【外伝 九条雪那】

 <地下闘艶場>で敗北し、悄然と帰り支度をしていた九条雪那に女性黒服が声を掛けた。
「貴女にお会いしたいと言う方がおられます。もし宜しければ、お時間を頂けませんか?」
 訝しげな表情をしていたのだろう。女性黒服は融資の件ですと言い添え、雪那を導いた。

 高級リムジンで連れて来られたのは、雪那も知る指折りの一流ホテルだった。
 女性黒服に導かれるままエレベーターで上がった先には、ホテルのラウンジがあった。広いラウンジだというのに客の姿が一つもない。
「こちらです」
 不審に思う間もなく女性黒服に案内されたテーブルには、和服姿の男が一人座っていた。豊かな白髪と重厚な雰囲気。年齢を感じさせない鋭い眼。ただ前に立つだけで圧迫される覇気。初めて会った筈なのに、脳裏に一つの名前が浮かんだ。
「貴方はもしや・・・『御前』・・・!」
「ほう、良く知っておったな。昌時に教えられたか?」
 故人とはいえ、九条グループ総帥だった祖父・九条昌時を呼び捨てにするだけの人物となれば限られる。間違いない、目の前にいるのは亡くなった祖父の仇敵、「御前」と呼ばれる男に違いない。祖父ですら本名を知らない存在であり、祖父との間に交わされた暗闘ではかなりの血が流されたという。
「・・・なんの用でしょうか?」
「融資の件だと伝えた筈だが。洋子、ちゃんと伝えたのか?」
「それはお聞きしています。貴方がただの融資を行う筈がないでしょう!」
 感情的な雪那の言葉を受け流し、「御前」が椅子を指し示す。
「まぁ座らんか。話を聞くだけでもよかろう?」
「結構です。失礼します」
 踵を返した雪那だったが、「御前」の呼びかけに動きが止まる。
「当てはあるのか? どこの銀行がお前のような実績のない小娘に融資してくれる? 町銀にしても、消費者金融にしても、お前の名義で審査が通るとは思えんがな」
(まさか・・・)
 疑問はすぐに確信へと変わり、雪那は「御前」に向き直る。
「貴方ですね、銀行に手を回して融資を打ち切らせたのは」
 雪那の追求に、「御前」は軽く頷いて見せる。
「その通り。昌時が生きている間は手出しもできなかったが、今では九条グループも崩壊寸前。その末端の会社などどうにでもなる」
(「御前」が手を回していれば私に融資しようなどという金融機関はない筈。まさか闇金に借りるわけにもいかないし・・・)
 雪那は、結局椅子に腰を下ろした。「御前」の思い通りになるのは癪だったが、会社を救うには手がない。
 「御前」の笑みが、無性に腹立たしかった。
「・・・融資の内容は?」
 雪那の承諾の言葉に、「御前」が条件を返す。
「三百万を融資してもいい。但し、三千万にして返すこと。それが条件だ」
「そんな、そんな無茶苦茶な条件が飲めるわけないでしょう!」
「儂は構わんよ。だが、お前の会社はどうなる?」
 絶対的優位に立っている者の余裕。雪那が幾ら激しても、「御前」の表情が崩れることはない。
「・・・そ、それじゃあ」
「利子も掛かるぞ」
 予想外の言葉に、雪那の思考が一瞬止まる。
「・・・法外な条件だけでなく、利子までも取ろうというのですか!」
「一ヶ月で三百万を返せるというのなら、利子はいらん。三千万の話もなかったことにしていい」
 この条件なら、なんとかなるかもしれない。それに、足りないときは知人に頭を下げて回れば三百万円を用意できないこともないだろう。
「わかりました、一ヶ月で三百万を・・・」
「但し」
 承諾しかけた雪那を、「御前」が遮る。
「三百万は、お前の会社の売り上げのみで返すこと。わかったな?」
 「御前」の言葉は、別口からの借金や雪那の個人資産を使うことを禁じたものだった。自分の足元を見透かされたように感じ、雪那は悔しげに頷いた。

***

 一月が経った。雪那が返せるのは百万にしか過ぎず、完済には程遠い金額だった。
 前回と同じ最高級ホテルのラウンジ。同じ席に座り、百万円の入った封筒を差し出す。
「これでは約束を果たしたとは言えないのではないかな?」
 元から無理な契約だったのは明らかだった。それなのにわざわざ指摘してくる「御前」が憎らしい。
「・・・申し訳、ありません」
 それでも、貸主には違いない。雪那は屈辱を堪えて頭を下げる。
「約束通り、利子を貰うぞ」
 三千万円の利子・・・幾ら請求されるのだろう。
「お前の身体で払って貰おう」
 「御前」の言葉は、ある程度は予想できていた。
「・・・私を抱くつもりですか?」
「なに、犯すような真似はせんよ。したいのは山々だが、処女のお前に利用価値があるのでな」
 未だ男を知らない身体であることを暴露され、雪那の頬が火照る。
「処女の愛液は、金持ちの間ではかなりの金額で取引される。聞いたことはないか?」
「そ、そんなこと、聞いたことありません」
「ま、そうだろうな」
 「御前」は一つ頷き、立ち上がった。
「な、なんですか?」
 突然の行動に驚いた雪那を、「御前」が冷たく見下ろす。
「ここで愛液を採取するわけにもいくまい? 部屋へ行くぞ」
 そう言うと、もう後ろも見ずにエレベーターへと向かう。雪那も鈍々と腰を上げ、「御前」の後を追った。

