【外伝 鬼島洋子】

 鬼島洋子は、社長令嬢だった。
 父親は「鬼島建設」の社長だった。若くして「鬼島建設」を興した父はエネルギッシュで熱意と行動力に溢れ、「鬼島建設」を瞬く間に拡大していった。
 社長令嬢(というような淑やかさはなかったが)である洋子は生活に不自由を感じることもなく、女の子だてらに空手と柔道にのめり込み、同級生の男子にも負けない実力を身につけた。喧嘩で怪我をさせても父が金で方をつけてくれた。

***

 そんな生活が一変したのは、洋子が十六のときだった。
 突然家を追われ、狭く汚いアパートへと引っ越すことになった。そのときの父は全てを吸い取られた抜け殻のようで、かつての面影はなくなっていた。
「乗っ取られた・・・」
 その搾り出したような言葉が、洋子に薄々事情を悟らせた。

***

 そこから、極貧の生活が始まった。
 父は社長時代の強引な手法の反感からか就職もままならず、皿洗いなどの安いバイトに甘んじた。母もパートで働きながら家事をこなした。両親が朝から晩まで働いても家賃や生活費、洋子の学費などに消え、借金だけが嵩んでいった。

***

(私がお金を稼げれば・・・)
 身を粉にして働く両親を見て、洋子は自分にもなにかできないかと考えるようになった。しかし同級生のように、自分の性を売り物にする気はなかった。
 そんな洋子に耳寄りな情報を教えてくれたのは、かつての父の部下だった。

***

 数日後、道衣を着た洋子の姿がリングの上にあった。
 プロレスのリングではなく、裏の世界の賭け闘技場。そこで勝てば莫大な額の金を得ることができる。例え対戦相手が男でも、腕っ節になら自信がある洋子にとってお誂え向きの場所だと思えた。
 そのときまでは。

「う、ぐぅぅ・・・」
 もう、腕も上がらなかった。左頬は熱を持ち、防御に回すしかなかった腕や脚は打撲のために腫れや痣だらけになり、左手の小指には疼痛が響く。ひびが入っているのかもしれない。他にも何箇所か骨折しているだろう。何度も腹筋を打たれ、吐いたのも一度や二度ではない。対戦相手の男にも多少の傷は与えているが、致命傷には程遠い。
「うらぁっ!」
 男の気合と共に、大外刈りでリングに叩きつけられる。
「あぐぅぅぅ・・・」
 もう、立ち上がる力も残っていなかった。弱々しく咳き込むしかできない。
「もう終わりか?」
 男がマウントポジションから聞いてくる。返答は、血が混じった唾でした。
「このアマぁ!」
 素手で思い切り殴られた。口の中がまた切れ、鉄の味が広がる。歯が折れていないのが唯一の救いだった。
 男が怒りの表情のまま、洋子の帯を解き、道衣の前を開け、ズボンを脱がす。
「やめ、ろ・・・」
 男の狙いに気づき、のろのろと右腕を振る。その右腕を掴まれてうつ伏せにされ、道衣を脱がされた。逃げようとした後ろからTシャツを破られ、下着姿にされてしまう。男の手が胸へと伸びた。
「なんだ、ちっさめだな」
 必死に這って逃げようとしたものの、胴を抱えられ、裏投げでリングへと投げつけられる。
「あ、が・・・」
 受身を取れたのは奇跡的だった。だが、もう動けない。男は洋子のブラを外し、頭上で振り回した後に観客席へと投げ入れる。
「さて、後一枚だな」
 男の手がパンティに伸びたが、これだけはさせまいと力を振り絞って手を動かし、パンティを抑える。しかし、パンティは洋子の手から外れ、男の手に移った。男が頭上に掲げたパンティを見て、観客達がどっと沸く。
 洋子を跨いで立った男が、見せ付けるようにズボンタイプのレスリングタイツを脱いでいく。タイツの下から現れたのは、既に硬く立ち上がった男のイチモツだった。これから行われるレイプショーに、観客席から指笛が鳴らされる。
「あ、ああ・・・」
 しゃがみ込んだ男が、秘部にイチモツを当てたのがわかる。
 こんなところで処女を奪われるのか。不思議と焦りはなかった。痛みと疲労が正常な思考を奪っているのかもしれない。

