一回戦第十六試合
 (早矢仕杜丸 対 於鶴涼子)

「一回戦最後の試合、第十六試合を行います!」
 黒服の合図と共に、二人の男女がリングに上がった。
「赤コーナー、『ヘタレキング』、早矢仕杜丸!」
 男の選手は早矢仕杜丸だった。少し長めの髪を茶色く染め、レスラーと言うよりチャラ男と言ったほうがしっくりくる。
 <地下闘艶場>では何度か試合をこなしているが、その弱さは出場者の中で最弱を争うほど。そのため、観客席から容赦ないブーイングが飛ぶ。
「青コーナー、『クールビューティ』、於鶴涼子!」
 「於鶴涼子」。21歳。身長163cm、B85(Dカップ)・W60・H83。「御前」の所有する企業の一つ「奏星社」で受付をしている。長く綺麗な黒髪と涼しげな目、すっと通った鼻梁、引き結ばれた口元。独特の風貌を持つ和風美人。
 涼子は今日も長い黒髪をポニーテールに纏め、白い道衣と黒い袴、胸にはサラシという格好だった。過去に何度か<地下闘艶場>のリングに上がり、全てに勝利を収めてきた。その強さと美貌に固定ファンもいる。八岳琉璃が優勝候補の筆頭だとすれば、涼子は強力な対抗馬だと言える。
「この試合のレフェリーは、九峪志乃となります」
 相変わらずのミニスカート姿で、志乃がリングに上がる。ロープを潜るときに下着が見えないように隠す姿が逆に色っぽい。
 志乃は早矢仕と涼子に諸注意を与え、ボディチェックを行ってからゴングを要請する。

<カーン!>

「さーて、噂の涼子ちゃんと試合、を・・・」
 前に出ようとした早矢仕だったが、涼子の持つ静かな迫力に体が動かなかった。
「どうしたの、ファイト!」
 動こうとしない両者に、志乃が声を掛ける。
「・・・てーい!」
 早矢仕が無造作に突っ込み、涼子に軽く避けられてリングに倒れ込む。
「いてて・・・」
 額を擦りながら立ち上がる早矢仕を見て、涼子がため息を吐く。
(この方・・・ここまで弱くて、よく<地下闘艶場>に参戦できましたね)
 皮肉なことに、早矢仕の実力が低過ぎることで涼子は攻めあぐねていた。素人よりは鍛えているが、格闘家とまで呼べるレベルにはない。そのため、どこまで手加減すればいいのかを図れない。
(下手をすれば、一生廃人にしてしまいそうですね)
 さすがにそこまでするのは可哀想だ。しかし、その同情が仇となった。
「今がチャーンス!」
 涼子が考え込んでいるのを見て、早矢仕がするりと近づいた。そのまま、涼子のバストを掴む。
「!」
 考えるよりも体が反応した。気づいたときには、早矢仕を小手投げでリングに這わせていた。
「いったったぁ・・・」
「人が手加減をしていれば、付け上がりますね・・・」
 涼子の涼しい、というより氷点下の視線を受け、早矢仕の表情が固まる。
「・・・助けてレフェリー!」
 早矢仕は素早く志乃の後ろに回り込み、隠れる。
「あのね、試合中にレフェリーを盾にするって・・・ちょっと、どこ触ってるの!」
 早矢仕は後ろから志乃に抱きつき、バストに手を伸ばしていた。
「あ、思ったよりおっきい。Dカップはあるでしょ?」
「・・・ざけんじゃないよぉ!」
 早矢仕のふざけた行動と態度に、志乃が切れた。後ろ向きに頭突きし、向き直ってから早矢仕の頭を持ち、鼻目掛けてもう一発頭突きを入れる。先程までの毅然としたレフェリーとしての志乃とはまるで違う荒々しさだった。

 九峪志乃は、レフェリーをする前は「JJJ」のヒールレスラーだった。「鬼九」と呼ばれるほどのヒールっぷりは、ファンの間では未だに語り草になっている。引退してレフェリーとなった今も、毎日のトレーニングは欠かしていない。

 鼻血を吹き出した早矢仕の金的を蹴り上げ、立ったまま呻く早矢仕の顔面にロープの反動を使ったヤクザキックを叩き込む。そのためミニスカートが捲くれ上がってパンティが全開になるが、そのまま倒れこんだ早矢仕にストンピングの雨を降らせる。
 早矢仕がぐったりとなった頃、ようやく志乃がストンピングを止める。
「マイク寄こせマイク!」
 リング下の黒服から、マイクをもぎ取るようにして奪う。
「今の試合、レフェリーへの不埒な行為により、早矢仕を失格とする!」
 この発表に観客から文句が上がりかけるが、志乃の鋭い視線に封じられる。
「それでは、試合終了!」
 最後はスイッチが入ったままのマイクをリングに叩きつけ、志乃は真っ先にリングを降りた。ミニスカートがずり上がっていることにも気づかず、観客を睨めつけながら退場していく。
「・・・かなり個性的な女性ですね」
 さすがの涼子も、志乃には度胆を抜かれたようだった。ただ単に、マイクが叩きつけられたときの不快なビープ音に眉を顰めただけかもしれないが。

 こうして、一回戦全ての試合が終了した。


 一回戦第十六試合勝者 於鶴涼子
  二回戦進出決定


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