準決勝第一試合
 (八岳琉璃 対 ダークフォックス)

 32名を集めて始まったシングルトーナメントも、とうとう4名にまで絞られた。しかしその内の一人はリザーブ選手であり、繰り広げられた激闘を証明している。
 今日は準決勝の二試合が行われる。<地下闘艶場>を代表する選手たちの競演に、観客達の興奮も既に高まりきっていた。

「これより、準決勝第一試合を行います!」
 黒服の合図と共に、四強に残った二人の女性選手がリングへと上がる。
「赤コーナー、『クイーン・ラピスラズリ』、八岳琉璃!」
 「八岳琉璃」。17歳。身長162cm、B89(Fカップ)・W59・H84。世に名高い八岳グループ総帥を祖父に持つ生粋のお嬢様。生まれつき色素が薄い髪を長く伸ばし、女神が嫉妬しそうな美貌を誇る。白く滑らかな肌は名工の手になる陶磁器を思わせる。美しい大輪の薔薇を思わせる外見と高い気位を持ち、それに見合うだけの才能を持つ。
 一回戦から三回戦まで実力者揃いの男性選手を打ち倒し、ここまで駆け上ってきた。今日はピンクのポロシャツに白のホットパンツを身に着けている。
「青コーナー、『堕ちた純真』、ダークフォックス!」
 「ダークフォックス」。本名来狐遥。17歳。身長165cm、B88(Eカップ)・W64・H90。長めの前髪を二房に分けて垂らし、残りの髪はおかっぱくらいの長さに切っている。目に強い光を灯し、整った可愛らしい顔に加え、面倒見が良く明るい性格で両性から人気がある。普段は「ピュアフォックス」という覆面レスラーとしてプロレス同好会で活動している。
 二回戦で対戦した本多柚姫と今大会の優勝という約束を交わし、ここまで勝ち残った。今日も黒を基調としたマスクとコスチュームを身に着け、女子高生とは思えない妖艶さを湛えている。
 レフェリーは三ツ原凱だった。凱は琉璃と遥を呼び寄せると諸注意を与え、紳士的なボディチェックをしてからコーナーに下がらせる。これには不満の声が上がったが、凱は観客からの声も黙殺して試合開始のゴングを要請する。

<カーン!>

(同い年の相手か・・・本当に同い年?)
 ダークフォックスは、目の前に佇む琉璃のオーラに恐ろしいものを感じていた。今まで闘った男性選手でも、ここまでのオーラを持つ者はいなかった。
(まずは挨拶代わり!)
 手でフェイントを掛けておいて、ローリングソバットを繰り出す。
「っ!」
 ローリングソバットは軽くかわされ、軸足を払われる。反射的に受身を取ろうと体を丸めた瞬間、左脇で痛みが弾けた。
(ぐぅっ!)
 叫びたくなるのを押し殺し、痛打を与えた琉璃の膝を手で思い切り押して距離を取り、立ち上がる。
 しかし、間髪入れず琉璃の高速パンチの連打が襲い掛かってくる。後退すればするだけ距離を詰められ、連打もまるで衰えない。
(くぅっ!)
 反射神経を総動員してかわし、弾き、体移動も使って避けきる。
「・・・あれを全弾かわしますか。やりますわね」
「ふふっ、ありがと」
 琉璃の本気で感心した口調に、冷や汗を隠して微笑んで見せる。左脇にはまだ鈍い痛みが残っている。
(この人、本当に凄い。でも、楽しい!)
 滅多に出会えない本当の強さを持つ相手に、ダークフォックスの身体の中にアドレナリンが噴き出す。アドレナリンが痛みを消し、興奮が体を突き動かす。
「行くわよ!」
 嬉しげに叫んだダークフォックスが琉璃に向かって突進する。
(タックルとは、単純ですわね)
 細かいフェイントは入れているものの、ダークフォックスの狙いがタックルであることははっきりしていた。地を這うようなアッパーで迎撃しようとした琉璃だったが、その拳は空を切った。
「!?」
 次の瞬間、ダークフォックスのアッパー気味の掌底が逆に琉璃の顎を捉えた。
「ぐっ!」
 琉璃の膝が崩れた。そう見えたのは一瞬だった。次の瞬間には、仰け反った琉璃がダークフォックスの右腕にぶら下がったまま、腕ひしぎ十字固めに入っていた。琉璃の体重に引きずられ、ダークフォックスはリングに膝をついた。
「ぐぅぅぅっ!」
 肘の靭帯がじりじりと引き伸ばされ、可動域を超えた分だけ痛みを叩きつけてくる。
「どうですか、ギブアップ致しませんか?」
「悪いけど・・・腕の一本や二本折られたくらいでギブアップはできないわね・・・!」
 右膝をついたままのダークフォックスの口元に、痛みを堪えて笑みが浮かんだ。
「くっ・・・おおおっ!」
 ダークフォックスが咆哮する。その体が、右腕に琉璃をぶら下げたまま起き上がった。
「なんですって!?」
 自分と同い年の少女が見せたパワーに、さしもの琉璃も驚きを隠せなかった。
「そぉぉぉ・・・れっ!」
 その驚きが去らぬ間に、リングに叩きつけられていた。
「ぐはっ!」
 驚きが、僅かに受身を遅らせてしまった。後頭部の衝撃が一瞬ではあるが動きを鈍らせる。
「次は、これっ!」
 ダークフォックスが琉璃の足を取る。しかし琉璃は足首を掴まれた瞬間にその手を蹴り、関節技を未然に防ぐ。
「さすがにそう簡単にはいかない、か」
 距離を取った琉璃に対し、ダークフォックスは微笑んで見せる。目の前の強敵が只者ではないことが逆に嬉しい。
(凄いし速いけど、だいぶ動きに慣れてきた。次はカウンターを取る!)
 決意を込めて構えたダークフォックスの前で、琉璃の右足がぶれた。
(ミドルキック!)
 瞬時に蹴りの軌道を見切り、ダークフォックスはキャッチからドラゴンスクリューへ繋げようと身構えた。
 しかし、琉璃の蹴りの軌道がありえない変化をした。斜め下から来ると見えたのに、琉璃は膝と太ももを瞬時に振り上げ、弧を描くような上空からのハイキックに変えてダークフォックスの頭部を襲った。
 予想もしなかった方位からの衝撃に、ダークフォックスはリングに崩れ落ちた。琉璃がすかさずフォールに入る。
「ワン! ツー!・・・スリーッ!」