「待て」

 その声に、会場が凍りついた。大きく張り上げたわけではないのに会場を圧したその声に、今まさに洋子を犯そうとしていた男も動きを止めた。
 声の主はゆっくりとリングに上がり、男を見下ろす。洋子の目に映った声の主は、髪の半分以上が白くなった和服の男性だった。
「その女、儂が買おう」
「待てよ、例えあんたでも、勝負がついてないのにそんな無茶は・・・」
「一億」
 声の主の一言は、男にではなくプロモーターに向けられたものだった。
「お前にも後で充分な金を渡す。望むなら女もあてがう。それでどうだ?」
「嫌だね、俺はこの女を犯したいんだよ! 今すぐ、この場でだ!」
 血走った目を和服の男性に向け、闘いの興奮そのままに男が喚く。獲物を犯す寸前で邪魔をされた、そのことへの怒りがそうさせた。
「ほう・・・」
 二人の間に、闘争の空気が渦巻いていく。それと反比例するように、会場の温度が急速に下がっていく。
 男の先制のジャブは和服の男性に届かなかった。その後の連打も全て左手一本で叩き落されていく。
「ちぃっ!」
 男の放ったハイキックは、アキレス腱固めで返されていた。
「ぎゃぁぁぁっ!」
 悲鳴と共に、一瞬でアキレス腱を断裂した痛みに男がのたうつ。それを冷たく見下ろし、和服の男性が右背部、肝臓の裏側に蹴りを入れる。洋子の耳に、骨の砕けた音が届く。
「がふっ、がはぁっ! すまねぇ、いや、すいませんでした、俺が、身の程知らずでした、も、もう勘弁してください・・・!」
 あばら骨が内臓に刺さった痛みに咳き込みながらも、男は必死に許しを請う。その姿は滑稽ですらあった。
「儂に喧嘩を売って、これで済むと思うか?」
 和服の男性の言葉に、男が泣きそうな表情で首を左右に振る。子どもがいやいやをするような動作は、奇妙に可愛げがあった。
 その顔に和服の男性の掌底が叩き込まれ、鼻を潰す。返す手刀が顎を打ち抜き、男は糸が切れたようにリングへと倒れ伏した。その男の後頭部に踵を踏み下ろしたところで、和服の男性から闘いの気配が消えた。
「あ、ありがとう・・・」
 洋子の口にした言葉に、男性が驚いたような表情を浮かべ、一拍おいて哄笑する。
「儂に礼を言うか! そうか、お前は儂が何者か知らぬからな、それも仕様があるまい」
 ひとしきり笑った後、和服の男性は洋子に道衣を掛け、観客から洋子の肢体を隠す。
「あ・・・」
 そのまま男性は洋子の背中と膝裏を持って軽々と抱え上げ、リングを降りる。
「『御前』、私が・・・」
 黒いスーツの上下にサングラスをかけた男が、「御前」と呼んだ和服の男性から洋子を受け取ろうとする。
「いや、このまま車まで運ぶ。準備はいいな」
「はっ、いつでも出発できます」
 知覚はそこまでしかなかった。