 エレベーターは最上階へと昇った。扉が開くと、まるでマンション、否、超高級マンションもかくやという空間が広がっていた。
「いつまで呆けておる。さっさと来い」
 「御前」から促され、エレベーターから降りる。足下の感触は最高級の絨毯、並んでいる家具は王侯貴族が使っているクラスのもの。九条家に生を受けた雪那と言えど、圧倒されてしまうほどだった。
「それでは利子を貰おうか」
 「御前」の言葉に、頬が熱を持つ。今からされることを想像すると体が震える。
「どうした。脱げ」
 男性と二人きりの空間。その雰囲気にも呑まれ、手が動かない。
「それとも、儂に脱がされたいということか?」
「違います!」
 「御前」に脱がされるくらいなら。その想いが両手を動かし、乱暴に衣服を脱いでいく。それでも、下着姿になるとその手も止まった。
「服の上からでも驚いたが、凄まじい大きさだな」
 乳房の大きさを言われ、胸を隠して「御前」を睨みつける。
「まあ、そのままでも良い。ベッドの上に上がれ」
 ベッドの上に上がり、雪那は正座する。そこに示された決意に褌姿となった「御前」は苦笑し、胡坐を掻いて正対する。
「そこまで堅苦しくせんでもよかろう」
「貴方が契約主であることには変わりありませんから」
 務めて平静な声を出そうとしたが、僅かに乱れてしまった。初めて男性に身を任せなければならない状況に、緊張するなという方が無理だろう。
「そうか。わかった」
 「御前」はそれ以上言おうとはせず、膝立ちになる。それだけの動きに、雪那はびくりと肩を震わす。
(・・・情けない!)
 自分の反応に腹が立った。雪那が悔いている間に「御前」の手が背中に回り、ブラのホックを外す。途端に、ブラを弾き飛ばすようにして雪那の乳房が解放された。
「・・・これはまた、楽しませてくれるの」
 この光景には少なからず驚いたようで、「御前」は手を出そうともせずに繁々と乳房を眺めてくる。
「では、ブラを外せ」
「・・・」
 雪那は黙って腕からブラを抜き取り、乳房を隠したい思いを殺して両手を太ももの上に置く。
「お前の乳房の大きさは母親譲りか?」
 「御前」が乳房の縁をなぞりながら、雪那に問い掛ける。
「それは、その・・・」
 雪那が幼くして亡くなった母は、写真を見るに痩せた儚げな女性だった。それでも、乳房だけは体に似合わぬサイズを誇っていた。
「答えられぬか。ま、どちらでも良いことだがな」
 「御前」は決して乱暴には触って来ず、まるで美術品を扱うような手つきで雪那の乳房を撫でていく。先般の試合とはまるで違う刺激に、緊張していた雪那の身体が解れていく。
 いつしか、乳首が硬くしこっていた。「御前」の手が触れたことで、雪那自身もそれに気づく。気づかされる。
「ふむ」
 「御前」はそう洩らしただけで、雪那の乳首を優しく弾く。
「ふあっ!」
 たったそれだけで、乳首から電流が走った。
(嘘・・・ただ乳首を触られただけなのに・・・)
 自分の体に裏切られた気分だった。その後も「御前」から乳首を触られるたび、甘い刺激となって雪那を苛む。
(こ、こんな簡単に感じるなんて! 我慢しなくては、淫乱だと思われてしまう!)
 心で体に抵抗を試みていると、「御前」が圧し掛かってくる。
「ひっ!」
 本能的な恐怖で、「御前」を突き飛ばそうとしていた。しかし、その手は「御前」に届かなかった。雪那の頭上で押さえつけられている。
「今の行為は、利子を返したくないという表明か?」
 「御前」の言葉で、自分の立場を思い出す。
「も、申し訳ありません。今のは、つい・・・」
 視線を逸らし、謝罪する。
「まあ、男を知らぬ身では仕方があるまい。のう?」
 乳首を弾かれ、声が洩れる。その隙にパンティも脱がされていた。
「そんなに声を我慢せずとも良いぞ。存分に叫べ。他には洩れんからの」
 そう言われても、快楽に叫ぶなどという恥ずかしい真似はできなかった。
「くっ・・・うぅっ・・・」
 羞恥と快楽に翻弄され、その狭間の屈辱に涙が零れる。それでも、逃げることはできなかった。

