【処女花散華】   作:事務員  協力:小師様

 「暁子・・・」

 無機質な控え室。綾乃はベッドで目を閉じている暁子を見つめ、無意識にその名を呼んでいた。そうしたくなるほど暁子の衰弱は激しかった。
 綾乃はおずおずと手を伸ばし、毛布から覗いていた暁子の手をそっと握った。


     * * *


 淫虐の試合もようやく終わった。霧生綾乃は全裸の真里谷暁子に衣装を着せかけ、自らも服装を整えて肩を貸し、花道を下がっていく。卑猥な野次と共に観客の厭らしい視線が突き刺さるのを感じるが、唇を噛んで無視し、足を急がせる。

 「暁子、もう少しだからね」

 暁子の異様な顔色の悪さに焦りを覚える。

 暁子は先程まで、<地下闘艶場>という裏のリングで男三人を相手とするハンデ戦を闘わされていた。そこでは体を痛めつけられただけでなく、全裸に剥かれ、性的な責めも受けた。セコンドについていた綾乃も同様の目に遭っている。

 綾乃の呼びかけに、下を向いていた暁子が無理に微笑む。

 「・・・はい・・・」

 健気に返す暁子だったが、呼吸はかなり荒く、足はもうほとんど動いていない。試合での激しい消耗で、歩くことすら厳しいようだ。綾乃が引き摺るようにして、なんとか前に進んでいるのが現状だ。

 「暁子・・・もうちょっとで、控え室だからね?」
 「・・・・・・はい」

 暁子の返答にも力がなく、間も空いてしまう。

 「暁子、着いたよ!」

 焦りがドアを開けた途端バランスを崩させ、暁子ごと倒れ込んでしまう。痛みを噛み殺し、暁子を抱き起こす。

 「ごめん暁子・・・大丈夫?」

 慌てて呼びかけた綾乃だったが、暁子からの返答はない。

 「暁子? 暁子!?」

 まるで眠っているようだが、意識を失っているという方が近い。綾乃は用意されていた病人用の白衣に着せ替え、何とか一人で備え付けのベッドに寝かせた。

 「暁子・・・」

 リングで男たちに嬲られ、怪我まで負わされた暁子。親友であり、義妹でもある暁子。その暁子に自分は何もできない。今はただこうして手を握っているくらいしかできないのだ。あまりの自分の無力さに涙が零れそうになる。

 「邪魔するぜ」

 声が聞こえ、一拍遅れてドアが開く。

 「な・・・なんですか、貴方」

 突然部屋に現れたのは、右目に眼帯をかけた長身の男だった。面識のない男性の登場に、試合の際の記憶が身を強張らせる。

 「ああ悪い、驚かせたか? ちょいと眠り姫を呼びにきたんだが、まだお眠りのようだな」

 立ち上がってしまっていた綾乃にすいと近づいた眼帯の男は、ぽんと綾乃の尻を撫でた。

 「きゃぁっ! な、何を!」
 「ん? スキンシップ」

 のほほんと答えた男だったが、滑らかに後退する。一瞬前まで男が居た空間を、右手刀が薙いでいた。

 「お目覚めかい?」

 男が声を掛けた相手は、先程までベッドに横たわっていた栗髪の美少女だった。

 「・・・お嬢様に・・・触れるな・・・!」
 「暁子・・・」

 試合中に負った怪我、嬲られたことでの体力の消耗、負傷した箇所の痛みなどで本来なら動ける筈もない。それでもベッドから降りて綾乃の前に立ち、殺気を込めた左目で男を睨みつけている。