***

「・・・?」
 目を開けると、まるで見知らぬ光景があった。広い部屋、高価な家具、キングサイズのベッド・・・
 驚いて起き上がろうとして、全身の痛みにベッドへ倒れ込む。そこで自分が全裸なのに気づき、ベッド脇のテーブルに置かれていた下着とワンピースを痛みに悶えながら身に着ける。身に着けてみて、初めてそれが真新しいものだと気がつく。
 そのとき、ノックもなしにドアが開いた。
「ほう、もう目を覚ましたか」
 声の主は、やはり和服の男性、「御前」と呼ばれていた男性だった。慌ててシーツで体を隠した洋子の身体を、シーツ越しに眺めてくる。
「手を出せ」
 「御前」は洋子の左手を掴み、小指を持つ。
「痛っ!」
 ぱきり、という軽い音と痛みが走るが、すぐに小指の痛みが消える。
「え・・・なんで」
「骨のずれを直した。シーツをどけて服を脱げ、他の場所も直してやる」
 「御前」の傲慢な口調に気圧され、おずおずと下着姿になる。
「下着も脱げ、ぐずぐすするな」
 隠そうともしない怒気に震え上がり、ブラのホックを外し、パンティを脱ぎ去る。
 右のあばらを三か所、左のあばらを二か所、左上腕の骨のずれが正され、洋子はそのたびに悲鳴を上げた。
「まったく、おなごの悲鳴は耳に痛い」
 「御前」が顔を顰めながら小さな壷を枕元に置き、手に取って洋子の傷に塗りこむ。冷たい感触があったと思った瞬間、熱に炙られる。
「ぐぅぅっ・・・」
「秘伝の膏薬だ。痛みは感じるが、一時のもの。すぐに引く」
 ほぼ全身に薬を塗り込まれ、絶え間なく熱風に曝される。のたうち回りたいという欲求は、「御前」に押さえ込まれた状態では敵わなかった。代わりにシーツを強く噛み締め、痛みを堪える。
 徐々に痛みが引いていき、洋子の力も抜けていく。
「やれやれ、やっと落ち着いたか」
 「御前」が洋子の拘束を解いて上半身を起こさせ、顎を掴む。間近になった「御前」の顔に、洋子の鼓動が跳ね上がる。
「口を開けろ」
 洋子が素直に口を開けると、口腔内に「御前」の指が侵入する。口の中に入れられた指が内側に当たるたび、熱を伴った痛覚が脳まで奔る。
「あがっ! がごぉっ!」
 顎関節の付け根が押さえられているため、口が閉じられない。涎が糸を引いて落ちていく様は、妙にエロティックだった。
 洋子には長い時間が過ぎ、漸く口から「御前」の指が抜かれた。
「これで終わりだ。どうだ、口の中の痛みは?」
 言われて初めて、口の中からも痛みが薄らいでいることに気づく。どうやら口の中にまで薬を塗り込んでくれたらしい。
「ありがとうございます」
 タオルで手を拭っていた「御前」に頭を下げる。そのとき、「御前」の肩が震えた。その震えが徐々に大きくなり、哄笑へと変わる。その哄笑は、洋子を本能的に怯えさせた。
 「御前」は一頻り笑った後、視線で洋子を捉える。
「くくっ・・・またも礼か。笑わせてくれる。これだけ笑ったのはいつ以来か」
 なぜ「御前」が笑ったのか、洋子にはわからない。しかし、背筋を冷たいものが這った。
「教えてやろう」
 何を教えるというのか。聴いてはいけないと、なぜか理性が命じた。

「お前たちから家を奪ったのは、儂だ」

 その言葉は、信じたくなかった。理解したくもなかった。
「じゃあ・・・じゃあ、父の会社を乗っ取ったのって・・・」
「ああ、儂だ」
 あっさりと肯定した「御前」が信じられず、洋子は首を振っていた。あの裏のリングの上で、自分を助けてくれたではないか。亀裂骨折も治してくれた。薬も手ずから塗りこんでくれたではないか。
「さて、ではその身体を貰おう」
 「御前」の手が、小振りだが形のいい乳房を掴む。反射的にその手を払っていた。
「へ、変なことをしたら、舌を噛んで死ぬわ!」
 半ば本気の叫びだった。しかしその言葉も「御前」を止めることはできなかった。
「死ぬ、か。お前にそんな権利はない」
 冷たく言い放たれ、知らず自分の肩を抱き締めていた。
「儂はお前を助けるため、一億という金を使った。その埋め合わせをする前にお前が自害すると言うなら、それはお前の両親に払って貰わねばならん。なに、生命保険に入ればそれくらいは手に入る」
 遠回しに、洋子が死ねば両親も死ぬのだと言われ、洋子は抵抗できなくなった。抗う気力を奪われた。
「お前の両親が生きるか死ぬか、お前次第だ」
 それなのに、「御前」は更に追い討ちを掛けてくる。
(父さん・・・母さん・・・)
 両親の顔を思い浮かべようとしたが、丸められた背中しか浮かばなかった。生活環境が激変しても、洋子を育てるために骨身を削って働いてくれている両親なのに。
「じょ、条件があります」
 考える前に言葉が零れていた。
「私を抱いたら、両親の生活を保障してくれますか?」
「随分虫のいい条件だな。だが、ふむ・・・そうだな、お前を抱いた分を、給金として両親に送ってやろう。一度では終わらんぞ。これから何日も何ヶ月も、下手をすれば何年も抱くかもしれん。それでもいいのだな?」
 どうせ抱かれるのなら、一度だろうが二度だろうが、千度だろうが関係ない。洋子ははっきりと頷きを返した。

