【外伝 ビクトリア・フォレスト】

「おい、あれ見ろよ」
「うわ、すっげぇ。外人か?」
「ぼん、きゅっ、ぼん、ってああいうスタイルを言うんだろうな」
「しかも美人だぜ。眼福だな」
 潜めた声で会話を交わす若い男性たちの視線の先には、はちきれんばかりの肢体を誇る肉感的な女性が居た。栗色の髪をショートカットにしていて、大きな瞳、長い睫、厚めの唇が見る者にセクシーさを感じさせる、掛け値なしの美女だった。襟ぐりの広いシャツの胸元は大きく盛り上がり、内側には黒のインナーが覗いている。張り出たヒップはネイビー・ブルーのチノ・パンツが包み、長い脚へと続いている。
 この長身美女が現役のアメリカ軍人だと、道行く人々の何パーセントが信じるだろうか。彼女の名はビクトリア・フォレスト。アメリカ合衆国陸軍に所属し、現在は在日米軍横浜基地に勤務している。
 ビクトリアはこの日本という国が大好きだった。アメリカ軍人として派遣されただけの国だったが、今では第二の故郷のように感じるときもある。
 日本人はアメリカ人と違って感情をそのまま出すようなことはしないが、とても優しく奥ゆかしい。若い男性がナンパしてくることもあるが、断ったからといってナイフや銃を持ち出すこともない。せいぜい悪態をつくくらいだ。
 久しぶりの休日に街へと一人で繰り出し、当てもなくぶらつく。屋台で売るスイーツが美味しそうだと思うと買い食いし、自販機でジュースを買って歩きながら飲む。ウインドウショッピングも楽しいが、衣服のサイズが小さいのが少し悲しい。

 やがて、ビクトリアは行きつけの店で昼食をとろうと、雑居ビルのエレベータに乗り込んだ。ジャパンナイズされた洋食を出すその店はあまり騒ぐ客も居らず、味に加えて静かに食事ができるのがお気に入りだ。
 閉ボタンを押したビクトリアだったが、慌てて開ボタンを押す。そして扉の向こうに向かってにっこりと微笑む。
「ドウゾ」
 簡単な日本語くらいなら話せるようになったのも、日本が好きになれたからだろう。
「おお、ありがとうありがとう」
 頭を下げながらエレベーターに入ってきたのは、車椅子に乗った小柄な老人だった。車椅子を押しているのは品のいい初老の男性だった。小柄な老人はビクトリアの顔を見上げると、その小さな目を輝かせる。
「素晴らしい女性だ。素晴らしい!」
 車椅子の老人は何度も頷き、後ろを見遣る。
「松川!」
「はい、ご主人様」
 名前を呼ばれただけで自分の成すべきことががわかるのか、松川と呼ばれた男性は老人に頷いた。続く老人の指示にその都度頷きを返す。日本語の細かいニュアンスはビクトリアには伝わらなかった。
「何階デスカ?」
 開ボタンを押したまま訊ねる。その問いに応えたのは、小さな噴射音だった。

