【A&A 其の十】   投稿者:小師様  推敲手伝い&加筆:事務員


「これは本当でしょうか?」


諜報部が「御前」のもとに持ってきた情報に、洋子は驚きを隠せなかった。


「確かに可能性はあるでしょう・・・しかし、これはあまりにも」


ナスターシャも動揺している。


「真偽はどうあれ、あやつには乗り越えてもらわねば、な」


白髪の主の呟きに、二人の美女は力強く頷いた。


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「ん・・・っ」


誰かに頬をやさしく撫でられた気がする。だが目が明かない。


「うんん・・・」


次は頭を撫でられた。まるで赤子をあやす様な、懐かしい手つきだったが、今度は少し目が明いてしまった。


「あっ」

「起きなくていいわ。昨日は大変だったものね?」


そこいたのは黒服の一人、鬼島洋子だった。慌てて起き上がろうとするも動けない暁子を手で制する。


あのあとの話を聞かされた。

洋子たちが二人を連れ帰った後、すぐに二人は浴室で身体を清められた。綾乃はそれでだいぶ落ち着いたのだが、暁子の薬の浸透具合がすさまじく、少し直に触れるだけでも暴れてしまう。結局表面だけは綺麗にし、中にたまった媚薬成分は「御前」が発散してくれたのだとか。


「そのようなことが・・・」

「そんなことよりもう大丈夫なの?」


二人しかいないからなのか、一瞬だけだが普段の感情を隠すような声とは少しだけ違い、姉のような優しさを感じるような声だった。


「本調子には程遠いですが、あの時よりはだいぶ良くなりました。あれからどれくらい経っていますか?」

「丸三日になるわ」


その間、暁子は極度の疲労と精神の負荷により眠り続けていたそうだ。

あの日はいろいろなことがありすぎた。御前様に会い、継嗣の婚約者と戦って勝てず、さらにどこのものともわからない男二人に弄ばれ、先生には脅され壊されかけた。三日も寝たきりを許されたのは流石に精神的な負荷が大きいと思われたのだろうか。


「綾乃さんは・・・?」

「『御前』の側にいるわ。あなたは起き上がれるようになったら『御前』の下へ行きなさい。あの日のことでお訊きしたいことがあるそうよ」

「わかりました。 あ・・・洋子さん」

「何かしら?」

「救出していただいて・・・ありがとうございます」

「仕事だからよ。それじゃあね」


それだけ言うと手をひらひらと振って洋子は部屋から出て行ってしまう。忙しい彼女には仕事が山積しているのだろう。

洋子が出ていってしばらくすると、今度は無業が音もなく入ってきた。


「なんだ、もう起きてるのか。折角色々と悪戯できると思ったのにな」


にやりと笑みを暁子に向けるが、いつもの好色な雰囲気はなく、本当にちょっと様子を見に来ただけのようだ。


「申し訳ありません、健康なもので」


無業相手に警戒心は強く持つ。しかしそうは言いつつも体は起こせず、相手の目を見据えるのが精一杯だった。


「早く歩けるようになってくれよ? 俺の楽しみが減っているんだからな?」


笑みを浮かべながら出ていこうとするが、ふと振り返って近づいてきた。


「洋子には言えて俺には何もないのか? ん?」


近づいてきた無業に警戒するも何もできない。抵抗も防御さえも。しかし予想に反して、頭をわしゃわしゃと強めに撫でられただけだった。


「や・・・やめてください。わかりましたから! ありがとうございます!」


礼を聞いた無業は満足したのか、何も言わずに部屋から出て行ってしまった。

その後またしばらくして、ナスターシャが入ってくる。


「目覚めているじゃないか。無業が来ていたようだったが、なにもされなかったか?」


起きているのがわかると、開口一番に軽口を叩きつけてくる。


「はい・・・この度は、その、ご迷惑を」

「終わったことはもういい。次に活かせ。この仕事においてこういうことはよくあるし、その度に礼を言って回っていたら時間が足りなくなる」


今までの印象とは違う、後輩や部下を諭すような物言いだ。暁子は珍しいな、と思ってしまった。


「お前が救出されたのは利用価値があるからだ。これから先の身の振り方をよく考えろ。それと」


そこまで言うと、暁子の体を起こし、紙コップに入ったドリンクを突き出してくる。前に洋子から渡されたものと同じものだ。


「思ったよりも重症だな。飲めるか?」


暁子もそれを受け取ろうと体を動かそうとするが、腕に力が入らない。


「・・・申し訳ありません」


結局受け取れずに首を振って謝罪をするしかできなかった。


「まったく、相変わらずか弱い女だ。少しずつ行くぞ」


口調とは裏腹に、暁子の後頭部に腕を添えつつ、少しずつ体を倒しながらコップの中身を口に入れていく。暁子もゆっくり、ゆっくりと嚥下していく。

ドリンクを飲み干すと、暁子は腕を動かしてみた。とりあえず動かすことはできるようになっている。


「ありがとうございます。これで『御前』のところへ向かえます」

「聞いているなら話は早い。行くぞ」


ナスターシャが手を引きながら暁子を立たせる。が、脚の踏ん張りが効かず、そのままナスターシャにもたれかかってしまう。


「・・・っ!」

「おっと」


が、脚の踏ん張りが効かず、そのままナスターシャにもたれかかってしまう。恥ずかしくて情けなくて、震える暁子はナスターシャの顔を見ることができなかった。


「・・・まだ無理なようだな。これでは『御前』に会わせられん、もう一日休め。私から『御前』に報告しておく」

「・・・はい。申し訳ありません」


暁子をもう一度ベッドに寝かせると、ナスターシャは音だけは派手に暁子の額を叩き、そのまま出て行ってしまった。

今日はたったそれだけだったが、暁子はまたも微睡の中に落ちていった。


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朝、登校時間くらいになり、綾乃が寝ていた部屋に洋子が入ってくる。


「起きなさい」

「・・・ふぁい」


だんだんと朝の弱さがなくなってきている綾乃だったが、まだ低血圧が改善しきっていないのか目だけ開いて気のない返事をしてしまう。


「今日は学校にはいかないわ。『御前』に呼ばれているから、身だしなみだけは整えなさい。まさか彼女がいないと何もできない、などということはないわよね?」

「・・・はい」


少し皮肉を交えたものの、処理がまだ追い付いていないような綾乃の返事に少しため息交じりの洋子だったが、叱咤しながら綾乃の身支度を整えさせるのだった。






それから少し時間がたち、特に礼服を持っていない綾乃はいつもの学校の制服をまとい、大きな扉の前に来ていた。もちろん、洋子に連れられて、だ。


コンッコンッコンッ


乾いたノックの音が響く。


「『御前』、霧生綾乃を連れて参りました」

「応、入れ」


その言葉を聞き、洋子が扉を開ける。


「では、私はこれで」

「うむ。霧生綾乃、ここへ」

「はい」


「御前」の目の前のソファに座るよう促される。


「何故呼ばれたか、わかっておるかの?」


咎め立てでもなく、微笑むでもなく。しかし今まで見たこともないほど真剣な表情だった。


「・・・この間の学校でのこと、でしょうか?」

「そうだ、儂のことを訊かれたらしいな」


綾乃は先生に聞かれたことを全て話した。答えなければ暁子を凌辱すると脅されたことも、自分の代わりに暁子が恥辱を受けたことも、かなり遠いところから車に乗る姿を撮られていたことも。

思い出すだけで体が震え出す。怒りと恐怖から、綾乃はセーラー服の襟本をギュッと掴んでしまう。


「…これが全てです」

「わかった。大義であった、下がってよい。ナスターシャ」

「はい」


いつのまにいたのか、部屋の外から銀髪の黒服女性が入ってきた。ナスターシャ・ウォレンスキーだ。


「霧生綾乃を部屋へ送れ。今日は学校は休ませる故、そのぶんの教育の手配をせよ。それと、真里谷暁子は起きたか?」

「はい、先ほど目を覚ましました。しかし、まだ自力では立てないようです」

「回復したのならば良い。下がれ」


「御前」の前をナスターシャが辞した後、綾乃はいてもたってもいられないという表情だった。


「あの…暁子は」

「目を覚ました。お主が本調子になってから会いに行け」


専用の付き人がいるから案ずるな、と。確かに今は逆に皆に迷惑をかけるかもしれない。綾乃は今日は大人しく部屋に戻ることにした。



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翌日、ドリンク剤で回復したのか、暁子は通常と同じように目覚めた。


(起きれた…。でも、体が重い)


自分の体でなくなってしまったかのように、自由に動かせない。歩けるくらいに回復したとはいえ、まだまだ本調子には程遠い。

しばらく動けなかった体のため、ストレッチをし始める。


(入念に…やっておかないと…)


学校内に敵がいたということは、今日もいるかもしれないのだ。ただでさえ弱っている今襲われたら戦いはおろか逃げることすらできないだろう。


(ダメだ…そんな簡単にはいかないか)


握り拳にも力が入っていない。立つと少しふらつく感覚もある。弱々しい自分に悲しみすら感じ始めてしまう。

ちょうどその時、部屋のドアが開いた。


「入るわよ」

「おはようございます、洋子さん」


すぐに立ち上がり、礼をする。


「二人ともしばらく学校は休ませるそうよ。それと今日は『御前』のところにいくわ、朝食後に準備なさい」

「承知しました」


朝食まで時間が少しある。もう一度柔軟・ストレッチを行い、朝食を取り、手早く部屋やベッドを整え、着替えを済まし、最低限の身支度を整える。終わる頃、測ったかのようにドアが開き洋子が姿を現した。


「準備万端です」

「・・・いつ見ても惚れ惚れするわね。いこうかしら」


洋子が暁子をつれ、「御前」の部屋に案内する。その途中で色々な人とすれ違う。メイドとして働いていると思われる女性、執事として働いているらしき男性、それから年があまり離れていないように見える子供たち。新参の暁子が珍しいのか、途中で声をかけられた。


「ちょっといいか? お前、高校生か?」


同い年くらいだろうか、私服ではあるが高級そうな衣装を身に纏っているが、それに見合うだけの男には見えなかった。


「は・・・?」

「いや、答えなくてもわかるぞ、ふーん」


品定めするかのように頭の先から爪先までまじまじと見られる。あの時のような気持ち悪さをその視線に感じてしまう。


「そうかそうか。なにかわからないことがあったら聞いてくれていいからな」

「はぁ」


どうしてもその一挙手一投足が好きになれず、気のない返事をしてしまう。

しかしあまり気にしていないのか、男は笑いながら去っていった。


「何をしているの、『御前』を待たせるつもり?」


冷たい声に我に返る。そうだ、今は自分の事は二の次。『御前』のもとに行かなければならない。


「申し訳ありません・・・」

「敵はどこにでもいるわ。気を付けなさい」


含みのある洋子の物言いに疑問を持ちながらも、暁子は洋子の後を追いかけていった。




コンッコンッコンッ


「『御前』、真里谷暁子を連れてきました」

「入れ」


もはや聞きなれた重厚感のある声。二人は素早く部屋の中に入った。


「回復具合はどうだ?」

「はい、歩く程度なら問題ありません」


頭の先から爪先まで視線を向けられ、暁子は気恥ずかしくなって視線を落としてしまう。


「そうか。まずは重畳」


そう言って微笑んだのは一瞬で、すぐに強い気を放ち始めた。あまりの気の熱さに思わずたじろぎそうになるが、隣の洋子がとくに気にしている風もなく慣れた雰囲気で立っているのを見て、改めて暁子も姿勢を正す。


「真里谷暁子、ここへ」

「は、はい」


初めての時と同じ、「御前」の向かい側のソファに座る。今回は洋子が「御前」の斜め後ろに立っている。


「此度は散々であったな」


色々な意味に捉えられるが、今回は言葉通りの意味だろうと思う。が、あまりの自分の不甲斐なさが情けなかった。


「申し訳・・・ありません」


口を開いてもそのくらいの言葉を紡ぐのが精一杯だった。


「それはそれとして、だ。無業」


ドアの向こうへ声をかけると、どこにいたのか片目の男・無業が、全裸に目隠し耳栓をされX型の枷に手足を縛られ猿轡をされた女を連れてきた。肌の艶、乳房の張り、腹のくびれ、腰の張りなど、若いながら女の魅力に溢れている。

無業は「御前」の前だからか、全裸の女性に目線すら送ろうともしない。


「っ・・・!?」


まず連れてこられた女は吉良嶺火(きら・れいか)だ。暁子を真里谷家からも本家からも追い出させた、実質的な頂点に位置する女だった。


「お前の学校から女を担いで出てくる黒服がいたんでね。ちょっと手合わせしてもらったよ。おい」


後から黒服が一人、同じく目隠し耳栓をされた女性を案内してきた。下着に長いローブを羽織っているのは「御前」の「優しさ」なのだろう。


「御前様・・・!?」


後から案内されてきたのは知久萌荏実(ちく・もえみ)だった。同じような境遇に同情してくれたのか、よく面倒を見てくれた人だ。

無業達が暁子達の帰りが遅いと苛立っていた頃、学校から出た不振な車にちょっかいをかけたらしい。遊び半分でこの人数をとらえたのは真の実力なのだろうか。態度の悪いバラのような女を捕らえ、車のなかで縛り上げられ身体を弄ばれている女性を助けたのはたまたまだったのかもしれない。


最後に入ってきた縛り上げられ目隠しと耳栓をされた下着一枚の男を見たとき、暁子の眉がつり上がった。暁子自身を弄んだ、名も知らぬ男だった。体育館での屈辱は忘れもしないし、許されるならばこの場で斬り捨ててしまいたい!


