三回戦第一試合
 (八岳琉璃 対 瓜生霧人)

 遂に、UGC杯シングルトーナメントも三回戦が始まる。強豪だけが勝ち残ったが、二回戦第二試合が両者KOとなり、八岳琉璃の相手にはリザーバーが用意されることになった。しかし、まだ誰が登場するのかは発表されていない。

「これより、三回戦第一試合を行います!」
 黒服の合図と共に、二人の選手がリングへと上がる。
「赤コーナー、『クイーン・ラピスラズリ』、八岳琉璃!」
 「八岳琉璃」。17歳。身長162cm、B89(Fカップ)・W59・H84。世に名高い八岳グループ総帥を祖父に持つ生粋のお嬢様。生まれつき色素が薄い髪を長く伸ばし、女神が嫉妬しそうな美貌を誇る。白く滑らかな肌は名工の手になる陶磁器を思わせる。美しい大輪の薔薇を思わせる外見と高い気位を持ち、それに見合うだけの才能を持つ。
 一回戦でジグ・ソリタードを、二回戦ではハンデを受けながらミステリオ・レオパルドを倒し、今大会の本命であることを実力で証明している。今日は白いポロシャツにダークグレーのホットパンツを身につけている。
「青コーナー、『鉄腕』、瓜生霧人!」
 琉璃と対峙するリザーブ選手は瓜生霧人だった。黒い道衣を着込み、静かに琉璃を見つめている。霧人が発する闘気は、琉璃のセンサーを掻き乱すほどだった。
「今試合のレフェリーは、九峪志乃が務めます!」
 志乃は今日もミニスカート姿だった。もう慣れたのか表情を変えずに琉璃と霧人を呼び寄せ、ボディチェックを行う。その間も琉璃は霧人から視線を離せなかった。
「それでは、ファイト!」
 志乃の合図にゴングが鳴った。

<カーン!>

(この闘気、凄まじい圧力ですわね。リザーブ選手と言えども只者ではない、ということですか)
 冷静に霧人を観察していた琉璃だったが、霧人が構えを取った途端、その表情が驚きに変わる。
「その構えに黒い道衣・・・まさか」
「お前こそ。元橋師匠から教えを受けていたというのは間違いないな」
 琉璃の推測どおり、霧人は元橋堅城の直弟子だった。一時期とは言え元橋の教えを受けた琉璃とは、兄妹弟子ということになる。
(元橋の小父様にお弟子さんがいたなんて・・・しかもこれだけの実力者が)
 まさか、このような形で同門対決が実現するとは。
「このことだけでも、トーナメントに参加した甲斐がありましたわね」
「そうか・・・」
 無表情で応じた霧人が滑るような摺り足で距離を詰め、左手での突きを放つ。
「!」
 空気を叩き潰すような迫力に、琉璃は普段よりも大きく距離を取っていた。
(凄い・・・)
 先程の鋭い攻撃は、手加減抜きのものだった。
(本気で来てくれる、ということですわね)
 琉璃の口元が綻ぶ。強者と本気で闘う、これほど昂ぶることはない。
「それでは、こちらも参りますわよ!」
 琉璃の高速ジャブが霧人を捉える。しかし顔面への連打にも霧人は揺らがなかった。それどころか、ポロシャツの胸元を掴まれる。
「くっ!」
 振り払おうとしたものの、パワーにも自信がある琉璃が霧人の力任せの技から逃れることができない。振り解こうとする間にも引き込まれる。
「くぅっ!」
 胴を蹴り、強引に逃れる。すると耳障りな音と共に、琉璃のポロシャツが大きく引き裂かれる。霧人の手の中にポロシャツの一部が残り、裂け目からは純白のブラの大半が覗いていた。
「上手く逃げたな」
 手の中に残った布地を捨て、霧人が再び構えを取る。
「お陰でポロシャツが破れてしまいましたわ。お気に入りでしたのに」
 裂けた部分からブラが覗いているが、琉璃は隠そうともせずに構えを取る。
「八岳のお嬢さんともあろうものが、下着を見せながら闘ってもいいのか?」
「負けるよりはマシですわ。見るだけなら特別に許しますわよ」
 まるで冗談を言い合うようにも感じられるが、琉璃も霧人もまるで隙を見せない。円を描くように動きながらも、両者の距離が確実に狭まっていく。
 一定のテンポで動いていた霧人のリズムが突然変化し、琉璃の間を外して距離を詰めていた。
(上手い!)
 感心する間もなく霧人の突きが風を巻いて琉璃に迫る。琉璃もぎりぎりでかわすが、僅かに掠られる。
「っ!」
 霧人の拳が掠ったブラの肩紐が、それだけで千切れた。
(なんて拳圧! まともに食らえばどうなるか)
 さすがに琉璃の顔を驚きが走った。
 霧人の攻撃は更に続く。一度防戦に回ってしまうと、嵐のような攻撃が止まらない。霧人の突きを逸らしていた琉璃だったが、顔面に真っ直ぐ伸びてきた霧人の拳が肘と手首の回転で上からの裏拳に変化する。
(なんですって!?)
 虚を突く霧人の裏拳を、ぎりぎり十字受けで受け止め、僅かに軌道を逸らす。それでもかなり押し込まれた。
「くぅっ!」
 受け止めた箇所から痛みの波動が起こる。次の刹那、霧人の手はポロシャツを掴んでいた。
 当て身からの掴み技。しかし、琉璃の反撃は意外な形だった。ポロシャツの破れた部分を霧人の右手に巻きつけて自由を奪い、自分の体ごと回転する。
「むっ!?」
 怪力の霧人とはいえ、そのままでは腕を折られかねない。瞬時に捻られた方向と同じ向きに飛ぶ。
(かかった!)
 しかしそれは琉璃の罠だった。霧人がリングを蹴った瞬間、投げに移行する。
「ちぃっ!」
 咄嗟に左手一本で受身を取ろうとした霧人だったが、琉璃はその左手を瞬時に抱え込んでいた。
「せぇぇぇいっ!」
 気合と共に、霧人の脳天をリングに叩きつける。琉璃の体重も乗せて放たれた投げ技は、霧人の意識を奪っていた。
「レフェリー!」
 素早くフォールした琉璃が叫ぶ。
「ワン、ツー・・・スリーッ!」

<カンカンカン!>

 志乃の手が三度リングを叩き、琉璃の勝利を告げるゴングが鳴らされる。ゴングが鳴っても霧人の意識は戻らず、琉璃が活を入れることでようやく目を開ける。
「・・・やられたな」
 状況から敗北を悟ったのか、霧人は静かに呟いた。首が痛むのかそこを撫でながら、立ち上がって琉璃を見下ろす。
「最後の投げ、あそこまで体重を乗せなくても良かっただろう。兄弟子をいたわれ」
「例え兄弟子でも、貴方のような強者に手加減はできませんわ」
 手加減をしようものなら、投げの後で逆転の一撃を受けていたかもしれない。
「それに、あの打ちから掴みへの入り方は、元橋の小父様から教わっていましたから。チャンスはあそこしかありませんでした」
 元橋の技を知り、更に昇華させた琉璃。元橋から教わった技しか知らず、その研鑽のみを積んだ霧人。勝敗を分けたのはその差だった。
「・・・悔しいが、お前の完勝だ。師匠の弟子の一人として、優勝を祈念する」
「古風ですのね」
 兄弟子の声援に皮肉を返したものの、琉璃の表情は穏やかだった。


 三回戦第一試合勝者 八岳琉璃
  準決勝進出決定


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