 「おいおい、そんな状態で動くなよ。死んじまうぜ?」

 気力だけで体を支えているような暁子に、男が声を掛ける。

 「そなたは、主を守る時・・・己が命の心配を・・・するのか?」

 古風な言葉と同時に殴りかかる。突きとも呼べない速度で拳を振りかぶる。

 「あっ!」
 「おっと」

 足がもつれて倒れ込みそうになる。しかし素早く男が後ろから体を抱え、抱えただけでは終わらず胸を揉んできた。

 「―――!」

 一瞬だけ、胸から全身に快感が走る。それでも体を叱咤し、思い切り腰を捻って肘打ちを繰り出す。

 「おっと」

 男は暁子の回転に合わせて自らも回転し、今度は両手で胸を揉み込んでくる。

 「放しや!!」

 渾身の力を込め、暁子は男を引き剥がす。否、引き剥がした筈が、男は暁子の肩を支える余裕を見せた。

 「まだ・・・まだ、終わらぬぞ・・・」

 身を捩る暁子に、男が呆れた声を出す。

 「もうやめようぜ、暁子ちゃん。今死なれちゃ困るんだけどな」
 「妾は・・・その様な戯言では、惑わされぬ。例え刺し違えてでも・・・」

 しかし暁子の言葉に反応したのは、意外にも綾乃だった。

 「暁子!」

 その強い口調に闘気が萎む。

 「私は・・・私は、貴女が死んでまで守って欲しいとは思わない! 二度とそんなこと言わないで!!」
 「お嬢、様・・・」

 綾乃の悲壮な叫びに、暁子の目が戸惑いを浮かべる。そのとき、またもノックもなしにドアが開いた。

 「いつまで時間を掛けているの?」

 顔を覗かせたのは鬼島洋子だった。部屋を一瞥しただけで状況を理解したようで、ため息を一つ落とす。

 「こんなことではないかと思ったら・・・無業、『御前』を待たせると後が恐いわよ」
 「おっとまずい、それじゃ行こうか、暁子ちゃん」

 洋子が無業と呼んだ眼帯の男が、暁子の両肩を掴んだまま押そうとする。しかしその瞬間、綾乃が暁子に抱きつき、自らの胸に抱きとめる。

 「暁子は連れて行かせない!」

 綾乃は暁子を抱えたまま、無業と洋子を睨みつける。自身も先程の試合で嬲られ疲労しているというのに、目には決意の光がある。

 「お嬢様・・・」

 暁子の目に、不覚にも煌くものがある。気丈に振舞う綾乃の体の震え、それを直接感じては仕方がなかった。

 「綾乃さん、聞き入れなさい。貴女のためよ。いえ、貴女のお父様のため、と言ったほうが良いかしら」
 「えっ・・・父さんの・・・」

 その決意も、洋子の言葉で揺らいだ。

 「詳しいことは私からは言えません。さる御方から直接お聴きください」

 洋子が言葉遣いを改めたことで、綾乃も自然と緊張していた。その綾乃の手を握り、暁子が囁く。

 「・・・お嬢様、ここで待っていてください」
 「でも・・・!」
 「お願いします。社長の情報が得られるチャンスなんです」

 実父の情報と暁子の心配の間で綾乃が葛藤する。

 「お嬢様。社長は、私にとっても大事な方です」

 瞳に力を込め、綾乃を見つめる。

 「父さんも暁子も、私にはどっちも大事だよ!」

 綾乃も睨むようにして暁子を見つめ返してくる。

 「お嬢様。私は、社長とお嬢様と、三人でまた笑って過ごしたいんです」

 暁子のこの言葉に、綾乃は唇を噛む。何度か口を開こうとしては閉じるということを繰り返したものの、最後にはそっと視線を外し、小さく頷いた。

 「・・・でも、心配だよ」
 「大丈夫ですよ」

 綾乃に微笑みかけ、ゆっくりと洋子に向き直る。

 「洋子さん、お嬢様の安全は保障して頂けますね」
 「ええ」

 これでいい。言質は取った。よもや反故にされることはないだろう。

 「それと。これを飲みなさい」

 洋子が紙コップを差し出す。

 「・・・頂きます」

 まさか今更毒も盛らないだろう。どろりとしたそれをゆっくりと飲み干す。

 「少しは警戒しなさい。中身は特殊な栄養ドリンクのようなものだけれど」

 洋子の苦笑と共に差し出された手に、空になった紙コップを乗せる。

 「この場での警戒は無意味かと思いまして」
 「甘いわね。安心したところで後ろから刺される。よくある話よ」
 「ご教授ありがとうございます」

 紙コップを振って見せた洋子に軽く会釈する。

 「それじゃ行こうか。なんなら手を貸すぜ」
 「結構です」

 疲労と痛みは消えていないが、無業の手を見もせず、綾乃に頭を下げる。左目に映るのは、綾乃の泣き出しそうな表情だった。

 「ほら、急ぐ急ぐ」

 無業が無情にも部屋から押し出し、ドアを閉めた。



 「それじゃ、ついてきてくれよ」

 無業に言葉も返さず、背後につく。それを気にした様子もなく、無業が背中越しに話しかけてくる。

 「暁子ちゃん、右目が利かないんだってな」

 暁子の眉がぴくりと上がるが、反応はそれだけだ。

 「俺と一緒だな」

 顔だけ振り向かせた無業は、己の眼帯の上から右目をつつく。

 「不本意ながら」

 軽く頷いた暁子に、無業がにやりと笑う。

 「それじゃ、仲間としてのアドバイスだ。片目で闘うときのコツを教えとくよ」

 暁子がお願いしますともお断りしますとも言わないうちに、もう話し始めていた。

 「『考えるんじゃない、感じるんだ』って言った格闘家が居たな。それに近いが、そのままじゃない」
 「・・・はあ」

 話があちこちに飛び、気の抜けた相槌しか打てない。

 「まずは左目で見える情報をフル活用するんだよ。相手の筋肉の動きを分析しろ。視線を探れ」

 いつの間にか、無業が暁子の右側へと位置を変えていた。

 「それだけじゃない。耳を澄ます、風を感じる、匂いを嗅ぐ。色の変化で現象を捉える。できることは山ほどあるぜ」
 「・・・羨ましいですね」

 ついそう零していた。

 「私は色というものを知りません。見えるのは灰色の世界だけです」

 暁子は生まれつき、色を感じることができなかった。しかも、両親の諍いが原因で右目の視力は永遠に失われた。

 「そうか・・・」

 先程までの軽さを感じさせず、無業は顎を撫でた。

 「だが、色の濃淡はわかるんだろ? なら、その濃淡の変化を捉えれば自然に体が動くようになるさ」

 無業は更に言葉を続ける。

 「後は、相手の心理を読むことかな」

 自然に尻へと伸ばされた手を、暁子も自然とかわしていた。

 「こういうことですね、ありがとうございます」

 無業の説明は有用だったが、似たようなことなら、前の養父である師匠からも教えられていた。無業ほどに具体的ではなかったが。

 「やれやれ、余計なことを教えたかな」

 頭を掻いた無業だったが、次の瞬間にはにやりと笑う。

 「っ!」

 それとは逆に、暁子の顔が赤らむ。無業が滑らかに暁子の胸を一揉みし、距離を取っていたからだ。

 「また人の胸を・・・」
 「怒るなよ、授業料を貰っただけだ」
 「・・・高すぎますよ」
 「そうかい? 俺には安すぎるくらいなんだが。一晩付き合って貰うくらいの・・・っと」

 無業は痛みを堪えて突進してきた暁子をかわしながら、背後のドアを開き、その中に暁子を押し込んでいた。

 「お待たせしました、『御前』。確かにじゃじゃ馬メイドをお連れしましたよ」
 「遊び過ぎだ」

 たった一言。そのたった一言で、暁子の背を冷や汗が伝っていた。

 (この人・・・ううん、本当にこれが人の気配なの?)

