【一回戦第八試合】
 (グレッグ"ジャンク"カッパー 対 ピュアフォックス)

「それでは、この試合が本日最後の試合となります! 選手、入場!」
 黒服の合図と共に、脂肪でできあがったような男と白いマスクを被った少女がリングに上がる。
「赤コーナー、『ミスターメタボ』、グレッグ"ジャンク"カッパー!」
 ピュアフォックスの対戦相手は、脂肪の塊のようなグレッグだった。顔、首、胴体、脚など、あちこちが弛んでおり、頭部には申し訳程度の頭髪しかなかった。試合が始まってもいないのにもう汗をかいている。
 前回のシングルトーナメントでは本多柚姫と対戦し、柚姫を追い詰めたものの最後は喉への一撃でKO負けとなっている。
「青コーナー、『天翔ける白狐』、ピュアフォックス!」
「ピュアフォックス」。本名来狐遥。17歳。身長165cm、B88(Eカップ)・W64・H90。長めの前髪を二房に分けて垂らし、残りの髪はおかっぱくらいの長さに切っている。目に強い光を灯し、整った可愛らしい顔に加え、面倒見が良く明るい性格で両性から人気がある。普段は自らが立ち上げたプロレス同好会で活動している。
 前回のシングルトーナメントではダークフォックスとして四強に残り、八岳琉璃に敗北している。
 今日はプロレス同好会で試合をするときと同じ、純白のコスチュームだった。
「この試合を裁くのは、九峪志乃です!」
 リングに上がった志乃は、やはりセパレート水着のままだった。その格好のままグレッグのボディチェックを行い、ピュアフォックスへと移る。
「な、なんでレフェリーまで水着姿なんですか?」
「・・・訊かないで、余計恥ずかしくなるから」
 ピュアフォックスの問いに、志乃は視線を逸らした。それでもボディチェックを終え、ゴングを要請する。

<カーン!>

(さてっ、と。凄いデブいねこの人)
 グレッグの巨体を見たピュアフォックスが、心の中で失礼な感想を呟く。
「まずは、セオリー通り!」
 巨体を誇る相手へのセオリー、ローキックでグレッグの左太ももを打つ。
「ぐうぇへへ、くすぐったいぞぉ」
 しかし、グレッグに堪えた様子はまるでなかった。伸ばされた手をかわし、再びローキックを放つ。
「そんなキック、効かねぇぞぉ!」
 本人が言う通り、グレッグが痛みを感じている様子はなかった。ぶ厚過ぎる脂肪が、蹴りの衝撃を全て散らしてしまうらしい。
「ふんだらぁ」
 グレッグが脂肪で膨らんでいる右腕を振るう。しかし動きは鈍重で、ピュアフォックスは軽々とかわす。グレッグは何度も腕を振るうが、ピュアフォックスに掠りもしない。
 やがて、グレッグの巨体から滝のような汗が流れてリングに広がっていく。
(これだけ汗を掻くんだから、スタミナも減ってる筈。行くよっ!)
 そろそろギアを変えて攻撃しようとしたピュアフォックスが、一歩距離を詰める。
「っ!?」
 踏み出した足の下でリングが滑る。慌てて体勢を立て直したものの、そのときにはグレッグに距離を詰められていた。
「そぉらぁ!」
 グレッグの巨体がまともにぶち当たる。
「あぐっ!」
 その質量が生む破壊力に、ピュアフォックスはコーナーポストまで吹き飛ばされていた。背中を強打し、息が詰まる。
 動きが止まったピュアフォックスにグレッグがのっそりと歩み寄り、そのバストを掴む。
「うぇへへ、おっぱいの感触が気持ちいいぞぉ」
「この、離せ!」
 振り払おうとした手はグレッグの体表を滑り、目的を果たせない。その間にもバストはグレッグに揉まれ続けている。
「ロ、ロープロープ! レフェリー、ロープ!」
 トップロープを掴み、志乃にアピールする。それに気づいた志乃がグレッグに近づく。
「ロープブレイクよ、一旦離れ・・・っ」
 グレッグの汗に、レフェリーである志乃まで足を滑らせる。
「あっ!?」「あうぇっ?」
 志乃の足が偶然グレッグの膝裏を蹴り、バランスを崩させる。その隙に、ピュアフォックスがロープ伝いに距離を取る。
(・・・そっか!)
 先程の志乃の動きがピュアフォックスにヒントを与えてくれた。
「レフェリー、ひどいぞぉ」
「ごめんなさい、わざとじゃないから」
「・・・しょうがねぇ、今回は許すぞぉ」
 志乃を睨んだグレッグが、ピュアフォックスに向き直る。
「うぇへへ、まぁいいぞぉ。もう一回捕まえて、生のおっぱいを揉んでやるからなぁ」
「お断り・・・だよっ!」
 ロープの反動を使ったピュアフォックスが、スライディングキックで左膝を蹴り飛ばす。
「あぐぇっ!」
 打撃を脂肪の厚みで吸収するグレッグとは言え、前面から膝を蹴られては堪らなかった。体勢を崩し、リングに片膝をつく。
「もういっちょ!」
 またロープの反動を使ったピュアフォックスが、今度は側面から右膝を抉る。
「あででぇ!」
 ダウンまではしなかったものの、よろめいたグレッグは膝を押さえて蹲った。
(よっし、滑るのにも慣れてきた!)
 素早く立ち上がったピュアフォックスは、今度は立ち上がってロープに体重を預ける。
「行くよっ!」
 まるでスケート選手のように足裏で滑り、勢いをつけたまま、腰の回転だけで放ったフライングニールキックでグレッグの顔面の真ん中を打ち抜く。鈍い音がリングに響き、数瞬遅れてグレッグの巨体が音を立てて倒れ、痙攣を起こす。

<カンカンカン!>

 グレッグの様子を確認した志乃が試合を止めた。
「勝ったーーー!」
 勝利のゴングを聞いたピュアフォックスはコーナーポストに上り、宙返りを決めて見せる。
「・・・あらぁ!?」
 しかし、グレッグの汗が振り撒かれたリングは想像以上に滑った。着地でバランスを崩したピュアフォックスが後方に勢いよく倒れる。後頭部を打ちつけるのではないか、と見えた瞬間、ピュアフォックスはグレッグの巨体に跳ね返されていた。
「おっとっと」
 グレッグの脂肪たっぷりの巨体がクッションとなり、ピュアフォックスを怪我から防いでいた。
「たはは、失敗失敗」
 照れくさそうに頭を掻くピュアフォックスに、観客からからかい混じりの声援と拍手が送られた。


 一回戦第八試合勝者 ピュアフォックス
  二回戦進出決定


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