<カンカンカン!>

 凱の手が三度リングを叩いた。ゴングが鳴らされ、琉璃の勝利を、ダークフォックスの敗北を告げた。
「・・・ふぅ」
 琉璃は一つ息を吐き、ダークフォックスの上からから体をどけた。反射神経といい、女性離れしたパワーといい、琉璃の予想を悉く上回った対戦相手だった。
 やがて、ダークフォックスの眼に焦点が戻ってくる。
「・・・負けちゃった、か」
 低く呟いたダークフォックスだったが、ヘッドスプリングで起き上がる。
「もう少し楽しみたかったけど、仕方ないわね」
「私はもう充分満足ですわ。また、次の機会にでも闘(や)りましょう」
 琉璃の微笑みに、ダークフォックスも微笑を返した。
「私に勝ったんだから、優勝しないと承知しないわよ?」
「ええ、必ず優勝しますわ。約束致します」
「頼むわよ♪」
 最後に指でキッスを投げ、ダークフォックスはリングを降りた。


 準決勝第一試合勝者 八岳琉璃
  決勝進出決定


 控え室に戻ったダークフォックスは、黒いマスクを脱いだ。それを静かに化粧机に置き、椅子に腰を下ろす。
(負けちゃった、か)
 ダークフォックス、否、来狐遥は椅子の背もたれに頭を預け、ぼんやりと天井を仰いだ。
(全力出して負けたんだ、悔いはないよ)
 そう心に呟く。途端に、目から熱いものが吹き零れた。
「くっ・・・ううっ・・・」
 遥の口から嗚咽が洩れた。次第に激しくなった嗚咽は、号泣へと変わった。
「うわぁぁぁっ!」
 両手で目を覆い、子供のように泣きじゃくる。悔しくない筈がない。同い年の女の子に実力で負けたのだ。
(柚姫さんとの約束も果たせなかった!)
 自分に優勝を託してくれた対戦相手、彼女との約束も破ってしまった。
 遥は自らを責め続け、涙は止まる気配がなかった。

 控え室の外に居た人影は、静かに踵を返した。
「宜しいのですか?」
 黒いスーツを身に着けた女性の抑えた問いかけに、人影は黙って頷く。
「今出て行ったら、傷つけるだけですもの。それに、声を掛けようと思ったのは私の自己満足、相手を傷つけてまで行うことではありませんわ」
 長く色素の薄い髪をかき上げ、人影は自らの控え室へと戻って行った。黒服の女性も、いつの間にかその姿を消していた。


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