二回戦第四試合
 (本多柚姫 対 ダークフォックス)

「これより、二回戦第四試合を行います!」
 黒服の合図と共に、二人の女性がリングへと上がる。
「赤コーナー、『江戸っ子料理人』、本多柚姫!」
 「本多柚姫」。20歳。身長157cm、B85(Eカップ)・W59・H84。父親が板前で、柚姫も幼い頃から包丁を握って料理に親しんでいた。高校生の頃には父親の店を手伝うようになり、高校を卒業してからは親元を離れ、修業のため各地を転々とした。最近は客寄せのため、胸元にサラシを巻き、諸肌脱ぎで魚をさばくというパフォーマンスを行っている。
 一回戦はグレッグ"ジャンク"カッパーと闘い、苦戦はしたが勝利している。今日も上に袖の短い道衣と中に黒いTシャツを、下に青い短パンを身に着け、短パンの下からは黒いスパッツが伸びている。
「青コーナー、『堕ちた純真』、ダークフォックス!」
 「ダークフォックス」。本名来狐遥。17歳。身長165cm、B88(Eカップ)・W64・H90。長めの前髪を二房に分けて垂らし、残りの髪はおかっぱくらいの長さに切っている。目に強い光を灯し、整った可愛らしい顔に加え、面倒見が良く明るい性格で両性から人気がある。普段は「ピュアフォックス」という覆面レスラーとしてプロレス同好会で活動している。
 一回戦は恵比川福男と闘い、セクハラはされたが勝利している。今日も前回同様、黒のコスチュームで統一している。
「レフェリーは九峪志乃です!」
 ミニスカ姿の志乃がリングに上がると、観客席から冷やかしの声援が飛ぶ。そんなことに反応も見せず、志乃は柚姫とダークフォックスを呼び寄せて諸注意を与え、ボディチェックを行った後ゴングを要請する。

<カーン!>

(まずは、一発いいのを・・・)
 前に出ようとした柚姫の間を外し、ダークフォックスが軽いステップで距離を取る。
(こいつ、上手い。闘い慣れてやがるな)
 ダークフォックスの実力を認めた柚姫の表情が引き締まる。
「恐い顔ね。でも、本気になってくれた、ということかしら?」
 濃い目のルージュを曳いたダークフォックスが、艶やかな笑みを浮かべる。その笑みは、高校生が浮かべたものだとはとても考えられなかった。
 いきなりミドルキックが来た。咄嗟にガードしたものの、衝撃までは防げなかった。
(こいつ、なんて重い蹴りだ!)
 驚きはしかし顔には出さない。再び繰り出されたミドルキックを下がることでかわすと、強引に距離を詰め、左掌底を繰り出す。速度と体重の乗ったいい攻撃だったが、ダークフォックスは身を沈めてこれをかわす。否、かわしただけではなかった。
「!」
 予想もしない角度から、踵が襲ってきた。僅かに体移動が間に合ったが、ダークフォックスのフライングニールキックが頬を掠める。
(ちっ、こんなプロレス技に!)
 しかし、隙だらけだった。
「そらぁっ!」
 柚姫の掌底がダークフォックスの左頬を捉えた。当たると同時に腰を回転させ、更に捻じ込む。食らったダークフォックスは顔から吹っ飛び、それでもリングを素早く後転して片膝立ちになる。おそらく口を切ったのだろう、口の端から血が流れている。
「やるわね。でも本番はこれから・・・!?」
 立ち上がろうとしたダークフォックスの膝が折れる。
「悪いが、決めさせて貰うぜ!」
 とどめの一撃を放とうとしたその瞬間、ダークフォックスの口から血の毒霧が噴射された。
「うぐぁっ!」
 血が目に入り込み、視界が赤く染まる。
(くそっ、油断した!)
 血の油で粘り、視界が確保できない。
 いきなり、太ももに痛みが弾ける。反射的に太ももに力を入れ、次弾に備えていた。しかし、予想もしなかった場所に攻撃が来た。
(なにっ!?)
 頭部を挟まれる感触、平衡感覚の異変、続いて頭部への衝撃がきた。意識は失わなかったものの、体が動かない。
「ワン! ツー!」
 志乃のカウントが進む。必死にもがこうとするが、腕が動いてくれない。
「スリーッ!」

<カンカンカン!>

 試合終了のゴングが鳴った。
(負けた、か)
 悔しさは徐々に込み上がった。奥歯を噛み締め、悔しさを磨り潰した。


 二回戦第四試合勝者 ダークフォックス
  三回戦進出決定


「・・・ふぅ」
 柚姫は一人、控え室でため息を吐いていた。いい勝負をしたものの、自分より年下の女の子に敗北してしまった。その事実が胸を塞ぐ。

(こんこん)

 控え室のドアがノックされる。
「誰だい」
 少し尖った声に、自分が情けなくなる。
「あの、さっきはどうも」
 前髪を二房に分けて垂らし、残りをおかっぱにした美少女が顔を覗かせる。左頬は赤くなっていた。
「・・・誰だい?」
 見覚えのない顔に、先程と同じ言葉を吐いてしまう。
「私、さっき闘ったダークフォックスです。来狐遥、って言います」
 マスクを外し、化粧も落としたその顔は、先程までの妖艶な女性格闘家ではなかった。
「今日は凄い闘いができて、とっても嬉しかったです!」
 その満面の笑みに、柚姫も思わず笑顔になっていた。
(全く、負けた相手のことは考えないのかよ)
 そんな皮肉な想いも浮かぶが、遥の笑顔が負の感情を吹き飛ばしていた。
「柚姫さん、とっても強いですよね! 私、反則技使わなきゃとても勝てませんでした」
「・・・勝負に反則も糞もないよ。あんたの勝ちだ。胸張りな」
「はい!」
 遥の元気のいい返事が、柚姫の鬱屈を溶かしていく。
「私の分まで頑張ってくれよ。応援してる」
「ありがとうございます! 私、優勝しますから!」
 力強く言い切る遥に、柚姫は右手を伸ばした。普段ならば左手でしか握手をしない柚姫が。
「言ったからには絶対に優勝してくれよ」
「はい!」
 遥と交わした握手が、柚姫の心に爽やかな風を吹かせた。


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