【幕間劇 其の四】

「『御前』、いらっしゃいますかい?」
 超VIPルームに訪れたのは、マスクを被った長腕の男だった。
「あら、貴方ごときが気安く何の用かしら」
 冷たく応じた洋子に顰め面をして見せ(マスクで半分はわからなかったが)、マスクを被った男・マスク・ド・タランチュラは「御前」に向き直った。
「ちょっとお伝えしたいことがありましてね。カミラってお嬢さんと、ジルって言ういけすかねぇ奴のことです」
「聴こう」
 自分の提案を「御前」が受け入れてくれたことで、マスク・ド・タランチュラが洋子に自慢げな視線を送る。それも一瞬で、すぐに視線を「御前」に戻す。
「多分ですがね、奴らの流派、あれは『キャッチ・アズ・キャッチ・キャン』じゃないですかね」
「珍しいものを知っておるな」
「そりゃぁまぁ、プロレスの神様が使ってましたからね」
 日本で「プロレスの神様」と言えば「カール・ゴッチ」のことだ。自身が名プロレスラーであるだけでなく、トレーナーとしても超一流だった。彼の教え子からは数多くの名実揃ったレスラーが育っている。
「打撃じゃなく、掴みと投げを重視したあの動き、間違いないと思いますぜ」
「なるほどな。良く報せた」
 得意げな様子のマスク・ド・タランチュラに褒めの言葉を投げて下がらせ、「御前」は椅子に深く身を沈めた。
「あんなお調子者の言葉を信じるんですか?」
「自信がなければ注進にも来まい。信じても良かろう」
 洋子の嫌悪を隠そうともしない口調だったが、「御前」はあっさりと答えた。
「ま、ベースの一つに過ぎんだろうがな」
 おそらく、「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」だけではなく様々な流派の長所を取り込んでいる。打撃技を使わなかったのは、その必要がなかったためだろう。
「まあ、流派云々はどうでも良い。重要なのはその者本人の実力よ」
 格闘スタイルを決めつけるのは先入観を生み、立会いでの危険を招く。それを深いところで熟知している「御前」ならではの科白だった。

「失礼します」
 次に入室してきたのは、情報収集を担当する真崎だった。
「カミラ・アーデルハイド・バートリーに関してご報告致します」
 驚くことに、カミラは会場にボディガードを伴っていないと言う。否、ただ一人ジル・ジークムント・ヴァグナーのみを従えている。
「入国時にはかなりの人数を帯同していたと言っていたな」
「はい、そいつらは滞在先のホテルで徹底的な『掃除』を行っていました」
 ここで言う「掃除」とは部屋の清掃のことではない。危険物の有無や除去を目的とした捜索のことだ。
「お陰で、隠しカメラは全て除去されました」
「ふむ。用心は怠っていないとみえる」
 カミラたちにしてみれば、言わば敵地に乗り込んでいるのだ。それくらいの用心深さは当然だろう。
「引き続き監視を続けよ。再度仕掛けられるものならカメラ、マイク、その他情報収集可能な機器を設置せい」
「はっ!」
 一礼した真崎は、素早く超VIPルームを後にした。
(さて・・・カミラ・アーデルハイド・バートリー、次はどんなものを見せてくれる?)
 カミラの闘う肢体を脳裏に描き、「御前」は知らず笑みを浮かべていた。
 修羅の笑みを。

***

「予定通り、ですわね」
 ドイツ製高級車の後部座席、ドレスのロングスカートに包まれた長い脚を組み、亜麻色の髪をかき上げたのはカミラ・アーデルハイド・バートリーその人だった。運転席でハンドルを握っているのはジル・ジークムント・ヴァグナーだ。ジルはバックミラー越しにちらりと視線を送り、ゆったりと頷く。
「トーナメントへの飛び入り参加、受け入れねば『御前』とやらの権威が薄らぎますから」
 チャベスを倒し、気絶した姿を観衆の目に晒したのは、そこまで計算してのことだった。
「これで決勝戦まで私と貴方が残れば、我が『ノイエ・トート』の実力を日本人も認めるしかないでしょう。楽しみましょう」
 魔性の笑みを浮かべ、カミラはその見事な肢体をシートに預けた。それだけで破格のサイズのバストが震える。
「ホテルに着いたら起こしなさい」
 そのまま目を閉じたカミラは、いつしか寝息をたて始めた。その寝顔は、まるで幼子のようなあどけないものだった。
「・・・全ては、フロイラインの手の中に」
 そっと呟き、ジルはハンドルを握り直した。


 二回戦組み合わせ
  第一試合 八岳琉璃 対 マスク・ド・タランチュラ
  第二試合 カミラ・アーデルハイド・バートリー 対 ビクトリア・フォレスト
  第三試合 伊柄克彦 対 稲角瑞希
  第四試合 ジョーカー 対 ピュアフォックス
  第五試合 元橋堅城 対 ニナ・ガン・ブルトン
  第六試合 天現寺久遠 対 ジル・ジークムント・ヴァグナー
  第七試合 櫛浦灰祢 対 阿多森愚螺
  第八試合 猿冠者 対 於鶴涼子


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