「そろそろ良かろう。洋子」
 いつからここに居たのか、「御前」に呼ばれた鬼島洋子が無言でベッドに近づく。その手にはスポイトと小瓶があった。小瓶をベッドの上に置くと、左手で雪那の太ももを押さえ、無造作に拡げる。
「あっ!」
 同性とはいえ、他人に大きく開かれた羞恥から脚を閉じようとするが、「御前」の乳房への愛撫で力が抜ける。洋子はスポイトで愛液を吸い、小瓶に集めていく。
「出が悪いですね。濡れにくい体質のようです」
 まるで出来の悪い生徒を指摘するように、洋子は告げた。
「濡れにくいか。だが、それを濡らすのもまた楽しみよ」
 ついに、「御前」の手が秘部に当てられた。秘裂を優しくなぞり、快楽のポイントを探っていく。
「そ、んな、直接なんて・・・んんんっ!」
「恨むならば、濡れにくいお前の体質を恨め」
 嘲るような口調とは裏腹に、「御前」の手はあくまでも優しく雪那を責めた。
(あっ、あぁっ・・・こんな、こんな人に気持ちよくさせられるなんて・・・!)
 淫核を摘まれた途端、幻想の火花が連続で弾けた。
「ふぁぁぁ・・・っ!」
 雪那は背を反らせ、絶頂を迎えた。秘部からは潮を吹き、ベッドに崩れるように脱力する。この大量の愛液を洋子が慌てて集めていく。
「はっ・・・はっ・・・」
 脳天まで痺れたような快感の余韻に、雪那の口からは荒い息が零れる。
「全く、これほどの女体を前に我慢せんといかんとは・・・洋子、相手をせい」
「はい、喜んで」
 「御前」の命に洋子は遅滞なく衣服を脱ぎ捨て、下着すら躊躇なく外す。引き締まりながらも女性らしいカーブを描いた腰から太ももにかけてのラインと、形良く盛り上がった乳房を隠そうともせずにベッドに上がる。
「雪那に、自分の慰め方を教えてやれ」
「はい・・・」
 さすがに他の女性の前では羞恥が沸くのか、珍しく洋子が頬を染める。しかし「御前」の命令通り、左手で乳房を揉み、右手の人差し指で秘裂の入り口をなぞる。
「んんっ・・・」
 くちゅり、と水音が鳴る。高まっていたのは「御前」だけではなかった。「御前」が雪那に愛撫を加えている姿を見せられ、洋子も高まっていた。
「見よ雪那、洋子め、お前の乱れた姿を見て感じていたらしいぞ」
「ああ、申し訳ありません、『御前』」
 「御前」の揶揄に、洋子が謝罪する。それすら快楽を煽るのか、洋子の指が激しさを増す。
「んっ・・・くはっ!」
 左手で秘裂を拡げ、右手の人差し指を埋める。自分の指を男の物に見立て、愛液を散らしながら出し入れを続ける。
「ご、『御前』、準備が、できました」
 秘部から愛液を滴らせ、洋子が「御前」に告げる。
「では、行くぞ」
「はい、お願いします・・・んあぁっ!」
 高まったところへ巨根を突き込まれ、洋子の口から明らかな嬌声が迸る。すでに愛液で濡れそぼった膣は優しく「御前」を迎え入れ、乱暴な前後運動にも応えていく。
 「御前」と洋子との濡れ場を見せつけられ、雪那の頬が真っ赤に染まる。
「わ、私はこれで」
「ここに居ろ」
 洋子を貫きながら、「御前」が命じる。
「ここに居て、男女のことを学べ。どうすれば簡単に愛液を出せるようになるか、をな」
「そんな・・・」
 浮かしかけた腰をまたベッドに下ろし、熱を持つ頬に手を添える。
(こ、これが男女の交わり・・・なんて激しい行為なの)
 見てはいけないと思いつつ、雪那の視線は「御前」と洋子から離れようとはしなかった。

 不意に、洋子が絶叫する。それが達したときの叫びだとわかったのは、目を閉じて痙攣する姿を見たときだった。「御前」も洋子に腰を押し付け、何度か体を震わせる。
 一つ息を吐いて、「御前」が洋子から離れる。液体に塗れた「御前」の逸物が洋子の中から出てくるのをはっきりと見てしまい、雪那の顔が赤くなる。
「では、次の支払日に会おう」
 「御前」の投げつけた言葉に返事すらできず、雪那は逃げるように部屋から出た。

***

 一ヵ月後、雪那はまた百万円の入った封筒を持って「御前」と会っていた。雪那や従業員がどんなに頑張ったところで、売り上げが劇的に変わるわけでもない。百万円がやっとの額だった。
「まだ先は長いの」
 「御前」の皮肉にも何も返さず、視線だけをぶつける。
「今日はいいところに連れて行ってやろう」
 雪那が睨んだくらいでは「御前」の態度は変わらなかった。
「・・・こういう場合、お礼を言った方がいいんでしょうか?」
 雪那の皮肉にも、「御前」は微笑を返しただけだった。

「ここ、ですか?」
 「御前」と共に高級外車を降りた場所は、外装からして高級感が溢れるレストランだった。
「行くぞ」
 「御前」に促されるまま、ドアを潜った。

「いらっしゃいませ」
 黒のベスト姿の従業員が軽いお辞儀で迎える。後は何も言わずに席に案内した。
(・・・この態度)
 外観とは裏腹に、接客態度は低レベル極まりない。
 取り敢えず頼んでみた野菜のスープも、深みが全くなかった。
「貴方にしては、随分と程度の低いお店に連れて来るんですね」
 雪那の嫌味に、「御前」は余裕の微笑を返す。
「ここも九条グループ、お前の伯父が経営するレストランだ」
「・・・」
 接客態度、料理の質、値段、全てがいいかげんなものだ。これがかつて繁栄を誇った九条グループなのだろうか。祖父が生きていた間は、このような店は例え身内だと言えども容赦なく閉店させられた。
「さて、出るか」
 出された料理に口もつけず、「御前」が立ち上がる。支払いは既に済まされているようで、会計所を素通りする。そのときには挨拶すらなかった。