 「御前」は和服を脱ぐと、褌一枚の姿となった。鍛え上げ、無駄な肉を削ぎ落とした野性の獣を想わせる肉体だった。そのままの姿で洋子を四つん這いの体勢にさせ、秘裂を丹念になぞる。
「くふっ・・・んんっ・・・」
 恥ずかしさと刺激に声が洩れてしまう。しかし、そんなことでは「御前」の指の動きは止まらなかった。
 やがて、秘裂から生まれた液体が「御前」の指を塗らした。
「準備ができたようだな。尻を上げろ」
 恥ずかしさを堪え、命じられた通りにお尻を高く上げる。衣擦れの音は「御前」が褌を外したのだろう。
「では、行くぞ」
 後ろから尻を持たれ、秘裂に逸物を当てられる。
「ひっ、やっぱり・・・」
 続きを言う前に、貫かれた。
「あっ・・・がっ・・・」
 処女膜が破られた。激痛、などという生易しいものではなかった。まるで自分の身体が二つに引き裂かれ、灼熱する焼きごてを突っ込まれたようだった。
「どうだ、初めて男の逸物を咥えこんだ感想は?」
 「御前」は洋子の呻きなど気にも留めず、自分の拍子で腰の前後運動を行う。
「や、やめて・・・動くのだめ、い、たい、のぉ・・・!」
 「御前」の逸物が膣の中を往復するたび、処女膜の残滓が削られていく。狭く縮こまっていた膣道が「御前」の桁外れの巨根に無理やり拡げられ、痛みしか与えてくれない。
「両親の生活を保障する代わりに抱かれると言っておいて、舌の根の乾かぬうちにやめてと抜かすか」
 「御前」が仮借ない力で洋子の尻たぶを叩く。
「あぐぅ!」
 その一撃に、洋子の尻に「御前」の手形が刻まれる。それとともに腰の位置もずらされ、「御前」の逸物が膣の中を抉る。
「あがぁっ!」
「うるさいおなごだ、処女はこれだから困る。だが、締め付けは堪らんの。腰が止まらんわ」
 「御前」の自分本位の突き込みに、洋子は苦鳴を上げ続ける。破られた痕を規格外の巨根が蹂躙する。
「痛い、痛いのぉ、もういや、こんなのいやぁ・・・」
「両親のためだ、我慢せい」
 再び尻を叩かれた。
「ひぎぃっ!」
 衝撃で膣を締めてしまい、更なる痛みを味わう。
(こんなのないよ、こんな痛いのが、私の初体験なんて・・・!)
 人並みに想像していた甘い初体験は、脆くも打ち砕かれた。

 その後も洋子は泣き喚いても、哀願しても犯された。気を失いそうになっても、膣の痛みが現実に引き戻した。

 解放されたのは、窓から朝日が差し込む時間となってからだった。最後には膣の中にしとどに精を放たれ、終わりを告げられた。
 気死したような洋子をベッドに残し、「御前」は部屋から姿を消した。
(やっと、終わった・・・)
 そう考えるのがやっとで、洋子は泥のような眠りへと落ちていった。

***

 終わりではなく、始まりだと知らされたのはその日の夜からだった。
 だいぶ軽くなったとはいえ、打撲と骨折の痛みからベッドに横になっていた洋子のもとに、再び「御前」が姿を現した。
「ひっ・・・!」
 それだけで洋子は両肩を抱き締め、少女のように震える。
「そこまで恐がらずともよかろう。お前の初めての男だぞ」
 「御前」の唇に酷薄な笑みが浮かぶ。
「いや・・・いやぁ・・・」
 洋子にとって、「御前」は恐怖の対象でしかなかった。その和服を脱ぎ去った「御前」が、恐怖の対象が褌までも外す。
「ひぃぃっ!」
 昨日自分を貫いた逸物が姿を現した。目の当たりにすると、より一層巨大さが感じられる。こんなものが突き込まれたのだ、痛くない筈がない。
「では、今日も楽しませて貰おう」
 自分が楽しむために抱くのだとの宣言に、洋子は震えることしかできなかった。

