(やるわね・・・でも、このスピードならどう!?)
 ギアを一つ上げ、ジョーカーの周りを程派特有の円を描くように動きながら、連打を叩き込んでいく。さすがに全てガードすることができず、ジョーカーの打たれた部分の衣装が弾け飛んでいく。それでも急所には入れさせないジョーカーに、魅卦が舌打ちする。
(それなら本気で行くから!)
 ギアをトップに入れ、風切り音が観客に届くほどの速度で連撃を打ち続ける。何発もの打撃がジョーカーへと当たるが、ジョーカーはなんとリングに蹲り、四肢を折り曲げ、両手で頭を抱え、まるで甲羅に閉じこもった亀のような格好になる。
「・・・ふざけるなぁっ!」
 この体勢に魅卦が切れた。ジョーカーの背中と言わず腕と言わず蹴りをいれるが、ジョーカーの姿勢は崩れない。
「そう・・・そういうつもりなら、これでどう!」
 魅卦はジョーカーの背に右手を当て、軽く息を吸う。
「ふっ!」
 まだ未完成ながら、浸透勁を放つ。未完成とはいえ、内臓を貫かれるような痛みにジョーカーの体勢が崩れる。それでも転がって距離を取り、魅卦の追撃を許さない。
「な、中々やるじゃない・・・」
 強がりながらも、魅卦は今まで感じたことのない疲労を味わっていた。

 魅卦は天賦の才を持って生まれた。常人が一年掛かって習得する技を、僅か一箇月で身に付けてみせた。そんな魅卦は努力という言葉を知っていても、その意味を理解してはいなかった。
 才あるものが陥りやすい罠に魅卦も嵌った。修練を怠るようになり、現在では殆ど練習らしいものはしない。それでも天賦の才は魅卦の実力を支え続けた。
 しかし。
 修練とは自らの体を鍛えていくもの。技を練り上げていくもの。自らの精神を高めていくもの。
 苦しみを自らに課すことで、肉体と精神は高みへと向かう。魅卦はそれを怠ってきた。

 そのツケは、スタミナ切れとなって現れた。
(なに・・・体が重い・・・)
 全身に鎧を着せられたような、ずしりとした重み。呼吸も荒くなっている。ジョーカーの挑発的な攻めに乗せられ、打撃技の連打を繰り出したことが失敗だった。
(しまったなぁ、普通に投げを狙ってれば・・・)
 ゆらりと立ち上がったジョーカーが、突然右の掌打を繰り出す。普段ならば楽によけたであろう一撃は、魅卦の鳩尾へと吸い込まれた。
「あぐっ!」
 それでもぎりぎりの部分で衝撃を逸らし、ダウンはしない。しかし体勢を整える前にジョーカーに背後を取られていた。
「しまっ・・・」
 いきなり後ろから太ももを持って抱えられ、大きく広げられる。
「ちょちょちょ、なにやってるの!」
 当然魅卦の花柄の下着が丸見えになり、観客席から指笛が鳴らされる。慌てて両手で下着を隠した魅卦だったが、ジョーカーはその体勢のまま後方へと投げを打ち、魅卦の後頭部をリングへと叩きつける。
「つぁっ!」
 羞恥から受身が遅れ、強かに後頭部を打つ。痛みを堪えてリングを転がり、立ち上がる。
「!」
 その目の前にジョーカーがいた。縦に振られた手刀に反応が遅れてボタンが切られ、パジャマの前が完全に開く。
「あっ!」
 闘志より羞恥が沸き、慌てて前を隠す。その隙に、ジョーカーから風車式バックブリーカーで背中を強打される。
「あぐふっ!」
 これで動きが止まった魅卦をジョーカーはフルネルソンに捕らえ、仰向けに寝転ぶ。更に両足を魅卦の閉じた太ももの間にこじ入れ、少しずつ開いていく。
「やっ・・・そんな・・・!」
 太ももに力を入れて抵抗するものの、ジョーカーの動きを止めるまでには到らなかった。魅卦はリング上で、大股開きの恥ずかしい格好で拘束されてしまった。
「やっとボディチェックができるな」
 レフェリーが魅卦のバストを掴み、揉み回してくる。
「な、なにがボディチェック・・・いやだ、触らないで!」
 花柄のブラに包まれたDカップのバストが、レフェリーの手の中で形を変える。
「そうか、胸は触るなってことだな。じゃあ、こっちを・・・」
 レフェリーの手がバストを離れ、一気に下る。
「きゃーーーっ!」
 下着越しとはいえ秘部を遠慮なしに触られ、魅卦が悲鳴を上げる。
「耳に痛い声出すなよ、まったく。落ち着いてボディチェックもできやしない」
「だ、だからこんなのボディチェックじゃないって! 離してよ!」
 レフェリーに抗議する魅卦だったが、ジョーカーがフルネルソンを解き、両方のバストを鷲掴みにして揉みしだいてくる。
「ちょっと、なんであんたまで・・・いやぁっ!」
 それをやめさせようとすれば、レフェリーから秘部を弄られる。レフェリーを止めようとすれば、バストを責められる。男達に翻弄され、魅卦は屈辱を味あわされ続けた。

