【暗夜闘−3】

 断末魔と怒号渦巻く暗夜の修羅地獄。それを冷たく見下ろす白髪の影があった。戦場を見下ろす小高い場所で、闇よりも尚濃い漆黒の道衣と黒帯を締め、死者の呻きが乗った風に豊かな白髪を嬲らせている。
 その男、即ち「御前」が唇を開いた。
「来たか」
「御前」を三方から囲む位置に、三つの影が出現していた。
「『紅巾』の三剣」
「黄」
「公」
「項」
 姓だけを名乗り、「三剣」が構える。三人の中心に立つ「御前」は、両手をだらりと垂らした。隙だらけに見えるこの構えこそが、「御前」の自然な構えだった。
(さて、誰からくるか・・・ぬっ!)
 誰から、ではなく、三人が同時に攻撃を仕掛けてきた。各自の攻撃の隙を別の人間が埋め、反撃の隙間がない。完璧に制御された同時攻撃だった。四肢を全て防御に回したが、「三剣」には六本の腕と足がある。左太ももと右肩に被弾し、しかしそれ以上の追撃は許さず間合いを外す。
「三剣」が、焦ることなく「御前」を囲む。そこから目線での合図も、掛け声すらもなく、阿吽の攻撃が始まった。あの「御前」が攻撃を食らい、負傷していく。
「ぬうん!」
 しかし、針の先程の僅かな隙を衝き、包囲網を切り抜ける。それでも「三剣」に動揺はない。即座に包囲網を組み直し、じわじわと輪を狭める。「紅巾」の手だれが三人掛かりともなれば、「御前」と雖も苦戦は免れない。
「久しいの、この感覚・・・」
 肉が削られ、骨が軋む。本物の闘争は「御前」を萎えさせるどころか、精神を昂らせてくれる。
「殺!」
 またも「三剣」の同時攻撃が「御前」を襲う。
 公の一撃で、「御前」の体が竹林へと吹き飛んだ。否、公の直突きの勢いで以て竹林へと飛んだ。「御前」を追い、「三剣」も竹林へと足を踏み入れる。
「もう逃げ場はないぞ」
「三剣」の内、誰が言ったのか。「御前」を囲む三角形の内部に、殺気が充満していく。殺気が頂点に達した瞬間、「三剣」の同時攻撃が始まる。否、始まる筈だった。
「御前」の蹴りが竹を撓らせ、その竹が更に隣の竹を揺らす。竹が障壁となり、完璧を誇った連携が崩れた。しかも「御前」は竹を蹴った反動を使って一気に黄へと飛び、肘の一撃で屠っていた。
 咽喉仏ごと脛骨がひしゃげた黄にはもう一瞥もくれず、公の顎を横からの裏拳で打ち抜く。脳震盪を起こして棒立ちになった公の胸骨を前蹴りでへし折り、吹き飛ばして項へぶつける。
 即座に躱した項も見事だったが、「御前」の敏速さに目測を誤った。反射的に出した右直突きを取られ、宙を舞っていた。竹にぶつかった体に拳の連打がめり込み、最後は脳天から地面に叩きつけられて死路へと旅立った。
 地で弱々しくもがいていた公のこめかみに「御前」の踵がめり込み、頭蓋骨の繋ぎ目が割れて陥没した。公の体がぴんと張り、徐々に弛緩した。
 あれだけ「御前」を追い込んだ「三剣」が、数瞬で皆地獄へと落ちた。竹林へと引きずり込んだのは、乱立する竹を障壁とするためだ。
「あそこまでの連携を見せるとはな。積んだ修練が良く見えたわ」
 一人を倒した時点で勝敗は決した。しかし、闘いの場を移さねばならないほどに追い込まれたのは事実だ。「御前」の胸に浮かんだのは苦戦への苦さではなく、まだ闘いに工夫の余地があることへの内省だった。
「さて、次で暗夜闘の仕舞いとするか」
 誰に聞かせるためのものか、「御前」が声を張る。
「のう、田芝」


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