【前 本編第五十二話】

「お前がここに来るとは、珍しいこともあるものよ」
「女性がいたぶられるのを見るのは、あまり好きじゃないんですよ」
「そう言いながらもここに居る。目的はあのおなごか」
「はい」
<地下闘艶場>超VIPルーム。リングを見下ろす位置に作られた特別な空間に、白髪の男性と美青年が居る。室内は必要最低限の光量だけで照らされ、男たちの全貌は闇に霞んでいる。
「於鶴涼子、か。駁、今までお前が付き合ってきたおなごとは、趣きが違うのではないか?」
「『御前』の仰る通りです。僕自身、僕の心が良くわかっていない。だから、確かめに来ました」
「御前」と呼ばれた白髪の男性が、美青年を駁と呼ぶ。人工の明かりに照らされていても、駁の美貌が見て取れる。
「つぐみの面影から、少しは離れることができたか」
「・・・ええ、多分。『御前』よりもかなり時間が掛かりましたが」
 女性の名が出たとき、僅かではあるが哀愁の空気が漂う。しかし、それもゴングが鳴るまでだった。
「・・・」
 駁の真剣な視線が、リングの上で構える道衣と袴姿の涼子へと向けられる。その熱の篭もった視線が、試合終了まで外されることはなかった。



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