 綾乃を欲望や暴力から守るため、暁子もある程度の修羅場を経験してきた。しかし、部屋の中に居た男はそんな経験など吹き飛ばすほどの圧迫感を放っていた。豊かな白髪は老人かとも思えるが、鋭い目と肌の張りがそれを否定する。しかし男の有する尋常ではない空気は、若造が醸し出せるものでは決してない。

 「それじゃ、俺はこれで」
 「うむ」

 無業の一礼に鷹揚に応え、「御前」と呼ばれた男は暁子を見据えた。視線に捕らえられ、もう目が離せない。

 「真里谷暁子。近くに」
 「・・・はい」

 姓名を呼ばれ、考えるよりも先に足が動いていた。そのまま「御前」の向かいの革張り椅子に腰を下ろす。

 「儂はお前を知っておるが、お前は儂を知るまい。儂のことは『御前』と呼べ」
 「『御前』・・・」

 その尊称は、自らの権威付けのためか。それとも本名を悟らせないためか。観察しながら探る暁子に、気安い様子で衝撃が投げられる。

 「お前の養父は生きている」
 「っ!」
 「今のところは、という限定条件が付くがな」

 暁子の養父、つまり綾乃の実父である霧生だ。友人と飲み明かすと言って姿を消してから、これまではっきりとした消息は伝えられてこなかった。

 「お前が勝利すれば帰すつもりだったが、引き分けではそうもいかん」
 「っ・・・」

 ぎしり、と暁子の奥歯が鳴る。暁子の実力がもっとあれば、否、精神的にもっと強ければ、あの程度の男は三人でも叩きのめせた筈だ。その悔しさが歯軋りとなって洩れてしまう。

 「当初の予定どおり、あの男の体を金に換える。だが安心せい。多少は足らぬが、それで借金を帳消しにするのでな」
 「・・・それでは、駄目なんです」

 霧生の家は、社長が居なければ駄目なのだ。社長とお嬢様が居なければ、それはもう霧生家ではない。

 「もう一度・・・」

 椅子から下り、椅子の脇で両膝を付く。

 「もう一度、チャンスをください。お願い致します!」

 そのまま両手を付き、額がつくほど深々と頭を下げる。養父の命は目の前の男が握っている。養父を救うためならば、自分の頭など百回でも下げる。

 「もう一度試合を組んでも良い。だが、それなりの代償が・・・」
 「私の身体を差し出す。それが条件ですね」

 「御前」の続けようとした言葉を遮り、感情を殺した視線を突き刺す。なぜ綾乃ではなく、試合が終わったばかりで疲労困憊した自分を呼びつけたのか。試合の淫らさや前後関係から、推測は容易だった。
 しかし、推測が当たったことを喜ぶ気持ちはまるでない。あるのは自分の肉体に向けられる男の性欲への嫌悪だけだ。

 「理解が早いおなごは楽で良いな」

 「御前」が低く笑う。動けぬ獲物を前にした肉食獣の笑みだ。

 「今晩儂に抱かれよ。そうすれば再試合を組もう」

 「御前」の承諾に、何故か暁子は首を振る。

 「私の処女を捧げるのです、再試合だけでは釣り合いません」
 「ほう。ではどうせよと?」
 「試合の前後のお嬢様の身の安全、借金の帳消し、それに社長の身の安全。この三つは譲れません。加えて試合前のボディチェックの排除、卑猥な衣装の着用義務の除去です。試合途中の乱入も禁止してください」
 「優位はこちらにある。欲張り過ぎると全てを取りこぼすぞ」

 どこか楽しげに「御前」が返答する。

 「ならば、衣装の着用は受け入れます」
 「それは<地下闘艶場>の試合に出場する者として、当然の要件だ。外しはできんの」
 「わかりました。では、それ以外の条件は受け入れて頂けますね?」
 「そうだな・・・武器戦ではボディチェックを行わぬ。それで良かろう」
 「・・・確約が欲しいところですが」
 「先程も言うたであろうが。欲張り過ぎると全てを取りこぼす、とな」

 中々言質を取らせてくれない。それでも、そう簡単に引き下がるわけにはいかない。

 「試合の前後のお嬢様の身の安全、借金の帳消し、それに社長の身の安全。この三つは絶対に受け入れてくれますね?」
 「ふむ・・・」

 顎を摘んだ「御前」は、それでもはっきりとわかるほどに頷いた。

 「では・・・」
 「良かろう、その条件を呑む。但し」

 「御前」の目が再び冷たく光る。

 「もし次の試合に負ければ、今日とはまた別に儂の慰み者となって貰おう。その場合、一晩では済まぬぞ。儂が飽きるまでひたすらに貪られ続ける生活が待つ」
 「構いません。勝てばいいんですから」

 暁子の挑発に、「御前」が再び笑みを浮かべる。今度の笑みは柔らかかった。

 「うむ、確かにの」

 笑みの落差に思わず惹き込まれそうになる。

 (・・・油断しては駄目。この男が、社長を今の状況まで追い込んだのだから)