「聞くまでもなく、お前の知り合いのようだな。どのような関係か述べよ」


そんなことは知っているだろう、と暁子は思ったが、「御前」は暁子の口から事情を聞きたい、という口調だった。


「お方様・・・嶺火様は、分家である真里谷家から見れば本家の跡継ぎの許嫁です。私は目の敵にされていました」


当時は何故かわからなかった。楯突いたわけでもなく、取り巻きと諍いがあったわけでもない。いきなり稽古の相手に指名され、師範の見えないところで徹底的にやり込められた。


「ふむ。他は?」

「御前様、もえね・・・コホン。萌荏実さんは、本家の現跡継ぎのお母上です。除け者な私にも優しくしてくれた方です」


理由などどうでもよかった。ただ優しくしてくれるだけでも嬉しかった。魔女と蔑まれても暁子が壊れてしまわなかったのは、彼女の存在は非常に大きかっただろう。



「ならば・・・その男は?」

「っ・・・!私を・・・!」

「なるほどの。その男は二度とお前たちに近づけぬようにしておこう」


珍しく感情が高ぶり震えながら声を絞り出す暁子を見てそれだけ言うと、早々に男を連れていかせた。


「ナスターシャ」

「はい」


どこにいたのかドアからナスターシャが入ってくる。


「吉良嶺火をつれていけ。あれは試合で使えそうだ。多少の『味見』は許可するが、試合に影響せぬようにな」

「はっ」


にやりと笑った無業が、短い返答と共に嶺火を拘束具から外し、抱え上げて出て行った。早速乳房や尻の感触を楽しみながら。

それを見た暁子は複雑な気持ちになった。暁子に拘ったばかりに、結果的に地獄に落ちてしまった。


(例外なく、皆壊れてしまう・・・)


少し気を落としてしまう暁子に、「御前」からもう一つ質問が飛んだ。


「暁子、女子二人は本物か?」

「え?」


暁子にはどういう意味か分からなかった。


「お前が知っている二人だったか、と聞いている」

「…申し訳ありません、意図が理解できません」

「似た別人の可能性は?」

「…」


少し考えてから、暁子は返事をした。


「『私が知っている』、二人で間違いありません」

「そうか、ならば」


あえて強調して答えた暁子に「御前」から指示が飛んだ。


「洋子、暁子の恩人を家まで送り返せ。暁子、お前もついていけ」

「はっ」

「えっ?は、はい」


まだ回復しきっていない体で何かできることがあるのだろうか。でもできることをしなければならない。

そう考えることにして、暁子はソファから立ち上がった。


「『御前』の指示ではありますが・・・暁子も行かせるのですか?」


今のままでは足手まとい以外の何者でもない、と洋子は言いたそうだった。


「そろそろ潮時だ、枷をはずしてやらねばな。・・・仮に何かあったとて、少なくともお前の盾くらいにはなるだろうて」


それだけ言うと、『御前』は先に部屋を出ていってしまった。


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車中において、暁子は不安を感じていた。


(私が行けば、きっと本家の人たちは拒絶反応を起こすのでは)


まだ嶺火が捕まったことは知らないはずだ。そんな中で萌荏実だけが家に戻ったとあれば、本家の人たちは何を考えるだろうか。


(真っ先に吉良の手先だと疑われるのでは?)


暁子はもちろんのこと、洋子や他の人達も疑いをかけられるだろう。もしかしたら戦闘に発展するかもしれない。


(私はやはり足手まといになりかねない。いざとなったら逃げることだけを考えておかねば)


本家の図面は頭の中に入っている。それは、万が一若様に何かあったときに暁子が若様とともに安全に逃げるため、師範が覚えさせたものだった。


しばらくすると、車が止まる。つけられた目隠しをとると、確かにあの本家の建物だった。いつみても美しい建物だが、何となく少し澱みがあるように感じられた。


(こんな感じだったっけ・・・?)


一抹の不安が燻り続ける中、邸内からは侍女と思われる女性数人が出てきた。


「御前様、お帰りなさいませ」


その侍女達はまだ新しい人なのだろうか、淡々とした仕事ぶりで萌荏実だけを中に連れていってしまった。それとは入れ替わりに、別の侍女が出て来て二人の対応をした。


「主人より、よろしければお茶を如何かと」


暁子はちらりと洋子を見た。自分一人なら迷わず帰っていたかもしくは追い出されていただろう。


「いただくわ」


外交上のこともあるのかもしれないが、洋子は勧めに応じた。

侍女の案内で暁子達は本邸の応接間に通された。

畳張りの広い部屋で、四方を障子に囲まれている。何かあれば、外から一斉に襲いかかってくるかもしれない。


「洋子さん・・・」

「ええ、うじゃうじゃいるわね」

「あの、お願いが」

「・・・わかったわ」


縁側に風鈴の音が聞こえる。心地よい風が出ているのだろう。その中に衣擦れのような音が少し混じっている。その数は十は下らないだろう。


「失礼いたします」


そんな中、先程の侍女がお茶を二つ持って入ってきた。


「粗茶でございます」


二つの茶碗が二人の前に置かれた。侍女は茶碗を置いた後も二人を見続けている。


「いただきます」

「・・・お待ちください」


少し逡巡はあったものの、暁子は洋子の手を止めた。


「何かございましたか?これはただの」


言い募る侍女は、暁子がお茶を飲むかどうかを迷っていると思っているようだが、暁子自身はどのようにして伝えるかを迷っていた。昔から師範に毒物の臭い、味を少しだけではあるが覚えさせられていたこともあり、お茶の中に微量の異物が入っているのは、暁子の鼻がかぎ分けていた。


「私はお茶の話はしておりませんが」

「!」

「では丁度いいので、毒味を、していただけますか?」


暁子は暗に何か入れたのかと、明確にこれは飲まないと、侍女に伝えた。


「・・・チッ」


明らかに舌打ちをした、ということは暁子達は歓迎されてないということ。つまりこの侍女は本家の人間であるのだろう。


「・・・今の舌打ちはどういうことか、説明してもらえるかしら? 私が誰の使いで来ているのかわかった上でのことなのか、もね」


洋子が怒気を孕んだ声を出すが、


「やれ!」


侍女の殺気、怒声とともに何かの玉を床に投げつけると、大量の煙を発した。


「・・・これは!」

「洋子さん!」


ほぼ同時に洋子の手をつかんだ暁子はそのまま引っ張り、二人は通路を走り出した。通路に出てからは洋子が暁子を引っ張り、飛ぶようにして走っていく。ほぼ同時に部屋の四方から槍の穂先が突き入れられた。

しばらくして煙が晴れてきた。男たちが部屋の中を確認する。


「何もない・・・!?」

「外か!?」

「こっちには来てないぞ!」

「こっちもだ!」


忽然と二人が消えた。


「探せ!遠くにはいないはずだ!」


男たちは大慌てで二人を探し始めた。




「方角はこっちでいいの?」

「はい、間違いありません」


坑道の柱の位置や出っ張りなどを全て的確に指示していく。

しばらく走ると、暁子が洋子の足を止めた。


「ここです」

「・・・出口には見えないわね」

「ご挨拶してから帰りましょう。ここを少しあげていただけますか?」


灯りはない。ほぼ真っ暗で頭上から少し光が漏れている程度だ。だがそこを暁子は明確に記憶していた。


(懐かしい。まだ傷跡がある)


なぜならここは暁子と若様のたったひとつの稽古以外での共有された思い出なのだから。そして、ここを持ち上げれば、上にあるのは。


「お願いします」

「まったく、早く本調子に戻しなさい・・・なっ!」


思い切り床板を持ち上げ、部屋の中に飛び込む。


「きゃあ!?」


突然の床からの襲撃に思わず声をあげてしまうのは、萌荏実だった。


「お邪魔します」


黒服の後ろからひょっこりと顔を出した制服の暁子に驚くも、


「え、何?」


素っ頓狂な声が出てしまう。


「逃げてきました」

「逃げて?」

「・・・」


おもてなしを受けているはずの二人が逃げてきた、とはどういうことかわからないというような表情をしている萌荏実に、


「御当主にご挨拶だけしてから帰ります。会えますか?」


説明をしている時間がないと洋子は暗に説得する。


「わかりました、お待ちください。誰ぞ、大膳殿をここへ」

「はい」


萌荏実の側付の侍女の声だ。素早く動いて遠ざかっていく。その間にずれた床板と畳を直す。


(『御前』の言うとおりだった。暁子がいなければ・・・)


感謝はおくびにも出さず、暁子の片付けの様子を見る洋子だった。


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(確かに違う・・・)


この人はもえねぇじゃない。見た目はそっくりだが、目つきが違う。仕草は似ているが反応の仕方が違う。


(でも・・・今は言えない。ここで言えば逃げてきた意味がない)


最後まで、少なくとも屋敷に帰るまでは感づかれてはならない。


(「御前」の言葉は、このことだったのかも・・・)


含みのある言い回しはこれを知っていたんだと思う。


(「御前」の希望するものって、何?)


ただこれだけは未だ見えていない。


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しばらくすると、ドスドスと廊下を歩いてくる音がした。


「母上、私です」

「入ってください」

「はい、失礼いたします」


襖が開くと、頭を下げる若者がいた。


「御無沙汰・・・!?」


顔をあげると、そこには萌荏実と、きれいな女性二人がいる。


「・・・」

「何をしているのです、入って襖を閉めなさい」

「は、はい」


明らかな動揺が顔に出ている。まだ若い証拠だ。しかしまるで気がつかなかったかのように萌荏実が話し出す。


「数日前に色々あったところをこの方達に助けていただきました。私たちとしてもお礼をしなければなりません」

「は、はい」


返事も上の空で、話などそっちのけで洋子の顔を見ている。


「景頼さま、お久しぶりですね」

「・・・」


暁子の声には反応しない。まだ拒絶反応が強いのだろうか。

暁子はあえて名前を出した。今の跡継ぎはこんな若造で「御前」の敵にはならないが、名前を敵に知られてしまうということは、相手はいつでも当主を狙えるということだ。


「ああ、礼と言ってもお茶はやめてほしいわね」

「・・・!」


図ったかのように洋子が畳み掛ける。そしてそれを萌荏実が聞き逃すはずがない。意図を察したのか萌荏実は景頼の頬を思い切り引っ叩いた。


「いったぁ・・・」


パシンと乾いたいい音が響き渡る。景頼の命を救うためにあえて身体を張ったのだ。


「大膳殿、説明を。私が納得できるように」

「・・・」


椅子に座り景頼に向き直ると、母親の顔になった。悪いことをした子をしかる時の顔だ。


「魔女が母上を連れてくる、と。他にもう一人女がいると聞いて、嶺火殿につけようと思いまして・・・」


萌荏実は頭を抱えた。助けてくれた人たちを捕らえてしまおうなどと考える息子のあまりの浅はかさに泣きたくなっているようだ。


「・・・話にならないわね」


ため息を付き帰ろうとする洋子だったが、


「おやめください!中には大膳様が!」

「知るか!こっちは急いでるんだ!」


外からの怒号でそれもできなくなりそうだった。

突然襖が開き、男が入ってくる。


「大膳様!申し訳ありません!逃げられました!」

「・・・!」


それを頭を抱えて苦々しい顔で聞く景頼。


「あっ・・・!こんなところに!」


尚も空気を読めずに発言をする男に、


「要は我々は歓迎されていないということね。それは好都合だわ」


それだけ言うと、暁子の手を引いて出ていこうとする。


「待ってください!」


そこに声をかけたのは萌荏実だった。


「息子の非礼はお詫びします。なので、どうか穏便に!」

「それはできません。最早我々だけでどうにかなる範囲ではありません」


交渉する前から決裂になってしまったようだったが、暁子には何の話をするつもりだったのかは今一ピンと来ていなかった。


「うう・・・」


萌荏実は自分の無力さを泣いているようだった。息子のことも、家のことも。伝統も誇りも息子の代で終わってしまう。それだけはわかってしまった。二人は萌荏実を一瞥し、部屋を出ていった。


