【後 本編第二十七話】

「やれやれ、やはりそうなるか」
 試合会場を見下ろしていた「御前」は一人呟いた。
 八岳(やたけ)琉璃(るり)。視線の先に居るのは、「御前」の悪友である八岳(やたけ)将玄(しょうげん)の孫娘であり、比類なき美貌と格闘の才を併せ持つ稀有の美少女だ。
「御前」はこの少女を<地下闘艶場>へと上げるため、将玄に長期間に渡る交渉を行った。費やした費用は、一般人の生涯賃金を軽く凌駕する。それでも将玄は承諾せず、「御前」は宥め、すかし、ときには脅迫紛いの言動を行った。しかし将玄とて八岳グループを率いる会長であり、裏も表も知り尽くした男だった。例え相手が「御前」だとは言え、膝を屈するような柔さは持ち合わせていない。
「御前」が最終的に採った手段は、琉璃の周囲にそれとなく噂を流し、琉璃本人に興味を抱かせるというものだった。その才能故に日々の生活を物足りなく感じていた琉璃にとって、<地下闘艶場>の存在は興味をそそられるものだった。
 琉璃の決意と「御前」が持ちかけた「賭け」により、将玄も渋々琉璃の参戦を受け入れた。
 そして今。琉璃は三連戦を見事勝ち抜き、下着姿のまま花道を早足で下がっていく。
「賭けは儂の勝ちになったな。元橋先生がどのようなつもりであったか、などは関係なくのお」
「御前」は琉璃を敗北させると宣言し、将玄は琉璃がどんな相手でも勝利を挙げると断言した。琉璃が知らぬところで交わされた賭け事は、将玄の勝利で幕を閉じた。
「確かに賭けは儂の負けだ」
「なんだ、負け惜しみか?」
 そうでないことを知りつつ、将玄が軽口を飛ばす。
「否、今は良い」
「ふん・・・」
 釈然としない表情の将玄だったが、「御前」の側近である鬼島(きじま)洋子(ようこ)の呼びかけに笑顔を返す。この齢になっても美人には目がないのは有名な話だ。
「八岳将玄様、お車の準備が整ったとの連絡がありました」
「ありがとう、洋子さん。見送りもお願いしようかの」
「了解致しました」
 深々と一礼を返した洋子は、ちらりと「御前」に視線を投げ、将玄のために扉を開いた。一度「御前」に礼をし、静かに扉を閉める。
 超VIPルームに独り残った「御前」は、静かに腕を組んだ。
(確かに賭けには負けた。八岳琉璃の才能がこれほどまでとは思っていなかった故、な)
 琉璃の格闘の才能は、「御前」の想像を超えていた。「御前」の血族であり、師匠でもある元橋(もとはし)堅城(けんじょう)に鍛えられた過去があるにせよ。
「だが・・・」
 琉璃は知った筈だ。自分の才能を存分に発揮させられる場所があるということを。
「ならば、またリングに上げれば良い。二度でも、三度でも、な」
 逆説的な話にはなるが、<地下闘艶場>だからこそ、「御前」の支配する場所であるからこそ、将玄もある程度の安心を持って琉璃の参戦を(渋々ながらも)拒まない筈だ。
「次の参戦まで、充分に鍛えておけ」
 今はもう姿が見えない琉璃に呼びかけ、「御前」は踵を返した。下腹部に生まれた熱を、今宵は誰にぶつけようかと思案しながら。


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