 心を強く持つ。そう自分に言い聞かせ、静かに呼吸する。

 「再試合の条件も決まったことだ、儂のお楽しみといこうか」

 「御前」の手招きに暁子も立ち上がる。その瞬間、痛めた左肩を掴まれていた。

 「あぎぃっ!」

 灼熱の痛みが左肩を焼いた。しかしその熱は一瞬だった。

 「あ・・・」
 「肩のずれを治した。暫く激しい動きはできまいが、痛みはない筈だ」

 更に肩の周辺のツボを押した「御前」は、肩を回すように促した。

 「・・・はい、ほとんど痛みがありません」

 「御前」の手当ての手際良さに驚かされる。それでも外には出さず、一礼だけで澄ます。

 「次は汗を流してくることだ。ナスターシャ」

 指向性を持った声が低くドアに向かって投げられると、音もなくドアが開く。首に漆黒のチョーカーを巻いた銀髪はナスターシャ・ウォレンスキーに間違いなかった。

 「風呂に連れて行け。それと、霧生綾乃は自宅に送れ。洋子を付けて護衛に当たらせよ」
 「了解しました」

 あのナスターシャが深々と一礼し、優雅な動作でドアを開けてくれる。

 「どうぞ。風呂場までご案内致します」
 「・・・ありがとうございます」

 ナスターシャに会釈し、「御前」にも折り目正しい一礼を送る。

 「綺麗に磨き上げてこい」

 「御前」の戯れは聞き流し、部屋を後にする。ドアが閉まったことが契機となったか、汗がどっと吹き出る。

 (なんて・・・なんて巨大で、恐ろしい人なんだろう)

 実際に対面してみて、洋子やナスターシャ、無業などが何故絶対的な忠誠を誓っているのかが理解できた。気を強く持っていなければ、「御前」の懐に呑み込まれてしまいかねない吸引力を有しているのだ。もし仮に綾乃や社長が居なければ、暁子も「御前」に忠誠を誓う一員となっていたかもしれない。

 「体は動くか? 痛みはどうだ?」
 「そう言えば・・・だいぶ軽くなりましたね」

 洋子から渡されたあの飲み物のお陰だろうか。

 「ならばいい。行くぞ、ついてこい」

 「御前」の前とはまるで違うナスターシャの乱暴な物言いに、思わず頬が綻ぶ。それを見咎めたナスターシャだったが、特に何も言わずに先を歩いていく。

 「初めての相手が『御前』か。良いのか、悪いのか・・・」

 ナスターシャの独り言めいた呟きが耳に届く。

 「抱かれることで大金が貰えたりするんですか? その大金で人生を狂わせてしまうといったほどの額を」

 暁子の問いに、ナスターシャが首を振る。

 「そうじゃない。これからの人生で出会う筈の男たちが、全てくだらない男に見えてしまうのが不幸なのさ」
 「・・・わかる気がします」

 こう洩らした一言は、暁子が「御前」に興味を持ち始めていた証だったのだが、暁子本人はそれに気づいていなかった。

 「ただし、与えられる快楽はさっきの試合の比じゃないぞ」

 ナスターシャの意地悪な笑みに、思わず眉を顰める。暁子が男性への嫌悪感を持っていることを知っているからこそ、ナスターシャも嫌味を言ったのだろう。
 言い返す気にもなれず、黙って歩く。ナスターシャもそれ以上は余計なことも言わず、無言で先導していく。

 「ここだ」

 立ち止まったナスターシャが、横開きの扉を開く。

 「タオル、着替えはそこにある。石鹸やシャンプーなどは風呂場だ」

 手早く説明を終えると、暁子の目をじっと覗き込んでくる。

 「良くも悪くも、今日がお前の・・・いや、なんでもない」

 何かを言いかけたナスターシャは顔を逸らし、扉を閉める。何故か暫く立ち尽くしていた暁子は、体の向きを変え、ゆっくりと白衣を脱いだ。



 風呂場へのガラス扉を開くと、何かの香りが鼻をくすぐる。

 (これは・・・鎮静効果と鎮痛効果がある薬草の匂い)

 これも「御前」の気遣いなのだろうか。気遣いがありがたいほど、逆に恐ろしさが増す。一度頭を振って強張った心を解し、手桶を持つ。
 かけ湯をし、汗と男たちの唾液を流す。何度かのかけ湯の後でゆっくりと湯船に足を入れる。

 「・・・はぁ」

 思わず吐息が零れていた。一人で広大な湯船を独占する。こんな経験は初めてだった。

 (私は、これから・・・)

 もう一つの初めての経験を思うと、屈辱と嫌悪感に胸が締めつけられる。処女を捧げると決めた筈なのに、男性への拭い難い拒絶感が胸に渦巻く。それを少しでも紛らわそうと、暁子は湯船に頭まで沈んだ。そのまま体の力を抜くと、ぷかりと仰向けに浮かぶ。大きく形の良い胸も、その頂点で息づく珊瑚色の乳首も、翳り一つもない股間も、風呂場の照明に照らされ輝いている。

 (お嬢様・・・)

 脳裏に浮かんだのは、不安に震える綾乃の顔だった。

 (社長を・・・ううん、養父さんを助けるために必要なんです。わかって、義姉さん)

 綾乃を守るためなら、処女などいつでも捨てる覚悟はあった。それが今日になっただけだ。
 一度ゆっくりと深呼吸し、湯船から上がる。風呂椅子に座り、手拭いを石鹸で泡立て、耳の後ろから念入りに擦っていく。全身を丹念に石鹸塗れにしてから、乳房にも手拭いを当て、いつものように優しく擦る。