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(景頼さまも・・・別人な気がする)


何となくではあるが、あの頃の無口な子からは想像もできないくらい中身のない青年に仕上がっている気がするのだ。


(子供のことはわからないけど・・・)


若様と比べてあまりにも劣る、と思ってしまった。


(とにかく、逃げ切らねば・・・)


だんだんと脚が重くなっていくが、態度には出さずに懸命に洋子についていった。


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邸の入り口を出て中庭に差し掛かった頃だった。


「ふぅ・・・ふぅ・・・」


暁子の足取りが重くなった。回復しきっていなかったスタミナが切れたのかもしれない。


「もう少しよ、気を張りなさい」

「はぁ・・・はぁ・・・はい・・・!」


もう少しで車にたどり着く。震える脚を叩きながら、一歩ずつ進んでいく。もう少しで敷地から出る、というときだった。


「魔女、帰れると思ったのか」


二人の前に、年配の痩せた男が一人道を塞ぐ。


「・・・?」


魔女と呼ばれたので暁子絡みのことなのだろうが、暁子はそれが誰なのかわからなかった。


「葬式では世話になったな」

「あっ・・・!」


その言葉でやっとわかった。暁子が掌底を突き刺した男だ。目がギョロリと動き、若干の気持ち悪さを感じる。


「お前のせいで私は使用人にまで落とされたんだ、責任とってもらおうか」


上から下まで身体を凝視され、どういう意味なのかを無理やり理解させられる。

以前はそんな人じゃなかったはずだった。あの件でこの人まで壊れてしまったのかもしれないと思うと、いたたまれない気持ちになってしまう。ただ、それ以上に、


(この家は腐りきっている。あの薔薇のせいか)


そう思ってしまった。いっそ全て壊してしまった方がよいのかもしれない。


「どいてくれるかしら?貴方には用はないわ」


洋子も声をかけるが、退く気はなさそうだ。それどころか、


「おや、もう一人いい女がいたか」


と舌舐りまでする始末。


「…押し通るしかないようね」


軽く言うものの、そんな簡単にはいかないだろう。暁子も鉄扇を出し、覚悟を決める。

洋子一人が逃げるだけなら問題ないだろう。しかし今回に限って、消耗しきってしまっている「暁子というオマケ」がついている。


「洋子さん、逃げてください。あとは私に任せてください」

「今の状態の貴女に?」

「動ける人が逃げるべきです!早く!!」

「逃がすと思うのか!」


咆哮に近い叫びとともに男が飛びかかってくる。暁子と洋子を分断するように拳を振るうと、その後は暁子を標的に攻撃を続けていく。


(こんな大振りなのに、体がついてこない・・・!)


暁子も何とか辛うじて攻撃を躱していく。

洋子も隙を見つけて打ち込んでいくが、うまく弾かれてしまう。


「その程度か、小娘ら。話にならんわ!」

「っ!」


暁子の状態を気にしながら戦っている洋子に苛立ったのか、蹴り飛ばした砂が巻き上がり洋子へと降りかかる。結果的に煙幕となり、一瞬足が止まってしまう。


「もらったぁ!」

※(しまっ…)


一瞬だが視線が暁子の方へ向いてしまった。煙幕も攻撃もその瞬間だった。


「あぶな…うぎいっ!」


狙われたのは洋子だったが、声の主は暁子だった。洋子を庇って門の外まで思いきり突き飛ばしたが、自身はクリティカルなレバーブローをもらってしまった。それでも痩せ我慢で立ち上がるが、あまりに大きなダメージに鉄扇を構える腕から脚から全身が震えている。それでも。


「はっ、はやく…早く行って!行ってください!ここは私が何とかしますから!」


誰の目にも明らかだった。今の暁子ではそんなことはできはしない。かといって洋子の助けがなければ逃げ切ることすら不可能だろう。

暁子も必死だった。洋子さえ無事ならなんとかなる。暁子自身がどれだけ傷つこうとも、絶対何とかしてくれる。彼女一人ではダメでも、ナスターシャが、無業が、そして最悪「御前」なら洋子一人くらいは救える。そのための盾くらいにならばなれる。

洋子に向かおうとする男の前を懸命に塞ぎ、妨害を続ける。


「早く!」

「…っ」


一度命を救われて、また盾にしてしまった。是が非でも暁子を生きて帰さねば洋子は借りを返せなくなってしまうだろう。しかしここで暁子に踏ん張ってもらわなければ、洋子自身も逃げ切れるかわからない。逡巡はあったものの、それは一瞬だった。


「くそっ・・・私が戻るまでに倒しなさい!」


全滅を避けるためになかなか骨のある命令を出して、洋子は車へと走っていった。


「ははっ、臆したか、それともお前を切り捨てたか」


逃げていく洋子を詰る男の言葉に血が沸騰するが、それでも暁子はすぐに冷静になれた。


「構わぬよ。どちらが必要かなど、比べるべくもない」

「…まあいい。お前ごとき、すぐに倒して後を追うまでだな」


現状で優先すべきは時間稼ぎ。洋子が一歩でも遠くまで逃げるのを手助けしなければならない。その為には、


「ふん、罷り成らぬ。妾が倒れねば後は追えぬぞ」


少しでも気を引いておかなければならない。


「笑わせるな魔女。お前など一撃で屠れる」

「ならばやってみせい!」


「お前ごときが私に勝てると思うのか!」

「くぅっ!」


集中し攻撃を躱すものの、完全には避けられず何とかカウンターを合わせようとするが体がついてこない。徐々に受けに回る回数も増え、体力を少しずつ削り取られる。そして。


「おらぁ!!」

「ぐうっ!」


重い左フックが右腕に直撃し、腕がしびれて鉄扇を落としてしまう。

何とか相手に向き直るが、その時には目の前に男の手が迫っていた。


「っ・・・!」


まだ暁子ならば避けられる距離だった。しかし目の前に迫る手がトラウマになってしまったかのように、暁子の体は硬直してしまった。


(なんで…また…!)


一瞬の、しかしあまりにも大きな隙に、男の手は暁子の首をつかむ。暁子も必死に男の指に手をかけるも、純粋なパワーのみでは勝負にもならない。


「ふん、案外あっけないな」

「あ…かっ…」


暁子の足が宙に浮く。必死に男の指を引きはがそうとするも、呼吸もできず徐々に視界も暗くなっていく。


「ぁ…」


暁子の視線の焦点が男から外れた。口から泡がこぼれ、暁子の両手は重力にひかれてだらんと垂れ下がり痙攣し始めた。


「勝負あったな。もう一人は…今回はいいか、こいつがいれば、な」


意識が遠のいていく暁子を小脇に抱え、男は近くの納屋に入っていった。


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乗ってきた車へと、洋子は走っていた。


(明確な敵対行為、早く伝えなければ・・・!)


もう少しで車につくという所で、何か違和感を感じた。


(寝ている・・・いいえ、これは!?)


車の中の運転手は任務中に居眠りをしているかのようにハンドルにもたれて動かない。


(あっ・・・!)


少し気付くのが遅ければ脚を挟まれていたかもしれない。足元の草の中にトラバサミが見えたが無理やり体を捻り、転がってかわすと同時にスーツの内ポケットに手を伸ばした。しかし立ち上がろうとした瞬間後ろから羽交い絞めにされ腹ばいに倒された。


「うぐっ」

「かかったな」


そのまま膝立ちにされ、しかも脚を抑えられ立ち上がることはできない。そしていつの間にいたのか、もう一人の男が洋子の前に立つ。


「どういうつもりかしら?」

「我らの主の命令だよ」


必死に藻掻くも、拘束はびくともしない。


「では、役得もかねながら聞かせてもらおうか」


目の前の男は棒をとりだし、洋子の胸元をつつく。


「ほう、なかなか揺れるな」


一頻り胸元をつつき揺れを堪能した後、突然つま先を洋子の腹に突き刺した。


「ぐふっ」


容赦のない一撃で痛みとともに中身がせりあがってくるが、なんとか飲み下す。


「俺たちはさ、屋敷の中で何があったのか知りたいんだよ」


蹴りを突き刺した男は洋子に問う。その問いに洋子は鼻で笑うだけだった。その瞬間、男は洋子の左肩をつかんだ。


「はぐうっ!あああああっ!」

「たまらん声だな」


男は少しだけ洋子の関節を外しすぐに戻す。瞬間的な激痛が走る。痛みにたまらず洋子は声を上げるが、それに気をよくしたのか、洋子の左肩を繰り返し弄ぶ。


「はぎいっ!はぐうっ!あ、がああっ!」

「喋ればこのお遊びは終わるぜ?」


優しい言葉で洋子を篭絡しようとするが、洋子は脂汗を浮かべ体を震わせながらもながらも鼻で笑うだけだった。


「そうか、もう少し遊んでもよさそうか」


正面の男はそういうと、洋子のスラックスのファスナーを下ろし、洋子の陰部に指を這わす。


「・・・」


しかし洋子は全く反応しない。「御前」に鍛えられた洋子では、他のほぼ全ての男の単純な責めでは何も感じない。敢えて言うなら、亜脱臼の苦痛で表情が歪む程度だった。


「いい匂いだなぁ」

「・・・チッ」


後ろの男は洋子の項あたりのにおいを熱心に嗅いでいた。それには強烈な不快感を感じてしまい、舌打ちが出てしまう。


「おい、もう楽しませてもらおうぜ?」

「その方が早いか」


にやにやと不快な笑みを浮かべる正面の男は、スラックスのベルトを外して洋子の手首を後ろ手で拘束し、さらにもう一人の男は地面に座ると、洋子のスラックスを下ろし、己の上に洋子を座らせた。


「・・・女の扱い方がなってないわね」

「いや、大丈夫だ。これであってるよ」


洋子の挑発に鼻で笑って返す。


「まずは一つプレゼントだ。受け取りな」


そういうと男は洋子の左足の付け根を抱えて顎を支点にひっぱった。


「っ!?!? あっ、ぐあああっ!!!」


ゴリッという低い音とともに、洋子は悲鳴を上げる。左脚の付け根を外され、あまりの激痛に叫んでしまい地面を転げまわる。しかも脚を閉じることができず、左脚を開いておくしかなかった。


「そのままにしといてやるからよ。脚閉じれねえだろ?教えてくれたら填めてやるよ」

「んんっ、ぐぅぅっ!!」


脚の付け根をチョンチョンと触られると、振動で激痛が走る。


「もうちょい遊ぶか」


ワイシャツのボタンを外され、胸を露出させられる。さらに下着をずらされ乳房と陰部をはだけさせられる。洋子も抵抗しようとするが、腕の拘束と激痛により、身をよじるのが精一杯になってしまう。

待てないといわんばかりに二人とも乳房と陰部に指を這わせる。抵抗できない洋子は痛みも不快感も耐えるしかできなかった。


「いい身体だな、モデルも顔負けだ」

「まったくだ、羨ましい。顔も見せてもらおうか?」


関節を外した男は洋子のサングラスを奪ってしまう。洋子の美貌が男たちの眼前に晒される。


「減らず口以外は完璧な大和撫子だな。今からしっかり身体に聞いてやるからな」

「そうしろそうしろ。一度鼻っ柱をへし折ってやれ」


男たちが驚いて女の声がした方を振り向くと、そこには洋子と似た格好をした銀髪の女が立っていた。


「なっ」

「なんだ、もう終わりか? なら」


ナスターシャの目にもとまらぬ一撃が襲い掛かるが、二人はその場からノーモーションで飛んでかわす。


「もう一人美人が増えたか」

「こっちはもっとでかいな」


男たちは舌舐めずりし、ナスターシャの肢体を、特に張り出た胸元を舐め回すように見る。


「それほどでもないがな」


ナスターシャは胸の下で腕を組み、Fカップバストを寄せる。そこに男たちの視線が吸いついた瞬間、一気に間合いを詰める。


「シッ!」


向かって右側の男に関節蹴りを放つが、軽い跳躍で避けられる。同時に、左側の男がナスターシャの胸元を掴んでいた。


「貴様!」


左側の男に左拳を振るが、ワイシャツの布地を引き裂かれながら躱される。しかも右側の男が、肘打ちでブラのカップの繋ぎ目を断ち切った。その途端、ナスターシャのFカップを誇る乳房が揺れながら解放される。


