【一回戦第九試合】
 (元橋堅城 対 本多柚姫)

「皆様、本日も<地下闘艶場>にお集まり頂き、誠にありがとうございます。本日は、一回戦第九試合から行います!」
 場内に流れたアナウンスに、試合開始を待ちわびていた観客達から歓声が上がる。
「選手、入場!」
 黒服の合図と共に、二人の男女がリングに上がった。
「赤コーナー、『最強老人』、元橋堅城!」
 黒い道衣を着た小柄な老人に、観客から耳を劈くような声援が飛ぶ。
「元橋堅城」。その実力は誰もが認めるもので、<地下闘艶場>最強との呼び声も高い。今日も黒い道衣を着込み、飄然とリングに佇んでいる。
「青コーナー、『江戸っ子料理人』、本多柚姫!」
「本多柚姫」。20歳。身長157cm、B85(Eカップ)・W59・H84。父親が板前で、柚姫も幼い頃から包丁を握って料理に親しんでいた。高校生の頃には父親の店を手伝うようになり、高校を卒業してからは親元を離れ、修業のため各地を転々とした。最近は客寄せのため、胸元にサラシを巻き、諸肌脱ぎで魚をさばくというパフォーマンスを行っている。
<地下闘艶場>において、「御前」の側近であるナスターシャ・ウォレンスキーと繰り広げた激闘は今も語り草となっている。
 前回のシングルトーナメントではダークフォックスに敗れ、無念の二回戦負けとなっている。
 今日は上半身に袖の短い道衣と中に黒いTシャツを着、青い短パンを穿いて、短パンの下からは黒いスパッツが伸びている。道衣の上には黒い帯を締めている。
「この試合は九峪志乃が裁きます!」
 リングに上がった志乃に対し、観客から指笛や野次が飛ぶ。
 今日の志乃はワンピース水着だった。レフェリー服の柄がプリントされているのは先週と同じだ。志乃は余り表情を変えずに両者を呼び寄せ、諸注意とボディチェックを行ってからゴングを要請した。

<カーン!>

「柚姫さん、ナスターシャさんといい勝負をしたそうですな。これは油断できませんなぁ」
(・・・何言ってんだい)
 にこにこと微笑む元橋に、元から油断などある筈がない。それを感じ取れている柚姫もまた、かなりの実力の持ち主だった。
(下手な攻めをすれば墓穴を掘るな。ここは慎重に・・・)
 そう考えている間に、するりと間合いに入られていた。
「ちぃっ!」
 反射的に放った掌底はかわされ、帯を奪われていた。帯を解くという動作を省いたかのような早業だった。
(この老人、達人の域か!)
「達人」。武技を極めた者への尊称であり、滅多に出会えるものではない。柚姫の口元に、本人も気づかないほどの小さい笑みが浮かんでいた。
(どこまで通じるか、試させてもらう!)
 自ら上着を脱ぎ、左手に巻きつける。
「柚姫さん、目の前で脱がれると老人には目の毒ですよ」
 帯を場外に捨てた元橋が頭を掻く。
「本心だかどうだか」
 じりじりと距離を詰めた柚姫が、静かに呼気を吸う。
「シィッ!」
 一転して鋭い呼気を吐き、左手で突きを放つ。その手が開かれ、上着がふわりと舞った。
「セェイッ!」
 上着で元橋の視線を遮った柚姫が、元橋が居るであろう位置目掛けて掌底の連打を放つ。
「っ!?」
 しかし、手に返ってくるのは上着を打つ頼りない感触だけだった。
(ちぃっ!)
 背後に気配を感じ、間髪入れず裏拳を放つ。しかし、今度は完全に空を切った。
「ほっ」
「あっ!?」
 いきなり視界が遮られた。しかしそれも一瞬で、元橋の姿が現れる。元橋の手には、柚姫が着ていた筈のTシャツがあった。
 元橋は柚姫が投げた上着を逆に目隠しとして利用し、柚姫の背後を取っていた。そして柚姫のTシャツの裾を掴み、淀みなく脱がしていたのだ。
「いやぁ、さすが柚姫さん、もう少しで直撃でしたよ」
 柚姫のTシャツを捨てながら、元橋が飄々と告げる。
(ここまで差があるか!)
 ナスターシャとの闘いで使用した戦法とは言え、奇襲を完璧に読まれていた。しかも通じないだけではなく、利用されてしまうとは。
(だが、全てを出したわけじゃない)
 ブラに包まれたバストへとそそがれる観客の視線は無視し、改めて構えを取る。
「これくらいでは諦めてくれませんか」
 のんびりと呟く元橋に、鋭い視線を向ける。
「・・・フッ」
 膝の力を「抜く」ことで前方への推進力に変え、滑るように距離を詰め、摺り足から淀みなく掌底打ちへと繋げる。
「ほっ!?」
 元橋の目が見開かれ、左腕が上がる。柚姫の掌底は元橋の左腕を叩き、胴へは届かなかった。
「セイッ!」
 ならばと逆の手で顎目掛けて掌底を放つ。しかし、空を切ったとわかったときには宙を舞っていた。
「くっ!」
 受身を取って立ち上がったとき、観客席から歓声が上がった。
「っ!?」
 なんと、乳房が剥き出しとされていた。元橋は投げを打った瞬間にブラのホックを外し、脱がしていたのだ。遂にブラまで奪われ、セミヌード姿とされてしまった柚姫は胸元を隠した。
「さて、どうしますかな柚姫さん。まだ続けますか?」
 元橋の言葉は優しかったが、もしここで続けると言えば、最後まで責めるという意思が感じられた。
「・・・いや、これ以上やっても勝てそうにない。負けを認めるよ」

<カンカンカン!>

 柚姫の敗北宣言を聞いた志乃が、素早く試合を止める。
「柚姫さん、このまま精進してください。貴女なら私よりも強くなれますよ」
 世辞交じりの賞賛だとは思ったが、元橋ほどの達人から言われて嬉しくない筈がなかった。
「ありがとうございます。また何時か手合わせしてください」
 乳房を庇い、頭を下げる。何故か、背筋をぞくりとしたものが奔った。
(・・・風邪でも引いたか?)
 正しい理由に思い至らず、柚姫は首を捻った。


 一回戦第九試合勝者 元橋堅城
  二回戦進出決定


幕間劇 其の二へ   目次へ   一回戦第十試合へ

TOPへ
inserted by FC2 system