【後 本編第八十七話】

 くの一の衣装に身を包んだ女性が、凛とした空気を纏ったまま退場して行く。淫闘のリングを後にする彼女に、会場からは卑猥な野次と称賛の叫びも投げられる。
 その姿を、超VIPルームと呼ばれる高所から見つめる二つの人影があった。
「将玄」
「うん?」
「御前」の呼びかけに、悪友である八岳(やたけ)将玄(しょうげん)は警戒した答えを返す。
「あのおなご、儂に寄越さぬか」
「そんな無理は通らんぞ」
 先程までリングで闘っていた高良(たから)森香(もりか)は、将玄の最愛の孫娘である八岳琉璃(るり)の影供だ。森香はリングで強さだけでなく、女の武器までも使って勝利を挙げた。それほどの逸材を、将玄が手放す筈もなかった。
「惜しいな。儂の下で鍛えれば、尚一層の輝きを放とうものを」
「御前」の呟きには真剣なものが含まれていた。
「お前には裏部隊とやらがいるのだろうが。これ以上何を望む気だ」
「裏だけではまだ足りぬ。影からの目もなくば、な」
 それは、一度本拠を失い、新たに組織を造り直した経験が言わせるのか。それともただの諧謔か。
「底無しの欲望は、自らをも呑み込むぞ」
「かも知れぬ」
 将玄の忠告めいた脅しを、「御前」も軽く流すだけだ。
「ちなみに、一晩だけの奉仕もさせんからな」
「・・・それくらいは良いだろうに」
 舌打ちしかねない「御前」の表情に、将玄もただ苦笑する。
「まあ、今回の試合で少しは心配も晴れた」
「再試合は何時でも構わんぞ」
「考えておこう」
 将玄は一つ頷いてから踵を返した。
「見送りはせんぞ」
「美人が付けばそれで良いわ」
 軽口の応酬を交わし、日本でも有数の権力者同士はあっさりと別れた。次に会えるのが何時になるのか、まるでわからぬほどの多忙で危険な日々を送るというのに。


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