 「んっ・・・」

 珊瑚色の乳首へと移ったとき、不覚にも声が出た。試合のときに無理やり掘り起こされた快感が蘇ってしまった。

 (・・・情けない)

 些か乱暴に乳房を清め、視線を下へと落とす。

 (・・・ここも)

 手拭いではなく自らの手で石鹸を泡立て、秘部を泡だらけにする。いつもより念入りなのは、試合のときに与えられた羞恥や屈辱を洗い流したかったからだった。
 手桶でお湯を被り、泡を落とす。手触りの滑らかなシャンプーを手に取って泡立て、頭皮をマッサージしながら汚れを落とす。頭皮の全体的なマッサージが終わったところで毛髪の毛先までシャンプーをつけていく。一度泡を落とし、コンディショナーを塗り込んでから再びお湯を被る。
 全身を洗い終わり、また湯船に浸かる。目を閉じ、お湯の温かさ、微妙な揺らぎ、薬草の香りに身を任せる。

 「・・・よし」

 湯船から上がり、栗色の髪を絞って水を落とす。裸体を柔らかく包む湯の膜を手で拭うように落とし、脱衣所へと戻る。
 バスタオルで身体を念入りに拭くと、脱衣所に設置されている大きな鏡の前に一糸纏わぬ姿で立つ。

 (男を知らない私も、今日が最後)

 鏡の中に映る自分を、左目に焼き付ける。
 ふと息を吐き、用意されていた本紫のブラとパンティを身に着け、ピンクの柔らかなガウンを纏う。ドライヤーで栗色の髪を乾かすと、もうすることはなくなった。

 「・・・行こう」

 鏡の中で見つめる自分に頷き、髪を結ばぬまま決意の表情で引き戸を開いた。


 風呂場から出ると、腕組みしたナスターシャが待っていた。

 「準備はできたな」
 「はい。お嬢様はどうしていますか?」
 「綾乃か。洋子が自宅まで送っている筈だ。かなり揉めたようだがな」
 「そう、ですか・・・」

 直接宥めることができれば、との思いを自分で否定する。もし綾乃が今から行われようとしていることを知れば、絶対に止めようとした筈だ。

 『暁子は連れて行かせない!』

 暁子を守ろうとしたあのときの綾乃の言葉が蘇る。途端に心が揺らめく。

 「ナスターシャさん、お嬢様に連絡をさせて・・・」
 「無駄口は叩くな」

 ナスターシャがばさりと遮る。綾乃の声が聴きたいという弱気を見透かされたのか。暁子ももう問いかけはせず、前を行くナスターシャの背中を見つめたまま歩いた。



 「ここだ」

 先程とはまた別の部屋の前でナスターシャが立ち止まる。

 「良くも悪くも、今日がお前の人生の分岐点だ。折角『御前』に抱いて貰えるんだ、楽しんでこい」

 刺すような視線で暁子を見据えたナスターシャは、体ごとドアに向き直った。そのまま強過ぎず、弱過ぎもしないノックをする。

 「『御前』、真里谷暁子をお連れしました」
 「応」

 「御前」の応えにナスターシャがドアを開き、暁子を促す。

 「どうぞ」
 「はい、ありがとうございます」

 ナスターシャに一礼し、部屋に足を踏み入れる。

 (凄い・・・)

 部屋の豪奢さに素直に驚嘆した。霧生家もかなり高級な調度品が整えられていたが、「御前」の待っていた部屋は別格だった。家具の一つ一つは決して派手ではないが、落ち着いた品格がある。自己主張は激しくなく、それでもしっとりとした存在感を保っている。

 (あ・・・)

 部屋の中央に鎮座したキングサイズのベッドが、否が応にもこれからの行為を連想させる。

 「いつまでそこに立っておるつもりだ」

 革張り椅子に座していた着流し姿の「御前」は、豪華な家具など色褪せるほどの存在感を発現している。

 「失礼しました」

 軽く一礼し、「御前」の前へと歩を進める。しかし、何をすればいいのかはわかっているが、手が動いてくれない。

 「どうした? 固まっておっては始められぬぞ」

 「御前」の揶揄に覚悟を決める。バスローブの腰紐を外し、前を開く。そのまま背後に脱ぎ落とす。暁子の肢体を包むのは、本紫の下着だけとなった。

 「ブラを外せ」
 「・・・はい」

 初めて異性の前で自ら下着を外す。その行為に震えてしまいそうになる指を叱咤し、背中のホックを外し、肩紐をずらし、床に落とす。「御前」の視線が、頭の天辺から足の爪先まで丹念になぞっていく。

 「ほう・・・良く鍛えておるな。良い師匠に巡り合えた幸運に感謝することだ」

 一人頷いた「御前」だったが、ふと唇を閉じる。

 「だからこそ惜しい。真の自らの強みと動きに気づいていないことがな」
 「それは、どういう・・・」
 「野暮を言った。これからは睦みの時間だというのにな」

 気づいたときには、「御前」が傍に居た。暁子の肩を抱き、ベッドへと誘(いざな)う。そのまま暁子を抱え上げ、優しくベッドに横たえる。暁子は抵抗もせず、身を硬くしたままだ。
 「御前」が無言のまま和服を脱いだ。

 (なんという・・・凄まじい肉体・・・)

 自分も厳しい修練を積んだ暁子だから、「御前」がどれほどの鍛錬を積んできているのかがわかる。その体に浮かぶ数え切れぬほどの古傷は、「御前」が潜り抜けてきた激戦の証なのだろう。
 絶対に勝てない。
 暁子の心は無意識のうちに、「御前」の肉体に屈服させられていた。