「いい感触だな」

「揺れ方もすげぇな」


男たちが下卑た笑みを浮かべ、更にナスターシャの乳房へとちょっかいをかける。二対一の利点を生かし、交互に乳房を棒でつつき、手で弾ませ、乳首を弾き、一揉みする。


「・・・」


男たちのふざけたセクハラに、ナスターシャの目が冷たく光る。男たちを牽制しながら一度距離を取り、その間にネクタイを外して一振りする。

このネクタイはまだ表には出ない技術により、スイッチと振る動作で布地に微弱な電流が流れ、強化セラミック並の強度を持つ刃となる。

胸元も露わに、ナスターシャはネクタイブレードを構える。


「おっと、本気にさせちまったか」

「ちょっと手を取りそうだ、ここまでだな」

「ああ、黒髪の美人と違って、隙があまりないしな」


肩を竦めた男たちは、後ろ走りで下がっていく。


「…!?」


そのまま二人は遠くに姿を消してしまった。


「なんだったんだ、あいつら…?」

「いつまで放っておくのよ…!」


洋子が激痛から苛立ち交じりにナスターシャに声をかける。


「一人で立てもしないくせに、偉そうに言うな」

「いいから、脚を!」

「まったく、そんな格好でも減らず口を叩く」


とはいうものの手早く洋子の脚を治す。


「フッ!」

「あぐうっ!」


痛みに脚を押さえつつも、こらえつつ立ち上がる。同時に一つの異変にナスターシャも気づいた。


「暁子はどうした?」

「…戦ってるわ」


服の乱れを直しながら、苦々しい顔をして洋子が話す。


「何? お前、あの状態のあいつを置いてきたのか!?」

「…小言なら後でいくらでも聞いてあげるわ。今は暁子のところにいかなきゃ…!」

「待て、焦るな」


痛めた脚をおして暁子のところに戻ろうとする洋子をナスターシャが止める。


「小言は後で何時間でもくれてやる。今は早く生意気で出来の悪くて体力のないくせに、顔とスタイルは良い生意気な後輩を連れて帰らないとな。お前は私の後ろから来い」

「胸丸出しで偉そうにしないで。あと」


スタート前に情報の共有をする。屋敷の中であったこと、明確に敵対されたこと、すべてを共有する。それを聞きながらナスターシャは、


「笑いたくなるほどあいつは持ってない女だな」


眉を寄せたまま、一度脱いだワイシャツを乳房に巻きつける。

哀れみすら感じてしまう二人だったが、とにもかくにも暁子の救出に向かうのだった。


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「いいモノを手に入れたぜ。これでしばらくは遊べそうだ」


男は納屋に入ると暁子を横たわらせ、まず三脚とタブレットを用意し始めた。画角を調整しスイッチをオンにする。次に用意してあった香炉とランタンに火をつけ、窓の少ない納屋を少しだけ明るくする。


「早く目を覚ませよ。絶望の表情を楽しませてくれ」


鎖や枷と言った道具を用意しながら、男は欲望の笑みを浮かべた。


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「んん…」


どれくらい気を失っていたのだろうか。ようやく目が明いてきたが、まだ視界が霞んでいる。


「お目覚めかい?」


暁子の後ろから少しうれしそうな男の声がするが、あまりにも消耗が激しく視線を向けることすらできなかった。少しでも状況を把握しようと、まず上方向に延ばされた腕を動かそうとするがチャラチャラと音がするだけだった。鎖で両手首を拘束されさらに別の鎖で両手の間と天井の梁をつながれているのかもしれない。次に脚を動かそうとするが、全く動かない。木製の枷で固定されている。


(これは…脱出は厳しい)


手足を動かして脱出しようとするもどうにもならない。そんな様子の暁子をみて男が鎖を引っ張ると、暁子の体が上に引っ張られ、膝立ちだった暁子を無理矢理立たせ、その鎖を別の柱に固定し、暁子の身体に抱き着く。


「ふぅ…ふぅ…いっ!」


胸と尻を思い切り掴まれる。あまりの痛みに呻いてしまう。


「痛かったか?悪い悪い」


気遣う言葉とは裏腹に、さらに力を入れて、爪を立てて握りこむ。


「…っっっ!!!」


抱き着かれ、胸と尻をつかまれ、密着される不快感と男の体温の高さに、ほんの少し回復した体力ですらすぐに蒸発してしまう。微動だにできない暁子を好き放題触っていく。さらに制服のなかに手を入れてブラのホックを外して直に胸を揉み、乳首をいじり、スカートを外して地面におとし、パンティを少しだけおろして指を膣に差し込む。


「んんぅっ…!」


体力のない状態での色責めは最初から拷問だった。達してこそいないものの、頭も体も痺れてしまう。


「思った以上にこういうのに慣れていないのか?しかし魔女の声は男を惹き付けるな」

「あっ、うんんっ」


何を言われても反論も否定も意地すらも張れない。ただ上り詰める時間がない早か遅いかの差しかない。


「こんなんで大丈夫なのか?何をされても悦んでばかりじゃないか」

「んぅっ、んぁっ」


今の暁子は違うと言うことすら許されず、ただただ男の思う通りに喘がされる玩具だった。そして。


「あっ、うわあああっ!!」


暁子に限界が訪れた。我慢する余裕すらなく絶頂し、そのまま気を失ってしまった。


「まだおねんねには早いぞ?」


上手く暁子の身体を鎖で支えると、近くにあったバケツに入った水を勢いよく暁子に向かってかけた。


「ぐ…!?」


水の勢いで意識を取り戻すも全身びしょ濡れになり、制服が体に張り付いて乳房も乳首も下着すらも全て透けている。それが男の興奮をさらに高めてしまう。


「暁子ぉ…お前はどこまでいってもたまらん女だな!」

「ひぎいっ!」


濡れた制服を捲られ、乳房に吸い付かれ、乳首に噛みつかれる。激しい痛みとほんの少しの快感に暁子は男と自分自身にすら嫌悪感を感じ始めていた。


「男を悦ばせる点については抜群だな。あぁ、たまらん。これからここで飼い続けてやるからな」


鼻息荒く暁子の身体を弄び、下半身はもう屹立しているようだ。


「っ…」

「悔しいか?だが今お前を助けにきてくれる酔狂な奴なんていないぞ。若は殺されてしまったしな」

「ぇっ…?」

「まさか知らなかったのか?あいつ、本当に墓場まで持っていったのか」


聞いてはいけない、それはダメだ。嫌な予感が胸によぎる。


「若はな、御前様に殺されたんだよ」

「…!?そんなわけ…んあっ!」


動揺が精一杯の防壁を揺るがす。それが目的だとわかっているのに、体はわかりやすく快感を受け入れようとしてしまう。態度に出てしまった暁子に気を良くし、さらに責めが激しさを増す。男は暁子の後ろに回り込むと、既に十二分に固くなった肉棒を暁子の太ももの間へ割り入れ、さらに乳房、乳首を右手で、淫核、秘裂を左手で刺激し、腰を振り始める。


「いっ、いやっ」

「おうっ、ちょうどいい圧力だ」


行為への強すぎる嫌悪感から反射的に身体をよじって逃げようとするが、それが男への丁度よい刺激になってしまっているようだった。


「いいぞ暁子、悦ばせる術まで教わったんだな」

「そんなわけ…んっ」

「若にしてあげられたら良かったのになぁ、ん?」

「なっ、なん…あっ!んふうっ、んあああっ!!」

「若の話が出ると感じてるな、もしかして今抱かれたときのことを考えてたのか?」

「だ、黙れぇ…っ!」


どんなに辛いことがあっても乗り越えられたのは、若様と御前様の存在があってこそだった。そのため、どんな理由だろうと二人を悪し様に言う人間は許せなかった。

その一方で、当時から暁子が若様に好意を持っているのは誰の目にも明らかだった。だが暁子は若様に許嫁がいることを知って、それも封印した。それが誰なのかも知っていたし、そのせいで当たりが強いのだろうとは思っていた。


「だったら俺が教えてやるよ、うっ」


突然男が震えだしたかと思うと、暁子のパンティの内側で自分の肉棒を包み、その中に射精をしだした。


「な…!」


その行為の変態さ、気持ち悪さに暁子の体が震えてしまう。今までは学生もしくは同年代しか相手したことがなかったため、この見たことのない悪質さに恐怖してしまう。

男は満足したのか体が弛緩し、つられている暁子に体重を預ける形になったため、暁子の両肩、手首が悲鳴をあげる。


「あ、がぁぁっ!」

「おっと…悪かったなぁ。次に行くぞ」


そう言った男が、自分が精を放った暁子のパンティを破り取り、放り出す。

そのまま暁子を抱きかかえ、男は近くにあった台に腰掛け、脚の間に暁子を立たせ、寄りかからせる。もうすでに逃げ出す体力はもう残っていなかった。


「ほれ、せっかく撮ってるんだから、皆にも見てもらえよ」


男の指す先には一台のタブレットがある。何とか顔を背け、少しでも真里谷暁子だとみられないようにするしかできなかった。


「…やめ…んっ、んうっ」


男は何かの液体を紙に少しだけ垂らすと口に含み、暁子の口を吸った。


(くっ、やめ…!?うあ…なに、これ…!?)


舌を絡められるが、抵抗しようと思えたのは最初だけだった。とにかく不愉快な味と臭い、そして異様な悪寒が暁子を内側から痛めつける。


(ダメ…抵抗…寒い…『みんなに見てもらわなきゃ』…気持ち悪い…)


男が口を話すと、唾液のアーチができる。

何かがおかしい。必死に股間を隠そうとするも、手も脚も体も言うことを聞かない。もっと言えば、頭も心も縛られている気がする。


「動けないのか?いやなら抵抗したほうがいいぜ?」


後ろから左手で左乳房と乳首をいじり、膣内に右手の指を突っ込み乱暴に弄り回す。暁子の中の火種にまたも油が注がれ、中から燃え上がっていく。


「んっ、んあっ」


内側から桃色の焔に炙られる暁子だったが、先ほどから何か違和感を感じていた。しかしその違和感も快感に押し流されて消えていく。


「可哀想にな、抵抗すら出来ないなんてよ」


タブレットに見せつけるように、上着を捲り、ブラをずらしただけでなく、暁子の胸を張らせ、大きく育った乳房を揉み込む。同時に乳首を、淫核を、膣内を弄られ、目の前で火花が散る。


「…!…っぁ!」


それだけでまた登り詰めてしまった。しかも頂から降りられず、何度も何度も激しく絶頂してしまう。


「どうだい、俺の指技は。気持ち良すぎてたまらんだろ?」

「くぅ…っっ」


言われて暁子はそこで異変に気づいた。「御前」に抱かれた時の昂りに似ている。しかし技など「御前」の足元にも及ばない。回らない頭で考えても、理由は全くわからなかった。


「房中術って聞いたことあるかぁ?」


暁子の知識には、男女の交わりにおいて気の交換をしてお互いの健康長寿のために扱う、古来中国からある伝統的な技、という言葉だけだった。暁子はその質問に、素直に首を横に振る。


「…!んんっ!」


自分がなぜ素直に首を横に振ったのか、という疑問も快楽に押し流される。そして真横にいるはずの男の話し声が近づいたり遠ざかったりしているように感じる。


「よしよし、効いてきてるな。ちょっと応用して、お前に呪いをかけてみたんだよ。完璧にかかれば、お前は俺の、ひいてはこの家の従順な犬になれるぞ」

「…!」


言葉の意味が理解できなかったが、何かよくないことが起きていることだけは感じ取れた。


「お前が俺の体でイケばイクほど、な。実際もう効いてるのがわかるだろ?」


コクリと小さく頷いて、我に返る。気を抜いてしまうと、相手の思う通りの行動をしてしまう。


「手始めに、イク時はイクって宣言しろよ?」

「…?」

「わからねぇのか?絶頂して潮吹きそうな時はイクって言うんだぞ。理解したな?」

「はぁ…はぁ…」


息も絶え絶えだが、気をしっかりと持ち相手の意思に抵抗する。虚ろな目ではあるが首を振る。


「さて、それでは少し遊ぶか」

「んあっ、あっ、ふわぁっ!」


毒々しい牡丹色の沼で溺れてかかっている暁子の頭を、男は沼の中に沈めようと徹底的に嬲り始める。


(あ、あ…耐えられ…)


ただ好き勝手に触られるだけなのに、異常なまでに体が昂っているのがわかってしまう。


(…言わなきゃ…イ…言う?何を!?)