「さて、また利子を貰おうか」
 車に戻ると、聞きたくなかった「御前」の言葉に眉が曇る。
「今日も・・・ですか」
「少しでも早く完済したほうがいいのではないか? それとも、借金が増えたほうがいいか? なんならいっそ・・・会社そのものが消えたほうが清々するぞ」
「やめてください!」
 雪那にできるのは叫ぶことくらいだった。守るべき物がある。そこを握られては、反撃すらできない。
「ではどうする?」
 目を閉じると、社員たちの顔が浮かんでは消えていく。
「・・・利子を、払います」
 雪那に選択肢はなかった。

 前回と同じホテルの一室。部屋に入っただけで、自分がどれだけ淫らなことをさせられたのかが思い出される。
「全裸になってベッドに上がれ」
 容赦なく命じられ、恥じらいを堪えて衣服を脱ぐ。ベッドに横座りすると、褌姿になった「御前」が背後に腰を下ろす。
「それでは、始めるか」
 また大きすぎる乳房が「御前」の手の中で形を変える。変えさせられる。
「少しは慣れたか?」
「・・・」
 どう返していいものかわからず、雪那は沈黙で返答とした。
「何も言いたくない、か。しかし、ここはどうだ?」
 「御前」の指が雪那の乳首を摘む。そこは既に硬さを備えていた。
(嘘・・・こんなことくらいで)
 心は忘れようとしていたのに、身体は前回の刺激を覚えていた。
「ふむ、やはりお前は口よりも身体のほうが正直なようだ」
 「御前」の指が動くたび、乳首から官能の稲妻が奔る。
「こうして憎い男にも金のために身を任す。社員が知ればどう思うかの?」
 「御前」の揶揄に、我慢していた筈の涙が零れた。
「『御前』に抱かれている最中に泣き出すとは。なんて贅沢な奴だ」
 あからさまな皮肉を放ったのは、初めて見る女性だった。銀髪をショートカットにし、日本人離れした美貌をしている。いつの間に部屋に現れたのか、全く気配を感じなかった。
「ナスターシャ、いつまで見ておるか」
「申し訳ありません、只今」
 雪那の視線の先で薄い笑いを浮かべていた銀髪の美女が、小瓶とスポイトを手にベッドへと歩み寄る。その首には漆黒の首輪が嵌められていた。
「余り濡れていませんね」
「またか」
 前回も愛液は余り出ず、「御前」に秘部を愛撫された。
「『御前』、私が濡らしても宜しいでしょうか?」
「そうだな、それも一興か。但し・・・」
「処女膜には傷一つつけません。ご安心を」
 ナスターシャと呼ばれた美女が妖艶な笑みを浮かべ、しなやかな指を雪那の秘部へと差し伸べる。
「お前に女の喜びを与えてやる。喜べ」
 ナスターシャの指が浅く潜り込み、微笑と共に細かい振動を与えてくる。
「あっ・・・ふぁぁっ!」
 意図せぬ喘ぎが迸った。初めて与えられる女性からの快感に、心と身体が追いつかない。
「ふふっ、ほら、出てきたぞ」
 ナスターシャが雪那の目前で指をかざす。その親指と人差し指の間で、粘度の高い液体が橋を掛けていた。
「う、うう・・・」
「信じられないか? なら、身体で感じろ」
 ナスターシャの指が再び秘部に宛がわれる。
「いや・・・ひぁぁぁっ!」
 同性特有の柔らかで的確な責めに翻弄される。
「さて、儂も手伝ってやろう」
「そんなっ・・・あぁぁっ!」
 「御前」も胸への責めを再開し、相乗効果で快感指数が急カーブを描く。
「ふっ、んぁっ・・・ひぃっ!」
 「御前」とナスターシャの巧みな責めに喘いでいた雪那のヒップに、熱くて硬いものが当たる。
(これ、これって、男の人のアレ・・・!)
 乙女の本能で腰を浮かせ、ナスターシャの指に秘部を押し付ける格好になってしまう。
「なんだ、足りなかったか?」
 嘲りの口調でナスターシャが指を蠢かす。
「違う、そうじゃ・・・ひうっ!」
 尻に感じる熱さと硬さから逃れようとすれば秘部を更に責められ、乳房と乳首は巧みに弄られて快楽度を上げていく。
「ひっ、あっ、はふぅ・・・」
「そろそろ採取できそうだな」
 ナスターシャがスポイトを摘み上げ、素早く愛液を吸い上げていく。
「『御前』、充分です」
「そうか」
 短い遣り取りで「御前」が雪那から離れる。その途端、支えを失った雪那はベッドに倒れ込み、荒い息を吐いた。
「『御前』、かなり欲求が溜まったようですが・・・」
 「御前」の下腹部を見たナスターシャが、妖艶な笑みを浮かべる。
「確かにの。来い」
 「御前」の手招きに、ナスターシャが唇を舐めて服を脱ぎ捨てる。
「なんじゃ、お前も欲求が溜まっておるではないか」
 ナスターシャの立ち上がった乳首を弾き、「御前」が皮肉気に口元を歪める。
「あふっ・・・ふふっ、何も知らない女を責めるというのも、中々得難い体験でしたので」
 雪那への責めと予想される快楽に昂ぶり、ナスターシャの秘所は潤みを湛えていた。「御前」の手招きに応じて自ら秘裂を広げ、「御前」に背中を向ける姿勢で逸物の上にゆっくりと腰を下ろす。
「あっ・・・くふぅ」
 「御前」の長大な逸物を全て呑み込み、ナスターシャが深く息を吐く。
「何を浸っておるか。動け」
「は、はい、只今」
 「御前」の命令に、ナスターシャの腰が動き始める。荒い息を吐きながら、淫らに腰をくねらせる。結合部からは愛液が飛び散り、肉のぶつかる音が響く。
「足りんの」
 「御前」が呟き、上半身を起こしてナスターシャの弾む乳房を掴む。
「んあっ! そんな、突然・・・」
「腰の動きがまだるっこしいわ。誰がお前の感じるように動けと言うたか」
 「御前」はナスターシャを組み伏せるような後背位に移行し、腰を押し付けながら乳房を揉む。
「も、申し訳ありません、久しぶりだったものでつい・・・」
 「御前」に詫びながら、ナスターシャの指は雪那の秘部に伸びていた。
「ひぁっ! いきなり何を・・・!」
「なに、快感のお裾分けをしてやろうと思ってな。ありがたく思え」
 横たわっていた雪那は逃げようとしたが、ナスターシャの責めに腰が砕け、心ならずも秘部を責められ続ける。
「ふふっ、今日は、お勉強をして帰れ」
 「御前」に貫かれながら、それでもナスターシャは雪那に巧みに愛撫を加え続けた。ナスターシャが雪那に触れている間、「御前」の律動がナスターシャを通じて雪那にまで届く。
「こ、これだけの幸せを味わったことがないとは、ふぅっ、不幸な奴だな」
「儂から貫かれているというのに、余裕があるなナスターシャ・・・!」
 冷たい声音と共に、「御前」の突き込みが荒々しくなる。
「ひぁぁっ! も、申し訳・・・ひぅっ、ありません・・・ああっ!」
 途端にナスターシャの声が逼迫し、シーツを強く握り締める。
「今頃謝罪しても遅いわ。誰が主人か、徹底的に仕込んでやる」
「あっ、あぅっ・・・でも、それはそれで・・・んぁぁぁっ!」
 それでも悦びの声を上げ、ナスターシャは「御前」の強烈な責めに応え続けた。

