三回戦第三試合
 (元橋堅城 対 王美眉)

 三回戦第三試合直前。会場は奇妙な静寂に包まれていた。<地下闘艶場>で最強との呼び声も高い元橋と、一回戦、二回戦を圧倒的な強さを見せて勝ち上がった王美眉。勝敗の予想がつかず、ほとんどの観客がただリングを注視していた。

「これより、三回戦第三試合を行います!」
 黒服の合図と共に、不自然な静けさの中を二人の男女がリングへと上がる。
「赤コーナー、『最強老人』、元橋堅城!」
 「元橋堅城」。一回戦では森下恋を、二回戦では沢宮冬香を嬲り、観客を沸かせた上でギブアップを奪っている。まるで危ないところを見せずに勝ち上がり、この試合に勝てば優勝するのではないかと噂されている。
 今日も黒い道衣を身に着け、飄々とした佇まいでリングに居る。
「青コーナー、『チャイニーズ・サイクロン』、王美眉!」
 「王美眉」。18歳。身長166cm、B90(Fカップ)・W58・H85。黒目がちの瞳。切れ長な目。整えられた細い眉。無造作に束ねられた黒髪。無駄な装飾を削り落としたかのような容貌だが、そこに危険な香りと妖しい美貌が同居している。
 一回戦はチャベス・マッコイを粉砕し、二回戦ではたった一撃でエキドナを失神させてTKO勝利を飾っている。その圧倒的な攻撃力に、こちらも優勝を争う一角と見られている。
 美眉も前回までと同様に、真紅のカンフー着を身に着けている。
 目の肥えた観客の中には、この試合が事実上の決勝戦とまで言い切る者がいた。
「この試合のレフェリーは、三ツ原凱が務めます」
 凱は元橋と美眉を呼び寄せて諸注意を与え、まずは元橋にボディチェックを行う。一通り終えると、美眉の前に移動する。
「それでは、ボディチェックを行います。よろしいですね?」
「・・・ああ」
 美眉が頷くと、凱の右手が美眉のバストを撫でる。左手は太ももを撫で回し、止まることがない。
「・・・お前もこういうことをするのか」
「ボディチェックです。誤解なきよう」
 美眉の冷たい声音にも、凱の手は鈍らなかった。美眉のバストを揉み、ヒップを掴む。その手は休むことなく動き続け、美眉の肢体を蹂躙する。
「もういいだろう?」
「いえ、まだです」
 美眉の冷たい問い掛けに、凱がそっけなく返す。美眉の表情が更に冷たさを増すが、凱のセクハラが緩むことはなかった。