「ふぁっ…あ、イ…!」

「ん?止まったな、まだ効きが弱いのか」


ギリギリのところで、でかかった言葉が止まる。まだ屈していない。しかし体は快感には耐えきれなかった。


「あっ、あっ!ふわあああああっ!」


体を弓なりに反り、激しい稲妻のような快感が全身を走り抜け、暁子は意識を手放した。その直後に男に何かを言われた気がしたが、暁子には聞き取れなかった。


「忘れる―――だっ――、い―かあ――、お――の―――を―――」


________________________________________________


一頻り暁子の体を堪能すると、何のために用意してあったのか、納屋の隅にあった三角木馬に気絶したままの暁子を跨らせた。


「ひぎいいいっ!!?」

「お、起きたか」


剥き出しの股間への鋭い痛みで覚醒する。状況把握よりも先に痛みから逃れようとするが、その時にはもう両足をゴムバンドを使って木馬の下から拘束されてしまった。つまり、逃げることは実質ほぼ不可能だった。しかも、どこからかふわりと甘いにおいがする。だがこの匂いは暁子の記憶には存在しなかった。何とか内股に力を入れて少しでも体を浮かせようとするが、さすがに滑ってしまい浮いていることはできない。それどころか少しでも浮こうとすると落ちた衝撃が股間から響き渡ってしまう。


「んうううっ!」

「どうした?浮いとかないと股が痛いだろ?」


浮いておくことができればとうにやっている、と言いたかったが、暁子自身はそれどころではなかった。落ち方が悪いと淫核を刺激してしまい、少しずつではあるが快楽指数が上昇してしまうのだ。


「喜んでもらえて何よりだ。なぜかこんな拷問器具を見つけてよ、お前好みに誂えたんだぜ」


得意げに語るが暁子の耳には届いていない。何せ激しすぎる痛みとほんの少しの快感が彼女をすでに支配してしまっていた。


「しかもよ、こんな機能を追加してみたんだ」


手に持っていたリモコンを操作すると、木馬が前後に暴れだした。


「ひあああああ〜〜〜〜っ!!!!」


暴れ馬に跨るも自分で重心を操作できず、ゴリゴリと淫核と股間をこすられ突き上げられる。快楽指数が一気に上昇し、暁子は絶頂してしまい失神と覚醒を繰り返していた。


「おや、ちょっと刺激が強かったか」


木馬を止めるとうなだれる暁子の前に、男は手製の張り型を見せつけた。


「次はこれだぜ。わざわざ耐えたりしなくていいからな、いい声で啼けよ?」


張り型にローションをたらし木馬に備え付けると、暁子の体を張り型のほうへと滑らせていく。


「ひああああっ!!」

「こんなんでも感じるのか?そりゃ悪かったな、変態魔女さん」


木馬の上を股間がこすっただけで感じてしまう。最早痛みよりも快感が上回ってしまっている。


「じゃ、咥えこめよ?せーの!」

「や…めっ…ああっ、ああああああああ〜〜っ!」


抵抗などできるはずもなく、滑り込ませるように暁子の膣内に張り型を入れこませた。暁子自身の体重、張り型の大きさ、太さ、すべてが暁子の快楽中枢を刺激し、脳の回路を焼き切ろうとしてくる。逃げたくても体を浮かすこともできず、子宮近くまで突き上げられ、目の前には火花と稲光が埋め尽くしていた。


「あ、んっ、ああっ」


快楽で震えるだけでも張り型に奥の奥まで刺激されてしまい、悪循環にしかならない。


「これもよ、動くんだぜ。このリモコンでさ」

「やめ………ひああ…っ」


息も絶え絶えに、暁子は男に懇願してしまう。あまりにも快楽拷問が辛くすぎて耐えきれなかった。


「やめてほしいのか?」

「んっ、ふううっ」

「やめてほしかったら、頼み方があるよな?」


にやにやと男は笑みを浮かべながら暁子に近づいてくる。


「ほら、『やめて』じゃなくて、お願いします、だろ?」

「いっ、あっ、んあっ」


髪をつかまれ揺すられる。それだけでも張り型の力はすさまじく、快感を感じすぎて脳が直接ペンキで桃色に塗られているようだった。


「ほら、なんていうんだ?」


(『言う通りに』…『言わなきゃ』…)

「おね…がい…します…やめて……く…だ…」


快楽を捌ききれず、くらくらする頭でようやく絞り出した声だったが現実は甘くはなかった。


「ハハハ、ダメだね!それ、スイッチONだ!」


小さな駆動音とともに、膣内で大きな異物が震えだした。


「あっ!あっ!んああっ!」


圧迫感と、襞をこすられ、奥の奥まで突き上げられ、何度も何度も絶頂してしまう。


「んんっ、あっ…あああああああっ!!!!」


悲鳴を最後に、ついに快楽に耐え切れず暁子の意識が途切れた。


「あ…っ…」

「おや、もうダメか。じゃ、次で遊ぶか」


張り型を止め、体を絶頂で痙攣させる暁子を木馬から降ろす。ローションだけではない何かで張り型はびしょ濡れになっていた。


「たっぷりと濡らしたじゃないか。どれだけ濡らしたのか、しっかりと記録してやる」


男は失神した暁子の身体をタブレットの前に運ぶと、大きく足を開かせる。それだけでは終わらず、秘裂も左右に広げ、膣の中までも露わにしてしまう。


「今すぐにでもここにぶち込んでやりたいが、楽しみは後に取って置けば置くほど、堪らないからな」


自分の指で暁子の秘部の温かさ、柔らかさ、濡れ加減などを味わいながら、男は欲望に顔を歪めた。


______________________________________________________



どこかで濡れた音がしている。下半身に生暖かい感触を感じながら、暁子はゆっくりと目を開けた。


「・・・えっ・・・?」


一瞬、状況がわからなかった。剥き出しの秘部に、何かが蠢いていた。


「目が覚めたのか」


吊り下げられている暁子の秘部を舐め、愛液を啜っていた男がにやつく。


「お前は愛液も美味いな」


そう言った男が、わざと音高く愛液を啜り上げる。


「うああっ!」


それだけの刺激に、暁子は快感で仰け反っていた。倒れ込んでしまいたかったが、手首を縛めている鎖がそれを許さない。足枷はもうないものの、男を蹴り飛ばす力も残されていない。


「目を覚ましたところで、今度はおっぱいだけでイカせてやる」


立ち上がった男が、ブラの隙間から手を入れ、両乳房を揉み込んでくる。


(こ、こんなことで・・・!)


ただそれだけで、腰が震えてしまう。


「乳首もカチカチだな」

「んあああうっ!」


乳首を擽られ、目の前に火花が飛ぶ。


「敏感な乳首だな。さすが魔女だ、お前の身体はどこもかしこも厭らしいな」


先程の宣言通りにするため、男は乳房を撫で、揉み、乳首を弄り、転がし、摘まみ上げる。


「そら、おっぱいだけでイッてしまえ!」


(いやだ、それは・・・『イカないと』・・・ああっ、もっ、もう・・・!)


「あぐぅっ、ふぐぅぅぅぅ・・・・っ!」


せめてもと噛んだ唇の隙間から、屈服の苦鳴が洩れ響いた。


「おっぱいでイク淫乱とは。所詮は魔女か」


男の嘲りが、遠くで聞こえた。


______________________________________________________



「はっ・・・はっ・・・」


あれからどれくらいたったか。嫌悪感や汚辱感、拘束や長時間の拷問など様々なものが合わさり、暁子の目の焦点が虚ろになっているのを見てとると、両手をあげた状態で暁子を吊るしていた鎖を再度近くの柱に括りつけ、床に寝転がす。


「さて、続きだ」


男はいつの間にか枝切鋏を持ってきており、その鋏で暁子の制服の上を両断した。真ん中から両断された制服が左右に分かれ、上にずらされていたたブラと、数々の色責めによって豊かに実った乳房が姿を現す。


「っ!」

「ほぉ、やっぱり実物は素晴らしいな。男がほっとかんだろ?」


言いながら男の手が乳房にのび、揉みしだく。ついでに指で乳首をはさみ、振動まで加えてくる。


「っ・・・っ!」


またも始まる快楽地獄に意識が飛びそうになる。


「そうだ、これだけ大きけりゃ挟めるか」


そういうと、暁子の目の前で肉棒を取り出し暁子の頬を叩く。


「うっ」


とっさに目をつむり顔をそらしてしまう。


「さてさてと」

「ぐうっ」


暁子の鍛えられた腹筋の上に座ると、暁子から呻き声が漏れたが、お構いなしに自分の肉棒を暁子の乳房ではさみ、腰を前後に動かしだした。


「これは・・・柔らかさの中に少しの芯の固さ、感触も最高だ!お前はやはり男を悦ばせるために生まれてきたんだな!娼婦の方が!似合っているぞ!」


胸で感じる固い物の感触、その中にぬらつく感触、きつい白濁の臭い、そして見たくもない肉棒を見せつけられるが、暁子にできることは最早視線をそらすことだけだった。


「まぁ復讐がてら、お前には教えてやるよ、あの時の我らの状態をな」


不快感にクラクラしながら、話を聞いていた。

まず、本家は財政の問題で二勢力に別れて内部分裂を起こしていた。当時の当主を筆頭に財政は自分たちだけで賄い続ける独立派と、勢力を順調に伸ばしている吉良家から出してもらう恭順派だった。

若様は当主の息子ではあったが、意見を公にはしていなかった。どちらにもなれるように、どうなっても家族くらいは守れるように。

その恭順派の触手が伸びたのが、真里谷家だった。暁子の養父以外は全員金の力で恭順派に靡き、恭順派が本家を乗っ取れれば分家までの全てが吉良家に流れる、次期当主を若様ではなくそう、という所まできた時にたまたま若様が失踪したのだ。幸いその時は若様が雰囲気を察し、真里谷本家に一時的に逃げてきたのだった。

それ以降頻繁に本家に様子を見に行っていた養父だったが先に力尽き、若様は「流行病による病死」として毒殺され、そして養父は「悪性リンパ種による病死」と、反対勢力が一気にいなくなったが、養父の遺言の内容が漏れてしまったのか名前だけは引き継げる権利をもった女の子が出てきてしまったので、念には念を入れて見届け人に暗殺任務が下っていたらしい。

そして暁子が知っている「知久萌荏実」は実は真里谷とは別の分家の知久家の人間ではなく、吉良家の回し者らしい。


「小学生だと思って舐めてたのがいけなかったな。しかも酒好きが酒を断れないだろ?あいつら、こっちの味方だったくせに酒を進めやがって」


悪態をつきつつもやっと暁子を好き放題できることには満足しているようだ。それが美少女となれば猶更だろう。

あまりにも汚い大人達のやり口に暁子の目から光がなくなっていく。


(「大人達は何を言ってるかわかりません」か・・・なんて汚くて気持ち悪い)


何もかもが汚くて、その汚さに自分が染められて汚くなっていっている絶望感がもうたまらなく気持ち悪かった。

全てを壊してもう一度綺麗な――家を作り直したい。そうすれば真里谷ももっとまともな家になるかもしれない。


(でもそれは、来世だろうな)


もう権力争いに雁字搦めになっている自分はあまりにも汚く見えてしまう。しかし穢れでいっぱいの自分はどうやってきれいにすればいいのか、見当もつかなかった。

そんなことを考えている暁子に男は更に脅迫を重ねてきた。


「このままでもいいが、その口で咥えろ。今までいっぱい咥えてきたんだろ?」


枝切鋏の切っ先が喉元に触れる。


(体が・・・動かない・・・)