 結局、ナスターシャは八度も絶頂を迎えさせられ、力なくベッドに横たわった。雪那はその間逃げることも目を塞ぐことも禁止され、「御前」とナスターシャの濡れ場を見せ付けられ続けることとなった。
「・・・いつまでこんなことを続けるんですか」
「辱めを受けたくなければ、早く金を返すことだ。それまでは、今日のような日々が続くぞ」
 「御前」の言葉に耳を塞ぎ、雪那は逃げるように部屋を後にした。

***

 翌月も、雪那が支払えるのは百万円だった。借りた額はこれで全部だが、返さなければならないのは全部で三千万円。まだ十分の一しか返せていない。
 重い気持ちを抱えて自宅のマンションを出た雪那の前に、見覚えのある高級外車が止まっている。洋子の姿もあることから、見間違いではないだろう。
「どうぞ」
 洋子の開けてくれた後部のドアの奥には、既に「御前」が座していた。
「・・・」
 何も言わずに乗り込み、なるべく離れて座る。
「嫌われたの」
 「御前」の苦笑にも応えず、反対側を向く。
 そのとき、「御前」の携帯電話が鳴った。懐から携帯電話を取り出した「御前」の頬が微かに綻ぶ。
「儂だ」
 その柔らかな声音に、雪那は思わず「御前」の顔を注視していた。
「そうか、ああ、わかっておるよ・・・うむ、では。またな」
 表情も柔らかなまま、「御前」が携帯電話を戻す。
「・・・そんな表情もするんですね」
 雪那の言葉に、「御前」がばつの悪げな表情になる。
「儂にも大事な者がおる。いかんか?」
 子どもっぽい言い草に、くすりと笑ってしまう。
「笑いおったな。後で覚えておけ」
 悪戯小僧のような物言いにもう一度吹き出しかけるが、その意味することに気づき、頬が赤らんだ。