 急にジョーカーが再び魅卦をフルネルソンに捕らえ、レフェリーに何かの合図を送る。
「ん? なんだ? ・・・ああ、なるほどな」
 レフェリーはにやりと笑うと魅卦の左脇にしゃがみ込み、魅卦とジョーカーの体の隙間に右手を突っ込んでくる。
(え? なにして・・・)
 ぱちり、という乾いた音がした途端、バストにかかる圧力が軽くなる。
(ちょっと・・・まさかホックを!)
 そう思う間もなく、レフェリーの手がブラの隙間から浸入した。
「へえ、思ったより弾力のほうが強いな。極選手は柔らかさのほうが強かったが、姉妹でもおっぱいの感触は違うんだな」
「あんなウシ乳と比べないでよ!」
 姉妹喧嘩中の極を比較対象に持ち出され、魅卦が激する。
「ウシ乳とは言いえて妙だな。それじゃあどれだけ大きさが違うのか、確かめさせて貰おうか」
 レフェリーがブラを掴み、勢いよくずらす。
「わきゃぁぁぁっ!」
 乳房を剥き出しにされ、魅卦が悲鳴を上げる。
「くくっ、中々の大きさだが、お姉ちゃんには敵わないな」
 レフェリーは乳房を鷲掴みにし、ゆっくりと揉み込んでくる。
「触んないでよレフェリーのくせに!」
「気にするな、ボディチェックだ」
「ふざけないで・・・ふぁぁっ!」
 ボディチェックとは名ばかりのセクハラに、魅卦は首を振って拒否しようとする。しかしジョーカーにがっちりと捕らえられている状況ではそれも空しく、Dカップの乳房がレフェリーの手の中で形を変える。
「そんなに嫌なら、こっちを調べるさ」
 レフェリーは魅卦の乳房から手を離し、魅卦の股間へと手を這わせる。するとジョーカーが魅卦の両腕から手を外し、剥き出しになった乳房を揉みしだいてくる。
「いいかげんに、しなさいよっ!」
 自由になった両手で、頭越しにジョーカーの耳へ掌打を放つ。鼓膜へ届いたダメージにジョーカーは暴れ、魅卦を解放してしまう。
 魅卦は転がることで距離を取ってから立ち上がり、素早くブラを直してホックも留める。
「あ、あ、あんた達・・・やっていいことと悪いことがあるんだからね!」
 ジョーカーへと向かおうとした膝が、がくりと折れる。
(あっ)
 倒れ込みはしなかったものの、前に出られない。
(ここまでスタミナ削られてたの?)
 魅卦が攻めてこないと見たジョーカーが、上体を揺らしながら距離を詰めてくる。
「うぅっ・・・」
 前に出ることも逃げることもできず、魅卦が歯噛みする。ジョーカーの右手刀のフェイントに掛かり、鳩尾に前蹴りが突き刺さる。
「あぐぅぅっ!」
 腹部から昇る痛みに意識が白濁しかかる中、幼い頃に聞いた父親の言葉が蘇る。

『魅卦。今のお前にこの言葉は届かないかもしれん。しかし覚えておけ。最後に闘いを決めるのは精神力だ。絶対に諦めないことだ。例え体が動かなくても、気持ちが切れなければ体は期待に応えてくれる。それを忘れるな』
 魅卦には精神論など古臭いものでしかなかった。そのときは「はいはい」と聞き流していた父親の言葉の続きが、ふいに脳裏に浮かぶ。
『辛いときには、呼吸をしろ。静深な呼吸で外気を体内に取り込め』

