【一回戦第十三試合】
 (櫛浦灰祢 対 虎路ノ山)

 ジル・ジークムント・ヴァグナー 対 クリスティーナ・ローゼンメイヤー戦の興奮も冷めやらぬまま、次の試合の準備が終わる。
「一回戦第十三試合を行います!」
 黒服の合図と共に、二人の体格の良い選手がリングに上がった。
「赤コーナー、『マッスルビューティー』、櫛浦灰祢!」
「櫛浦(くしうら)灰祢(はいね)」。23歳。身長181cm、B121(Lカップ)・W77・H104。眉も目も跳ね上がるように鋭く、短めに切った髪を茶色く染めている。まるで化粧っ気がないが、生命力溢れるような容貌が人の目を引き付ける。また女性にしては筋肉量が多く体格が良過ぎるほど良いが、実は腰の位置が高く、手足も長い均整が取れたプロポーションをしている。
 灰祢は年の離れた弟を養うため、普段は土木作業員として働いている。殴り合い寸前となっていた同僚の男二人の首根っこを掴み、吊り上げることで喧嘩を止めたという武勇伝を持つ。
<地下闘艶場>ではチャベスと小男のコンビに圧勝し、瓜生霧人に苦杯を舐めさせられた。
 今日は男物のトレーナーにアーミーパンツという格好だった。
「青コーナー、『喧嘩相撲』、虎路ノ山!」
 虎路ノ山はかつて序二段を張っていた現役力士だったが、酔っ払い運転で人身事故を起こし、廃業させられた。しかし<地下闘艶場>に拾われ、何試合かこなしている。
 前回のシングルトーナメントでは数々の女性選手を嬲り、ベストエイトに残っている。
 今日もスパッツの上からまわしを締め、手と足にバンテージを巻き、頭の上には丁髷が乗っている。
 この試合を裁くのは凱だった。虎路ノ山のボディチェックを終えると灰祢の前に移動する。
「それでは、これからボディチェックをさせて頂きます」
「なんだ、あんたもあたしに触ろうってのかい? それなら・・・」
 以前にレフェリーからボディチェックをされそうになったときと同じように、凱を抱え込もうとした灰祢だったが、凱はするりとかわし、灰祢のヒップを撫でていた。
「んなっ!?」
「ふむ、ここには何も隠していないようですね」
「どこ触ってんだい!」
 反射的に裏拳を放っていた灰祢だったが、凱はくぐるようにかわして今度は西瓜のようなバストを弾ませる。
「このっ!」
 顔面を叩き潰そうとした張り手も空を切り、秘部まで触られる。
「テメェ、レフェリーだからってここまでやるか!」
「レフェリーだからこそです」
 凱は静かに応じ、リング下に合図を送った。

<カーン!>

「・・・後で覚えてな」
 ぎしりと歯を鳴らした灰祢が、虎路ノ山に向き直る。
「これは豪快なおなごだのぉ! 少し本気を出しても良さそうだわぃ!」
「ふん、少しと言わず、全力で来ても構わないよ」
 灰祢の手招きに応じ、虎路ノ山が四股を踏む。リングが揺れ、観客も息を呑む。
「どっせぇぇぇい!」
 勢いをつけた虎路ノ山のぶちかましだったが、なんと灰祢は正面からがっちりと受け止めて見せた。
 リング中央で、筋骨逞しい男女ががっぷり四つとなる。互いに筋肉を膨張させ、相手をねじ伏せようと力を搾り出す。
「ぬっく・・・」
「ちぃぃっ」
 低く呼気を吐きながら、更に力を込める。
 やがて、均衡が徐々に崩れ始めた。片方の頭部の位置が少しずつ下がっていく。
「そ、そんな馬鹿な・・・!」
 信じられぬという思いを吐露していたのは、なんと虎路ノ山のほうだった。灰祢の力は尚も虎路ノ山を押さえつけ、片膝をつかせる。しかし虎路ノ山もそれ以上は崩れず、なんとか盛り返そうと足の力も総動員する。だが、その分注意力が分散してしまっていた。
「そらぁっ!」
 その隙を衝き、灰祢の右手が虎路ノ山の顔面を鷲掴みにし、こめかみを絞め上げる。
「おぐぉぉ・・・な、なんのこれしきぃ!」
 頭蓋骨が粉砕されていくような痛みを堪え、虎路ノ山が掴んだのはなんと灰祢のバストだった。
「んなっ!? どこ触ってるんだい!」
 灰祢は慌てて虎路ノ山の手を弾き、突き飛ばす。
「おつつ・・・しかし、なんという大きさだ。こんな爆乳は初めてだぞ!」
 まだ感触が残っているのか、虎路ノ山は何度も指を曲げ伸ばしする。
「どぉれ、服を剥いてこの目で確かめてやろう!」
 唇を舐めて前に出た虎路ノ山を、灰祢の鋭い視線が迎え撃つ。
「面白いこと言うねぇ・・・やってごらんよ」
 その低い声を聞けば、灰祢を知る者は即座に逃げ出すだろう。
「本人から許しが出るとは! 覚悟を決めたか!」
 虎路ノ山の突進を、灰祢が再び受け止める。
「ぬっふっふ、今から引ん剥いてくれるわ!」
 虎路ノ山の両手が灰祢のトレーナーに掛かる。しかし、そこで隙も生じていた。
「おぉりゃっ!」
 灰祢の気合いと共に、虎路ノ山の巨体が浮いた。
「な、なんじゃとぉっ!?」
 虎路ノ山の驚きの声が消える前に、後頭部から叩きつけられていた。その勢いと自らの体重に、虎路ノ山の動きが一発で止まる。

<カンカンカン!>

 カウントを取ることなく、凱は試合を止めた。灰祢の見せた力技にまだ場内がざわついている。そのざわめきを余所に、灰祢は凱を睨みつけた。
「さぁってと、よくもあたしの身体をあちこち触ってくれたね」
 指を鳴らす灰祢に、凱が微笑で向かい合う。
「では、どうされるおつもりですか?」
「ぶちのめすに決まってんだろ!」
 殺気に近い怒気を湛えた灰祢に対し、凱は微笑を崩さなかった。
「申し訳ありません、タイプだったもので」
「えっ・・・なっ・・・!」
 凱の一言に、灰祢の頬が赤く染まる。それだけでなく、怒気も消えていた。
「それでは、今日はこれで」
 その期を捉えた凱が一礼し、リングを降りる。
 後には、頬を赤らめた灰祢が残された。


 一回戦第十三試合勝者 櫛浦灰祢
  二回戦進出決定


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