【エピローグ−5】

「では、参りますわよ」
「遠慮は要らぬぞ。来い」
 白足袋に包まれた左足を半歩だけ前に出し、「御前」は下段に構える。
 真紅のドレス姿の魔少女と、濃紺の和服に袴姿の修羅が対峙する。地下駐車場の一角で行われるにはあまりにも惜しい一戦だが、見守るのは限られた者のみだ。
 カミラがじり、じり、と徐々に距離を詰めていく。微かにその胸元が震え、欲望に抗えずに見惚れる黒服も居る。
 いきなりカミラが「御前」の前に出現した。そう見えたほどの速度で間合いを詰めていた。危険な速度を乗せ、カミラの緩く握られた右拳が襲い掛かる。
「まさか、そのような小技が儂に通じると思っていたか?」
「御前」の左掌がカミラの右拳を捕らえていた。一動作で刹那の連撃を打ち込む「ノイエ・トート」の打撃を、「御前」は掌で完璧に吸収してみせた。
「ぬっ!?」
 そのまま関節を極めようとした筈の「御前」が短く唸る。即座にカミラの手を振り払う。
「甘いですわね」
 対するカミラは余裕の笑みを浮かべている。
「御前」の左の小指が折られていた。カミラは突きが捕らえられると判断した瞬間、狙いを「御前」の指を折ることに変更していた。
「容赦のないおなごだ」
 一瞬で小指のずれを治した「御前」がカミラを見つめる。その視線には喜びの感情が含まれている。
「小指だけではありませんわよ。腕を、脚を、最後には魂までもへし折ってあげましょう」
 蟲惑的な笑みを浮かべ、カミラが予言する。その間にも「御前」の左の小指が見る見る腫れ上がっていく。
「お前ほどのおなごだ、折られることに悦びを見出す者も居ろう。儂にも教えてはくれぬか? 心がへし折れる快楽を」
 言外に心折れたことなどないと告げ、「御前」は改めて構えを取る。今度は中段へと。
「っ!?」
 カミラは反射的に距離を取っていた。一瞬前にカミラの胸があった場所を、「御前」の突きが空気ごと打ち抜く。
「良い反応だ、昂ぶらせてくれるわ」
 突きを避けられたというのに、「御前」から発せられるのは喜悦だった。
「これしきの突き、何と言うこともありませんわね」
 内心は押し隠し、カミラは微笑んで見せる。
「その言葉、強がりでないことを証明して見せよ」
 あまりにも滑らかに「御前」が距離を詰める。易々と間合いに入り込まれたカミラだったが、続く「御前」の攻撃を全てかわして見せる。否、かわすだけでは終わらなかった。
 カミラの突きが、「ノイエ・トート」の打撃が「御前」の心臓に吸い込まれていく。その寸前、「御前」の両手が拝み受けでカミラの拳を捕らえていた。
「御前」の一呼吸で、カミラが宙を舞っていた。「御前」は捕らえた右拳を支点に、見事な投げを打っていた。
「はっ!」
 しかし、その投げの威力をも乗せたカミラの蹴りが「御前」の頭部を襲う。身を沈めることで蹴りをかわすだけでなく、コンクリートの床に叩きつけようとした「御前」だったが、カミラは右腕を爆発的に回転させることで引き抜き、支点をなくすことで投げから逃れる。地面すれすれでも受身を取り、優雅に立ち上がる。
「日本の裏社会を実力で抑え込んでいるという噂、過大評価だったのかしら? それとも、日本の裏社会はこの程度の実力でも従えさせられるとでも?」
 カミラの挑発に、「御前」が苦笑を洩らす。
「やれやれ、致命傷を与えきれない相手からそこまで言われるとはな。厳しいおなごだ」
「御前」の軽口に、カミラが余裕の、否、嘲りの笑みを浮かべる。
「何か勘違いしているようですわね。『ノイエ・トート』の真髄、まだ私は見せていませんわよ?」
 その変化は突然だった。カミラの麗身から魔闘気が噴出する。血臭すら感じさせる迫力に、地下駐車場の空気が凍りつく。
「簡単には潰れないでくださいな?」
 カミラが、無邪気に小首を傾げた。

  (続く)


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