【幕間劇 其の十一】

 その勝利の様子を、超VIPルーム内で「御前」と元橋が眺めていた。
「さすが師匠だ。見事な手並みだったな」
 点穴を突き、望む時刻に効果を発動させる。これには人体の正確な知識と卓越した技量が要求される。「御前」ですら元橋には敵わない分野だ。
「いや、あれは於鶴さんの強さだ。絶対に諦めない姿勢があったからこそ、あの勝利がある」
 嘗ての弟子の賞賛に、元橋はゆるゆると首を振った。
「・・・なあ師匠」
 暫く続いた間を破り、「御前」が口を開いた。
「なぜ於鶴涼子の想いに応えようとしない?」
「御前」の何気ない問いかけだったが、反応は激烈だった。
「わかっているくせに訊くでないわ、仙の字!」
 その呼ばれ方に、元橋の逆鱗に触れたことを知る。
「あのお嬢さんには、儂のような血に塗れた老い耄れよりももっと相応しい男が居る」
 元橋が涼子を拒絶するような言葉を吐く理由を、「御前」も本当は知っていた。
「御前」の脳裏に、ある場面が蘇る。血に染まった幼な妻を抱き締める元橋と、それをただ眺めるしかできなかった自分が。

―――あれは、「御前」と元橋が一族の仇を討ち、その仇の持っていた権力を奪い取ったときだった。
 流血が流血を呼び、毎日のように血化粧で飾った復讐の日々の中、元橋には心を通わす少女ができた。長い黒髪がよく似合う、可愛らしい少女だった。目元を除けば於鶴涼子によく似ていた。
 復讐が終わり、元橋は少女と結納を挙げた。
 今思えば、復讐の終わりと小さな幸せにどこか気が緩んでいたのだろう。まるでままごとのような元橋と新妻の生活が始まって一箇月、「御前」はその新居へと一人で訪れていた。
 心安らぐ時間が過ぎ、新居を辞そうとした「御前」を、元橋と新妻は玄関先まで見送りに出てくれた。
 銃声が響いたのはその瞬間だった。
 復讐に身を浸していた日々ならば、発砲の前に気づいていた。しかし、安寧の月日はいつしか「御前」と元橋から鋭さを奪い去っていたのだ。
「御前」か元橋を狙った筈の銃弾は、打ち手の萎縮による震えによって弾道を変え、元橋の妻の胸へと吸い込まれた。
 驚愕に落ちるよりも速く体が反応していた。銃を構えたまま震える若い男を、「御前」は一瞬で血塗れの肉袋に変えていた。
 振り返った「御前」の目に映ったのは、既に目を閉じ、胸から血を流す少女と、愛しい妻を抱き締め、表情をなくしたまま名を呼び続ける元橋の姿だった―――

「伶子は、今も儂の中の一番深いところで息づいておる。戯れならば許してくれるが、本気の想いなど受けつけてはくれぬよ」
 あの日のように表情がなく、呟きも苦い。元橋を見つめていた「御前」は一度、静かに目を閉じた。
「・・・もう、二度と言うまい」
「そうせい」
 踵を返した元橋を、「御前」は無言で見送った。


 決勝戦組み合わせ
  ピュアフォックス 対 於鶴涼子


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