 「あっ・・・」

 「御前」の右手が、暁子の柔らかな胸に触れる。身を固くする暁子だったが、「御前」の手は触れるだけで動こうとしない。リングでの下衆な男たちとはまるで違った。大人の余裕を感じさせる。

 「随分鼓動が速いな」

 言葉にされたことで意識してしまう。意識したことで尚更鼓動が速まり、激しいビートを刻む。

 「は、初めてだから、仕方ありません・・・」

 言い訳は気弱の裏返しだ。それに気づいたのかそうでないのか、「御前」の右手がゆっくりと動き始める。暁子の左乳房の形、柔らかさ、弾力などを確かめるように、余裕を持って揉んでくる。
 じっと受け入れるだけの暁子が、僅かではあるが太ももを擦り合わせる。

 (・・・なぜ、ここが)

 触られているのは乳房なのに、下腹部が疼くのだ。心臓が大きな拍動を打つたび、下腹部の疼きも大きくなっていく。
 やがて、「御前」の右手が珊瑚色の乳首も刺激しだした。暁子の意思に反し、見る見る硬く立ち上がっていく。それに同調するかのように、心臓の鼓動もどんどんと速くなっていく。心臓が血液を送り出すたび、下腹部へと何かを送り込んでいるのか、下腹部の疼きは熱へと変化している。

 (あっ・・・!)

 下腹部の熱が愛液を生んだ。とろりと溢れた感触に、思わず膝を閉じて隠そうとする。しかしそれよりも速く、「御前」の指が秘部を捉えていた。

 「やっ、今そこは・・・」

 反射的に太ももで「御前」の手を挟み込んだが、「御前」の繊細な指の動きに力が抜ける。

 「何か言うたか?」

 「御前」の問いは笑みを含んでいた。暁子の状態に気づいた上での諧謔だろう。

 (やめさせないと・・・これを続けられたら、どうなるのかわからない)

 未知への怯えが暁子を竦ませる。それでも反抗するほどの力は入らない。
 「御前」の指が下着の上から秘裂を弄るたび、滾々と愛液が溢れてしまう。やがて愛液は下着を濡らし、潤滑油となって「御前」の指の滑らかにしてしまう。
 それを契機としたか、「御前」の手は容赦なく暁子を責め始めた。乳房、乳首、乳輪、秘裂などの敏感な部分だけでなく、鎖骨、咽喉、脇腹、太もも、尻、膝裏など、ここもかと思うような箇所からも快感を掻き立ててくる。

 「くぅ・・・んっ・・・!」

 しかし声だけは洩らすまいと、折り曲げた左人差し指を噛む。

 「あっ・・・!」

 そのとき、「御前」の手がパンティに掛かった。

 「尻を浮かせ」

 「御前」の命令に、僅かではあるが思わず尻を上げる。その途端、鮮やかな手並みでパンティが抜かれていた。
 とうとう、一糸纏わぬ姿とされてしまった。自覚したことで、更に鼓動が速まる。うろたえを見せたくない気持ちが、次の言葉を吐かせていた。

 「さっさと終わらしや」

 突然変わった口調に、微かに「御前」の眉が寄る。暁子本人は自分の変化に気づいていない。

 「・・・ふ」

 「御前」の口元が綻ぶ。

 「さっさと、か。生意気を言うおなごには仕置きがいるな」

 稚気のある声を出した「御前」が、いきなり指を躍動させる。

 「あはぅっ!」

 「御前」の手が踊るたび、あられもない声を上げてしまう。試合のときに無理やり高められた快感とは違い、心までもが高まっていく。自然に気持ちいいと思えてしまう。

 (いかぬ、そんなことを思ってはいかぬ・・・それなのに・・・!)

 快感が、幼き日に封じたもう一人の暁子を呼び覚ましていく。自分が周囲に凶を振り撒く存在だと怯え、心の奥底に封印していた筈の人格を。

 (駄目じゃ、このままでは!)

 身体は許したとしても、心まで奪われるわけにはいかない。必死に快楽を否定する暁子だったが、それが逆に官能を高めていることに気づかなかった。

 「入れて欲しくば自ら望め。そうすれば入れてやるのでな」

 (誰が、そのようなことを・・・!)

 「御前」の揶揄に反抗心が沸くが、それもすぐに快楽の沼に沈められる。

 (これは、何ぞ・・・この熱さは、一体・・・!)

 下腹部の中心が熱い。「御前」の手で快楽の急所を攻められるたび、淫靡な炎が盛っていく。

 「どうした、呼吸が荒くなってきたぞ」

 「御前」の問いにも余裕のない答えを返す。

 「身体の奥が・・・熱いのじゃ・・・!」
 「その熱を沈めるには、方法は一つしかないぞ」

 愛撫で暁子を追い込みながら、「御前」が答えへと誘導していく。

 「頼むことだ。厭らしく、な」

 その余裕と嗜虐心が腹立たしい。それでも、答えは一つしかなかった。

 「・・・じゃ」
 「うん? 聴こえぬな」
 「お願いじゃ、入れてくりゃれ・・・」

 必死に振り絞った勇気も、あっさりと蹴られた。

 「先程言うたことが聴こえなんだか? 厭らしく、と言うた筈だが」
 「そんな・・・あふぅっ!」

 躊躇も秘部で蠢く「御前」の指が溶かしてしまう。

 「このままずっと生殺しで行くか? 儂は構わんぞ」
 (なんと意地の悪いことを・・・くうぅっ!)