 昨日処女を失ったばかりの身に、「御前」の責めを耐えられる筈もなかった。痛みに絶叫し、激痛に意識を失い、強烈な突き込みにまた覚醒させられる。
 解放されたのは、またも朝日が昇ってからだった。

***

 淫虐地獄が始まった。毎晩のように「御前」が部屋に現れ、失神するまで、否、失神しても更に犯された。
 しかし毎日貫かれることで、洋子の膣は徐々に「御前」の逸物に慣らされていった。洋子本人が否定しても、身体は「御前」の逸物を飲み込めるようになった。そんな身体にされていった。


 一週間が過ぎた頃、洋子には「御前」の広大な自宅の中を動ける自由を与えられた。まるでどこかの王宮のような広さの屋敷だった。何十人、ひょっとしたら何百人という人間が働いていた。
 ただ圧倒されるしかなかった。

 突然、腕を掴まれた。
 抵抗する間もなく暗がりに連れ込んだのは、同年代の三人の少年だった。
「お前だな、新しい『御前』の玩具は」
 そう言った少年の唇には洋子を見下げる嘲りが浮かび、その目は洋子を視姦している。
「何か用?」
 腕を振り解く。負けん気は強い。相手の方が人数が多かろうが、それで怯む洋子ではなかった。
「随分と強気だな。『御前』に抱かれたら女主人気取りか?」
「あんたらみたいに群れなきゃ何にもできない奴に、弱気になる必要がある?」
 洋子が鼻で笑った瞬間、腹部に灼熱感が広がった。
「あ・・・が・・・」
「誰にモノ言ってんだ? ああ?」
 容赦のない拳での一撃に、洋子が膝をつく。
「よし、両手押さえてろ。まずは生意気な口に突っ込んでやる」
 首謀者格の少年が他の二人の少年に命じ、自分はズボンからイチモツを露出させる。他の二人は洋子の後ろに回り、腕を捩じ上げる。
「おら、口開けろ」
 首謀者格の少年が洋子の顎を掴むが、洋子は口をきつく結び、少年を睨み上げる。
 乾いた音と共に、頬を張り飛ばされていた。
「なんだよその目は、ああ? どうせ『御前』にもご奉仕してるんだろ、俺たちにも同じことすりゃいいんだよ」
(あんたらなんて、「御前」の足元にも及ばない存在の癖に!)
 頬を張られ、痛みよりも悔しさが込み上げる。
「そんな目で俺を見るんじゃねぇっ!」
 再び頬を張られた。仮借ない力に、意識が一瞬飛びかける。
 そこに、小さな味方が現れた。
「駄目だよ、『御前』の女の人に手を出したらいけない!」
 そう叫んで洋子を救おうとした小柄な少年が、鳩尾を蹴られて床に転がる。
「うるせぇな、ばれなきゃいいんだよ。それとも竜司、お前この女を独り占めしたかったのか?」
 首謀者格が、竜司と呼んだ少年を嘲笑う。竜司は腹部を押さえて呻くだけだった。
「ま、しばらく見てろ。後で替わってやるからよ」
 首謀者格が洋子の鼻を摘む。暫くは耐えていた洋子だったが、息苦しさから口を開けてしまう。その瞬間、首謀者格のイチモツが入ってきた。
「へへへ、どうだ、口ん中に入れてやったぜ。口の次はアソコの具合を確かめてやるからな」
 少年が遠慮なしに一気に奥まで突き入れてくる。
「あがっ、うげぇっ!」
 喉の奥を突かれ、嘔吐感が襲ってくる。
(・・・いいかげんにしろっ!)
 口の中に突き込まれたモノに歯を立てた。
「ぎゃぁぁっ!」
「こいつ、なんてことしやがる!」
 腕を押さえていた少年に殴り飛ばされる。しかし拘束もなくなり、洋子は構えを取った。
「はぁっ!」
 右手で放った突きは上段受けで逸らされ、無防備な右脇を掌底で打ち抜かれた。
「しぇいっ!」
 間を置かずに前回し蹴りで脇腹を抉られる。その威力に壁まで吹っ飛び、床に崩れ落ちる。
「このクソアマぁ・・・なんてことしやがる!」
 イチモツの痛みに脂汗を流す首謀者格の少年が、倒れた洋子の腹部に爪先を叩き込む。
「えぐぅっ!」
 容赦ない一撃に、腹部を押さえてのたうつ。
「もう許さねぇ、ぼこぼこにしてから犯しまくってやる!」
 少年の目には怒りと欲望があった。