今は死ぬわけにはいかない。しかし暁子の体が震えるだけで動かないのを見て、方針を変えたらしく、


「しょうがねぇ、このまま出すか!」


鋏をおき、一気にスピードをあげて快楽を貪っていく。暁子の乳房を寄せて圧迫感を増し、自分のモノを欲望のままに往復させる。


「搾り取られる・・・もう出そうだ」


それだけ言うと、一旦腰を止めてもう一度鋏を暁子の首もとに突きつける。


「刺されたくなかったら噛むなよ?」


それだけ言うと、暁子の鼻をつまんで口を開けさせ、そこに肉棒をねじ込んだ。


「うっ!」

「んごっ、んぐぐううっ!」


そのまま暁子の頭を抱え込み、思いきり射精する。射精が終わっても頭は離されず、徐々に酸素が足りなくなっていく。口内には精液が残されてしまっており、吐き出すことは出来そうにない。そうなると必然的に飲み下すしかなくなる。


コクッ、コクン


「はははっ、そんなに精液がほしかったのか?このスキモノめ」


嘲笑が飛ぶが、そうするしかないのは男もわかっている。ただ暁子を、自分を追い落とした美少女を好き放題して悦に浸っていた。

暁子が全て飲み下し呼吸しているのを見て、やっと男は肉棒を抜いた。


「ゲホッゲホッ」


咳き込み苦しそうな顔すら男には嬉しそうだ。その興奮のまま一度枷を外し、暁子の乳房を抱え込むように立たせる。暁子の乳房の感触に下卑た笑みを漏らしながら、更には暁子の秘裂に指を埋める。


「ふわぁっ!」

「ほら、立て。今度はこいつで楽しませてもらうからな」


男が新しい拘束具に暁子を捕らえていく。暁子は中腰で前傾姿勢とされ、まるでギロチン台のように両手と首を上下から板で挟まれる、所謂「さらし台」に拘束された。


「やっぱりこいつは映えるな」


男はゆっくりと一周し、全裸とした暁子の肢体を観賞する。それだけで、先程射精した男のモノが立ち上がっていく。


「もう一回だ。ほら、舐めな」


肉棒を目の前に出され、口の中に突っ込まれる。暁子はその棒を舐めようとするが、技術面で劣る暁子は男に快楽を与えられない。


「なんでぇ、ド素人もいいとこだな。でもそう言う女に仕込むのも一興か」

「んんっ、んぐっ」


暁子の口を膣に見立て、男は激しく出し入れを始めた。またも喉の奥まで突かれ、苦しさに呻いてしまう。


(あ・・・出され)


またも口の中に出される。


「こ、今度も飲めよ・・・ううっ!」

「んぐぐぅぅっ・・・!」


男のモノが震え、またも精を吐き出す。暁子は不快感と共に、必死に飲み下した。

全部出しきると男は棒を抜き、暁子の乳房と乳首を弄り出した。


「んっ、んふぅっ・・・!」


それだけでもイってしまいそうだ。あまりにも気持ち良すぎて、何か忘れている気さえする。


「そういえば、さっきの美女は誰なんだ?」


日常会話のように男は暁子に話しかける。


「あれは・・・よ・・・!」


頭の中はまだぼんやりしていたが、思い出した。暁子は今、呪いにかけられている。


「すげぇいい女だよな。お前ごときとは次元が違いすぎる」

「・・・」

「どういう関係なんだ?」

「わたしの・・・あこ・・・!」


なんとか途中で遮る暁子に、男は更なる一手を打つ。後ろから膣内に指を入れ、ゆっくりと出し入れしながら体中をいじる。


「んあっ、イ、イクっ!うあああっ!」


再度暁子は絶頂を迎える。呪いもかなり進行しており、もはや暁子に対策を打てる状態ではなかった。それでも。


「なぁ、教えてくれよ。名前だけでもさ」

「んあっ、はあっ!よ・・・」


プツッと音がして、暁子の唇から少しの血が垂れる。快感に震える体を叱咤し、絶対に屈しないという暁子の覚悟だった。


「チッ、しょうがねぇ、先に入れちまうか」


そのまま男は暁子の後ろから腰を抱え込み、「御前」以外の男を知らない暁子の女陰に肉棒をあてがう。


(これで中まで汚されたら、私は会えなくなってしまう・・・もう綾乃さんにも、「御前」にも・・・)


膣内まで汚されてしまえば、もうきっと、私は価値がなくなってしまうだろう。私がまだ汚されきっていない女だから、価値があるのだと思う。


(これ以上は耐えられない・・・皆さん、ご免なさい・・・)


舌を噛もうとしたが、先ほどの口内責めで最早その力もなかった。そこで、舌を噛んだ状態で、突き込まれるのを待つ。そうすれば、勢いで噛みきれるだろう。


「指を入れただけでも名器だってのがわかるからな。直接突っ込んだらどれだけ出るか、今から楽しみだぜ」


男の声も遠くに聞こえる。

もうこれ以上、彼女たちに迷惑をかけるわけにはいかない。義姉を心配させるわけにもいかない。自分一人のせいで他人がこれ以上傷つくのも見たくないし、三行半を突きつけられる自分も突きつけるあの人も見たくなかった。思い上がりかもしれないが、もう最期なので許してほしい。そこまで暁子の心は闇に飲まれ追い込まれてしまっていた。



_____________________



逸る心を抑えながら進んでいく。本来なら間違った判断だろう。これがそこいらの有象無象だったら救出など考えもしないだろうし、ただの同僚だったら戦力を整えてから再戦するべきだ。その結果多少相手がダメージをうけても割りきって行動するだろう。

暁子はただの一般人ではなかった。よわっちくて、体力もなくて、大きなハンデを背負っていて、そのくせ負けず嫌いで真正面から相対することを是とする、見た目だけはほぼ完璧な小娘だった。


(彼女に限って、手遅れになるなんてことはないと思うけど…)


その完璧なルックスは男を魅了し、よくも悪くも目立ち惹き付けてしまう。だからこそ、逆に救出できると洋子はふんでいた。


(あの言葉は、私を信じているということかしら?もしそうなら、甘いわね)


才能もあり、まだまだ眠っている潜在能力は豊かそうだが、あまりにも甘いと思ってしまう。


(でも、それでも、もし許されるなら、私の手駒にしたい。だから絶対に死ぬな、暁子)


脚の痛みをこらえつつ、ナスターシャに懸命についていった。





(まったく、手のかかる…)


付帯業務もいいところだ。本来ならこんなことは行わないのだが。


(貧乏クジを引いたか?)


別の仕事で近くまで来たとき、洋子からのSOSが入った。仕事が終わっていたので様子を見に来てみれば、洋子が捕らえられていた。珍しい物は見れたが、洋子を捕らえた男たちに絡まれセクハラを受け、しかもこれからと言うときに退かれてしまった。


(あの野郎共…今度会ったら)


しかし、どこの人間なのかは全く想像がつかなかった。


(そんなことは後回しだ、今は)


初めて暁子に会ったときは、取るに足らない小娘にしか見えなかった。ちょっと武術をかじっていて、周りより少しだけ強く、ルックスだけは抜群に良い。ある意味たくさん会場で見てきたタイプという印象だった。しかし洋子は手許に置いていきたそうにしているし、「御前」は夜伽に使った。気になって資料を見たところ、彼女は左目が見えず色もわからない、とある。桐生家の三回目の試合の時には、速読術まで見せてもらった。


(あの才能の塊を埋もれさせるのは惜しい。絶対に陣営に連れて帰る)


出来るならば手許で教育して「御前」に献上したい。今は粗削りで実は原石ですらないかもしれないが、もしかしたら光輝くかもしれない。


(あいつの才能に気づいている奴は、この屋敷には居そうにないな)


そして、出来るならば手駒として使いたい。


(まずはもっと強くならねばな。そのときには使い潰してやるぞ、暁子)


そんなことを思いながら、洋子の前を走っていった。




大きな敷地の中に、たくさんの建物がある。倉や離れのような小屋など大小様々だ。そのほとんどは練習生や住み込みのお手伝いさんや使用人または客人用の個室となっている。入り口の脇にひときわ大きな建物があり、そこは警備担当の人間達の宿直用の建物となっていた。

暁子が師範につれられて来ていた頃は立派な門があったが、現在は雷で崩れてしまったらしく面影すらなくなっている。

二人は先程まで洋子達が戦っていた場所まで戻ってきたが、すでに暁子と男は姿を消していた。


「いない…!」


歯噛みする洋子だったが、入り口付近であるものを見つけた。


「これは」

「あの子の鉄扇ね…っ」


落ちていた鉄扇を拾い上げたとたん、警備担当と思われる制服を来た男たちが五人、駆けつけてきて四方を囲まれる。罠だったのかもしれないが、二人ともそんなことはどうでもいいくらい暴れたい気分にはなっていた。


「用の無い方は立ち入りをご遠慮いただいております」


その中で多くの記章をつけた男が二人に笑顔で声をかける。他の四人の男たちはナスターシャの白い肌や胸元に目が吸い付いている。


「我々は人を探しているんだ。親切なお前らなら、手伝ってくれるよな?」

「このような場所でですか?」


山の麓にあるこの屋敷の周りにも家はあるが、互いにほぼ顔見知りで余所者などいそうにない。


「ええ、この鉄扇の持ち主を探しているのよ」


鉄扇を見た途端、男達が殺気立ち警戒棒を抜いた。


「その鉄扇は…」

「知っているようだな。全て吐けば命まではとらないぞ」


その台詞に、男達は今度は笑い出した。


「命まではとらないってさ」

「全く、この人数差で何ができる」

「暇だから遊んでもらおうかな」


どの男も、実力差もわからない弱者たちだった。


「遊び…か。いいだろう、ちょっと遊んでやる」


フラストレーションがたまっていたナスターシャは一気に右手側の男との間合いを詰めボディへの一撃で相手を気絶させた。


「お前はまさかこの程度ではないだろう?」


鼻で笑いながら次の男を手招きし挑発する。


「おいたが過ぎるな、いくら美女でも見過ごせないぜ」


とは言うものの、構えるだけで向かっては来ない。その構えはどこかで見たことがあるものだった。


「ほう、天神流というやつか。どれくらいやってるんだ?」

「十年はやってるんだ。そう簡単にはいかんぞ」

「…」


十年でこの程度か。構えは隙だらけだし精神面は、特に女には弱そうだ。


「話にならんな」


男達にはナスターシャの動きは見えたのだろうか。そう思わされるほど速さに差がある。またも一撃でダウンさせられた。


「くそっ!」


また別の男が、今度は後ろから洋子に掴みかかる。もう少しで手が届きそうだったが、あと1センチはとても遠かった。洋子は素早く下に屈み男の下に潜り込むと、腕を抱えて一本背負いで地面に叩きつけた。


(くっ!)


一瞬だが股関節に激痛が走る。それでもそんな痛みはなかったかのように綺麗に投げ飛ばした。


「惜しかったわね。それで、次は貴方かしら?」


パンパン、と埃を払い落とし四人目を挑発する。


「舐めるな!」


警戒棒を振り回し少しずつ洋子に接近するが、ある程度距離を詰め手が届きそうになるとスルリとリーチ外へ逃げられてしまう。


「貴方もその程度なの?本当に話にならないわね」


言うが早いか洋子の手刀は男の手の甲を打ち、警戒棒が手から離れる。


「貴方達の言う『魔女』の方が数倍強いわね。出直して来なさい」


そんな言葉を男は最後に聞いて意識を手放した。




「天神流とはこの程度なのか?」

「…」


リーダー格の男は笑顔を張り付けてはいるが、冷や汗をかいていた。ここまで強い敵がいると言う話は聞いたことがなかった。


「さて、そろそろ本題に入ろう」


ナスターシャが一気に距離を詰め、男の鳩尾に掌打を打ち込む。それだけで吹っ飛び、地面に大の字に寝かされた。


「聞きたいことがあるんだ、答えてくれるな?」


美女が上から男の顔を覗きこむ。ニッコリと微笑みながら、ナスターシャの目は笑っていない。


「そ、それはできません。私にも意地がありすから」


男はナスターシャの胸元をチラ見しつつも、誘惑に打ち克つ。


「そのやり方は少し下品よ?」

「何?」


ナスターシャの誘惑では効果が薄いとみたのか、洋子は男を立ち上がらせる。最早抵抗する気はないだろうが、いつ動き出してもいいように準備だけは抜かり無い。


「もし、私たちのほしい情報を教えてくれたら…」


洋子の指先が男のズボンの上からふとももを伝う。そして、股間部は小指から人差し指まで四本が順番に撫で上げた。


「それなりのご褒美をあげてもいいわよ?」


珍しく洋子はサングラスを下にずらしながら上目遣いをして、男を誘惑する。これが一番効果があるとふんだのだろう。びくりと男は体を震わせた。


「わ、わかりました…」


リーダー格とはいっても若造で、しかも特に忠誠心も無さそうな男は、二人の質問に答えていった。


二人がその場を去ったあと、男は裸にされて近くの木にくくりつけられていた。



_____________________


不意にその闇が払われた。


「ここか!?」

「いたわ!暁子!」


聞いたことのある声が聞こえた。


「な、なんだ?」


急に戸が開き、男が狼狽えた。暁子を汚すことに集中していた男は一瞬呆けてしまった。


「・・・動くな!」


しかし、自分の手の中にある暁子が切り札だと気づいた。暁子の首に圧力がかかるように押さえつけ、助勢に来た美女たちを牽制する。


「一歩でもこちらに近づけば、暁子の首をへし折るぞ」


男は暁子の口からモノを抜き、左側面から現れた美女たちを睨みつける。散々男の玩具にされ、さらし台に拘束された暁子は、身動きすらしない。苦しさにただ弱々しく呻くだけだ。