 「御前」の余裕が腹立たしい。しかし、追い込まれていく一方の暁子には選択肢はなかった。

 「そ、その、熱いモノを、妾のここに・・・」
 「駄目だな」
 (これも駄目なのか? それでは、どう言えば・・・)

 性的な知識など皆無に近い暁子にとって、厭らしいお願いの方法などわかる筈もなかった。

 「仕方ないの。では、自分で開いて見せよ。ここをこうして、な」

 「御前」の左手が、暁子の秘裂の襞までも左右に広げる。

 「そのような・・・」

 性の知識がなくても、それがどれだけ恥ずかしい行為なのかはわかる。逡巡しかけると、すぐに「御前」の指が暁子を責める。

 「くっ、あっ・・・!」

 それが暁子の戸惑いと羞恥心を心の片隅に追いやっていく。それだけでは終わらず、ひりつくような快楽を埋め込まれ、煽られてしまう。

 「・・・わかったぞよ! する! するからぁ!」

 遂に屈服の言葉を洩らす。何度か深呼吸してから、両手を秘部へと当てる。そのまま秘裂を左右に開く。

 「こ、これで・・・」
 「お願いはどうした?」
 「あうぅ・・・」

 最後に残った躊躇も、淫核への振動であっけなく壊された。

 「お願いじゃ! 妾の厭らしいところに、貴方のモノを入れてくりゃれぇ!」
 「よかろう、一気に行くぞ!」

 秘裂に熱いモノが当たったと感じた瞬間だった。「御前」の宣言どおり、一気に貫かれた。

 「あっ・・・がっ・・・」

 初めて受け入れた異物は、灼熱と衝撃と激痛しか与えてくれなかった。まるで体が真っ二つにされ、傷口に焼きごてを突っ込まれているようだ。

 「破瓜の痛みは特別よ。暫くは耐えるしかないぞ」

 暁子の額の汗を拭ってくれた「御前」が、暁子の乳首をくすぐる。

 「ぅんっ・・・」

 僅かではあるが痛みから気が逸らされる。

 「気に入ったようだな」

 「御前」が再び乳首をあやしてくる。

 「き、気に入ってなぞ・・・あはぅ」

 痛みが縛る身体に、小さな電流が流されているようだ。徐々にではあるが、電流の通路が広がり、奥へ奥へと飛んでいく。
 やがて、その変化は訪れた。

 (えっ・・・これは、なんぞ・・・)

 痛みの中から、どこか背徳的な感覚が立ち上がってくる。背筋の奥から立ち上り、全身へと広がっていく。

 「ふっ・・・くぅん・・・」

 掠れた、でもどこか甘い声。こんな声が自分の中から出るなどとは知らなかった。

 「ようやく儂のモノに慣れたか。では・・・本格的に行くぞ」
 「くあっ!」

 まだ完全に痛みが治まったわけではない。しかし、その痛みを上回る快感が体内を駆け巡る。
 「御前」が雄大な逸物で暁子の膣の中を往復するたび、快感が生み出され、暁子の脳をも興奮させていく。

 (痛い、筈なのに・・・何じゃ、これは!)

 「御前」の逸物の笠が膣壁を抉るたび、破瓜の血に塗れた愛液と共に強烈な快感が引きずり出される。
 「御前」の強烈な突き込みに、暁子の豊かな乳房が盛大に揺れ、弾む。肉と肉のぶつかる音と淫らな水音が暁子の聴覚を乱打する。
 初めて味わう本物の快感。官能の本当の意味を身体に教え込まされる。

 「ひあ〜〜〜〜〜〜っ!」

 突如暁子が叫ぶ。「御前」が突き込みをしながら、暁子の乳房を揉んできたのだ。しこり立った乳首は「御前」の掌で潰され、淫らな波動を発する。加えて膣を抉られ、快感は二倍、否、二乗に跳ね上がる。
 様々な方法で与えられる刺激は、暁子をある場所へと誘(いざな)っていく。追い込んでいく。

 「何かが・・・ああっ、何かが、くるぞえ・・・っ!」

 目の前が何度も白くなり、徐々にその感覚が短くなる。その感覚が短くなるにつれ、抑えていた筈の声がどんどんと大きくなっていく。

 (なんと・・・厭らしい声か・・・!)

 自分が感じてしまっていることが、一番恥ずかしい。初めてだというのに、仇に貫かれ、はしたない声を上げてしまっている。

 (しかし・・・ああ、しかし・・・!)