***

「う・・・ん・・・」
 自らの呻き声で目を覚ます。やけに頭が重く、意識をはっきりと保てない。無意識に頭に手をやろうとし、全く動かないことに気づく。それどころか、動かそうとすると全身に痛みが走る。
(なによこれ、どういうこと?)
 痛みに意識がはっきりし、視線を落として自分の体を確認する。
「えっ!?」
 全身をロープで縛られていた。膝は曲げられ、背中側で手首と足首が一緒に縛られている。手首、肘、膝などの関節だけでなく、乳房の上下と谷間までも縛られ、Hカップを誇る巨乳がロープでくびり出されている。
 縛られていることを知覚すると痛みが増した。
(わからない・・・ここは一体・・・私はどうして・・・)
 辺りを見回すが、まるで見覚えのない場所だ。床に転がされているらしく、灯りは蛍光灯の光だけで、日光の暖かさは感じられない。10畳ほどの部屋の中には手術台のような台座や、何に使うのかわからない装置などもある。
(どうしたんだっけ・・・そう、確か今日は休日で・・・)
「休日」というキーワードをきっかけに、徐々に記憶が戻ってくる。
 昼食をとろうとしたこと。エレベータ。車椅子の老人。松川と呼ばれていた初老の男性。
(そうよ。その後はどうしたっけ?)
 松川にスプレーを吹きかけられたところで記憶が途切れている。
(まさか・・・拉致された!?)
 軍人である自分が拉致された。しかも平和な日本で。信じたくないビクトリアだったが、裸で縛られた現状は楽観的にさせてくれない。
 いきなり軋み音がした。それに遅れ、何かが転がる音がする。その方向に目を遣ると、黒塗りの鉄扉が開かれ、車椅子が、否、車椅子に乗った老人とそれを押す初老の男性が入室していた。
「貴方たち! 一体なんのつもり!?」
 激しいビクトリアの英語での問いには答えず、老人は裸体をロープで飾ったビクトリアを見つめて体を震わせる。
「美しい・・・なんと美しい! もう我慢できんぞ、松川!」
「はい、ご主人様」
 松川は車椅子を台座まで寄せ、老人を抱えてクッション付きのそこに横たわらせる。次に天井と長い鉄製ウィンチで繋がっている巨大なフックを持ち、ビクトリアの手首と足首を戒めているロープの結び目へとしっかり通す。その作業が終わると壁際の装置へと移動し、スイッチを入れる。
 と、駆動音と共にビクトリアの身体が天井に向けて上昇していく。
「あぎっ! 待って! 痛い! 痛いってば!」
 吊るされたことで全身のロープに体重がかかり、更に痛みを与えてくる。
 ようやく上昇が止まり、僅かではあるが痛みが小さくなる。松川はスイッチを操作して機械を止め、ビクトリアの身体が台座に横たわっている老人の上に来るようにフックごと動かす。
「痛い痛い痛い! 痛いって言ってるでしょ!」
 たいした距離ではなかったが、僅かな揺れですらビクトリアを苛む。松川が離れると、そのときにはビクトリアは汗みずくとなっていた。
 再び松川がスイッチを入れる。すると、台座に寝そべった老人に向かい、ビクトリアの肢体が下ろされていく。老人の目が、ビクトリアのくびり出された乳房に釘付けとなる。
「これは大きい。どれ、感触はどうだ」
 大きさに誘われたように、老人が両手を伸ばす。
「おお、柔らかい、柔らかいぞ松川!」
「よう御座いました」
 老人がビクトリアの乳房を捏ね回し、歓喜の声を上げる。松川はただ頷くだけだ。
(痺れてよくわからないのは、幸いなのかどうなのか)
 縛られて血流が悪くなっているためか、全身に軽い痺れがあり、乳房を揉まれる感触も鈍い。しかしそんなことにはお構いなく、老人は乳房を揉むのを止めようとはしない。
「もう少し、もう少し下に。舐め回したい」
「わかりました」
 老人の要望に、松川はビクトリアの身体を少しずつ下ろす。既に涎を垂らしていた老人は、待ちきれずに首を伸ばし、舌も伸ばして乳首を舐める。
「んっ!」
 べとつく感触は、痺れた乳首にもよく伝わった。更にビクトリアの身体は下がり、老人は口一杯に乳首ごと乳房を頬ばった。
「よ、よし、いいぞ松川」
 一度口を離して松川にOKを出し、改めて乳首と乳房を舐めしゃぶる。
「これは良い、これは良いぞ! うむ、やはり女の胸は良い! 若くて大きいとなれば尚更じゃ!」
 老人は舐めるだけではなく、両手も使って乳房を責める。ビクトリアにとって異性に触られることは初めてではないが、このような異常なシチュエーションは初めてだ。昂ぶりもなく、感じるのはただ不快感と痛みだけだ。
 そんなビクトリアの気持ちなど気づかず、否、老人はビクトリアの乳房に夢中で、ビクトリアの気持ちに気づきようがなかった。
(気持ち悪いし、痛いし、いつになったら終わるの!)
 ビクトリアの体は汗を生み、ロープに染み込んでいく。ロープに吸収されなかった汗は、老人や台座に落ちていく。
「お、おお、これは、もしや・・・」
 ビクトリアの乳房を飽きずに揉み続けていた老人が、自分の股間に視線を移す。
「勃った! 勃ったぞ松川! いったい何年振りだ、この感覚は・・・」
 老人の身に着けていた着流しが股間で分かれ、それなりに大きなモノが屹立していた。