「・・・ナスターシャ」

「ちっ」


男の排除に動こうとしたナスターシャを、洋子が制止する。それに余裕を得た男が好色な笑みを浮かべ、二人を眺める。


「まず、名前を教えてもらおうか」

「洋子よ」

「・・・ナスターシャだ」


洋子は無表情で、ナスターシャは苛立ちの表情で名を告げる。


「洋子か、良い名じゃないか。美人は名前まで美しいな」

「そう、ありがと」


男の諧謔に、洋子は短く返す。

男は内心でほくそ笑む。このまま言葉での呪いをかけ、暁子と同じように操る足がかりができたからだ。

しかも、美女たちは暁子を大事に思っているらしい。ならば、有効利用するまでだ。


「俺は小心者でね、あんたらが武器を隠し持っていないか心配なんだ」


男の好色な視線が、ナスターシャに向けられる。


「まず、ナスターシャから脱いでもらおうか。下着もすべて、な。嫌だと言うなら・・・」

「ぅぅっ・・・」


男が暁子の首を絞め、暁子から苦鳴を引き出す。


「・・・わかった、脱ぐ」


ナスターシャが胸元の布に手を掛け、自ら剥ぎ取る。前面のカップ部分が切られて役に立たないブラも脱ぎ捨てる。


「これはまた、大きいおっぱいだ。暁子とどっちが大きいかな?」


男はナスターシャの乳房を凝視しながら、右手で暁子の右乳房を揉み回す。


「ふん・・・」


鼻らを鳴らしたナスターシャが、ネクタイに手を掛ける。勿論、ブレード形態にするためだ。


「待て!」


男の制止が飛び、ナスターシャが手を止める。ネクタイブレードに気づかれたかと、背を汗が伝う。


「ネクタイは一番最後だ。ネクタイは外さないまま、下から脱げ」


男の特殊な性癖に、ナスターシャは唇を噛む。スラックスを脱ぎ落し、細かいレース地が入ったダークパープルのパンティも脱ぐ。


「アソコの毛も銀髪か。そそるねぇ」


ネクタイのみとなったナスターシャの裸体を視姦した男の眼が、洋子へと向けられる。


「さあ、次は洋子の番だぞ」


相変わらず暁子の乳房を揉みながら、男が舌舐めずりする。

洋子は無言で服を脱ぎ、全裸となる。男の指示で、ネクタイだけは残している。


「これだけの美人が揃うと、さすがに絶景だな。これだけでイキそうだ」


男は鼻息を荒くし、左手で暁子の乳房を揉み回す。


「あっ、ちょっと!」


そのとき、洋子が珍しく焦った声を出す。背後からナスターシャにDカップの乳房を持ち上げられたのだ。


「少しはサービスしてやれよ。いつもいつも私に嫌味を言ってるんだ、たまには自分も身体を張れ」

「だからって、こら、そこ!」


ナスターシャの指が洋子の乳首を擽る。銀髪と黒髪の絡みに、男の股間が大きくなっていく。


「いいか、そのまま続けるんだ」


男は興奮を隠そうともせず、硬くなった自分のモノを暁子の口に突き入れる。美女二人の視線が鋭さを増したが、それにも気づかずに暁子の口内を犯す。暁子の頭部と顎を掴み、いつでも捩折ることができるぞと示しながら。


「ぐぶっ、ぐふぅっ、んぐぐぅ・・・っ!」

「だ、出すぞ、出すぞ、出すぞぉ・・・っ!」


またも男が精を放ち、暁子の口内へとぶちまける。もう暁子は飲みこむ力も残っておらず、唾液と共に男の精液を吐き落す。

その間にも、ナスターシャは洋子の乳房への悪戯を続けている。


「なんだ、乳首は嫌か? なら・・・」

「ちょっとナスターシャ! 洒落にならないわよ!」


ナスターシャの右手が秘部にまで下りてきたことで、洋子が怒りを面に出す。


「いや、続けるんだナスターシャ。洋子も抵抗するな」


息を荒くした男が、洋子の秘部へと視線を食い込ませる。その手が、暁子から離れていた。


「ほら、あちらさんもああ言ってるぞ。股を開け」

「・・・後で覚えていなさい」


ナスターシャに囁いた洋子が、脚を広げる。


「おおっ!」


前のめりになった男の口からは、涎が垂れていた。


「折角だ、奥まで・・・」

「・・・」


もう洋子は無言で、ナスターシャの好きにさせる。調子に乗ったナスターシャは、洋子の秘裂を左右に広げる。


「おおおおぉっ!」


男はもう暁子のことも忘れていた。


「なんだ、そんなとこからじゃ見えないだろ?」


ナスターシャは洋子の秘裂を今度は手で隠し、小さく笑みを浮かべる。


「こっちに来たらどうだ? 下からなら良く見えるぞ。洋子の奥の奥まで、な」

「あ、ああ、そうだな」


生唾を呑んだ男が、四つん這いになって洋子に近づく。


男は気づいていなかった。

今まで他者を言葉で縛ることをしてきた男は、自分が縛られる側になるなど考えもしなかったのだ。


「よ、よし、それじゃ、その手をどけて・・・」


そこまで言った男の右肩に、鋭いものが突き刺さった。


「ぎゃぁぁぁぁっ!?」


男の肩に突き刺されたのは、洋子を囮として準備されたナスターシャのネクタイブレードだった。男が瞬間的に身を捩ったために、僧帽筋を貫いたネクタイブレードは右肩甲骨で止まっていた。

ネクタイブレードを抜こうとした男の左手を、ナスターシャが蹴り飛ばす。否、逆にナスターシャの右足首が掴まれていた。


「フッ!」

「ぐあぁっ!」


洋子の手刀が男の右肩を打ち、痛みに男が手を放す。男の右肩から、鮮血が舞った。


奇襲で右肩の自由を奪ったと言うのに、男は簡単に屈しない。謎の男たちによって股関節を外された痛みに洋子の動きが鈍いとは言え、裏社会で生き抜いてきた美女二人の攻撃を、受けに集中して致命傷だけは防いでいる。


「ナスターシャ!」


それだけで、ナスターシャは洋子の狙いに自分の動きを合わせた。目突きと見せかけ、一瞬意識が逸れた男の股間に容赦ない金的蹴りを叩き込んだのだ。


「あぐべべべっ!」


睾丸を潰された男の尿道から、精液が弾け飛ぶ。


「シッ!」


男の左腕を掴んだ洋子が、肘を極める逆一本背負いで宙に舞わす。左肘をへし折りながら脳天を地に叩きつけ、男の命を奪った。


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「また撮影か、悪趣味だな」


全裸のナスターシャは、タブレットを一撃で破壊すると、辺りを見回す。


「この匂い・・・これか。・・・!?」


香炉と、隣にある粉末を見つけた。


「まさか・・・」


暁子の目は明らかに焦点が合っていない。顔も青い。


「LSDか・・・!?」


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「返事をしなさい!暁子!暁子!」


同じく全裸の洋子が、足を引きずりながら暁子に近寄り意識の有無を確認する。顔が青から少し黒くなっており、小さな痙攣と共に明らかな異変が起きている。しかし少しして、暁子の視線はやっと洋子の顔をとらえた。そして、弱々しくも微笑む。


「きて・・・くれたん・・・ですね」

「おい・・・生きてるか?」


遅れて近づいてきたナスターシャは鎖と枷を壊すと、暁子の腕を肩に回し、無理やり立たせる。


「少しだけ我慢してくれ。すぐに胃の洗浄を・・・」


引っ張るように暁子を、まだ鉄扇が落ちていた中庭に連れ出した瞬間、


「おぷっ、うええ・・・」


暁子は思いきり嘔吐した。吐いて吐いて、胃の内容物が全て出きってもまだ空吐きを繰り返していた。ここで脚を止めてしまうのはまずい。どこか俯瞰から見ているような感想の暁子だったが、この嫌悪感と汚辱感には全く耐えられなかった。やっと不快感が薄れるものの、生まれたての小鹿のように今度は全く立てなかった。


「まったく、どこまでも世話が焼ける」


毒づきはするものの、それで見捨てると言うこともなく、暁子を腕の中で抱える。全裸の美女と美少女たちは、お互いに支え、支えられながら走っていった。



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「ん・・・」


どれくらい経ったのかわからない。私はやっと目を覚ました。


(く・・・)


頭がくらくらする。首絞めからの酸欠のせいだろう。

気がつけば、男たちが私を取り囲んでいる。


(逃げなきゃ・・・)


しかし足枷も鎖もはずれそうな気配すらない。


(んっ、ああっ)


一人の男の手が、いつの間にか上着をまくられた私の乳房を掴んだ。もう一人は乳首をつまみ振動を加えてくる。また私の首を掴んだ男は指を膣内に挿入し出し入れを繰り返す。抵抗ができない私に、快感を紛らわせる術はなく、全身で受け止め簡単に上り詰めてしまう。


(はぁぅぅぅっ!)


体を弓なりに反らし、激しく絶頂してしまう。しかしそんなことはお構いなしに、下半身を責めていた男は私の口に肉棒をねじ込んだ。


(ぐふっ・・・んうっ)


臭いや味もそうだが、あまりにも強烈な汚辱感や不快感に噎せてしまい、苦しさもあって涙が溢れてしまう。しかもその間も乳房や乳首への責めはとまらない。快感を少しずつ蓄積し、体が震えてしまう。

肉棒をねじ込んだ男が腰を降り始めた。喉の奥まで突っ込まれ、先程までとは比べようもない苦しさに意識が飛ぶ。次の瞬間同じ感覚で覚醒し、を繰り返す。


(もう・・・許してぇ・・・)


ぼろぼろと止まらない涙を別の男が舐めとり、下品な笑い声で囃し立てる。

そして、口の中の肉棒が少し震えた気がした。


(ダメぇ・・・ゆるし)


頭を固定され、逃げることは許されなかった。喉の奥に苦くて臭い粘液を叩きつけられる。


(やめ・・・たすけ・・・)


苦しさに意識が黒く塗りつぶされていく。


(たすけ・・・「━━」・・・)


意識が落ちる寸前でやっと解放される。最早指の一本も動かせず、呼吸を整えるのがやっとだった。そんな私を上から見下ろしている人たちがいた。


(汚れてしまったのね)

(もう「御前」の伽はさせられないな)


そういうと洋子とナスターシャは口許を歪めつつくるりと背を向け、歩いていってしまう。


(なんだ、この程度か?つまらん奴だったな)

(暁子・・・もう近寄らないでね)


無業も綾乃も、ただ汚されるしかなかった暁子に失望してどこかにいってしまう。


(お前は所詮ここまでか、ではな)


「御前」も期待に応えられなかった私を必要としなくなってしまい、離れていってしまった。


(暁子・・・)

(若様、私は)


若様だけは見捨てないでくれた。少しだけホッとした瞬間だった。


(残念だよ、そんな雑魚に弄ばれて悦んでいる君は見ていられない。僕の前から消えてくれ)


衝撃だった。私は誰からも必要とされていない。その瞬間、地面がなくなり私だけが底のない闇に落ちていった。最期にみたのは初めて見た若様の冷たい視線と無表情な顔だった。


_____________________



「ううっ」


夢で魘される。これ以上ない悪夢だった。


「―――――――!!!」


気がつくと、暁子はいつものベッドにいた。


(ここは・・・?私、戻ってきてる・・・)


よく覚えていないが、徹底的に甚振られていた気がする。


(何故・・・私はこんなに弱いんだろう)


たしかに身体はほぼ回復していなかった。しかしあの程度の男ならそう簡単に敗北、あまつさえ捕らえられて恥辱を受けるなどもっての他だ。


(私が、女だから・・・?)