 もう自分が頂きに手を掛けているのがわかる。そこに辿り着くのが恐ろしい。そこに辿り着くのが待ちきれない。相反する情念が、更に暁子を高めていく。

 「やはり処女の締めつけは格別よ・・・儂もそろそろ出すぞ・・・っ!」

 「御前」の咆哮と共に、子宮の奥が、熱と衝撃に弾けた。

 「あああああああああっ! ・・・あ・・・つい・・・ぃ!」

 身体の最奥に灼熱の白濁液を浴びせかけられ、暁子は意識を失った。



 「ん・・・あ・・・?」

 繰り返される頬への軽い刺激で、ゆっくりと目を開ける。

 「やれやれ、やっと起きたか」

 苦笑を浮かべた「御前」の顔が目の前にあった。

 「わ・・・た、し・・・」

 絶頂のためか、暁子の口調はまた元に戻っていた。

 「達した衝撃で気をやったようだの」

 痛みや疲労で気絶したことはある。しかし、快感で気絶したのは初めてだった。長時間泳いだ後のように気だるく、全身が汗みずくになっており、頭がよく回らない。

 「では目も覚めたところで、後始末をせい」
 「後・・・始末・・・?」
 「ほれ」

 横たわったまま「御前」が差し出したティッシュを受け取ったものの、どうしていいのかわからない。その戸惑いに、また「御前」が苦笑する。

 「大事なところを拭け。儂が出したものが溢れておるのでな」
 「・・・あっ!」

 慌ててティッシュを股間に当て、破瓜の血混じりの「御前」の精液を拭き取る。

 「んっ・・・」

 一度拭ったものの、膣に残っていた精液が再び零れ、何度も拭く羽目になる。

 「次はこちらだ」

 いまだ硬さを失わずに悠然と立ち上がったままの「御前」の逸物は、「御前」自身が吐き出した精液と暁子の愛液に塗れていた。

 「舐めろ」
 「・・・え?」

 舐めるという行為と目の前の逸物とが結びつかず、つい間抜けな声を返してしまう。

 「やれやれ、本当に初心なおなごよな。お前の舌と口で儂のモノを綺麗にしろ、という意味だ。これだけ言えばわかるな?」
 「そんな・・・」

 処女を奪った男の逸物を自らの舌で清める。それは最大級の屈辱だった。

 「お前に拒む権利はないぞ」
 「・・・わかり、ました」

 それでも暁子には拒めない。今拒めば社長が戻ってこないばかりか、綾乃の身もどうなるかわからない。覚悟を決め、上半身を起こす。「御前」のほうへにじり寄り、伸ばした舌で亀頭を舐める。

 (苦い)

 「御前」の放った精液、暁子から生じた愛液、そして破瓜の血が混じって「苦い」としか形容し難い。味は意識の外に押し出し、機械的に亀頭を舐めて綺麗にしていく。

 (そろそろ出したい)

 ティッシュを手探りしようとしたとき、機先を制した「御前」に命じられる。

 「何をしておる。飲み込め」
 (嘘・・・)

 こんな、男の逸物が吐き出したものを飲み込まないといけないのか。反抗的な視線も、「御前」の一瞥で逸らしてしまう。

 「んっ・・・んっ」

 唾液と共に、粘つく液体をなんとか飲み下していく。

 「全てを舐め取れ。一滴残らずだ」

 ようやく飲み込んだというのに、「御前」は冷たく命じてくる。

 「・・・はい」

 どうせ全部しなければならないのならば。逸物の根元に舌を這わせ、上へ上へと舐め上げていく。

 (本当にこんな大きい物が、私の中に?)

 間近で見る「御前」の逸物は、余計雄渾に見える。慄きながらも精液と愛液の混ざり合ったものを舐め取り、飲み込んでいく。
 かなりの時間が掛かったが、ようやく全てを綺麗にできた。しかし、それで終わりではなかった。

 「先端を頬張れ。尿道に残っている精液も全て啜れ」
 (そんなことまで・・・でも、再試合のためには)

 反論もできず、逸物の先端に口付ける。

 「んんっ」

 はしたない音を立て、男の欲望の象徴を啜り上げる。啜っては舐め、なんとか吸い出していく。

 「んっ・・・んんっ・・・」

 尿道に残っていた精液は粘り気が強く、唾液と絡めてやっと飲み込んでいく。

 「・・・終わり、ました」

 全てが終わったときには、口と顎と舌が疲弊していた。

 「次で最後だ。そこに用意がしてある。それで儂のモノを拭え」

 ベッド脇に置いてあったおしぼりを持ち、「御前」の逸物を丁寧に拭っていく。時折びくつく逸物の反応に手が止まりながらも、なんとか拭き上げる。

 「うむ、良かろう」

 ようやく「御前」の許可が出て、安堵しながらおしぼりを畳んでサイドテーブルに置く。

 「これで次の試合、私が勝てば社長を戻してくれますね?」
 「ああ、約束は守る。だが、負けたときはまた儂の夜伽の相手をして貰う。次は今回の比ではないぞ」

 次にさせられる予定の行為を明け透けに教えられ、暁子の頬が一気に赤くなる。

 「む、無理です、そんなこと・・・」
 「勝てばお前の養父が戻ってくる。負ければ儂の慰み者になる。勝てば良いだけではないか?」

 夜伽の前に自分が言い放った科白を返され、唇を固く閉じる。

 「そう暗い顔をするな。まだ夜は長いぞ」
 「あっ・・・」

 「御前」の手が乳房を優しく愛撫していた。暁子の身体もそれに応え、既に乳首が立ち上がりかけている。

 「だめ・・・です、もう・・・ふわぁああぁっ!」

 言葉での拒否も、あっさりと突き崩された。

 (また、気持ち良くなってしまう・・・!)

 今まで、自らが性的な対象や行いとされることを、暁子は極端に嫌悪してきた。今日の試合でも性的な嬲りを受けたものの、そこに自らの高まりはなかった。
 しかし今。ベッドの上で「御前」から愛撫を受けると、心の底から気持ち良いと思ってしまう。

 (ああっ・・・今だけは・・・今だけは全てを忘れて・・・)

 「御前」に抱かれることで、試合で嬲られた記憶が上書きされ、脳裏から消えていく。ならば、この快感に身を任せ、少しでも心を軽くしたい。
 再び「御前」の逸物が暁子の秘裂を割る。もう痛みは感じず、暁子は喘ぎ声を洩らした。



 数え切れぬほどの絶頂を迎えさせられ、暁子ははしたなく嬌声を上げ続けた。最後は失神するような眠りへとつかされた暁子は、「御前」から二度と消えぬ快楽の印を刻み込まれたことに、まだ気づいてはいなかった。
 そして、その美貌に一層の輝きを与えられたことにも。


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