「なにをしているのですか」
 静かなその声が、少年達の動きを止めた。
「その娘は『御前』のお手つきです。貴方達が好きにしていい娘ではありません」
 後ろに流した髪が全て白髪となり、鶴のように痩せた老人はこの館の執事長だった。一旦は動きを止めた少年達だったが、欲望を邪魔されたことで頭に血が上った。
「・・・うるせぇんだよ、爺ぃっ!」
 執事長に襲い掛かった少年達は、一瞬で一人残らず地に這った。ある者は鼻血と歯を噴き出し、ある者は血反吐を吐き、ある者は膝がありえない方向に曲がっていた。
「何をされましたか?」
 もう少年達など眼中にないといった様子で、執事長は洋子に問うた。
「いえ、いいんです、気にしないで・・・」
「勘違いしないように」
 洋子の言葉を遮り、執事長は洋子の目を覗き込んだ。
「私には、この館の中で起こったことを全て把握する責務があるのです。貴女の思いなど斟酌する必要はない」
 そこにあるのは、冷たく、底の見えない瞳だった。
「何をされましたか?」
 その瞳が恐ろしく、洋子は震えながら少年達の行為を伝えた。
「わかりました」
 執事長は頷くと、竜司と呼ばれた少年にも同じ問いを発した。竜司ははっきりと少年三人が洋子を汚そうとしていたことを告げ、頷いた執事長は洋子に背を向けた。
「・・・もし貴女が希望するなら、『御前』にはこのことはお伝え致しませんが、どうしますか?」
 その声に微かな温かみを感じたのは、洋子の思い込みだろうか。
「ええ、伝えないでください」
 つまらない意地でしかないのはわかっている。でも、僅かでも意地を張ってみたかった。

***

「どうした、その顔は?」
「なんでもありません」
 その夜のいつもの寝室。頬に青く跡を残した洋子に「御前」が尋ねるが、洋子は説明しようとはしなかった。
「そうか」
 そう言っただけで、「御前」は身を硬くする洋子に覆い被さり、愛撫を行う。今までと違う手つきに、洋子の体がほぐされていく。
(なんで・・・こんな)
 心が戸惑い、身体が高まっていく。戸惑いは、快感への導火線となった。

 洋子の秘部が充分に潤いを湛えたのを見て取り、「御前」がそこに逸物を当てる。
「ゆくぞ」
 「御前」の雄大なモノが、ゆっくりと潜り込んでくる。
「あっ・・・んんっ・・・」
 不思議と痛みは感じなかった。痛みの代わりに、下腹部に熱が生まれる。その熱は「御前」が動くたび、どんどんと温度を上げていく。
(何これ・・・こんなの知らない・・・!)
 下腹部の熱が全身へと広がっていく。内側から洋子を炙り、どこかへ押しやっていく。
(恐い! 私、どこかに行っちゃう!)
「む、締め付けが変化したの。そろそろか」
 「御前」の突き込みのピッチが上がる。強烈な突き込みを受けるたび、洋子は高みへと昇っていく。昇らされていく。
 いきなり、視界に巨大な火花が散った。
「あ・・・あああぁぁぁーーーっ!」
 意識は高みへと昇り、弾けた。洋子の初めての絶頂だった。