今回も、視界に迫ってくる掌に固まってしまった。


(まさか・・・これが、トラウマ?)


そんなわけない。そんなものを感じる暇もない。


(でも、実際は・・・)


否定したかったが、消すことのできない事実だった。


(何とか・・・しなければ)


ずっとこんなことではいけない。悩むのは全て終わったあとでいい。ただ、今は回復しなければいけない。暁子は無理矢理目を瞑り、回復に集中した。



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「ん・・・」


次の日の朝。最近は半ば眠り姫のように寝てばかりだ。

綾乃のために作った日課ストレッチと柔軟体操を行い、その後に洗面所へ行きそこで手洗い・うがいをするが、全身がとても汚れている気がする。念入りに手を洗いうがいをするが、汚れがとれていない気がする。


(何これ・・・汚い)


洗っても洗っても綺麗にならない。


(ひいっ・・・これでは誰かに会うなんてできない!!)


さらに念入りに爪から腕からを洗うが、何も変わらない。


「あ、あっ・・・いやあああああっ!! 取れない!取れない!!!」


訳もわからず、今まで出したことのない悲鳴だった。


「朝から騒がしいわね・・・暁子?」

「ひっ」


いつの間にか後ろから声をかけた洋子に小さな悲鳴をだすが、暁子はすぐに何事もなかったかのようにいつもの笑顔を張り付けて返事をする。


「いえ、特に何もありません。申し訳」

「その顔色で何もない、は通らないわ。声も震えているわよ」


何かに動揺しているのは見抜かれている。しかしそれをここで認めるわけには行かない。恩人に、もうこれ以上たかが暁子自身のために余計な負担をかけるわけには行かないのだ。


「大丈夫です。体調もだいぶ戻ってきました」


ぐるんぐるんと腕を回し復調をアピールするが、洋子から見れば暁子は顔色は蒼白、今にも泣き出しそうでとても見ていられない。


「・・・」


洋子は何か言いたそうに暁子をじっと見つめる。


「他に何かございますか?」

「何もなければもういいわ。・・・あまり無理はしないことね」

「お気遣いありがとうございます」


恭しく一礼して洋子が出ていくのを見送る。その途端、突然身体が震えてへたり込んでしまう。


(うそ・・・立てない)


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その日は珍しく朝にちゃんと目が覚めた。朦朧とする感覚もなく、すっきりしている。何年振りだろうか。


(暁子に会いに行ってみようかな・・・?逆に寝てたりして)


寝顔を見て自慢してみよう、などといたずらな笑みを浮かべながら考えていた。

着替えを済ませ、暁子の部屋の近くまで来ると、途中で洋子とすれ違う。


「珍しいわね、こんな時間に起きれるなんて」

「ええ、なので暁子に会いに行こうかなって」


一瞬の逡巡があったものの、


「・・・そうね、会うのもいいかもね」


私の行動に対して肯定とも否定とも取れる言い方だった。少し引っかかるものを感じながら、暁子の部屋に入った。何故か洋子は部屋に入る私を見続けていた。


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まったく力が入らない。立ち上がることすらできない。震えが止まらない。


(なんで・・・なんで・・・!?)


まるで体が立ち上がり方を忘れてしまったかのような。


「暁子?」


いつの間に入ってきたのか、そこには最近会っていなかった綾乃の姿があった。慌てて暁子を立ち上がらせ、ベッドに連れていき座らせた。


「暁子、私だよ、わかる?」

「わ、私は大丈夫・・・です・・・」


暁子はうわごとのように震えながら呟きつづける。まるで自分に言い聞かせるように。


「暁子、暁子!」


明らかに様子のおかしい暁子の手を握る。しかし、暁子の手を握った綾乃の手が視界に入った瞬間、暁子が豹変する。


「いやっ、いやあっ!触らないで!!!!」

「きゃあ!」


ものすごい力で綾乃を弾き飛ばす。ベッドから転げ落ちる綾乃だったが、暁子はそれすら気づいていないようだ。


「ああ、また汚れが・・・」


ふらふらしている暁子だったが、洗面台で手と腕を洗い出す。

まるで何かに取り付かれたようだった。ここまでおかしくなった暁子を見たことは、綾乃にはなかった。


「もうやめて・・・!暁子、私がわからないの!?」


後ろから抱き着くようにして止める。


「あっ・・・うわああああっ!妾に触るなああああっ!」


錯乱している暁子は綾乃を振りほどき、そのまま振り向き様に本気の張り手を打ち込んだ。


「っぁ・・・!」


吹っ飛んで意識が飛び、床に大の字に寝かされる。それも一瞬で綾乃はすぐに覚醒したものの、暁子は綾乃に馬乗りになり、綾乃の首を両手で絞める。

暁子の脳裏に、納屋の中での男の言葉が何度も繰り返される。


「『主を』・・・『弑す』・・・」


あの時暁子をリング上で辱しめた綾乃のように、虚ろな目で綾乃の首をしめていた。


「あ・・・離・・・し」


上に乗られ体重をかけられ、下にいる綾乃の力では到底外すことはできなかった。


「暁子・・・あ・・・き・・・」


綾乃の顔が赤黒く変色していく。それでも暁子は綾乃の首を絞め、綾乃は暁子を呼び続けていた。



_____________________




「どうした?ただ突っ立っているのは珍しいな」


ナスターシャが通路にいた洋子に話しかける。


「・・・暁子の様子が、ね」

「何だ、はっきりしないな」


「〜〜〜〜〜〜〜!!!」


突然部屋の中から何か叫び声が聞こえた。二人は部屋の中に飛び込んだ。


「『主を』・・・『弑す』・・・」

「あ・・・離・・・し」


そこで二人が目にしたのは、寝転がされた綾乃と、その綾乃の上に馬乗りになって首を絞める暁子の姿だった。暁子の表情には精気も感情もなく、ただ虚ろな目をして首を絞めあげている。


「暁子・・・あ・・・き・・・」


暁子にとってとても大事な人の声すら届いていない。


「暁子!やめなさい!暁子!」


真っ先に洋子が暁子に近より、体を揺らし頬をはたく。それだけだったが効果はあったようで、暁子の目には生気が戻ってきた。


「洋子さん・・・?」

「早く退きなさい!綾乃さんが!」


言われて視線を下ろすと、暁子の手は綾乃の首を絞めていた。


「えっ、えっ!?」

「ぶはっ!はあっ、はあっ!」


慌てて手をどける。綾乃は荒い息で肩を上下させていた。


「私・・・何を・・・?」


信じられなかった。洋子が出ていってからの記憶がない。気がついたときには綾乃に馬乗りになっていた。


「あっ、また、汚れが・・・!汚い!取れない!」


暁子の目には、土汚れのような黒いものが腕を徐々に包んでいくように見えていた。立ち上がって洗面台へ行くと、一心不乱に腕を洗い出す。


「何これ・・・取れない!汚い!」

「暁子、やめろ!やめるんだ!」


ナスターシャも声をかけるが、意にも介さない。


「はぁ・・・はぁ・・・暁子、ダメ・・・!」


息も絶え絶えな綾乃だったが、おかしくなってしまったメイドのため、義妹のため、親友のために、後ろから飛び付いてやめさせようとする。


「離せぇ!汚れに飲み込まれるぅ!」


幻覚を見ている暁子は暴れ続ける。

明らかに異常だった。普段は憎らしいくらい冷静な暁子が、錯乱している。

そのうちに暁子が綾乃を弾き飛ばすと、また狂ったように腕を洗い始めた。


「うわぁぁぁ、汚い、汚い!取れない!!」

「暁子、やめなさい!一体何を」


暁子を止めようと洋子が肩に手をかけたが、その瞬間。


「触るなぁ!妾の穢れが移るぅ!」

「!!」


普段の倍近い速さの手刀が洋子の頬を掠める。


「どこまでも手を焼かせる!」


その手刀のスキを突き、暁子に後ろから組み付くと一気に首を締め上げる。


「ぁ・・・」


迷いのない攻撃に暁子も対抗できず、すぐに意識を落とされた。


「暁子・・・?」

「何かにとりつかれたようだったな」

「・・・あの時」


何か盛られたのだろうか。


「ん・・・」


もう暁子は目を覚ました。念のため、洋子は暁子を仰向けにして腕ごと脚で抱え込んで腹の上に座る。


「うぐっ」

「もう起きたの?もっと寝ててもいいのよ?」


荒い息をしながら目が洋子を捉える。


「洋子・・・さん?」

「あの男に何か盛られたんでしょう?」

「・・・」


綾乃にだけは関わってほしくない。あんな汚いものになってほしくない。でも、そうでなくても話す気にはなれなかった。


「綾乃さん、もう大丈夫だから部屋に戻ってくれるかしら?」

「・・・でも」

「・・・」


暁子の中で、何かとてもショックなことがあったのだろう、ということだけは綾乃にも感じ取れた。


「ここは私に任せろ」

「貴女がここにいると、暁子はずっとこのままよ」

「・・・わかりました。暁子をお願いします」


 二人に追い出されるようにして綾乃は部屋から出て行った。


「さ、これで話してくれるわね?」

「・・・」


自分が信じていたものは、全て偽物かもしくは壊してしまった。真里谷の家も、出た後も、すべてを壊し続けてきた。

最初からそうだったとも言える。小弓も、霧生も、そして本家まで。師範や若様までも殺してしまったようなものかもしれない。「あの女」が言っていたことは、あながち間違いではなかったのかもしれないと今は思う。

暁子も一人の女の子で、しかし今までどんなに甘えたくても甘えられなかった。実の両親には突き放された。養父達や義姉は逆に受け入れてくれた。でもだからこそ、とにかく自分を律し続け、何があっても余計な迷惑をかけてはならないと固く誓って過ごしてきた。そうしないと、周りが傷ついて壊れてしまうから。

それでも結局は個人的な内容で他人を傷つけ、迷惑をかけてしまった。しかも綾乃にまで手をかけていた。その程度の自分に失望して、いつのまにか涙が溢れていた。


(何も変えられなかった・・・私なんて・・・いない方が・・・)


努力は必ず報われる。もし報われない努力があるのならば、それはまだ努力と呼べない。そう言った人がいる。それが全てだとしたら、きっと今まで何もしていなかったのかもしれない。


「・・・ふふっ・・・」


笑いすらも込み上げてくる。障害を乗り越えて、それすら悟られないために一心不乱に努力してきたつもりだったこの十数年は無駄だったとしか思えなかった。


「・・・いいわ暁子、聞きなさい」


見下ろしながら、哀しい笑顔をたたえながら震えて涙を流す暁子を見かねた洋子が口を開く。


「あなたが信じていたものなんて知らない。何をしてきたのかも関係ない。ただ、これから先もずっと同じとは限らない」

「・・・」


淡々と暁子に語りかける。まるで、何かに苦悩している妹を諭すかのように。


「・・・良くも悪くも、ね。私がそうだったから」

「奇遇だな、私もだ」

「えっ・・・」


二人が全く違う経歴ながら、同じ思いを持っていることに暁子は驚いた。


(・・・やはり、お二人は、強い)


ただ絶望しているだけの自分とは違う。努力の結果、未来を自分で勝ち取った二人なのだろう。


「妾は・・・弱い」

「不知彼不知己毎戰必殆・・・だったかしらね。まだ気持ちがあるのならば励みなさい」

「孫子というやつか。知識のひけらかしは嫌われるぞ」

「貴女に嫌われても、どうということはないわね」


そういうと、二人は暁子を引っ張り上げ立たせる。


「ああそうだ、それと」


出ていこうとするナスターシャが暁子へと振り向く。


「危なかったな、バッドトリップしていたようだぞ。しばらくは幻覚が見えるかもしれんな、何かあったら私に言え」

「そこは嘘でも『私たち』と言いなさいよ」

「お前、私ほど薬物に通じていないだろうが」

「あら、それはどうでしょうね?」


言い合いをしながら、二人は部屋を後にした。




(師範の残してくれた言葉を忘れているなんて・・・)


まずは己を知ること。それが勝ちにつながる第一歩だと、教えてくれたのに。


(もう一度妾は・・・生まれ変わらなければ)


頬を叩いて気合を入れる。自分を変えなければならないのだ。強く黒く輝く炎を目に宿らせ、暁子はストレッチを始めた。




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