「よ、よし、下ろせ。わしの上にくるようにな! ゆっくり、ゆっくりとだぞ!」
 老人の興奮を隠せぬ声に、松川は装置を動かし、ビクトリアの身体を徐々に老人に向けて下ろしていく。
「Stop! Hey,stop!」
 どんなにビクトリアが英語で叫ぼうとも、松川は装置を止めようとはしない。このまま下ろされればどうなるのか、考えるまでもない。縛られた身を捩っても、僅かに揺れるだけだ。しかし痛みだけは全身を襲う。
 とうとう、ビクトリアの秘部に老人のモノが触れた。
「よし、よし、何年振りかの挿入だ。さぞ気持ち良いだろうて」
「No! Damnit!」
 追い詰められたビクトリアは、先程に倍して体を揺する。痛みをもエネルギーとして身を捩る。
「むむむ、こう揺れては入らないではないか」
「ご主人様、お手伝い致します」
 装置から離れた松川が、ビクトリアの股間側に歩み寄る。すると、ビクトリアの秘部へと手を伸ばし、花弁を大きく広げる。
「っ!」
「おお、おお、さすが松川だ。よ、よし、そのままだぞ、そのまま」
 老人は自分のモノを握り、狙いを定める。
(嫌よ! このままじゃ入っちゃう!)
 こんな卑怯な手段を使い、欲望を満たそうとする人間に汚されたくはなかった。最後の最後まで抵抗しようと、必死で身を捩る。そのとき、股間の叢が老人の亀頭を擦った。
「う、お、おふぉおおふ!」
 獣のように咆えた老人が身を震わせる。老人の逸物が脈動し、凄まじい量の白濁液を噴出する。
「Noooooo!」
 勢い良く放たれた白濁液はビクトリアの股間にかかり、生暖かさを伴ってべっとりとへばりつく。
「お、おお、おおふ・・・」
 しとどに放出した老人は余韻に身を震わせていたが、徐々に震えが治まっていく。
「ほぉう」
 大きく息を吐き出した老人はゆっくりと目を閉じた。その顔には満足げな表情が浮かんでいる。そのまま動こうとしない。
「ご主人様?」
 射精した姿勢のまま固まった老人に松川が声を掛ける。返答がないため少し早足で老人の頭部側に歩み寄り、耳元で老人を呼ぶ。それでも反応は返ってこず、老人の手首で脈を取る。
「ご主人様・・・」
 松川が大きく嘆息する。
 暫くその姿勢のまま動かなかった松川だったが、目元を拭うと、ビクトリアの身体を上昇させ、盥で濡らしたハンカチで老人の股間を清めていく。清め終わると丁寧に服を整える。そこまでしたところでビクトリアを向く。
(まさか・・・次は、この人が)
 松川の顔から表情は読めず、不気味な能面を被っているようだ。
 松川はビクトリアから視線を外し、盥でハンカチを洗う。老人の股間が拭われたそれを、ビクトリアの顔に近づけていく。
(まさか! 窒息死させるつもり!?)
 濡れたハンカチで口を塞げば、窒息させることは可能だ。縛られた状態ではあるが、ビクトリアは必死に顔を背ける。
「暴れては困ります」
「いやっ! いやぁっ!」
 困るなどと言われようが、命の危険を感じるビクトリアは暴れ続ける。
「・・・ああ、なるほど。暴れるのも無理はありませんね。私も動揺しているようです」
 一人呟いた松川は、ビクトリアの背後へと回った。
(一体、何をする気?)
 視界から消えたことで、逆に恐怖が込み上げる。
(まさか、このままレイ・・・)
「あひゃうっ!」
 突然の感触に、ビクトリアはあられもない声を上げていた。
(えっ、もしかして、これって・・・)
 松川が先程のハンカチで、老人の精液に汚された股間を拭ってくれていたのだ。
「ふむ・・・全てではありませんが、大方は綺麗にできたようです」
 松川はハンカチを盥に入れ、装置へと歩み寄る。そのままビクトリアを床に下ろし、ロープを解く。
「大変失礼致しました」
 綺麗な発音の英語で松川が謝罪する。差し出された松川の手を掴んで立ち上がったものの、縄を外されたことで縮まっていた血管が広がり、血液の流れが一気に良くなる。長時間の正座後のような痺れが全身に走り、よろける。
「大丈夫ですか?」
 松川が支えてくれるが、その手がビクトリアの胸を押さえる。
「これはご無礼を」
 しかしその手をすぐに外し、松川はビクトリアの腰と背中を支える。
「こちらがシャワールームとなっております、ご利用ください」
 鉄扉を開いた松川は、隣にある扉を開き、ビクトリアを押し込む。
(シャワーを浴びさせてから改めて、ってこと?)
 そんな疑念を持ちながらも、出入り口を睨みながらシャワーを浴びる。特に股間を念入りに洗うと、それ以外はおざなりで済ませる。
「どうぞ」
 扉が微かに開き、隙間から突き出された松川の手からバスタオルが差し出される。無言でひったくり、体を拭く。
「着替えは扉のすぐ外です。私は隣に居りますので」
 その言葉の後で、確かに松川の気配が遠くなる。
 シャワールームを出たビクトリアは、駕篭に入っていた衣服を手に取る。下着と服を身に付けると、縄で縛られた痕が擦れてひりつく。
(ああもう、本当に腹が立つ!)
 怒りを感じながらも、肌を擦らないように慎重に服を身につけていく。その行為が余計に怒りを煽った。