「あ・・・ん?」
 目覚めたとき、「御前」の顔が目の前にあった。
「洋子、儂が憎いか?」
 出し抜けにそう訊ねる「御前」に、決意を込めた表情で頷く。
「ならば、儂の下で働け。働きながら儂の隙を窺え。お前の父のように儂に隙があれば、遠慮なく儂から全てを奪え」
 この命までも。その「御前」の言葉に、ぎらつく視線で頷いた。

***

 洋子には少しずつ重要な仕事が与えられるようになった。元々頭の回転が良く、理解力もあることから充分「御前」の期待に応える働きをすることができた。
 あのとき洋子へと絡んできた少年三人は、いつの間にか屋敷から姿を消していた。屋敷を統括する執事長に問うても、微笑を返されるだけだった。

***

 洋子は仕事をこなしていく中で得た情報を使い、何度も「御前」を破滅させようと目論んだ。しかしそのたびに露見し、「御前」から罰と称した嬲りのフルコースを味合わされた。
 あるときは「御前」に格闘の訓練だと言われて半死半生の状態にまで追い込まれ、痛みの残った状態で激しく犯された。
 あるときは拘束され、極太バイブを突き込まれたまま一昼夜放置された。
 あるときは「御前」の部下数名に押さえ込まれ、一日中ひたすら愛撫を加えられた。飲食は口移しで行われ、唯一の休息はトイレでの排泄だった。排泄の後は必ず浴室に連れて行かれ、失神するまで泡塗れの愛撫をされた。

 「御前」からは何度犯されたかわからない。しかし、犯されるたびに自分の身体に「御前」を刻み込まれ、いつしか「御前」への愛撫に身体が容易く反応するようになっていった。洋子のプライドはそれを否定したが、洋子の中の女は「御前」に抱かれるたびに喜びに震えるようになってしまった。

***

 洋子は十七歳の誕生日の前後三日間、休暇を貰った。正確には家族と過ごすことを命じられた。

 久しぶりに訪れた安アパート。あの裏のリングでの闘いが何年も前のように感じるが、まだ半年前のことでしかなかった。何度も呼び鈴を鳴らすのを躊躇い、指をかけては離すということを繰り返す。
 それでも覚悟を決め、呼び鈴を押す。安いブザー音が鳴った。
 ドアから覗いたのは、父親の顔だった。
「洋子!」
「・・・ただいま」
「お帰り! さ、上がりなさい」
 遅れて母の顔も覗く。
 両親が笑顔で迎えてくれる。会わなかった半年の間に、二人ともめっきりと老け込んでいた。
「洋子、大人っぽくなったわね」
 母のしみじみとした言葉に、洋子はなぜか羞恥を覚えた。
「ああ、綺麗になったな。変な虫がつかないように気をつけろよ」
「なに言ってるの父さん!」
 自然に笑えたか、自信がなかった。

 両親には手紙で、住み込みで働くようにしたと伝えている。急なことに不審を覚えられたかもしれないが、毎月の入金がある以上、信じた筈だ。
 真実をぶちまけたい。叶えることができない願望に胸が焦れた。

「洋子にも苦労を掛けることになって済まないな。あのまま会社を続けれていれば、お前にも学校を辞めさせずにすんだのに」
 父親の言葉に、意を決して尋ねる。
「ねぇ父さん」
 洋子の雰囲気が変わったのに気づいたのか、父親の表情が引き締まる。
「父さんの会社を乗っ取った人間のことなんだけど・・・」
 続けようとした洋子の言葉は、父親の上げられた手に遮られた。
「・・・もう、いいんだ」
 もういいんだ、父親はもう一度繰り返した。
「この前、元の会社をこっそり見に行ったんだ」
 バイトの空き時間、父親は何かに導かれたかのように、自分が興し、乗っ取られた「鬼島建設」(現在は「奏星建設」)の前にいた。そこで見たものは、かつての部下たちの生き生きとした働き振りだった。
「あいつらのあんな顔、俺は見たことがなかった」
 父親が社長だった頃は、皆何かに怯えたように仕事をしていた。
「いや、何か、じゃなく、俺に怯えていたんだ」
 あのときはわからなかったことが、この境遇になって理解できた。
「今では、乗っ取った相手に感謝すらしているんだ。なにより、こいつとの時間が持てる」
 父親は母を見て、照れたように笑う。母も幸せそうな笑顔だった。
 反発と安心が、洋子の心を満たした。