(わかったわよ!)
 痛みと疲労を堪え、ジョーカーの右足を掴んでなるべく遠くへと放り投げる。
『鼻から頭頂部を通し、丹田に送る。そこから体内の澱んだ気を乗せて口から吐き出せ』
 着地するジョーカーを確認しながら、鼻から静かに吸い、口から深く吐く。
 一呼吸。
 たった一つの呼吸で、酸素が体の隅々に行き渡っていく。全て使い切ったと思った力が、じわりと沸き上がってくる。
(・・・父さん、凄い)
 僅かな回復にしか過ぎないが、零と壱ではまるで違う。一撃打つだけの力は戻った筈だ。
(これ外したらまずいかもね)
 体力的にも精神的にも追い込まれた魅卦。それなのに、口元には微笑が浮かんでいた。
 次の瞬間、ジョーカーの体はロープへと吹っ飛び、その反動で弾き返されてくる。尹派特有の突進からの掌打は、ジョーカーの鳩尾を正確に抉っていた。その速度は、天才と呼ばれるに相応しい疾風を思わせた。
「はっ!」
 ジョーカーの首を右腕で抱え込み、ジョーカーの勢いに体の捻りを加え、気合と共に頭部をリングに叩きつける。ジョーカーの体は力を失い、リングの上に寝そべった。

<カンカンカン!>

 動きの止まったジョーカーを見たレフェリーが、驚きと悔しさが混じった表情で試合を止める。
(・・・終わった)
 ぺたりとリングに座り込んだまま、魅卦は荒い息を吐いていた。
 もし途中で諦めていたら。
 もし途中で父親の言葉を思い出していなければ。
 もし一撃を打つだけの回復もなければ。
 そうなったとき、どこまで嬲られたのか。想像するだに恐ろしい。
 物思いに沈んでいた魅卦は観客の声に我に返った。我に返ると自分の姿を思い出し、顔が真っ赤になっていく。
「わあーーーっ!」
 魅卦はパジャマの前を隠し、頬を染めて退場していった。

 後日、魅卦はファイトマネーでブランド物の服、高級化粧品、AV器機などを購入した。
 帰宅すると早速アンプやスピーカーを設置し、服を着替え、香水を振り、いつもの座椅子に座ってお気に入りの音楽に身を委ねる。
 至福の時間が流れていった。

「おい魅卦、飯だとよ」
 突然開いたドアに背もたれを叩かれ、魅卦が怒りをこめた視線で極を睨む。
「痛いなー、ドア開けるときはもっと静か、に・・・?」
 立ち上がろうとして、普段余り着ないロングスカートの裾を踏みつけてしまい、バランスを崩す。
「はわわ!」
 振り回した両手はテーブルの上の化粧瓶を跳ね飛ばし、宙を飛んだ化粧瓶はアンプの上に落ち、粉々に砕けた。中身はアンプに零れ、中に染み込んでいく。
『あ・ア・ぁ・・・』
 先程まで心を和ませてくれていた歌声は、まるで絞め殺されているような断末魔へと変貌した。
「なんで・・・こんな・・・」
 バランスを崩したときに、テーブルに引っ掛け破れたロングスカート。皺がつくのも構わずぎゅっと握り締め、魅卦が涙ぐむ。
「あー・・・取り敢えず、飯食おう?」
 さすがに優しい口調で夕飯に誘う極だったが・・・
「・・・あんたの所為だからね、バカ姉貴!」
「なんだと!? お前が全部一人でやったんだろうが!」
 突然始まった姉妹喧嘩は、父親の鉄拳で引き分けとなった。
「飯だと言ったろうが! いいかげんにせい!」
 極と同様大きなコブをこしらえ、首根っこを掴まれ引きずられながら、魅卦は涙を流していた。
(ぐっばい、一瞬だけ楽しませてくれたみんな・・・)
 こんなことなら仲間とパーッと飲めばよかった。脳裏に浮かんだ後悔も後の祭りだった。

 それから暫く、修練に励む魅卦の姿があった。言葉どおりの三日坊主ではあったが。
「今度ファイトマネー手に入れたらアレ買って、アレも買って・・・」
 ・・・全く懲りていない魅卦だった。

  番外編 目次へ   特別試合 其の九へ

TOPへ
inserted by FC2 system