「で? 一応言い訳を聴いてあげようかしら?」
 応接室らしき部屋に場所を移してから、腕組みしたまま冷たい視線で松川を見据えるビクトリアだったが、松川は淡々としたものだった。
「ありがとうございます」
 丁寧な礼をしてから、遠い目つきとなった。
「私はご主人様に三十年仕えてきました」
 老人は親から受け継いだ財産で投機を行い、見事賭けに勝った。一生遊んでも使い切れない金を手に入れ、派手に女遊びをした。しかし荒淫が祟ったのか、心臓に病が宿った。歩くこともままならなくなり、知人の紹介で松川を雇い、身の回りの世話をさせた。
 松川は一度、何故女性ではなく男である自分を雇ったのかと訊ねたことがあるが、このような体になった自分を女性には任せたくない、というのが老人の答えだった。
「我が侭で困らされるばかりでしたが」
 そこで松川は大きなため息を吐いた。
「今は、ただ哀しみで一杯なのです」
 松川の心からの吐露に、ビクトリアも思わず嘆息していた。冷静になれば、例え自業自得だとしても人一人が亡くなっているのだ。もう老人を憎む気持ちはなかった。
 他者への同情。それができるのがビクトリアの美点でもあり、弱点でもあった。
「これは些少ですが」
 暫し瞑目していたビクトリアに、松川が白封筒を差し出す。
「・・・これは?」
「迷惑料、ということにしておいてください。ただ、今日のことはどなたにも内密にお願い致します」
「・・・勝手な言い草ね」
 そう皮肉ったビクトリアだったが、封筒を手に取る。別にお金には困っていないが、あれだけのことをされ、口止めまでされては、正当な取り分だとは思う。
「っ!?」
 ぶ厚い感触に、思わず手が止まる。
「ご主人様が亡くなった今、遺産は私が受け継ぐことになっております」
 ビクトリアの躊躇に気づいたのか、松川が淡々と告げる。
「そ、そう」
 意味もなく頷いたビクトリアは、封筒を妙に慎重にポケットへと納めた。
「ご主人様の申し付けとは言え、貴女様を辱めたこと、心よりお詫び申し上げます。しかし、もうあのようなことは決してしないとこの場でお誓い致します」
 松川の下げられた頭に納得しかけたビクトリアだったが、すぐに口を開く。
「あ、でも、それじゃどうしてすぐにロープを解いてくれなかったの? かなり痛かったんだから」
 股間を拭ってくれたとは言え、その分痛みが長引いたのは事実だ。
「それは・・・」
 松川が言いよどむ。その頬は、微かではあるが赤みがあった。
「貴女様の裸体が、その・・・とても美しかったものですから」
 ビクトリアに視線を合わすことができずに、松川は横を向いた。
「あ、そ、そうなんだ」
 松川の率直な賛美に、ビクトリアの顔も赤くなっていた。
「それでは、お送り致します」
 松川の申し出にビクトリアは頷いた。ここで意地を張るよりも、早く帰りたいという気持ちのほうが強かった。

 高級外車で基地近くまで送って貰い、ビクトリアは車を止めさせた。車を止めた松川は運転席を降り、ビクトリアが降りやすいようにとドアを開けてくれる。
「ありがと」
 一応礼を言い、車を降りる。松川は音もさせずにドアを閉めた。
「では、もう二度とお会いすることもないでしょう」
 右手を胸に当てた松川が、深々と頭を下げる。
「ええ、そうね」
 そう言い捨て、ビクトリアは早足で車から離れた。
 暫く歩いて振り返っても、松川は頭を下げた姿勢を少しも崩していなかった。それが日本人の執事の特性なのか、松川本人の資質なのか、ビクトリアには判断がつきかねた。
 ビクトリアは一つ首を振り、基地への帰路を取った。

***

 暫く残ったロープ痕は、女性同僚の誤解と憶測を呼び、在らぬ噂となって基地内を駆け巡ったと言う。その噂を真に受けた不良男性同僚を叩きのめしたことが呼び水となり、数々の揉め事を起こすようになった。
 そして親しかった女性同僚のレイプ事件をきっかけに、ビクトリアは淫靡なアンダーグラウンドへの扉を開くこととなる。


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