「ほら」
 食事の後、父親が差し出したのは貯金通帳だった。名義は「鬼島洋子」となっている。
「父さん、これ・・・」
「ああ、お前が送ってくれたお金だ」
 まさか子供の金に手をつけるわけにはいかないだろう、そう言って父親は笑った。
「そんな、だってこのお金を使えばもっとましな生活を送れたでしょ!?」
「いいんだ、お前の気持ちが嬉しかったから、それだけでいいんだ」
「父さん・・・」
「父さんの言う通りよ」
 母も洋子に頷いていた。
「貴女が元気にしている、それだけでいいの。貴女が仕送りしてくれる、その気持ちだけで幸せなの」
 いつしか、洋子は泣いていた。悲しさからではなく、両親の思いやりに心打たれて。

 久しぶりの親子三人での食卓は、明るい笑いが耐えなかった。過去を羨むのではなく、懐かしむ。二度と戻らない生活を笑い飛ばす。
 幸せな三日間だった。


 休暇は瞬く間に終わった。貯金通帳は受け取らず、両親に預けたままにした。
「それじゃあ」
 当分は会えないだろう両親に手を振り、洋子はアパートを後にした。
 一度も振り返らず、その背に両親の視線を感じながら「御前」の元へと戻った。

「ただいま戻りました・・・」
 現在の雇い主、というよりも主人のような存在である「御前」に帰還の報告を行う。
「ふむ。久方振りの親子の再会はどうだった?」
 「御前」の皮肉に満ちた笑みが、洋子の心の栓を壊した。
「貴方が、私の幸せを奪った! 父さんと母さんと一緒にいられる時間を奪った!」
 温もりがまだ心に残っている三日間が、洋子に叫ばせていた。
「貴方が父さんの会社を乗っ取らなければ! あ、貴方がいなければ、私は・・・!」
「ならば、自由の身になるか?」
「・・・え?」
 人間は、例え望んでいたことでも、不意を衝かれたときには思考が止まってしまうものらしい。
「儂に抱かれるのが嫌ならば拒め。逃げよ。儂も止めやせん」
 「御前」が椅子から立ち上がる。
「逃げたのならば、もう追うこともせん。儂との関係も終わりだ」
「わ、私は・・・」
 「御前」が近づいてくる。嫌な筈だ。目の前の男は父を破滅に導き、母に苦労を掛けさせ、洋子の家庭を壊した。自分の処女を無理やり奪った。それに、それに・・・
『今では、感謝すらしているんだ』
 不意に父の言葉が蘇る。
 裏のリングで自分を助けてくれた「御前」の姿が、目の前の「御前」に重なる。
 「御前」は何も言わずボタンを外し、優しく洋子の服を脱がしていく。
(逃げなきゃ、嫌だと言わなきゃ)
 心の中で呟いている間にも脱がされ続け、気づけば全裸とされていた。
 「御前」がいつものように乳房を優しく愛撫してくる。前は小振りだった乳房も、「御前」から抱かれ始めて一回り以上大きくなった。
「はぁぁっ!」
 「御前」の手の動きに合わせ、自然と声が洩れていた。
「『御前』・・・『御前』・・・っ!」
 憎い仇を呼ぶ掠れた声を、おかしいとは感じなかった。

「あっ、はっ、あっ、はぁぁぁっ!」
 押し倒された机の上、「御前」の動きに合わせ、自然と声が洩れる。眼からは涙が流れる。もう、自分が流しているのが悔し涙なのか嬉し涙なのかわからなかった。
「洋子、お前はもう、儂のものだ」
 「御前」の宣言に、洋子は抱擁を返していた。
「ずっと、お側に置いてください」
 もう、離れられなかった。例え自分が魔に魅入られた愚かな女だとしても、最早関係なかった。
(「御前」・・・)
 心身共に「御前」に捧げたとき、女の喜びは洋子を遥かな高みへと押し上げた。
 もう、戻れなかった。戻りたくもなかった。


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