 今日はいきなり部屋に案内された。和服を脱いだ「御前」がベッドに上がり、全裸となった雪那も遅れて上がる。
「今日は素直だな」
 そう言われ、自分が抵抗なくベッドに上がったことに気づかされる。
「それは・・・は、早く終わらせて欲しいからです」
 顔を見られたくなくて背を向ける。
「そうか。それならば希望通りにしてやろう」
 背後から「御前」の手が雪那の乳房を優しく撫でる。
「あっ・・・ん」
 三度目ともなると、雪那の肉体が先に反応した。
(もう、こんな感じやすい身体にされてしまったのね・・・)
 心は悲しんでも、身体は「御前」の手に応えて乳首をしこらせ、秘部に潤みを湛える。「御前」の手が動くたび、快楽の波が雪那を襲う。
「今日は濡れるのが早いですね。もう採取できそうです」
 そう言ったのは、いつの間にか入室していた洋子だった。手早く小瓶とスポイトを手にベッドに上がり、雪那の秘部から愛液を採取していく。
「今日の分、採取完了しました」
「そうか。だが、これでは終われんな」
「それでは・・・」
 「御前」の言葉に服を脱ぎかけた洋子だったが、その手が止まる。
「いや、今日は良い。下がれ」
 「御前」の言葉を聞いた洋子が、仮面を着けたような表情のまま一礼し、部屋を後にする。
「いいんですか? 洋子さん怒ってましたよ」
「あれは不貞腐れただけだ。明日可愛がってやれば機嫌は直る」
「そ、そうですか」
 「可愛がる」の意味を理解してしまい、快楽に火照っていた頬が別の感情に赤くなる。
「さて、先程の罰だ。儂を満足させろ」
 褌を外した「御前」がそそり立った逸物を見せながら、雪那に命じる。
「満足、って・・・どうやってこんな大きいのを」
「胸で挟んで愛撫する、パイズリというやつだ」
 聞いたことのない言葉だったが、その意味することは理解できた。
「な、な、な、何を・・・」
「十万出そう」
「い、嫌です!」
 反射的に叫んでいた。
「ならば五十万。それだけあれば、社員にボーナスを出せるのではないか?」
 痛いところを突かれ、言葉に詰まる。
「・・・百万円。百万円出して頂けるなら、その・・・む、胸でご奉仕します」
「吹っかけてくれるの。ま、よかろう」
 「御前」に命じられるまま横になり、自分の胸の谷間に置かれた逸物の大きさと熱さに慄く。
「凄い乳肉だな。儂のモノが殆ど隠れておるわ」
 雪那の大きすぎる乳房は本人の意思とは別に、「御前」の巨根を優しく包み込んでいた。
「しかし滑りが悪い。舐めろ。唾液を出せ」
「舐めろ、って・・・む、胸は了解しましたが、口は嫌です! 汚らわしい!」
「あと五十万足そう」
 札束で頬を張るような物言いに腹が立ったが、文句を言える立場ではない。
「あの・・・百万円なら・・・」
「五十万だ」
 提案もあっさりと斬り捨てられ、社員のためだと胆をくくる。
「わ、わかりました」
 覚悟を決め、恐る恐る舌を伸ばす。
(大きい・・・それに熱くて、なんだか変な臭い)
「一度口中に唾液を溜めろ。一時に吐き出せ」
 ただ舐めるだけの雪那に、「御前」の指示が飛ぶ。
「んっ・・・んんっ」
 言われたとおり口中に溜めた唾液を「御前」の逸物に垂らし、潤滑油代わりにする。
「ふむ、良かろう。では、動くぞ」
 「御前」が乳房を愛撫しながら寄せ、自らと雪那の快感を高めていく。
(厭らしい音がしてる・・・私の胸の間で、厭らしい音が・・・)
 雪那の唾液が塗された巨根が雪那の胸の谷間を往復し、湿った音を立てる。その間も乳首を弄られ、乳房の感触と合わせて脳が桃色の熱に侵食されていく。
 その後も何度か唾液の補充をさせられたが、不快に思うことなくそれに従う。
(なんだかコレ、大きくなった気がする・・・熱さも増して・・・)
 そう思った瞬間だった。
「よし、ではいくぞ!」
 咆哮と共に、「御前」の逸物が精を放つ。
「あっ!」
 激しい噴出に、乳房だけでなく、雪那の顔にまで精液が飛び散る。
「・・・生臭い」
「百万もの大金をねだったんだ、それくらいは我慢せい」
 「御前」は尿道に残った精液を絞り出すと、雪那の乳房に塗りたくる。
「だ、だからと言って顔に掛けていいわけでは・・・ふぁっ!」
 尖った乳首を摘まれ、抗議を止めさせられる。
「それでは、飲むほうがよかったか?」
「え? 飲むって・・・い、嫌に決まっているでしょう!」
 「御前」の言葉に、雪那が憤慨する。
「わかったわかった、ほれ、早くシャワーを浴びるぞ。いつまでもこうしているわけにはいくまい?」
 「御前」は雪那を抱え上げ、ベッドを降りる。
「ちょっと待ってください、一人で歩けますから」
「気にするな、一緒に浴びるのだから構わん。サービスだと思え」
「なんで貴方と一緒にシャワーを・・・ふぁっ!」
 今度の抗議は、乳房への愛撫で止められた。