「何も隠していないようですね。それでは・・・ゴング!」

<カーン!>

 ようやく凱のボディチェックも終わり、死闘のゴングが鳴らされた。ゴングが鳴った瞬間、凱を睨みつけていた美眉の表情が戦士のそれとなる。対する元橋の顔にも、いつもの微笑はなかった。
(やれやれ。あ奴め、思い切り辱めてから勝てなどと難しい注文をしおって)
 試合前に「御前」からただ勝つだけではなく、美眉を辱めよと命じられた。嘗ては師匠と弟子という関係だったが、今は雇われ人と雇い主という立場上、断ることはしづらい。
(だが、面白い)
 これほどの女傑を性的に嬲りながら闘う。自分にしかできない仕事ではないか。元橋の口元には冷たい笑みが浮かんでいた。
 元橋と美眉の距離がじりじりと詰まっていく。常人には到底判別できない高度な虚実の遣り取りを行いながら、両者共に相手との距離を縮めていく。
 決して油断はしていなかった。だが、美眉の一撃は元橋の予測を超えた。
「奮ッ!」
 美眉の気合と共に、中段突き<崩拳>が突き込まれる。
「ぬぐっ!」
 美眉の一撃は、本当に女性の一撃かと疑うほどに重かった。受けた瞬間腕の肉がひしゃげ、骨が軋む。それでも勢いを逸らしつつ、素早くカンフー着に突きを繰り出す。否、ボタンを弾き飛ばしていく。
「哮ッ!」
 その刹那すら美眉は見逃さなかった。握り拳を内側に振り、元橋の側胸部に叩き込む。
「ごふっ」
 肺から空気が押し出され、苦鳴となる。しかし衝撃に逆らわずに横に飛び、最小限のダメージに留める。
 次の瞬間、美眉のカンフー着の前が大きく開く。しかし、元橋はその代償として大きな痛手を負わされた。
(この痛み、アバラが二本やられたか。ま、この程度で済んでよかったと思うべきかの)
 美眉の真紅のカンフー着の前が開いたことで、今まで隠されていた赤いブラが姿を現す。初めて見ることができた美眉の下着に、観客席から卑猥な冗談が飛ぶ。しかし美眉は前を隠すこともなく、静かに構えを取ったままだ。
 元橋は静かに息を吸い、肺を膨らます。乾いた音がして、折れたアバラ骨が元の位置に収まる。
(所詮はその場凌ぎだが、暫くは持つ)
 胸部からの鈍痛など、元橋ほどの達人になれば意識から消すことができる。
「人を辱めようとして攻撃を食らうとは、噂の元橋堅城もたいしたことはないな」
 美眉の挑発に、元橋が薄く笑った。笑みを浮かべたままの元橋が、美眉の圏内にするりと入り込んでいた。
 殺気を消した元橋の手刀が、美眉の喉元へ吸い込まれていく。手刀が喉を抉る寸前、美眉の受けが間に合った。元橋が繰り出したえげつない打撃に、元橋が本気であることが見て取れた。
「やっと本気になったか?」
「やれやれ、思ったよりもお喋りですな」
 会話しながらも危険な攻防を交わす。互いに打撃を逸らし、一瞬の隙を狙う。
 激しい攻防の最中、元橋は美眉のカンフー着のズボンの紐を外していた。
「ちっ!」
 紐が外されたことでズボンが緩み、僅かではあるがずれて動きを阻害する。美眉が一旦距離を取ろうとした瞬間、その機を捉えた元橋が瞬時に距離を詰め、脚を刈りながらズボンを抜き取ろうとしていた。
 そのとき、美眉は自らズボンから脚を抜いた。元橋が疑問に思う前に、脱がした筈のズボンが元橋の首に巻きついた。
「ぬっ?」
 絞まる寸前に右手を差し込み、窒息を防ぐ。絞め技が不発に終わったと判断した美眉は、ズボンで元橋の首を吊り上げるようにして即座に投げを打つ。
「ほっ!」
 しかし元橋の体がズボンからするりと滑り出す。そのまま半回転した元橋の両手が、美眉の脇腹を挟むように叩く。
「がはぁっ!」
 美眉の内臓が揺すぶられ、強烈な嘔吐感が襲う。
「・・・唖ッ!」
 胃液を吐き出しながらも、美眉は元橋の左胸に掌底を叩き込んだ。
「ぬぐぁっ!」
 骨の折れる音がはっきりとリングに響き、元橋の顔が苦痛に歪む。
(この痛み、折れただけでは済まなかったか)
 折れたアバラ骨が肺に刺さったのだろう、呼吸が苦しい。元橋が初めて見せる苦悶の表情に、観客達もざわめき始める。
 一方、ズボンを奪われた美眉は、上下の下着にカンフー着の上着のみの姿となっていた。胃液で咽喉が焼けたのか、咳き込みながらもその眼は鋭さを失ってはいない。
 元橋が負けるのか。会場にそんな空気が流れ始めた瞬間、美眉が動いた。
「ッ!」
 無言の気合を込め、伸ばしたままの右脚を振り上げる。元橋の道衣を掠めた筈の右足は素早くリングを踏みしめ、震脚へと移行していた。そこで生まれた勁を使った、右の直突きが元橋を襲う。その一撃は、元橋の折れた箇所を狙っていた。
「ぐふっ」
 美眉の右拳が元橋の胸部を打ち抜く。否、打ち抜いたと見えた拳は僅かに逸らされていた。
(ここで決めねば!)
 元橋を焦りにも似た感情が突き動かす。折れたアバラ骨が肺だけでなく、内臓にまで傷をつけている。闘える時間が限られた。
「ぬんっ!」
 美眉の右手を手繰り、素早く背後を取る。膝を裏から蹴って体勢を崩し、寝技に引き込む。美眉の右腕を本人の喉を押さえるように左肩まで回し、右手で掴む。両脚で美眉の胴を巻き、変形の胴締めスリーパー<自業自縛>へと移行する。本来なら左手で美眉の右手首を極めるのだが、アバラからの痛みがそれを許さなかった。
「ぐぁっ、むぅぅっ」
 美眉もこの関節技から逃れようと暴れる。美眉が暴れるたび、元橋のアバラ骨から太鼓のような痛みの連打が打ち鳴らされる。耐えようとしても、僅かに力が抜けていく。
「ぬっ・・・がぁぁぁっ!」
 美眉が最後の力を振り絞り、拘束を力で解く。しかしそこまでだった。酸素不足に目が裏返り、リングに倒れ伏す。
 元橋にも追撃する余力はなかった。荒い息を吐くたび、気力までも抜けていく。熱いものが込み上げたかと思うと、口から鮮血が溢れた。
 中々立ち上がろうとしない両者を見て、凱がテンカウントを進めていく。
「ワン、ツー、スリー・・・」
 そこまでカウントを進めたところで、凱は頭上で大きく両手を振った。

<カンカンカン!>

 元橋も美眉も立ち上がることができず、危険な状態だと見た凱は即座に試合を止めた。観客からは不満の声も上がったが、担架に乗せられ運び出されていく二人の姿に、徐々に静まり返っていった。


 三回戦第三試合 両者ノックアウト
  (リザーブ選手が準決勝へ)



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