 結局シャワーどころか一緒に入浴までさせられ、雪那の怒りは収まらなかった。
「シャワーだけと言ったじゃないですか!」
「シャワーを浴びるとは言ったが、シャワーを浴びる『だけ』とは言っておらんぞ。それに湯船で一度達しておいて、よく強気に出られるな」
 「御前」の言うとおり、雪那は湯船の中で「御前」の愛撫を受けて達してしまっていた。
「し、知りません! さようなら!」
 隠すこともせずに手早く着替え、足音荒く雪那は部屋を後にした。

***

「社長、ちょっと話があるんですが」
 会社を出ようとしたとき、そう雪那に声を掛けてきたのは狭川という社員だった。
「俺、見ちゃったんですよ。社長が年上の男とホテルに入るところ」
 にやついた笑みは、男の欲望のそれだった。
「社長も独り身ですから悪くはないですけど、俺たちが汗水流して働いているときに自分はホテルで気持ちいいことしてる、ってのはどうですかね」
「・・・見ていたんですか」
 雪那の声は奇妙に平板だった。狭川はそれを動揺の証と取り、更に一歩踏み込む。
「俺も会社の一員として頑張っているんです。ホテルで慰労してくれてもいいんじゃないですかね」
 これが狭川の狙いだった。歳若い女社長を思う様抱いてみたい、そのチャンスを掴んだと思った。
「社長、いいでしょう? ボーナス替わりに一回だけでいいんです、誰にも喋りませんから」
(一回抱いてしまえばこっちのもんだからね)
 狭川にはそれだけの自信があった。女の扱い、特にベッドの上での扱いには慣れている。一度の機会で自分の虜にする自信があった。
「・・・わかりました。では着替えた後で、一緒に行きましょう」
 雪那の言葉に、狭川は笑みを隠せなかった。

 始めは、最高級クラスのホテルに連れて来られて勘違いしそうになった。そこが狭川が見かけた雪那と白髪の男が入ったホテルであることも勘違いの後押しをした。
 雪那がフロントに会釈すると、フロントの女性も丁寧なお辞儀を返す。
 雪那に導かれるままエレベーターに乗ったとき、ドアが閉まる前に男二人が乗り込んできた。屈強な肉体を黒いスーツに包み、眼光をサングラスで隠している。暴の匂いを隠そうともしない男達に震え上がった狭川だが、雪那は怯えもしていない。
(なんなんだよ・・・どういうことだよ!)
 広々としたエレベーターの壁が、急に迫ってきたようだった。

 狭川にとっては長い長い時間が過ぎ、ようやくエレベーターが動きを止めた。扉が開いたそこには、狭川が始めて見る豪華な一室があった。外国製だと思われる家具がセンス良く配置され、薄暗い空間を飾っている。
 ホテルとは思えない広々とした部屋の中、仮面(狭川は知らなかったが、能面の「翁」だった)をつけ、豪奢な椅子に腰を下ろした着物姿の男がいた。
「・・・社長。これ、なんですか?」
 背後にいるサングラスの男達を極力見ないようにして、雪那に問い掛ける。性質の悪いドッキリだと言って欲しい。一縷の望みをかけた狭川の問い掛けだったが、雪那は何も答えようとはしなかった。
「雪那、いつも通りにして見せろ」
 仮面の男の命令に、雪那が恥じらいながらもスーツを脱ぎ、下着姿になる。その胸元は盛り上がり、狭川の想像以上のボリュームを見せつけている。そこで動きが止まった雪那を、仮面の男の声が冷たく叩く。
「いつも通り、と言ったのが聞こえんかったか?」
「・・・申し訳、ありません」
 雪那は恥じらいながらもブラのホックを外して脱ぎ去り、パンティを脚から抜く。さすがに頬を染め、乳房と股間を両手で隠している。
「来い」
「・・・はい」
 仮面の男の短い命令に、身体を隠したままの雪那が近寄る。
「儂の上に座れ」
「・・・」
 口を閉じたまま、雪那は狭川の方を向いて仮面の男の膝に腰を降ろす。
「社長・・・」
 狭川は無意識の内に雪那を呼んでいた。雪那は肩をびくりと震わせると、そっと視線を逸らす。
「手を退けよ」
 仮面の男の言葉に、雪那が震えながら両手を外す。露わになった雪那の裸体に、狭川は生唾を飲み込んでいた。その眼前で、仮面の男の手が雪那の肢体の上を這う。雪那はじっとその手の動きに耐えていた。
「雪那、教えてやれ。何故お前がこのような辱めを黙って耐えているのかをな」
 男の声と手の動きに、雪那の頬が紅潮していく。
「私は・・・会社のために、お金のためにこの人に身を任せています」
 雪那の口から言葉が発せられた。こんな言葉は聴きたくなかった。
「三ヶ月前、倒産寸前だった会社がどうして持ち直したと思いますか?」
 雪那の桃色の唇が動くたび、吐息と事実が零れていく。
「これが、私・・・融資のために身体を売っているの。狭川さん、軽蔑したでしょう?」
 狭川は、自分の目に移る雪那の肢体が信じられなかった。何度となく想像し、想像の中で犯した身体が、仮面の男の手に淫らに反応し、秘部からは愛液を溢れさせている。
「違う・・・こんなのは違う!」
 狭川は突進した。否、突進しようとした瞬間、背後から腕を捩じ上げられ、分厚い絨毯の上に押さえ込まれていた。
「社長、社長・・・!」
 もがこうとしてもびくともしない。
「さて・・・秘密を知られた以上、このまま返すわけにはいかんな」
 仮面の男が雪那を嬲る手を止め、狭川を冷たく見下ろす。
「狭川さんをどうするつもりですか?」
「そうだな。人知れず消えて貰うか」
「殺しは駄目です!」
 羞恥と快感に悶えていた雪那が、このときばかりは声を荒げた。
「それがお前の望みか? 弱みに付け込み、お前を欲望のままに抱こうとしたこの男を助けることが?」
「そうです」
 雪那は仮面の男の圧力にも動じず、しっかりと目を見返す。
「・・・よかろう」
 その言葉が耳に届いたとき、狭川は自分の命が死の淵にあったこと、それが雪那によって救われたことに漸く気づいた。
「雪那に感謝しろ、小僧。命を救われたことにな。ただ・・・それが恨みに変わるやもしれんが」
 仮面の奥で炯々と光る眼が、狭川から言葉も意気地も奪った。

 それから、狭川は雪那の嬌態を延々と見せつけられた。痛いほどに張り詰めた下腹部が、無性に情けなかった。

 この日以降、狭川の姿が日本で見られることはなかった。

***

「おはようございます、九条社長」
 狭川の後釜にと「御前」が派遣してきたのは、女性一般には大層受けがいいだろうと思われる美形の男性だった。(雪那の好みではなかったが)
 しかし顔だけの男ではなかった。この駈山という男の営業力で、会社の売り上げはいきなり三倍に跳ね上がった。加えて明るく人懐っこい性格で職場に溶け込み、相手にそうとは感じさせずに先輩たちを自分の手足のように動かしていた。
 駈山の働きで、「御前」への返済も百万円がやっとだったのが、三百万円以上を返すことができた。そこまで有能な男を派遣してくれた「御前」の真意を、雪那はぼんやりとながら理解できた気がした。
 狭川がどうなったのかは、幾ら「御前」に尋ねても教えてはくれなかった。
「遠い土地で生きている」
 漸く聞き出せたのはこれだけだった。

***

「これで、完済ですね」
 <地下闘艶場>に上がってから一年近くの月日が流れていた。「御前」に差し出した封筒の中には三百万円が入っている。これで、返済合計は三千万円。「御前」と約束した金額は全て払い終えたことになる。
「ふむ、そうだな。もうお前の裸を見れないと思うと寂しいものだ」
 「御前」の軽口に、雪那が軽く睨む。
「いつもそんなことを言って。洋子さんやナスターシャさんに怒られますよ」
「あの二人は儂の部下だ。口出しできる立場ではない」
 それに毎晩可愛がっている、そう返され、雪那の頬が羞恥に染まる。
「相変わらず初心なおなごだ」
 「御前」が悪戯な笑みを浮かべ、僅かに身を乗り出す。
「もし三千万でお前を抱きたいと言ったら、信じるかね?」
 その言葉に、雪那がくすりと笑う。
「信じようと信じまいと、私にその気がないのはわかっている筈でしょう? らしくありませんよ、『御前』」
 雪那の答えに、「御前」も苦笑を返す。
「それに・・・貴方の本当に抱きたいと思う方は、私ではないでしょう?」
 雪那の真剣な表情に、「御前」の目も鋭くなる。
「誰かの代わりに抱かれる、そんなこと、私にはできません」
 その言葉が何を意味するのか、雪那はわかっていなかった。裏を返せば、雪那本人を求めるのならば抱かれてもいい。そう取られてもおかしくない言葉だったからだ。しかし「御前」は何も言わず、一礼して背を向けた雪那を見送った。
 雪那の姿がドアの向こうに消え、「御前」は顎を撫でた。
「やれやれ、女の分析力というのは侮れんの」
 暫し躊躇った後、「御前」は懐から携帯電話を取り出した。慣れた動作である番号を呼び出し、コールする。
「・・・マヤか。いやなに、急にお前の声を聞きたくなった。お世辞などではないよ。ああ、わかっておる・・・」
 その柔和な表情は日本を裏から動かす権力者のものではなく、愛しい女性と会話する一人の男性のものだった。
(九条雪那、か。中々どうして、芯の強いおなごよ)
 大事な相手との会話の最中に他の女性のことを思い出してしまい、微かな罪悪感が沸く。
『「御前」?』
 その変化に気づいたのか、電話の向こうで御堂マヤが不審気な声を出す。
「ん? ああ、なんでもないよ」
 心の内で生じた冷やりとした感情を隠し、会話を続ける。
(やれやれ、おなごの勘は鋭い)
 雪那といいマヤといい、女性には隠し事をしてもすぐに暴かれそうだった。
(男は女に敵わない、か)
 誰の科白だったか。女から生まれた時点で、男が女に勝てるわけがない。
「マヤ、次はいつ会える?」
 電話の向こうで、息を飲む声が聴こえる。
『あの・・・夏休みになったら・・・』
 その嬉しさを隠せない声に、「御前」の胸も暖かくなる。
「楽しみにしておこう」
 それが、「御前」の本音だった。


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